104 迷宮の姿と金輪猿
「「「ふわぁーー………!」」」
迷宮核に触れ十一層に転移して扉を開けた双子達は、目に入って来た迷宮の様子に驚きの声を漏らすのだった。
これまでとは比べようもない高い天井に光を放つ魔石が無数に埋め込まれた途轍もなく広い空間が目に飛び込んできたからだ。
天井を支える様につながった多くの柱に起伏に富んだ階層には、池や森を見ることができた。
「これ。えぇ……? 迷宮出ちゃったわけじゃ無いよね?」
「ん。ここも確かに迷宮の中。頑張れば暮らせそう」
「確かに。って、リーネ!? しないよ、そんなこと」
「砦でもあれば大丈夫かな?」
「レーアも何を言ってるの?」
扉を振り返り登りの階段があることを確かめて耳をピコピコ動かしながら言うラウリーに、冗談を交えながら皆は同意するのだった。
「狩人経験が無いと探索者になれないのって、こういうことかな?」
「ん。この層だけでも今まで以上に広くなってる」
リアーネのゴーグルに表示した地図が思った以上に広いことを示しており、何度か表示を縮小させて下層への扉の位置を見つけた頃に、全域の走査がやっと終わった。
「んーー………、ここの端までが三百メートル。同規模の領域が三十程。それぞれが通路でつながってるね」
「えっと、じゃあ、組合で写してきた地図って?」
「縮尺が全然違うの!」
朝早くから組合に顔を出し迷宮へと赴いていたが、十一層からが迷宮本番だとセレーネに言われていたことを実感しているうちに、後続の探索者達が降りて来た。
「おっ、なんだ嬢ちゃん達。十一層は初めてか? 狩りの時の外套は付けてるな。射撃の時は他の探索者にも気を付けてくれよ? 適当にやって撃たれたらたまったもんじゃ無いからな」
「え? あっ、解った! ありがとう!」
声を掛けて来た鷲人族の男性に注意を受けてラウリーはお礼を言うのだった。
「兄ちゃん達どの辺行くの?」
「地図あるか? あー、今日はこの辺だな。そっちは?」
「うちらは下に行くんだー」
「そうかそうか。気ぃ付けてな!」
地図を指さし場所を示して、お互いに声を掛け合い別れて行った。
「ラーリ達も行こうか!」
「「「おー!!」」」
双眼鏡を取り出して確認してみれば先行する探索者の姿が見えた。
狙撃銃はこの領域の端まで届く程の威力を持った武器であり、周りに沢山の探索者の居る環境では使い勝手の良い武器とは言えなかった。
「ん、ロット。狙いを付ける時はその先に他の探索者が居ないことも確認が必要」
「わかったの。多くないと良いの……」
迷宮内の環境を確かめる様に、五人はゆっくり足を進めて行く。
扉の周辺は剥き出しの地面だったものが草原になり低木が混じり、そんな中を紅蟻や氷晶蟷螂の相手をしながら最初の領域を越え、通路の先に現れたのは深い森だった。
「この辺の魔物ってみんな素材残していくねー」
「ん。最下層の迷宮核に近い程、魔物の受肉率が高いって一緒に聞いたよね?」
「そうだっけ? ルーナ覚えてる?」
「ボ、ボクに振らなくても、良いんじゃないかなー……」
「ルーナは聞くだけ無駄だって。いっつもそうじゃない」
「ほんとなの。もう少しちゃんと人の話を聞いててほしいの」
リアーネに先導されて進むのは最短に近い道筋であったが、迷宮内の地形を考慮して迂回した方が早く移動ができる場合や、魔物が多すぎて対処が大変そうなところは避けている。そのため必ずしも直線的に進んでいたわけでは無かった。
「ね! あれ! 桃だよね!」
「ん! ほんとだ! でも魔物の反応あるけどどうする?」
「どれくらいいるの? 数次第だけど行ってもいいんじゃないかな」
「ん。一体だけ」
「じゃあ、決まりかな。こっから魔物見える?」
「えーと、えー……!? もしかしてあれなの?」
ロレットの指差す先には身長にして三メートルはありそうな大きな金輪猿が居た。ひょろりとした印象を受ける細身の体の中では、不釣り合いな程大きな手と足が付いていた。全体的には明るい茶色の体毛の中で手首、足首、額には名前の由来ともなる金色の輪がはまった様な色の毛が生えていた。
