100 機能向上と閃刃鹿
五層の扉の外に警戒の魔導具を設置して、ラウリー達は野営の準備を進めて行く。
リアーネはゴーグルの改造のために卓を出し、大小品質様々な各属性の魔石や素材を広げていく。魔法を使って魔石の魔力特性を観測し、特定するための魔法陣を模索する。
大きさや品質による魔力の質は非常に近しい物であり反応の大きさとして現れた。
対して属性の違いは色の違いと同じようになだらかな変化を見ることができた。その変化量には上限下限があるらしいことも解って来て範囲を外れた魔石はゆっくりと崩壊し、いずれは魔力に還って行くのだろうと予測された。
観測する魔力の質が判れば魔法陣に反映させて、平面の魔法陣に仕立ててゴーグルに装着している撮像札に記録した。
「ん。これは見難い……」
ゴーグルを装着して魔石を見たリアーネは、卓上の魔石に沢山の文字情報が重なって、とても改良と呼べる状態では無かく、ふら付きそうになるのを堪えてすぐに目を閉じ取り外した。
表示部分に手を入れるために表示用の魔法陣に修正をして、ついでに分析用の魔法陣に魔石の反応を組み込んだ。
新しい魔石に焼き込みゴーグルに付いた物と交換し、再度魔石と表示の見え方を魔石を動かしては確認して、ようやくリアーネは納得した。
「リーネ、できた?」
「ん。とりあえずはラーリ用だけできた。ご飯?」
「そう! 後は食べてからね!」
「ん。わかった」
「お。先客がいるのか」
「はぁー。もしかして扉の前になんか仕掛けてたのは嬢ちゃん達か?」
「焦ったよ。あるはずの扉が見つかんないんだからさ」
そんなことを言いながらも男女五人の鳥人族の探索者が、食休みで一服している双子達の近くの扉を開けてやって来た。
「魔導具仕掛けたのラーリ達だけど、警戒は必要でしょ?」
「そうそう、ボクらだって気を付けてるんだよ。そんでお兄さん達もう帰るの?」
「俺達は十層から上がって来たんだ。ここまで来たらもうすぐだ。よくできた魔導具だが少しばかり危険かもなぁ……?」
「危険? お兄さん達、十層より下にはいかなかったんだ」
ラウリー達の起こした火を一緒に囲む様に座り込み、しばしの休憩を取ることにしたようだ。
「あぁ。お前さんらはあれだろ? なり立ての探索者。この時期はどこの迷宮も多少の見回りみたいなことは、やってるんじゃないか?」
「「「ご苦労様です!」」」
「はは、いいって、これも仕事だ。それより、ありゃ何やってんだ?」
作業を再開したリアーネを指して疑問をぶつける。
リアーネの元から仕上がったゴーグルを持って来てラウリーが説明を始めた。
「これ掛けると、迷宮が暗くても見えるし、魔物の居場所を教えてくれるんだー」
「「「なにーっ!?」」」
「それで、今は魔物が落とした魔石の場所も教えてくれるように改造してる」
「そ、そうか。なんか凄いな」
「ね、ね。掛けてみて良い?」
どうぞと小柄な梟人族の女性に貸してあげた。
「へぇーー。こんな風なんだ。魔石ある? あ、ほんと。これなら判りやすいわね」
ラウリーがリアーネの扱っている魔石を指差すと、そちらへと目をやった女性が感嘆の声を上げると、他の面々も興味に駆られて順番に試していった。
「でも、こんな魔導具あったかしら? それに自分で改造するの?」
「リーネが作った物だからね! 使いやすい様に思いついたら改造だってしてるよ。改造前のだったら、錬金組合に魔法陣とか登録したから行ってみて。これは迷宮を出てからかな?」
その後、しばらくしてリアーネは全員分の改造を終わらせる。
自身の物には地図作製機の機能を統合して、視界の一部に表示できるようになっていた。
ラウリーとレアーナの拳銃と銃弾の強化も試して、少しばかり大振りになった拳銃にラウリーは微妙に耳を倒すことになる。
しばしの休憩を終えた鳥人族の探索者は地上を目指して階段を登って行き、ラウリー達は交代で休息をとるのだった。
◇
一眠りして体を休め、準備を整えると探索を再開する。
五層は既に扉周辺以外を整備されていないようで、点々とある光を放つ魔石が照らす周囲には草が繁茂し紅蟻などの姿も見え、地上と同様に足元に気を付ける必要があった。
魔物を離れた位置から射撃で仕留めて魔石の回収も楽にできる様になると、迷宮を進む速度が上がることになる。
灯りも乏しく岩肌から水が染み出すようなジメジメとした場所の近くでは茸類も発見できて採取していくことになった。
「これって美味しいのかな?」
リアーネとロレットがゴーグルに表示される『毒』の文字を頼りに毒茸だけを選別し、その後に残った茸をラウリー達が採取していく。
「んー……? 知らない茸は口にしない。毒は『毒探知』の魔法で判別可能だけど、薬用や美味しく食べられる物は、帰ってから教えてもらった方が良い」
「そうなの。美味しいのがあれば迷宮内じゃなくて、帰ってからちゃんと料理した方が良いの」
「「料理は任せる!」」
ルシアナとレアーナがそろって料理を任せて来たが、いったん始めると手の込んだ料理を作ろうとするため面倒くさがっているだけで、両者とも料理ができないわけでは無かった。
「何か来た! 早い。ブンブン言ってる」
「ん。なら蜂かも」
ジメジメとした場所を越えて花の咲き誇る草原になった広間が見えて来た時、ラウリーの耳が羽音を捉え、事前の情報と照らし合わせてリアーネが予測する。
五人はその場で足を止め射撃体勢を整えて前方に目を凝らすと、ゴーグルに表示された遠くにいる対象の範囲を示す枠の中心にあった小さな点があっという間に大きくなり、その数と姿が見える距離に迫って来た。
パパシュッ! パパンッ! カンッ!
