102 閉所戦闘と一休み
ピ、ピコピコ………ピコピコ………ピコピコ………。
十分な休息を取り朝食の準備をしているときに警戒の魔導具が音を立て始めた。
「なに!?」
「ん! そっちの扉。魔物が近付いてるはず」
階段下の広間には東西に扉があり、東扉の先に設置した魔導具の音が控えめに響いて来たのだ。この魔導具、魔物が接近すればする程に間隔の短い大きな音で知らせてくれる。前方に遮音領域を発生させるため魔導具の向きを間違えなければ、魔物に音を聞かれる心配も無い。
装備を整えてから、そっと扉を開けて確認すると、ズシン、ズシンと、ゴーレムが重い足音を響かせながら歩いて来ている様だった。
「ん。荷物片づけて」
「端っこ寄っとけば、大丈夫……なの?」
ロレットは調理中の鍋をもって端に避け、他の面々で荷物を片付け、最後に警戒の魔導具を停止させて回収しロレットの近くに身をひそめる。
しばらくするとゴーレムは器用に扉を開けて入ってくる。その後は律義に扉を閉めて閂を掛け足音を響かせながら階段の前で足を止め、ぐるりと周囲を確認する。
ビクッっと、体を跳ねさせ動向を見つめる五人は、ゴーレムが階段に向き直り登って行って足音が聞こえなくなるまで息を詰めていた。
「「「はぁーー………」」」
「なんか、なんか……いいや、お腹減った」
「ん。ご飯食べよう」
ブワリと尻尾を膨らませてゴーレムを見送ったラウリー達は、ひそめていた息を吐き出してから魔導具の設置や調理の続きを手早く済ませて、腹が満たされればゴーレムのことも気にならなくなり、探索の続きを行うのだった。
九層は暗い場所と明るい場所が極端に分かれており、苔や草の生い茂る場所や湿地帯のような場所と岩がちな洞穴の様な場所とが入り混じる。
草原の様な広間に来れば、紫蜂が傘網鼠を抱えて飛んでいる姿が見えた。
「うわー……鼠、どうしよ?」
「ん。ここ全部焼き払うしか無いかも」
「じゃあ、ボクらが飛んでる蜂の対処かな」
「任せた。近付くのが居たらうちらが何とかしとくよ」
「それじゃあ、行くの!」
リアーネの放つ『炎壁』が横一線に走り壁まで到達すれば厚みを増して燃える範囲が広がった。それを前方へと移動させることで全て仕留める算段である。
続く様にルシアナとロレットの『雷球』が、飛んでいる紫蜂を落としていく。ほとんどは一撃で仕留めているが、稀に仕留めきれずに向かってくる。そういったものはラウリーとレアーナが武器を振り抜き倒すのだった。
炎が広間の半分を超えた辺りで、体長一・五メートル程はある二匹の大きな氷晶蟷螂が姿を現し飛んで来た。
「ん! 手が離せない」
「リーネは魔法に集中! あれはラーリが何とかする!」
「うちのことも忘れないでよっ、トォーーッ!」
氷晶蟷螂に向かってラウリーは走り寄り、振り上げられた鎌を弾いて斬り付ける。
光を放った氷晶蟷螂の周囲には氷の礫が集まりだしてラウリー目掛けて打ち出された。
ラウリーの斬撃は『氷弾』に弾かれて、それ以上の氷の礫が襲い掛かる。
躱し、弾き、後退し、飛び跳ねて、何とか避け切るが間合いを開けられた。
その隣では近付く氷晶蟷螂にレアーナは端を持った棍を突き出して、遮る鎌ごと頭部を貫いていた。
十分に間の開いたことを確認したルシアナが矢を放ち、氷晶蟷螂の羽が千切れ飛んで地に足を着け用とした間際に、接近したラウリーが両の短剣で右側の脚を斬り飛ばし、倒れ込んで来たところを翻した刃で首を刎ねたのだ。
「ん。お疲れ」
「傘網鼠が居ると厄介なの……」
氷晶蟷螂を狩った頃には、広間から魔物は一掃されていた。
周囲が薄暗く岩肌が露になった通路は狭く、二人並んでの戦闘は難しい場所へと足を踏み入れた。
そのためレアーナが、警戒のために後ろへ下がり一列となって進んでいた。
床幅は狭いが壁に向けて急な坂があり、適度な段差が細いながらも魔物にとっては丁度良い足場となっているのか、前方に魔物の反応が増えて行く。
「リーネ、狙える?」
「ん。大丈夫。きっちり仕留める」
「あれ、狼だね。結構いるねー」
「うち二番手に行った方が良くない?」
「じゃあ代わるの。射撃は後ろからで問題無いの」
「ん。灯りの魔法使う。夜闇を払う光輝なるものよ、一時の灯りをもたらせ………」
リアーネの詠唱が終わった瞬間、三人の射撃により戦闘が始まった。
パパシュッ! バジジッ!
