096 樹上の家と鳥人族
バスを引き連れた輸送隊は低木が疎らに生えているだけの峠を越えて、見上げる程の巨木の森に変わったのはどの辺りからだったか麓の方まで降りて来て、たどり着いたのは、樹上都市スーリメッツァだ。
樹の下には魔導車を停めて荷物の積み下ろしをするための倉庫と迷宮の入り口のある狩人組合の建物があり分厚い壁に囲われている。昇降機はあるようだが荷揚げ用の物としてしか使われておらず、樹上に造られている住居などへの移動は、住人はみな自前の翼か浮揚魔法を使っているようだった。
「ふわぁーー………。なんか、ワクワクしてくるね!」
「ん。早く登りたい」
「いや、下に組合があるんだからそっち先でしょ?」
「どっちもわかる」
「はいはい。言ってる間に行くの」
パタパタと双子とロレットの尻尾が振られており、目の前の景色に心が浮き立っていることは、見ただけでわかるのだった。
バスを降りた一行は、直径十メートル近くはありそうな巨木の幹伝いに視線を上げて三十から五十メートル程の高さに造られている建物の姿に目を奪われていた。
ひとしきり堪能した後は狩人組合に顔を出し、錬金組合から預かっていた手紙を渡して早々に用事を終えて、早く行こうと樹上へと魔法を使って移動する。
「リーネありがとうね。ラーリも『浮揚』の練習しなきゃだね」
「ん。気長にがんばれ」
「なぁ、これってどれくらい高いんだ?」
「さぁ? 気を付けないと危ないのは間違いない」
「三人共もっと魔法の練習頑張るの。はい到着なの」
「「「はぁーー」」」
ラウリー、ルシアナ、レアーナの三人は自身で魔法を使っていなかったためか、樹上に造られた床に足を着けた途端に大きく息を吐き出したのだ。
基本的に一本の巨木の枝の張りだした場所を土台にして住居が作られ、他の階層や他の木への移動のための橋や階段は見当たらなかった。
「この造りじゃ鳥人族しか居付かないって言うのも判るよなー」
「うちらじゃ短期滞在も厳しいもんねー」
住人に場所を聞きながら組合を訪れ、狩人組合では無理を言って登録だけさせてもらい、錬金組合で魔法陣と本を、ほかの組合にも行ってレシピなどの手続きを済ませてから本日の宿に向かうのだった。
「建物に入ると、もう普通に家の中だよね」
「ん。五人一泊、朝晩の食事付きでお願いします」
「はいよー。嬢ちゃん達、ゆっくりしていきな。夕飯はすぐにするかい?」
「「「お願いします!」」」
宿に入って受付を済ませて、すぐに食事を頼むことにし食堂へと移動した。
しばらくして出された物は、鹿肉の衣揚げをメインに、ハムとパスタのグラタン、鹿レバーの大きな団子の入ったスープと大満足の献立だった。
食堂には輸送隊の面々も多く見られるが、鳥人族の男女の披露する楽器と歌声が食事に彩りを添えるのだった。
「お風呂………」
「ん。仕方ない」
「ここは一泊だけだし、たまには仕方ないの?」
浴室とは名ばかりで、耐水対策に低い位置だけタイルの張られた室内に、盥にお湯を用意されているだけであった。
手拭いを湯に浸して汚れを拭うだけの物だったので、皆が微妙な気分になっていた。
「この造りじゃ鳥人族以外が居付かないって言うのも判る………」
「うちらじゃ短期滞在も厳しいねー」
皆で仕方なく汗を拭って、早々に寝てしまうことにした。
◇
スーリメッツァを出発し途中に造られた宿泊場で一泊するが、この辺りは大陸有数の森林地帯であろう。
ちなみに南西に広がる迷いの森は多くの妖精族が住み、この森以上に緑の深い環境である。
日も暮れ始めて宿泊所にもうすぐ到着するという時に、輸送隊の魔導車が速度を緩め停止した。
何事だろうと思っていると、何やら前方が騒がしくなる。
「魔獣だ!」
「ん。リーネ達も手伝う」
そう言って乗車席で武具を身に着け始めると、道の左手側からバスの方にも多数の魔獣が向かって来た。
ガラリと魔導車の窓を開け、銃を手に発砲を始める。
「ん。焼き滅ぼす炎の力よ、燃え盛る死の領域をなせ………『炎壁』」
