112 前線の街と船の旅
フロスバースンの先へ進むバスはこれまで乗っていた物よりも、分厚い装甲が施されているようだった。その分乗員の数が制限されるのか、ゆったりと座れる内装だった。
「早いねー! バスってこんなに早く走れたんだ!」
「ん。今までは坂や山道が多かったから仕方ない」
「ここはほとんど真っすぐだしね」
「遠くまで見えるね」
「海が大っきいのー!」
右手に森や草原を、左手に海の見える広くて平坦な直線の道をこれまでに無いような速度でバスは走っていた。
あまりの速さで過ぎて行くため魔獣も追いかけて来ることは無く、バスの威容に前方に立ち塞がるものも無かった。
まだ明るい時間に草原の地平線と地中海の水平線の中に突如として聳え立つような壁が見えて来た。小さいながらも湾に面した港の街、ゴゥフクィスタに到着した。
「ひゃーー……、ここまで大っきい壁って始めて見るね!」
「ん。二十メートルくらいありそう」
「厚みも結構あったね」
「やっぱりこの辺って、魔物も居るからかなー?」
「多分そうなの」
バスを降りた一行は宿を取ってから、各組合へと登録に行く。
ここでもリアーネは錬金組合から依頼され魔導具作成の指導を行うことになる。
その間にラウリー達四人が狩人組合へ顔を出して話を聞くと、未攻略迷宮に上級探索者でなければ狩りの許可も出ないと言われ、レアーナとロレットはリアーネの手伝いをすることにしたが、ラウリーとルシアナが暇になったのだった。
「えっと、このゴーグルを掛けてると、魔物を知らせてくれるの」
「多分、外で使って魔獣も判るんじゃないかな?」
狩人組合へ来たラウリーとルシアナがリアーネの作った魔導具の説明を探索者に向けてしていたのだ。このため多くの探索者が錬金組合に押しかけて、多くの作成依頼が出されたために、リアーネの指導も実践的なものとなり宿に帰ってきた頃にはぐったりとする程の状況となっていた。
この街でも一週間程の滞在をしてから次の街へと向かうのだった。
◇
ゴゥフクィスタから海岸沿いを南に進み、まだ日の高いうちに到着したのはジーゼンザンドの街である。
ここより南に少し進めば緑のほとんどない荒野が広がっている、狭間に位置した港町だった。
そのために、この街では沙漠の生き物も多く見られた。
「空気が乾いてるのにベタベタする?」
「ん。変な感じ」
「嬢ちゃん達は、この街は初めてなんだろ? 一度南の街壁の上から先を見てみることをお薦めするよ」
耳を萎れさせて不満顔の双子達へ別れ際にバスの運転手がそんなことを教えてくれた。
バスから降りて街中を見渡せば装飾に乏しくのっぺりとした石造りの家の外壁は白く屋根は青で統一されているために、テルトーネとは違った雰囲気になっている。
うっすらと波模様を感じさせる外壁の宿に部屋を取り荷物を置けば、早速街へと繰り出すのだった。
南の壁を登って目を向ければ、そこには一面荒野が広がっていた。
砂礫の地面に時おり顔を出す岩が多く、疎らに見られる乾燥に強い幹だけの様な植物や他では見たことの無かった不思議な形状の植物が身を寄せ合うように一所に密集していた。
この街でも同じく錬金組合に頼まれて、魔導具作成を兼ねた魔導具師の指導をリアーネ達が行うことになる。
その間、ラウリーとルシアナは狩人組合で魔導具の宣伝をしながら訓練に明け暮れた。
この間の食事に関して一行は不満が多く、野菜や穀物のほとんどを輸送隊に依存している街であるために肉や魚介中心の料理が続くことになった。
「お魚美味しいけど、お米も欲しいよね……んぐんぐ」
「ん。特にお菓子。迷宮内で農業ってできないかな?」
「ちょっとはお菓子も我慢したら良いと思うよ? って農業?」
「ルーナは良いだろうけど、うちらは物足りないよね」
「迷宮で農業なの? 魔物に食べられるの」
またリアーネが無茶なことを考え始めたと言いながらも、慣れないと地でも賑やかに楽しむのだった。
◇
一週間が経ち次の街へと向かうことにした一行の目的地は、大きな橋が印象に残るフロスバースンの街より北にある河口に広がるマサブナハリィの街であった。
それというのも、ここより先はほぼ手付かずであり多くの魔物が生息し、未攻略の迷宮を要する街の開放も無しえておらず、行くとしても四、五日は掛かる程に離れているのだった。
いったん北へと戻ってから、今度は地中海の東側を移動する予定である。
