110 続く移動と砦の街
今回は輸送隊と一緒にはならず、乗客の物以外にも荷物を積んだ状態で長距離バス一台のみでの移動となる。
バービエントへ来た道をいったん戻って下って行き、谷底の川を眺めながら架けられた大きな橋を渡って南にそびえる連峰へと向かい、つづら折りに山道を登り川を見下ろす様に八合目付近まで来ると、ザァァァッと大きな水音が耳に届いて来た。
「リーネリーネ! あれ見て!」
「ん! 凄いね!」
バスの窓から見える先に細い滝が幾筋も連なり、夕日を反射して煌めいている様子が目に飛び込んで来た。
乗客全員がその光景に見惚れて声を失っているうちに、どんどんと近付いて行き、短いトンネルを越えたら水の帳が下ろされていた。
「!? リーネ?」
「ん! ラーリ、ここ滝の裏側!」
「「「滝の裏側!?」」」
ピコピコと耳を動かして言うリアーネに皆が驚き、その渦中にあるうちにバスは停車して、天空の滝とも呼ばれるサマウシェロンの街に到着したと告げられた。
滝の下に大きく空いた洞穴と、その奥には沢山の地下道へと続く扉を見ることができた。
入ってすぐの所には、狩人組合や倉庫にいくつかの宿泊施設が建てられているのは、他の街でもよく見られる造りであった。
ここの街には燕人族が多く住んでおり、バービエントと同じく遠い昔は髭小人の街だったところであった。
「ひゃーー。ちょっと寒いぐらいだねー」
「ん。上着用意しなきゃ」
「はいはい、さっさと移動しちゃおうよ」
「まずは宿を確保しなきゃ、ゆっくりもできないって」
「みんな早く来るの! いい部屋無くなっても知らないの!」
洞穴すぐの宿に足を向けてロレットが皆を促したが、滝の見える部屋は既に埋まっていて不満の声がしばらく続くことになった。
その後は、各組合に登録などを済ませて宿へ戻り、夕飯のお魚にラウリーが昂揚して賑やかな食事となったのだった。
◇
リアーネが手紙を出すというので皆も昨晩のうちに手紙を書いて、日が明けてから出発前に運輸組合へと頼んだ後に、本日の移動のためのバスに早々に乗り込んだ。
山の東側まで大きなトンネルが掘られており、そこを通ってバスは進んで行く。
「リーネ、これって地下の通路だよね?」
「ん。こだわりが凄い」
皆が驚くのも無理はなく、そのトンネルの壁面や天井には様々な彫刻が施されていたのだ。彫刻は延々と出口まで続いており、さながら美術館の様相を呈し退屈とは縁遠かった。
トンネル出口は運輸組合の宿泊所が作られ、魔獣が入ってこない様にと、狩人も常駐していて集落の様なものになっていた。
その後は遠目に見えて来た湖を目指して、北へ南へつづら折りの道を下りて行く。
湖が近くに見えてきた頃には太陽は山脈に隠れて、街の灯りがバスを出迎えたのだった。
「もう、真っ暗になってるー」
「ん。急斜面だったから、山を下るのに時間が掛かってた」
「何にせよ、宿とご飯だよ!」
「早く行こう!」
「なの!」
山を越えて初めての街、アンショーティでは獣人族を多く見る様になった。
元々大陸南部は獣人の故郷と言われるほど沢山の獣人が生活していたが、迷宮氾濫期に多くが他の地へと避難していたため、南の迷宮攻略を目指す獣人族の探索者は他の種族よりも多くいたのだった。
宿へと着いて部屋の確認も済ませずにまずは食事を頼んだら、湖の畔の街ということもあり魚介類が豊富に使われた料理に皆が満足するのだった。
「「「お風呂ーっ!」」」
宿のお風呂が深い湯舟を備えており、やっと満足することができた。
「「「はぁーーあぁぁーー………」」」
「やっぱりこうでないとねー」
「んー」
久しぶりに肩まで浸かって存分にお風呂を堪能するのだった。
◇
アンショーティの街を出て、川を右手にバスで半日程進めば巨大な橋が見えて来た。
「「「大っきーーいっ!」」」
幅二十メートル、長さ三百メートル程もある橋の中央に差し掛かった時、全長八十メートル、喫水からの高さが十メートル近くある大型の魔導船が橋の下を通過して行った。
石造りの橋の中央部は弧状に一際高くなり、大型船の航行は橋の中央でなければ無理そうであった。
「リーネ! 船! 大っきい!」
皆は窓際に噛り付く様にして川上に向かう船を見送ったのだ。
橋を渡り切った先に見えてきた街はフロスバースンと呼ばれ、砦の異名通りの稜堡が突き出した堅牢な壁に守られていた。
バスは壁に沿ってぐるりと街を回り、高さのあった橋から地面へと降りてようやく停留所に到着した。