リアーネがバスの側面を守るため、数メートル先に地面を覆う様に倒した『炎壁』の魔法を使った。これに驚き、近付いていた魔獣はバスを避ける様に右手側に抜けて行った。
それでもぶつかる様に走り寄る魔獣に向かって射撃を続け、十分程で波は抜けていった。
「あーー……、何だったんだろ?」
「ん。とりあえず、魔獣の回収しちゃおうか」
「結構一杯だよね。何があったんだろうね?」
「前にもこんなこと無かったっけ……?」
バスを降りて魔獣を回収していくが、光陰蜥蜴、樹鎧兎、閃刃鹿、針樹狐、岩槌牛、影狼、銀月猪と多種の魔獣の姿があった。それぞれ『脱血』をして魔法鞄に入れて行くが、数が多すぎて双子達の手には余る程だった。
しばらくすると宿泊場の人員が応援にやって来て、全てを回収して戻って行ったのだった。
輸送隊の魔導車が順次魔導車を進め始めた頃、左側上空から翼竜が現れ飛び去って行った。
「あーー、翼竜だ………」
「ん。種類までわかんなかった」
「そっか。飛ばれるとなんもできないよなー」
「背の高い木に挟まれてて良かったんだろうなー」
「ほんとなの」
見習いの頃に遭遇した翼翠竜のことを思い出し、できれば相手はしたくないと思う一同だった。
「………今日はあたりですねー。肉食べ放題! 楽しみだなー」
「何言ってやがる。せめて俺らが壁ん中入ってからにしてほしかったぜ」
宿泊所の男性と輸送隊の隊長の話が、バスを降りたところで漏れ聞こえて来た。
「ね、ね。よくあることなの?」
ラウリーは、まだそばにいたバスの運転手の男性に聞いてみた。
「あぁ。まぁそうだな。ここいら辺は翼竜の行動範囲らしくてな、山の上からちょくちょくやってくる。その度にあの騒動だから、ほれ、ここの壁、宿泊所にしちゃ立派な物が作られてるだろ」
「ん。頑丈そう。翼竜はともかく熊では壊せそうもない」
「そういうこったな」
回収した魔獣は個人で処分しても良いというので解体所を借り切り分けて、お肉と毛皮だけを持って行くことにした。リアーネとロレットは『脱血』要員として動くことにし、代わりに双子達の獲物の解体も手伝ってもらえたのだった。
◇
山の中腹程まで来た時に、遠目に見えて来たのは崖に掛かった大きな橋だ。その橋を越えた先の小山に密集する様にヴォリシルタの街があった。
魔導車一行は橋の手前に造られた砦の様な外見をした建物の門をくぐり入っていく。
そこには狩人組合と宿に倉庫と駐車場があり、住人たちとは距離が取られていた。
各組合に出向いて用を終えると、宿に入って早速食事を頼むことにする。
「はぁーー……お腹いっぱい」
「ん。美味しかった」
「特に食後のお菓子だよねー」
「うーん、美味しかったけど、もうちょっと甘さが欲しいかな? クリームは良かったけどねー」
「そうなの! もっと甘くても良いの!」
「いやいや、丁度いいって。テルトーネのお菓子が甘過ぎなんだってー!」
食事の献立には皆に不満は無いのだが、お菓子の甘さが丁度いいと主張するのはルシアナだけの様だった。皆、甘い生地のドーナツのシロップ漬けなどを食べて育っているので、菓子に対する認識が違うのだろう。皆で甘味を食べる時、ルシアナのみが少々違った注文をしていたのもその辺りに原因があった。
この地では砂糖や穀物が豊富に採れるわけではなく他所からもたらされる物であるので、ふんだんに使うことができない土地柄がお菓子にも表れていた。
「良かったー。ここのお風呂は浴槽がある」
「ん。でも、随分浅い……これじゃ、肩まで浸かれない」
「あーー、鳥人族向けなのかも? 翼ごと浸かったりしないんじゃない?」
「そういや聞いたこと無いね。どうしてるんだろ?」
「今度会ったらイーニ辺りに聞いたらいいの。さっさと入るの」
今回のバスはリアーネのかかわった座席に変えられた物で、随分負担が軽減されたとは言え、やっと解放された五人はお風呂の後は早々に就寝して体を休めるのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。