099 敵の特性と戦闘法
三階層へと降りて来て、地図を中心に迷宮の進み方などを再確認する。
「ここから扉が少なくなるんだっけ?」
「ん。遠くの魔物に気付かれると厄介だから、静かに進む」
「ここの迷宮って、壁も床もあんまり整備されてないよねー」
「鳥人族は……って言うか、髭小人が凝り性なんだと思うよ。うちだって、こう……見てると、ムズムズするもん」
「あぁー、そう言うことなの。だったら、よく最下層まで整備せずにいられたの」
「はははー。だよねー」
少しだけ開けた扉の先を覗い、リアーネが魔法で状況を確認してから進みだす。
ラスカィボッツの迷宮に比べて、通路は広く天井も高いこの迷宮は鳥の魔物も豊富に現れるようだった。
パパシュッ! カンッ!
「ラーリも拳銃使おうかなー?」
「んー……、狙撃銃用意しようか?」
「それは、なーんか違う? ……どうしようか?」
「ボクみたいに弓にすればいいんだよ。弓最高! ね!」
「うちは弾の強化だけでも良いと思うけど、ラーリはどう?」
「あー、それだったら良い……かも」
魔石を拾いながら、片耳ずつ倒しながら考え考えラウリーは話すのだった。
「大っきい兎だー。美味しいのかなー?」
「肉も素材なんだから、三層じゃ無理じゃない?」
迷宮核に近い程に魔力濃度が高いため、魔物の受肉率も高くなり素材が採れ易くなるのだと考えられているため、レアーナはここで素材が取れることは無いと考えていた。
一行の前方に見えたのは全長一・五メートルを超える樹鎧兎でバリバリと白砂飛蝗を食べており、たいして食べないうちに魔石を残して融けて行き、樹鎧兎は魔石も食べてしまった。
「魔物じゃなかったら、抱き着きたかったかも」
「もふもふ気持ちよさそうなの……」
パシュッ! カンッ!
レアーナとロレットがフラフラと寄って行きそうになっているのを横目にリアーネが射撃準備を整え発砲し、続いてルシアナも矢を放った。
攻撃を受けて仰け反った後に周囲を警戒し始めた樹鎧兎が淡く光ると周囲の草が成長し覆い隠し始めたのだ。
ハッと我に返ったレアーナは攻撃の準備を整えてゆっくり近付き、ロレットは射撃の隙を探すために移動した。
先に動き出していた双子達は、リアーネの放った『着火』の魔法で火の点いた草の囲いから飛び出してきた樹鎧兎に斬撃を放つラウリーと、離れたのを見計らってルシアナが矢を放つ。
樹鎧兎は器用に鱗の鎧で攻撃を弾いては、爪を振りまわし、蹴りを放ち、時には飛び跳ね押しつぶそうとする。
「リーネ! どうにかならない!?」
「ん。天より落ちた轟きよ、刃に宿りて解き放て………『雷武器』。これで行けるはず!」
リアーネの魔法によってラウリーの手にした両の短剣が雷をまとって光を放つ。
「ヤッ! タァッ! ハァーッ!」
飛び上がった樹鎧兎に合わせて、着地間際にラウリーは連続して斬り付ける。
たまらず体勢を崩した樹鎧兎に、レアーナが持ち替えていた戦槌を振り下ろした。
「ドッセーイッ!」
レアーナの攻撃でフラフラと頭を揺らす樹鎧兎に対して後衛三人の射撃が続き、ようやく仕留めたのか崩れて行った。
「あー、びっくりした。兎って魔物になるとこんなに大変なんだー」
「ん。強いのは長く生き残ってたからかな?」
リアーネの視線の先には魔石だけではなく毛皮と骨付きモモ肉の塊が残されていた。
「やった! 食べれるよね!?」
「うちが知ってるわけがない」
「まずは回収なの!」
念のためとロレットが『脱血』『食料浄化』を使ってから、思わぬ拾い物をしたと大きな肉の塊を、尻尾を振り振りご機嫌で魔法鞄に回収した。
「ね? あの岩、魔物の反応あるけどなんだろ?」
ラウリーの示した先には高さ二メートル程はある大きな岩があった。よく見てみるとその岩は動いているようで、観察を続けていると頭を上げた。
「ん? 岩槌牛かも。『石弾』に注意」
「うわぁー、堅そう……。ボクの弓じゃ効かないだろうなー」
「ああいうのこそ、うちに任せればいいよ」
見るからに硬そうな岩槌牛に有効な攻撃ができそうもないルシアナに、レアーナが戦槌を持ち上げて自分の出番を主張した。
「私は魔法で補助するの。リーネはどうするの?」
「んー……、あぁ、そうだ。これ使おう」
リアーネの取り出したのは大型の狙撃銃だ。
ラスカィボッツにいる間にレアーナの祖父、ヴィヒトリと一緒に悪乗りして改造した銃は、普段使いの狙撃銃同様に銃床部分にまで機関部を後退させて、持ち手の位置が変わってなお以前と同じ程の長さがあった。他にも銃弾の『重量増加』に『高速飛行』、何より狙撃銃本体に掛かる『重量軽減』や発砲時の音対策に反動対策、銃身の保持にも『念動』を使ったおかげで二脚も無くして軽量化を徹底し、非力なリアーネでも立射ができる様になっていた。
長すぎる銃身のために取り回しが悪いこと以外は、魔物素材を使っていない中では強力な狙撃銃だと言えるできに仕上がったのだ。
「リーネ、とうとうそれの出番なんだ」
「ん。堅そうだから」
リアーネが狙いを付ける間にロレットの魔法によってラウリーとレアーナの筋力、器用、敏捷、体力が強化されていく。
続いて詠唱を始めるロレットとルシアナが示し合わせて『水球』と『雷球』の魔法を放つ。
グモォォォォォーーッ!