まだ日の高いうちの到着だが、バスを降りて体を伸ばし開放感に声が漏れる。
「壁も大っきかったね!」
「ん。未攻略の迷宮のある街。楽しみにしてた」
「外にも魔物が居るんだっけ?」
「そんなこと言ってたね」
「でも、この辺の魔物の討伐はほとんど終わったって聞いたの」
「嬢ちゃん達はこの街にどんな用事で来たんだい? まさか迷宮じゃ無いだろうね?」
バスの荷台から荷物を回収しながら話している五人に、荷物の受け渡しをしていた運転手の一人が聞いて来た。
「ラーリ達、まだ下級迷宮の攻略したばっかりだから、ここのは入れないんだー」
「ん。錬金組合に用があって来た」
「そうかい。いや、安心したよ。毎年の様に無謀な新人が資格を得ずに未攻略迷宮に入れろと騒ぎがあるからね。はい、これで全部かな?」
「「「お世話になりました!」」」
荷物を受け取り、まずは宿の確保に移動する。
半木骨造の木組みと石や煉瓦の合わさった家が立ち並び、これまでの街と違った雰囲気を受けるのだった。
宿を取り、夕食までにはまだ時間があるため錬金組合を訪れることにした。
二階まで大きな石造りでその上が木組みになっている一際大きな建物には、錬金組合を示す魔法陣を意匠化した丸に六芒星の描かれた看板が掲げられていた。
両開きの大きな扉は解放されており、五人はそろって中へ入っていく。
「こんにちはー!」
「はーい! いらっしゃーい! 本日はどういった御用でしょうか?」
ラウリーの挨拶に狐人族の受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
「リーネの魔法陣の登録お願いします」
「ん。一杯あるから別室が良い」
リアーネの言う数に若干頬を引きつらせた笑顔で奥の個室へと案内される。
腰鞄から魔法陣が一揃え入った箱と本を取り出し差し出すと、受付嬢は蓋を開け中身を確認し、小さく緻密な魔法陣が沢山入っていることを目にして固まってしまった。
「ん。登録の書類も準備してある。いくつかは魔導具もあるけど確認する?」
「そ、そうね。その前にちょっと失礼するわ。私ったらお茶も用意してなかったのね……」
そそくさと五人を残して部屋を出て行ってしまった。
「何だろうね?」
「流石にこの魔法陣の数にびっくりしたんじゃない?」
「あぁ、そんな感じだったの」
「リーネ、新しいゴーグルの魔法陣もこの中?」
「ん。改造したのは入れ替えてある。本の解説も変更済み」
しばらくしてから現れたのは、お茶の用意をした受付嬢に年配の髭小人の女性だった。
「お待たせしました。こちら当組合、魔導具組組長のウネルマ。私は受付のカティヤです」
「初めまして、お嬢さん方。気軽にウネルマちゃんって呼んでね」
「組長ー……」
髪を白く染めた柔和な笑顔のウネルマの言い様に、カティヤは呆れとも諦めとも言える様な声を出した。
その後は時間を掛けて魔法陣を手に取り、本と魔導具と突き合わせて確認をする。
確認の目は鋭く、度々出される質問は鋭いものが多いとリアーネは感じていた。
じっくり二刻は経ってようやく全ての確認を終え、書類に署名も書き終えた。
「ふぅ。さすがに疲れたわねー。カティヤもご苦労様」
「いえ、大した力になれませんで申し訳ないです」
「それにしても、これだけの物を持って来てくれて本当にありがとう」
「ん。迷宮の攻略が進めばリーネも嬉しい」
お互いに笑顔になって見つめ合うのだった。
リアーネは久しぶりに同水準の技術の話のできる者と会ったことで嬉しくなっていたのだ。
「そこで、組合からの依頼なのですが、いくつかの魔導具の制作をお願いします。よろしい?」
「ん。引き受ける。でも。他の街にも行くし、探索者としての活動もあるから長居はできない」
「ラーリ達、今度は中級迷宮に行くんだよ」
「そうなのね。解りました、一週間……六日もあれば大丈夫かしらね。それ以上は引き留めないと約束するわ」
リアーネの頼まれたのは、迷宮探索に必要になるだろう魔導具を一つずつ、手本となるべく他の魔導具師に作成手順を見せることだった。手順の説明などは組合職員が本を片手に手伝ってくれるという。
その間、ラウリー達は何をして過ごそうかと相談するのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。
1月9日 まで毎日 朝7時 に更新します。