101 群の魔物と煩労戦
「ん。この辺りの岩盤は硬そう」
七層へと降りて来て、平らに綺麗に整っている大きなゴーレムが掘り抜いた迷宮の壁面に手を触れてリアーネはそんなことを言う。
「どうして判る、リーネ?」
「ん。多分これは岩盤に魔法で切れ目を入れて四角い塊になった岩を取り除く様に穴を掘ったんだと思う。軟らかい岩だと時間と共に崩れたりするはずだから、ここみたいな平面が残ってるのは岩自体が硬いからか、軟らかすぎて硬化処置をしたかどっちかになる」
「ああ、ここの壁っていかにも石材って感じだね」
「ん。硬化処置をしてたらノイェトゥアの大穴みたいにもっと均質な表面になる」
「真っ平らな天井は始めて見たの」
「硬い岩でも掘り返すようなのが居るんだね……」
通路の先の灯りの下に密集する様に生える草を見てルシアナが言った。
その広間の壁面は段々になっており少し高い位置に、捻じれて横に張り出した角が立派な颯山羊の姿が見えた。
静かに近づいていたはずが、颯山羊には既に気付かれていた様で頭を上げて五人の様子を覗っていた。
「なんか、目が合った気がする」
「ん。近付いたら突進を受ける。ここから狙う」
そう言って照準を合わせ引き金に指が掛かったというところで、フラリと倒れる様な自然な動作で横に移動し颯山羊は銃弾を躱した。
「「「なっ!?」」」
五人は驚きながらも迎え撃つためにラウリーとレアーナが踏みだした。
体高二メートルにもなる颯山羊は光ったかと思えば風をまとい、頭を低くし張り出した角で二人を引っ掛ける様にして物凄い速さで向かってくる。
「ハァーーッ!!」
「タァーーッ!!」
ガキュィンッ!
と、大きな音を立て、ラウリーの両手の短剣とレアーナの棍が角を跳ね上げる様に受け流す。
体勢を崩した颯山羊は足を踏ん張り停止して、そこへ三人の射撃が集中する。
メエェェェェッ!
「ひゃー、痺れる!」
「そんなこと言ってる場合じゃないって!」
「ボクらで仕留める、よ!」
颯山羊の角を跳ね上げて痺れた手で何とか武器を落とさずにいるが追撃を仕掛けることはできず、その間に第二射が頭部に集中し、嫌がる様に頭を振り回した拍子に角に中って矢が弾かれていた。
後ろ脚での蹴り上げも届かない距離から、颯山羊が振り返ろうとする度に方向転換を阻害する様に射撃を続け、弾倉を打ち尽くす前に仕留めることができた。
「おぉー! お肉だー!」
「ほんとだ! 山羊のお肉! ご馳走だね!」
魔石以外に骨付きの大きな肋肉とモモ肉が残されていて、レアーナが特に喜んだ。
その後も紅蟻や白砂飛蝗を食べていた樹鎧兎を仕留めて鱗を手にし、肉じゃなかったと残念がったりしながらも、五人は足を進めて行った。
「ここも、随分と草の生えたところだねー」
ラウリーの言う様に光を放つ魔石が多く顔を覗かせて、迷宮内が明るく照らされていた。そのおかげか、一面に草が生い茂り多数の紅蟻と白砂飛蝗の姿を確認できた。
ゴーグルに表示される魔物の反応に向けて、半ば作業の様に射撃で数を減らしていき、少しずつ歩を進める。
「「「あっ!」」」
草叢の中にあった草を編み上げて作った傘か天幕の様な物を矢が撃ち抜くと、そこからワラワラと小さな何かが広がって行った。
「ちょっ!? これ、なに!?」
「ん! 傘網鼠! ルーナ………撃っちゃったか。焼き滅ぼす炎の力よ、燃え盛る死の領域をなせ………『炎壁』!」
「えぇー、こんなの棍でどうにかなるものじゃないよー」
「ごめっ、わー、えっと……えーっと………『雷球』でいいかな? 天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………『雷球』!」
「わ、私もっ。天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………『雷球』。行くの!」
リアーネが床に広げた『炎壁』とルシアナ、ロレットの『雷球』が、少しずつ傘網鼠を燃やしていく。
魔獣の傘網鼠が体長三十センチ程あるのに対して、迷宮に居る魔物の傘網鼠は体長が小さく五センチもない。そのためか行動も違い大きな群れを作って数で獲物に向かうため、武器で何とかしようにも小さすぎて狙いが付け辛い上に、倒しても後続が多すぎるために殺到されることになってしまうのだった。
ラウリー、レアーナの魔法も加わり少しずつ数を減らしてはいるのだが、傘網鼠の巣が他にもあったようで一見すると減ったようには見えなかった。
「わーーっ! 来たーっ!」
詠唱を中断したラウリーは両手の短剣を振り回し何とか接近を抑えているが、それも時間の問題に見えた。
「ん! 焼き滅ぼす炎の力よ、燃え盛る死の領域をなせ………『炎壁』! 広がれっ!」
リアーネが面積よりも幅のある線状に『炎壁』を作り出し五人の周りを取り囲んだら、越えてくる前に傘網鼠は倒れて行った。
内部に入り込んだ傘網鼠はラウリーとレアーナで対処して、涙目ながらも全て仕留めることができたのだった。
後はゆっくり落ち着いて魔法で数を減らして行って、全て倒し切った時には焼け野原の様になっていた。
「はぁーー………。さっきの何だったの、リーネ?」
「ん。傘網鼠。組合でも厄介だから魔法で殲滅か無視して行けって言ってた」
「みんな、ごめーん! 魔物の反応があるからって、何でもかんでも攻撃したら良いってわけじゃないんだね………。もっとちゃんと狙わなくちゃ……」
「ほんと、ルーナはー……。あー、だけど、うちらも気を付けないと」
「疲れたのー」
しばらく進むと八層へ降りる階段を発見したが、道中逃げ散っていた傘網鼠をちらほら見かけ、それらの対処で皆、随分と気疲れしてしまっていた。
八層へと降り少し長めの休息を取り、行動食という名のお菓子を口にして、ようやく気分の切り替えができたのだった。
八層は七層よりも水溜まりが多くあり薄暗い環境だった。
紅蟻や白砂飛蝗、紫蜂に毒瘤蛙を随分と見かけることになるが、そのほとんどは近付かせることも無く射撃だけで仕留めて行った。
「この辺、ほとんど池じゃない?」
「ん。足元気を付けないと、ずぶぬれになる」
「なんか、早いのが来る!」
ルシアナの声にサッと身構え、ゴーグルの示す魔物の反応を視界に収める。
皆が狙いを付けて射撃の体勢を整えたところで、もう一体の反応がぶつかったかと思えば反応が一つに減っていた。
よくよく目を凝らして見てみれば、雷光蜻蛉を咥えた漆黒山猫の姿を捉えることができた。
しかし皆が何か行動を起こす前に、チラリと視線を向けてから薄闇に身を隠す様に姿を消してしまったのだった。
「ん。下層とは別方向に行ったし、追い駆けなくていいよね?」
「今日はもう休息にしない?」
「「「さんせーい!」」」
九層へとたどり着いた一行は、周辺の確認を終わらせて野営と食事の準備をするのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。