五人一斉の射撃によって前面に居た体長六十センチはありそうな紫蜂三匹が落ち、残った一匹が迫ってくる。
完全に近づかれる前に追撃を放つが、攻撃を予測されたのか躱されてしまった。
パンッ!
「「「わぁっ!」」」
迫って来た紫蜂を皆は危なげなく躱したのだが、ラウリーがいつもの癖で手にした拳銃で切りつけようとしてしまい、強く握った拍子に引き金を引いて天井へ向かって発砲し、それに驚いて皆は声を上げてしまった。
「ん。見えざる暗き炎よ、その熱を奪い去れ………『冷却』!」
銃を使える距離ではなくなりリアーネが魔法を使うと、紫蜂の周囲だけを正確に強力な冷気が包み込み、動きが鈍って落ちていった。
「ラーリ! 拳銃は短剣じゃ無いんだよ!」
「ほんとだよ。うちらに中ってたらどうするのー」
「びっくりしたの! びっくり、したの!!」
「ん。拳銃じゃ、切れない」
皆はラウリーに苦言を呈し、リアーネは落ちた紫蜂に止めを刺して魔石を回収した。
「ごめん……なさい」
ラウリーの耳は萎れ、尻尾は元気なく足に巻き付いていた。
レアーナと行動食という名のお菓子を食べて気を持ち直したラウリーは拳銃からいつもの武器に持ち替えてから移動する。
前方は照明の魔石が多いのか明るくて、石柱が林立した沢山の草の茂った広間がよく見えた。
「いっぱい居るね」
「ん。閃刃鹿。角に注意」
「ね、あっちに針樹狐もいるよ」
「うわー、どれだけいるんだ?」
「えーと、鹿八頭、狐一頭……なの」
体高一メートル程あり頭部から枝分かれした刃の様に鋭い角を持つ閃刃鹿を、優先して狙おうと魔法と狙撃の準備を始め一斉に発砲し三頭仕留めることができた。
ピャーーッ!
と、鳴いたかと思えば頭を巡らせ、五人に気付き一斉に向かって来た。
次弾の準備を終わらせていたリアーネ達三人が発砲して更に二頭を仕留めるが、急いで詠唱していたラウリーとレアーナの魔法は接敵間際に放たれるもギリギリ掠めるだけで近付かれ、振り回してくる刃状の角を慌てて避けることになる。
「わぁっ!」
「おっとーっ」
ラウリーは反撃の手を止め、レアーナは棍で受けて弾かれる勢いを利用して間合いを取ると、正面に居たリアーネ達は散開しながら射撃を続け、向かってきた閃刃鹿を全て仕留めきることができた。
後に残ったのは動かず見物している体長一・五メートル程の緑がかった毛並みが美しい針樹狐一頭のみとなる。
「はぁー。びっくりした」
「ん。狐は動かないけど、なんだろ?」
「ロットを仲間だと思ってたりして」
「だったら懐くかな?」
「もふもふ……なの」
耳をピコピコ警戒しながら手を振るラウリーに一瞥を送っただけで、興味が無さそうに針樹狐は前肢を枕に頭を乗せて寝始めてしまった。
「先行こっか」
魔石とナイフにでも加工できそうな角二本を回収してその場を後にした。
幾度か進路を塞ぐ魔物を狩って、無事六層も越え七層への階段にたどり着いた。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。