097 事前準備と風の崖
山を切り裂いたような深い谷の底から見上げる崖の両岸には住居の出入り口が無数に確認できた。何より両岸を繋ぐように架かる沢山の橋が一行の目を引き付ける。
元々は髭小人の住んでいた都市であり、この地の魔法金属をほとんど掘り尽くしたから新天地を求めた結果、空っぽになる岩窟都市が交流のあった他種族に譲られることになったというだけあって、魔導車の入って来た下層には狩人組合と倉庫に駐車場があるくらいで住居などは上層にあり、街から受ける印象がラスカィボッツによく似ていた。
「やっと着いたー!」
「ん。組合は明日でいい」
「リーネに賛成! 疲れたー。早く休みたい」
バスから降りて来た一行が伸びをしながら声を上げ、お薦めの宿を教えてもらって早々と宿を取り、夕食後にベッドで一休みしていると、そのまま寝入ってしまうのだった。
◇
翌日はまず錬金組合へと顔を出し魔法陣と本を預けて登録し、各組合でもそれら魔導具の話やレシピの登録をしてから狩人組合探索組の窓口へとやって来た。
「「「こんにちはー」」」
元気よく入ってくる双子達に一瞬視線が集まって、受付の女性から声が掛かった。
「いらっしゃい。えっと……新人の子達かな?」
「そう! ついこの間、指導迷宮攻略して来た」
「ん。これ、そこの組長さんから」
始めて見る幼い顔に下級迷宮が目的で他所から移動して来た新人探索者であろうと当たりを付けた問いかけに対し、ラウリーは尻尾を振り振り笑顔で答えたのだ。
リアーネが渡した物は、ラスカィボッツの探索組組長から預かった指導迷宮を攻略したことを証明する手紙だった。
「ありがと。えーっと……はい、確かに。随分と褒めてるけれど、あなた達何かやったの?」
「あー、リーネ、魔導具出して」
「ん? わかった。攻略に使った魔導具」
そう言ってリアーネは受付卓に並べて行くが、一々何の魔導具だと名前を言いながら取り出していくのを、受付嬢が首を傾げて不思議そうに見ていた。
その様子を見ていた別の探索者が、何がおかしいのかに気が付いて声を上げたのだ。
「おい! それ! その魔法鞄、もしかして出したい物が選べるのか!?」
「ん? そうだけど?」
リアーネは何を当然のことを聞いているのだと不思議そうな顔になるが、それを聞いた狩人や探索者達の声で組合が揺れたのかと思う程に響いて、五人は耳を抑えて蹲ってしまった。
「あー……すまん。話には聞いたことがあったんだが、まさか本当にそんな魔法鞄があるとは思ってもみなかったから、取り乱しちまった。しかし……いや、目の前で見ても信じられん。そんな物、どうして新人が持ってるんだ?」
すまなさそうに謝った探索者の男性は、自身の興味を抑えることができずに聞いて来た。
「これみんなリーネが作ったんだよ! 凄いでしょ!」
ラウリーが耳をピコピコと震わせながら自慢げに言う横で、リアーネは取り出しては卓上に並べていった。
その後は一つづつ説明させられて錬金組合に魔法陣を預けて来たと言えば、早速注文してくるのだと何人かが背中の翼をはためかせて飛んで行ってしまったのだ。
「まったく凄いものねー。これじゃあ、すぐにでも攻略しちゃうのかもね」
「リーネが居るとうちらの出番少ないけどねー」
「そんなことないの。それより迷宮のこと教えてもらいに来たの」
「あーそうだった。えっと、地図と魔物のこと教えてください!」
「ん。今日は事前調査。ここの迷宮、最下層まで正確な地図がある?」
「えぇ、あるわよ。下級の迷宮はどこもそうじゃないかしら?」
「おぉ、何か基準とかあるの?」
「もちろん。攻略した迷宮は核の設定を変更して迷宮の拡張を禁止するから、攻略時期の早い迷宮ほど小さな迷宮になるし、詳細な地図の制作も行われるからね」
お姉さんに任せなさい! と、指を立てて説明し始める。
詳細地図の作成期間中は魔物の発生速度を最低にまで抑制する設定に変更されて行われていた。その後、各迷宮都市に所属する探索者が狩りをするうえで問題の無い範囲で魔物を発生させて、魔石の供給源として攻略済みの迷宮が利用されているのだった。
魔石以外の素材に関しては副次的な物でしかなかったが、現在において一定の需要があるために、素材の収穫のできる様にと迷宮の入場禁止期間が取られたりもする。
「じゃあ、階層が深いほど上級になるんだね?」
「そうね。小さい順に指導迷宮、下級、中級で、それぞれ最下層が十層、十五層、二十六層以下の迷宮のことを言うの。それ以上、あるいは未攻略な迷宮を上級って呼んでるから、上級迷宮がどれだけの階層があるかはまちまちね」
基本的に攻略時期が遅い程、迷宮は深く、広くなっている傾向がみられるが、後の時代に攻略されたのに浅く、狭い迷宮も少ないながらもあるために、何が原因で迷宮の拡大速度が変わるのかは様々な憶測や研究が乱れ飛んでいた。
ラウリーが受付嬢と話しているうちにリアーネとロレットは魔物の資料に目を通し、注意点などを書き写していく。
「リーネ、どんな感じ?」
「ん? ライカィボッツとは魔物の種類が違うし、数も多い」
「へー、どんなことに気を付けたらいいかな?」
「ルーナも資料に目を通すの! 聞いてばっかりじゃダメなの!」
「そうそう。迷宮入ってから魔物のこと聞いてたんじゃ遅いよねー」
「そうね。魔物を見て自分で判断できないようじゃ、探索者を続けていくことなんてできないわよ」
「わ、わかってるよー……」
顔を背けたルシアナはいじける様に小さくつぶやくのだった。
休養日などで暇そうにしている探索者の話を聞きながら、五人は迷宮の事前情報を頭に入れて行く。
「はぁーー………、お茶が美味しい」
「ん。頭を使う時は甘い物に限る」
「詰め込んだ知識が甘さで溶けそうなんだけど?」
「それはルーナだけでしょー」
「ルーナだけ甘くないの食べてるのに溶けてるの」
お茶菓子は魔法鞄に入っていたもので、各々好きなものを取り出して食べているため、ルシアナの言い分は通用するものでは無かった。
「あなた達、迷宮はいつから行くの?」
「うーん? 明日?」
「「「明日!」」」
午後からは消耗品の買い出しに街を回ることになるのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。