111 錬金指南と狩人業
「ラーリ……、これは……いいの、か?」
「良いんじゃない?」
「さぁ?」
翌日、まだ薄闇の残る朝早のこと。
ニコニコとゆったり尻尾を揺らすラウリーとレアーナ達の四人は前日バスで渡った大きな橋の上から釣り糸を垂らしていた。
左右を見ると離れたところで同じ様に竿を立てる人達がいる。
錬金組合を後にしてから行った狩人組合で狩りに出ても良いのかを相談すると、本日の夕方頃に顔合わせの場を用意すると言われたために、それまで何をしていようかと話してい中で、いくつかの提案の中に橋の上での釣りが含まれていたのだった。
釣りができるのは橋脚のある場所に造られた物見台に限定されており、釣り道具を広げて置ける空間が確保されていた。
ラウリーの尻尾が機嫌が良さそうにゆらりゆらりと動いているが、時おり緊張によって動きが止まり、そういう時は浮きの様子をじっと見ているのだった。
「嬢ちゃん達、結構釣ってるな! こりゃおいちゃんも負けてらんねぇな!」
「よっと! 来た! 来た! 来たーっ!」
通りすがりの熊人族の男性が、ラウリー達の足元にある桶を覗いて声を掛けて来た時に、レアーナの竿に中りが来て糸巻を巻き始めた。
自身の竿を立てかけてラウリーはたも網に持ち替える。レアーナの釣り上げた魚を逃さぬ様に捕らえたら、針を外して桶へ入れる。
「ふぅー。えっと、おっちゃんも釣り?」
「そうだよ。それよりもその真っ黒の眼鏡。そんなのしててよく釣りができるもんだね」
「これねー、掛けてると水面の光の反射を抑えてくれるんだよ! だから釣りの時はお魚の鼻先に針を持って行けるんだー」
そんな感じに、リアーネの居ないところで魔導具の宣伝が行われていたりした。
昼になる前には釣りも終わらせ、お魚を持って宿へ戻ると料理をしてくれるというので、衣揚げのサンドイッチにしてもらい、余った魚は宿に提供するのだった。
「リーネ、お昼だよ!」
「………純度を高めるには『不純物除去』の魔法で構わないけど、『物質解析』と『魔力分析』を併用すれば、さらに高純度にすることができる。どちらにしても魔力操作が基本であり極意となるから練習してほしい。ラーリ解った。午睡の後に続きをするから、ちゃんと休憩しておくこと。では解散」
「「「はい!」」」
錬金組合の大きな作業室で、なぜか組合員の指導をしていたリアーネがラウリーにチラリと目を向け、切りの良い所まで話を続けて解散を宣言した。
指導を受けていた組合員は皆一様に安堵の表情を浮かべて昼食へと向かうのだった。
「リーネ……やり過ぎてない?」
「まぁまぁ、うちらも早く食べようよ」
「そうなの。宿でサンドイッチ作ってもらって来たの」
「ラーリ達でお魚釣ったんだよ!」
「ん。楽しみ」
すぐに飲み物も用意して、皆で楽しい昼食の時間を過ごすのだった。
「リーネは魔導具の作り方のお手本見せるだけじゃなかったっけ?」
「何か、魔導具師向けの講義になってたよね」
「ん。軽銀から作る透明度の高い鋼玉硝子が上手くできなかったから、要点を教えてた」
「本に書いてなかったの?」
「んーん。書いてるんだけど、実際にどうやって使ってるのか知りたかったみたい。別の属性魔法とか、複数の魔法を一度に使うの自体苦手な人が多い」
「いや、それ得意な方が少ないからね」
「ん?」
「解って無い顔してる。これだからリーネに勉強見てもらうの辛いんだよー」
「ルーナはそれ以前なの」
「ロット酷いー」
食後は組合の仮眠室で午睡を取ってリアーネは午前の続きをするという。
ラウリー達は組合を出て、街中の散策をするのだった。
夕方が迫り四人は狩人組合にやって来た。