パシュッ!
魔法を受けた岩槌牛は『水球』に押されて体を少し揺らしただけで、敵を認識し周囲を警戒し始めるが直後に『雷球』を受けて硬直し、怒りによって声を上げた。
続くリアーネ放った銃弾が岩槌牛の左後肢を撃ち抜き、衝撃で体勢を崩したのだ。
それと同時にラウリーとレアーナが走り出した。
「ハァッ! タァッ!」
「これっでも、くら、えーっ!」
ラウリーの突き出した短剣は表皮を覆う岩に弾かれ、反撃に備えて距離を取る。
レアーナの振り上げた戦槌が左後肢を砕くが、岩槌牛は体勢を崩して倒れそうになりながらも、目の前にいたラウリーを追いかけ始めた。
岩槌牛の周囲に光が浮かび石でできた角が、穴に誘導するために後退する前衛二人に襲い掛かる。
武器で弾くようにして何とか躱すが間合いが離れて、追撃に放たれた石の礫によって体勢を崩してしまう。
程よく離れたのを見た後衛は準備していた『雷球』の魔法と銃弾を放つのだった。
ラウリー達に引き付けられていた岩槌牛の不意を突く様に放たれた銃弾が、頭部を貫くかと思われたのだが、邪魔をした角が根元から砕けて折れ飛ぶのだった。
頭を振って衝撃を醒ました岩槌牛は、いつの間にか視界から消えたラウリー達は忘れてリアーネ達目掛けて駆けて来た。
パパシュッ! カンッ!
グモモモォォォォオオオオオー………ッ!
凄まじい勢いで穴に落ちた岩槌牛は穴の側面に頭をぶつけ、残っていた角が突き刺さった勢いで折れてしまうのだった。
「追撃ーっ! タァッ!」
「ドッセーイッ!」
岩槌牛が頭から穴に落ちて動きを阻害されているところにラウリーは跳躍をして落下の勢いも載せて突撃し、追い駆ける様にレアーナが戦槌を振り下ろした。
ようやく仕留めることができ、岩槌牛は溶ける様に消えて後に残されたのは魔石と折れていた角だった。
リアーネもレアーナも元の武器に持ち替えて探索を続け、四層への階段に到達し降りて行く。
四層でも何度も魔物を狩って迷宮を進む一行は、前方の比較的多くの草に覆われた広間を見て足を止めた。
「なんだろ? 魔物と反応の数が合わない」
「ん? また粘菌みたいなのでも居るのかな?」
「見えてるのは……蛙に飛蝗かな? 後の反応はボクに判るわけもない」
「まずは見えてる魔物を片付けるのが先でしょ」
「えーと……? 何かあった様な? 無かった様な? 気持ち悪いのー」
迷宮に入る前に聞いていた魔物の情報が記憶に引っ掛かった状態のロレットは、出てこないことにイライラと尻尾を打ち付けていた。
「リーネ達の射撃で様子見た方が良いかな?」
「ん。わかった」
見ているだけではどうにもならないとラウリーの提案を採用し、後衛三人の射撃が始まった。
パパシュッ! カンッ!
ラウリーの『雷弾』とレアーナの『石弾』の魔法も続き、一撃では倒れなかった毒瘤蛙も五人に近付く前には仕留めることができたのだ。
見える範囲の魔物を全て倒した後も、姿が見えないにもかかわらず反応だけが残っており、何に反応しているのか調べるためにも進むしかなかった。
「気を付けよう」
「ん。んーー………? 地面?」
「え? あー、そう……かな?」
「一発撃ってみたら良いんじゃない」
「わかったの!」
パシュッ!
ロレットが反応のある先に向けて発砲すると、地面の下から魔物が姿を現した。
「「「わぁっ!?」」」
思わず声を上げて驚いて、レアーナは棍を振り下ろした。
「なに? 鼠?」
「土竜! たしか、銀針土竜なの!」
引っ掛かっていた事柄がようやく出て来てロレットはスッキリとした顔になっていた。
切り込もうと足を踏み出したラウリーはロレットの声に事前情報を思い出し、跳び越す様にして背後に回った。
銀針土竜は光りながら針の様な毛を逆立てて、着地したばかりのラウリーを狙って金属質な毛の針を飛ばすが、右に左に躱すラウリーに対して執拗に毛針を放つのだった。
「いったー! ちょっと、なんで、こっちばっかりー!?」
続けざまに飛んでくる毛針を距離を取ったことによって、ようやく避ける余裕が出て来た。
パパシュッ!
銀針土竜がラウリーに集中しているうちに、狙いを付けていたリアーネとロレットの射撃が中って仕留めることができたのだった。
「はぁーー。リーネー………」
「ん。プナプラピの加護の下、癒しの力を授けたまえ………『止血』」
「ラーリばっかり狙われたけど、何だったんだ?」
「それより、まだ反応あるんだけど」
「そうなの。土竜は目が見えないから音や振動で獲物を探すの。ラーリがあれだけ飛び跳ねてたら狙われて当然なの」
「ん。移動せずに射撃だけで倒せるはず」
事前に話していたというリアーネの説明に、そうだったのかと驚くラウリーの耳は心なし萎れていったのだ。
その後はリアーネの言う通り、その場から反応のある場所に向けて発砲し、出て来た銀針土竜を一匹ずつ仕留めることでこの場の魔物の反応は無くなった。
「土竜って強くないけど厄介だねー」
ラウリーはいつもの元気は隠れてしまい尻尾をブラブラとさせて言うのだった。
その後は特に手こずることも無く魔物を狩って、五層への階段に到達し扉の先を確認してから、昼を過ぎたばかりの早めの時刻だが野営準備を始めたのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。