「『持続光』!」
ギャウンッ!!
最前面に居た体長一・五メートル程の影狼二頭が頭部を撃ち抜かれ、一頭は矢に付与された雷撃で体を痺れさせ倒れている。残り五頭が飛び出してきたところに、リアーネの魔力を多く注いで光量を上げた『持続光』が目を眩ませた。
突然の眩い光に視界を奪われた影狼は足を踏み外して転んで行くが、五人はゴーグルの調光機能が目を守り起き上がる前に発砲して、残ったのは三頭の影狼。
頭を振って五人を睨みつけて飛び掛かってくる影狼に、ラウリーは短剣で爪を受け流し首筋を切り裂いた。
その後ろの斜面の足場から躍りかかって来た影狼には、レアーナが端を持って遠い間合いから棍で突き崩す。
グァアァァァッ!!
至近距離での咆哮で影狼の周囲に闇色の刃が浮かび上がり周囲へと斬り付ける。
「くぁっ!」
「いっつーーっ!」
狭い通路で後ろにもさほど余裕があるわけではないために避けることが難しく、防ぎきれない斬撃が防具の上から衝撃を与えた。
「セイヤァーーッ!」
ギャンッ!!
ラウリーは靴の前端で顎下を蹴り上げて、怯んだところを止めを刺した。
レアーナの突きを受け背中から落ちた影狼と残りは射撃によって仕留められていた。
「もう、いない? はぁーー。狭いとこで戦うのきつい……」
「ん。盾が欲しくなる」
「ボクらには向かないよねー?」
「うちがやってもいいけど、大きい盾持てないから意味ないよね……」
「私達らしい戦い方を考えた方が良いの」
自分達の弱点と、どう対処するかを話しながら先へと進み、しばらく続いた狭い通路を抜けた先に扉を見つけ、十層へと降りて行くのだった。
「リーネ、どう?」
「んー……、一本道で広間に着くみたい。結構広い。魔物も沢山」
「うわぁーー、また鼠じゃないよね?」
「無いとは言えないけど、多いのかー」
「広間に行く前に魔法で強化していくの」
そろりそろりと広間へ向かい、壁に身を隠し中の様子をうかがった。
「魔物は? どこだろ?」
「ん……ん! 上!」
「え? ………何あれ?」
「なんか、びっしりいるんだけど?」
「蝙蝠なの。えっと、確か白大蝙蝠」
「白くないよ?」
「ん。光属性の魔法を使ってくる」
「蝙蝠だったらいつものアレだよね。リーネに任せた」
「ん。拘束されし風の澱みよ、その悉くを腕に抱け………」
魔法の準備が整ったところで、三人一斉に射撃する。
三体の白大蝙蝠が落ちると共に溶けて行き、他の白大蝙蝠が一斉に飛び立った。
「『静寂』!」
そこにすかさずリアーネが魔法を発動させると、白大蝙蝠同士や壁にぶつかり次々と落ちて行く。
走り寄ったラウリーとレアーナが一体ずつ仕留めて行くが数が多すぎ時間が掛かる。
「ひどいなぁ……あれ、声が聞こえる?」
「ん。この辺りは『静寂』の範囲に含めてない」
「じゃあ、魔法使える!? 天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………『雷球』」
ボーっと見ていたルシアナとロレットが『雷球』を放ち始めると、仕留める速度が速くなり十分かからず倒し切った。
「蝙蝠、嫌ーい!」
「ん。ご苦労様」
「魔石拾うのも大変だねー」
「何個あるんだろうな、これ」
「拾わないともったいないの」
面倒くさそうにブラブラと尻尾を揺らして言うラウリーに皆は同意する様に溜め息をつきながら、広間に散らばる沢山の白大蝙蝠と魔石を回収するが、戦闘よりも余程時間をかけることになってしまった。
広間の奥にある十一層への階段を降りて行くが、少しばかり長い階段に不満を漏らすことになる。
十一層に降りた先は小部屋になっており、部屋の中央には久しぶりにも感じる柱に埋まった迷宮核の複製が待っていた。
「やっとだー」
「ん。いったん帰ろう」
「「「賛成ー!!」」」
柱をはさんで階段の反対側にある扉には視線を向けただけで迷宮核の複製に手を触れ登録し、数日ぶりに迷宮を出てまずは組合に顔を出すのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。