「あら、早いわねお嬢さん方。テオバルト、面倒見てあげてね」
兎人族の受付嬢がひらひらと手招きをし、テオバルトと呼んだ犬人族の男性に押し付ける。
「いや、面倒見ろって、俺こいつらの指導もあるんだがなぁ……」
頭を掻きながら言うテオバルトの周りには三人の見習い狩人が従っていた。
「テオ兄、なに? 後輩?」
「初めて見るけど第何学院の出なんだ?」
「俺らが優秀だからって、子守りまでさせるのは流石にどうかと思うよ?」
順に獅子人族、虎人族、熊人族の少年達だが、種族柄四人より随分と背が高いのだった。
「ラーリ達はテルトーネから来た、探索者だよー」
「子守りの必要は無いから安心してよ」
「でかいのばっかり集まったんだねー。うちらとは真逆だー」
「見習い君かー。何年目なの? そう、二年目なの」
「ほら、お前らー。他の種族を見た目で判断するなっていつも言ってるだろう……」
全く気にもしていないラウリー達の様子と窘めるテオバルトに、先輩であることが解った少年達の態度は畏まった物に変わるのだった。
その後は、フロスバースン周辺の地理や狩人の区割りに狩猟対象の魔獣の分布などの話をする。この説明役を見習いに任せているのは、彼ら自身の勉強になると考えたわけでは無くテオバルトが面倒臭がっただけである。
素直に聞くラウリー達に、少年達も得意になって明日の狩りの予定を立てて行くのだった。
狩りの予定地は橋を渡った先の東の平原であり、そこは元々彼らの担当地区でもあったのだ。
壁の先は野生化した魔物の討伐が完了していない地域となるために、上級迷宮への立ち入り許可のある探索者、一般的に上級探索者と呼ばれる者達でなければ、担当することは制限されていた。
ラウリー達の狩りの予定地は魔物の討伐が終了した地域とされているが、極稀に魔物の発見報告もあるために気を抜いていい場所というわけでもないのだった。
◇
「あー、すまんが今日は着いて来るだけにしてくれ」
「「「了ー解」」」
「俺らの凄いところ見せてやるぜ!」
翌早朝の橋を渡りながら、注意事項や地図を片手に本日の巡回路を再確認し、ラウリー達には地形の把握を優先的に行う様にと指示が出る。
少年たちは既に一人前の狩人の仕事ができるんだと見せるために、張り切っているようだった。
「ローラルトは狙撃銃なんだねー。大っきいの使ってるねー」
「ふふん! 姐さん達じゃ、この大型の狙撃銃は使えないでしょう」
ラウリーは熊人族の少年の持つ大型狙撃銃を見て声を掛けると、銃を掲げて得意げに答えるのだった。
「リーネはそれより大っきいの使うよ?」
「リーネって、誰っすか?」
「ラーリの双子だよー。今日は錬金組合に行ってる」
「双子って、姐さんと同じ様な体格じゃあ? え? 使えんのかよ……」
「やっぱそう思うよねー。最初は二脚付けて伏せ撃ちでしか使えなかったのに、立射できるように改造しちゃったんだよ。うちも、ちょっとどうかしてると思うよー、あれは……」
「え? え……?」
にこやかに話すラウリーに呆れた様な相槌を打つレアーナ達に、テオバルト含めて少年達はどういうことなのかと混乱することになる。それだけ小型の獣人族が大型の狙撃銃を使うというのは非常識なことだった。
疎らに木の生えた草原では岩鎧兎、苔猪、錐狼などを狩ることができ、ロレットの使った『脱血』や四人共が魔法鞄を持っていることに驚かれることになる。
ラウリー達は狩りをして、リアーネは魔導具師への指導をして一週間を過ごし、次の目的地へと出立するのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。
1月9日 まで毎日 朝7時 に更新します。