010 自滅戦争と迷宮核
「今年は神龍歴三二六年になるけれど、古代王国歴と神龍歴の間に何があったのか、わかる人は手を上げて」
ハイと上がる手は二十人の半分程の十一人。当てられたのはレアーナだ。
「迷宮から魔物があふれたー」
レアーナの答えに続けて、残った手を上げる他の子達も続けて答えていく。
「え……と、自めつ王国!」
「亜神さまの英雄たん」
「はい、みんなありがとう。おおむね正解……って、はぁ……リアーネさん?」
答えが進むうちに上がった手も少なくなり、もう残っていないかと思えば、控えめに手を上げていたため、最後になるまで気付きたくなかったのだ。
「ん。自滅王国と呼ばれるトゥッカー王国が開発した迷宮核を使った侵略戦争が起こった。その数年前には各国の大都市に迷宮核を仕掛けたと考えられ、迷宮が十分に育ってから出入り口を開放。都市中に溢れた魔物に対処するために多くの兵士や住民が失われた。その後、龍神様に守られた地に避難して来た人々の多くで村が形成された年で、後にここテルトーネの街となった」
「正解。……ほんと、詳しすぎね。高等部で習うような内容よ?」
「リーネは読書、大好きだから!」
「ん。本、好き」
なぜかリアーネに代わってラウリーが得意げになって尻尾を揺らしている。
他に知っていることはと聞かれてもリアーネ以外は迷宮探索者の活躍位しか出てこない。亜神と呼ばれるのもこの探索者集団であり、大陸北方にあるここ龍の山脈を中心として複数の迷宮を攻略した者達をさす。三百年以上経っても未だ半数以上の迷宮は攻略されておらず、人の領域を取り戻すための戦いが続けられている。
「では、この迷宮核。元は何だったか知ってる人」
リアーネ含め三人しか手が上がらない。ではと当てられるのはラウリー。
「さいくつの魔導具!」
「はい正解。どんな物かは知ってる? じゃあレアーナさん」
リアーネは当てたくないのだろうと感じさせる。
「えっと、ゴーレムが穴を掘って、鉱物を精錬して出入り口まで運んでくれる」
「はい、よくできました。このゴーレムを作り操る能力、穴を掘る能力、鉱石を精錬する能力のある、高度な採掘の魔導具は現在でも使われているものね」
少し疲れたような表情を消し去り、次の問題を出すことになる。
「では、自滅王国と呼ばれるのは、なぜでしょう?」
とうとう手を挙げるのはリアーネのみとなり、はいどうぞと回答をうながされる。
「ん。開発時に作った複数の試作迷宮の出入り口を巨大な門で閉ざし封印したつもりが、強力な魔物が発生し打ち破られ、自国領土を蹂躙した。龍神様を中心とした各地の被害調査の結果、神龍歴三十二年に判明したことにより、そう呼ばれ始めた」
◇
「龍の山脈の周りにどんな所があるか知ってる人」
歴史の次は地理の勉強である。
「サンヤルビ湖!」
「ん。風の渓谷バービエント」
「迷いの森」
「鋼の地底都市!」
「竜の火山なの」
五人からはこんな答えが。
「自めつ王国!」
「霧の街道!」
「湖の街!」
「大峡谷」
「むたかーる?」
「どれい国」
他にはこんなものも上がる。
「みんなよく知ってるわね。それからラウリー、サンヤルビ湖は龍の山脈に含まれてるからね。カレヴァ、自滅王国は南の果てよ、周りと言うには遠すぎね。ケイニー、奴隷国なんて言ってはダメ、プレバンティーン聖王国のことよね?」
「まちがえたー」
「ん、ラーリおっちょこちょい」
耳を萎れさせ恥ずかし気に頭を掻くラウリーをリアーネが軽口で慰める。
「どれい使ってるんだから、どれい国でいーだろー」
「だーめーよ~。そんなこと言うのはこの口かなー?」
と、システィナに頬を引っ張られるケイニー。
地理を補足しておくと、ボーヴィル大陸は南半球にその大半を置き、北に双子達の住む龍の山脈、東に竜の火山に果ての沙漠、西に迷いの森、南に自滅王国のあった氷雪地帯、中央には南西部域までの大きな地中海があり、その周辺は森と草原が大半を占めている。また、周辺の島とも交流があったが迷宮の氾濫によりに滅ぼされ、その被害は他の大陸にまで及んでいる。
被害のなかった地域は龍の山脈、竜の火山、迷いの森のみであり、それぞれ龍、竜、迷いの結界によって守られていたためだ。
もともと自滅王国は耕作地を求めて北の国々に戦争を仕掛けることの多い国だったのだが、雪深い土地柄か研究に没頭する狂人が多く輩出する、などと言われるような国であった。
今の時代、各国は王威の維持が困難となり、元王族、貴族などを始まりとする組合の代表による合議制の都市国家のような形態へ移行している。各都市の組合は連携しており、一つの大陸全てが対迷宮を掲げる都市国家連合のような役割を果たしている。もちろん、これに参加していないプレバンティーン聖王国のような地域も少数ながら存在する。
各組合で特に力を持つのは、魔物を討伐する直接的な力を有する狩人組合。戦力である戦士も銃士も魔術師も所属しており、食肉の確保なども担い、街の衛兵隊や調査隊、迷宮探索者も狩人組合員として登録されているのだからなおさらだ。
「ここが龍の山脈?」
「ん。そう」
「ボク達森人の心の故郷、迷いの森はここだね!」
「それなら、うちら髭小人の故郷の鋼の地底都市はここ!」
「竜の火山は見つけ易いの」
大陸地図を前に、みな思い思いに指をさしている。
この地図、迷宮氾濫以前に開発された魔導具の写真機を使って、龍と竜達によって高空から撮影されたものを元に作られている。この写真機、残念ながら当時は製法が失われ、迷宮に取り込まれた魔導具が宝として複製されて得ることができた物が使われた。当時の魔導具師は細かに専門分野に分かれる傾向にあり写真機を分析、複製するのに随分と時間を掛けたと言われている。
そうしてできた地図によって、各地で細々と生き延びていた人達の救助や迷宮の攻略、新しい耕作地の開墾などに役立てられた。
◇
「せんせー用事?」
「ん、お手伝い?」
「用があるのはリアーネさんだけよ」
「なんだー」
「ん? 何?」
「リアーネさんには戦技訓練以外、初等部で教えることがほとんど無さそうなのよねー」
「リーネすごい!」
「ん、当然」
「それで、夏のお休みが終わったら、戦技訓練を除いて高等部で勉強してもらうことになったのよ」
「ええっ!」
「……っ!?」
驚きすぎて、二人の尻尾は毛がぼわっと膨れ上がり耳がピンと立つ。
「リーネと一緒がいいー」
「ん。ラーリと一緒」
涙を浮かべながら、お互いを抱きしめあう。
「初等部だとリアーネさんの勉強にならないのよ。その、ね、お昼は一緒で構わないし、戦技もだいたい一緒だから……ごめんねー。それから、夏の課題も高等部向けのものになるからリアーネさんにはちょっと大変な夏になるかもしれないわ」
「リーネ大変?」
「ん……楽しみ」
「ラウリーさんも勉強頑張ったら、早く高等部へ行けるから頑張ってね」
「わかった、頑張る!」
「ん、頑張れラーリ!」
離れ離れになる寂しさをつないだ手でこらえるようにして、気合を込めて拳を振り上げる。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。