その金輪猿は美味しそうに色付いた大きな桃を無心に食べていたのだ。
「リーネ。ここはあれ使って」
「ん。わかった」
そう言って狙撃銃を仕舞ってから大型の狙撃銃を取り出し準備を始める。
「弾種はどうするの? あのお猿さん雷属性なの」
「相性良いのは、火、水、闇属性……だっけ?」
「ん。あと光、癒、無属性も。ここはこれ、『暗闇』『安眠』『息切』『麻痺』の弾を使う」
「なんだよ、その酷い弾……」
ルシアナは弾丸に込められた魔法を聞いてうんざりとした声を出す。
そう言って取り出した五発の弾丸を空の弾倉に詰めて行き、狙撃銃に装着し照準を合わせて行く。
「リーネとロットも続けて射撃準備。ラーリとレーアは近付かれたら対処する。罠は何かある?」
「んー………、たぶん避けられる。邪魔になるだけ」
「そっかー、残念」
「うちは戦槌に持ち替えるかな……っと、お待たせ」
一心に桃を食べ続ける金輪猿は、五人の存在にまだ気付いていなかった。それも仕方のないことで距離にして五十メートルは離れていたからだった。
ルシアナとロレットは左右に散って射点を異にして狙いを付ける。
ラウリーは双眼鏡を覗いて、金輪猿の先に他の探索者が居ないかどうかを確かめている。
レアーナは背後にも気を配り、皆を守る構えを見せる。
「リーネ、いつでも大丈夫」
「ん。艶麗繊巧なトゥファナよ、巧みな指先をこの身にもたらせ………『器用強化』」
他にも筋力、敏捷、精神強化を掛けたうえで一呼吸置き、引き金に指を掛けた。
パシュッ!
静穏対策を強化された銃から洩れるのは、拳銃程の小さな音であった。
小柄なリアーネでも立射できる様にと反動対策も取られた最高傑作と自画自賛する銃から放たれた弾丸は、音を引き裂き金輪猿の延髄に吸い込まれた。
「やったね、リーネ! 一撃だよ!」
「ん。でも、全身が素材として残ったのか麻痺して倒れてるだけか、ここからじゃ判らない」
「とりあえず距離を詰めないとねー」
警戒しながら近付いて、ラウリーとレアーナが近接戦闘の距離に入った時に首筋から血を流しながらも金輪猿の周囲に光が漏れ出し、周囲に雷光が迸る。
「「わぁっ!?」」
パパシュッ! カンッ!
狙いを付けながら少し離れて着いて来ていた後衛三人が、魔法の光に反応して射撃した。
アォ! アォ! アォォォーー!!
金輪猿は叫び声を上げながら地に手をついて飛び上がる様に起き上がり、雷輝をまとった大きな手足で銃弾を弾いたのだ。
雷光に足先を踏み入れていたラウリー達は動きの精彩さが阻害され、目を離さずに後ろへ下がり、援護射撃をするリアーネ達が合間に掛けた『解痺』によってラウリー達も問題無く動けるようになる。
「ん。肉体を従える眩き御霊よ、仮初めの束縛をなす………『麻痺』!」
リアーネの『麻痺』の魔法と銃弾が叩き込まれてようやく効果を発揮したのか、今にも飛び掛かろうと腰を落とした金輪猿がつんのめる様に倒れたのだった。
「やっとだー……よっ、とぉーっ!」
ラウリーは振り上げた短剣で勢いよく金輪猿の首を刎ね飛ばした。
「何こいつー。頭以外溶けずに残った……」
「なら私が血抜きをするの」
と、言ってロレットが『脱血』の魔法を使い、素材として魔法鞄に回収した。
「あー……この先もこんな魔物がいっぱいなのかな?」
「うちの台車付き魔法鞄で運べば大丈夫だって!」
「その時は任せるの!」
そして五人は思う存分に嬉しそうに大きく甘そうな桃の実を採取するのだった。
程なくして十二層への階段に到達した。
今年一年、お疲れさまでした。
来年もまた、よろしくお願いします。
1月1日 から 1月9日 まで毎日 朝7時 に更新します。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。