「大っきい船だーっ!」
「ん。楽しみ!」
「リーネ? 勝手に改造したらダメだからね?」
「流石にリーネもそんなことはしないでしょー。ねぇ?」
「魔導車もレーアの爺様の工房行くまで手付かずだったの。きっと造船工房でも行かないと手は出さないの」
「ん。リーネはそんなわがまま言わない。造船で有名なのはメディナトーレ。次に探索予定の中級迷宮のある街」
弾む様に揺れ動く尻尾とリアーネの言葉に一体何をする気だとラウリー以外の三人が思ったのは当然のことだった。
埠頭に係留されているのは全長八十メートル程の魔導船である。フロスバースンの橋の上から見た物と同程度の規模の船である。
海水を取り込み噴射することで推力を得て航行する魔導船は迷宮氾濫以前に開発された物で、当時の物に比べると船体の構造材が木造から金属に変わっていたりする。
五人を含め残っていた少数の乗客が乗り込めば舷梯が埠頭に引き込み、魔導船はゆっくり岸を離れて十分な距離を置いてから徐々に船速を上げ海上を疾走し始めた。
「船も速いね!」
「んーー………、魔導車の方が早いかも?」
「でも、この船夜も進むんでしょ?」
「そうだっけ? うちらは船室で寝てて大丈夫なんだよね?」
「大丈夫なの。海の魔獣が出ても護衛の狩人が対処するの」
「ラーリもやりたかったのにー」
ラウリーは、ここの船に初めて乗る者に任せられるか、と狩人組合で却下されていた。
船自体は昼夜の別なく航行を続けるので目的地へ到着するのは翌日の夕方頃だ。魔導車での移動よりも一日早く着くことができるのだった。
「ラーリは結局それなんだろー? ボクも混ぜてもらうからね」
甲板を船尾に向かって移動中、舷側に取り付けられている銛を撃ち出す銃に気を取られたリアーネを引っ張って船尾に着いたところでラウリーは船員から大きな釣り竿を借り、ルシアナとレアーナも一緒に釣りを始めるのだ。
リアーネとロレットは近くの椅子に腰かけて、魚が掛かった時のサポートをすることになる。
他にも数名の乗員乗客が竿を立て、釣りの話に興じるのだった。
釣り上げれば即座に絞めてリアーネ達が『脱血』を掛け、氷の沢山入った桶に入れて行く。
それらの魚は乗員乗客達の食事に使われることになるために、ラウリーの張り切りようが尻尾に良く表れていた。
◇
航行中に雨は降ったが支障が出る程に海が荒れることも無く、予定通りに河口の街、マサブナハリィの港に入り、五人は久しぶりに陸地の感触を堪能するのだった。
「お船楽しかったね!」
「ん。色々楽しかった」
「あーー、ボクはラーリの方の楽しいしか解んないかなー」
「あはははー。うちは珍しくどっちも判るよ」
「どっちも判んないの」
航行中、ラウリーはほとんどの時間を釣りに当て、リアーネは船内の探検と称して船橋を見学したりもしていたのだった。
数日お世話になった船を一度見上げて、宿を探しに行くことにした。
大型船の係留できる埠頭は街からは少しばかり離れていた。それというのも街のすぐ近くは水深が浅く大型船の入って行ける場所では無かったからだ。
街に着けば各組合へ赴きいつものごとく登録の手続きを行っていく。
翌日からはミナジェィデン、ミナウサィディ、スヤドゥサマンと港町伝いに船で移動して、魔法陣などを登録して過ぎて行くのだった。
どの街も今まで訪れた街とは料理も街の雰囲気も違っていたが、一番の違いは住人の多くが鬼族であることだろう。小鬼族、鬼人族、大鬼族と体格は大きく違うが皆、頭部から角を生やしているという共通項を持ち、それ以外は人族と似た容貌をしていた。
大陸東方は大陸最大の塩湖にある都市ブハラトムーレを中心に鬼族が住んでおり、地中海沿岸部とは随分距離はあるが文化的に共通した物があるという。
スヤドゥサマン迷宮が攻略されたのは、双子がまだ学院に入学した年のことだから、十二年の歳月が過ぎていることになる。その間に攻略されたのはミナウサィディの迷宮都市だけであり、ちょうど一つ前の街と二つ前の街のことである。
この周辺の地に溢れた魔物の討伐はおおむね収束しているが未だに根絶できているわけではなく、時おり発見と討伐の報告が上がるのだと滞在中に寄った狩人組合で教えられ、外へ出る時は気を付ける様にと忠告を受けるのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。
1月9日 まで毎日 朝7時 に更新します。