095 洞窟温泉とタルト
「「ぅにゃーー………」」
「ラーリもリーネもー、ここ随分気に入ってるよねー」
「なんかワクワクするもーん。仕方ないってー」
「そうなのー。こうー、狭い所がー、落ち着くのー」
公衆浴場である洞窟温泉は男女混浴が一般的であるために湯帷子を着て、のんびりとした時間を過ごしていた。
ごつごつとした岩肌を見せる通路に大小様々な浴槽などが全て温泉の湯によってつながって、点在する照明や時おり現れる外の景色が美しく、あちらこちらへと移りながら湯を楽しむ者も多かった。
連日の指導迷宮の攻略であったり、鍛冶の手解きにゴーグル用の魔法陣作成など忙しくしていたのも片付いて一息入れようと訪れていた。
「次に行くのってー、バービエントだったよねー?」
「確かー、そうだったのー」
「どんなー、とこだろうねー」
「そこだったらー、むかーしー、髭小人がー、住んでた所ー、らしいよー」
「鳥人族が住んでるんじゃないのー」
「あー、鉱石を掘りつくしたから移ったんだーって、爺ちゃんが言ってたー」
「あははー。髭小人っぽいー。それっていつくらいの話ー?」
「さぁー? 迷宮氾濫よりずーーっと昔じゃないー?」
「おぅ? お前らも風呂か? ってか、まだこの街に居たんだな」
溶けそうになるほどに間延びした問答が続く中、最近知り合った指導迷宮で一緒になった新人探索者の男性、アードルフが声を掛けて来た。
「おぉー。お久ー。最下層まで行けたー?」
「昨日帰ってきたとこだって。全くお前ら早すぎるんだよ。あんな魔法の使い方ずるいじゃないか……」
「だったらリーネに教わったらー?」
「そりゃいい考えだ! ぜひ教えてくれ!」
ラウリーの言葉に飛びついて、アードルフはすぐさまリアーネに教えを乞う。
「んー? じゃあ『持続光』使ってー。で、魔力制御でこんな感じ?」
十の光球が十色に光り複雑な軌道を描いて洞窟を照らし出す。
「「「おぉーー………きれーー」」」
「ちょっと待て、これは、難易度高すぎないか?」
「ん? そう? 基礎の基礎だよ?」
そして、光球がアードルフの前に集結し魔法陣を描いて行く。
「え………? なんだ? この魔法陣……」
「んー、『幻影』。で魔力の動きも再現する」
魔法陣が光を帯びて幻をかたどり始めると、双子達五人が羽妖精の様な姿で周囲を飛び始めた。
「は………? いつの間に『幻影』の魔法なんて使ったんだ?」
「ん? これは『持続光』で疑似的に『幻影』を再現してるだけだよ?」
「いやいやいや。ちょっと、何言ってるのか判んねーんだけど?」
その様子を眺める他の面々は、そもそも関わり合いになる気が無さそうだった。
「あれは、真似のできる人を見たこと無いの。関わらないのが一番なのー」
「リーネ凄いでしょー」
「リーネって学院に入る前からあれ、できたらしいんだよー」
「じゃあ、あいつが地図の魔法使えるようになるのは無理かー」
「まぁまぁ。だからこそ地図作成用の魔導具なんてものを作ったんじゃないのかなー」
「そうそう! それだ! あれって作ってくれるもんなのか?」
「ここの錬金組合にも魔法陣預けてたから、行ってくれば良いんじゃないかなー? あれって買えばいくらくらいする物なのか知らないけど」
「そうか。そうだな。他の街では買えるのか?」
そしてテルトーネから移動してくる道々、組合に預けて来たが、まだまだ手に入れられる街が少ないことと、新作のゴーグルはこの街でしか登録できていないことを教えるのだった。
温泉の次に行ったのは神殿だった。
炎神や槌神とも呼ばれる鍛冶を象徴する神、スヴァラの祀られた神殿で、入って聞こえてくるのはカーン、カーンと槌を振るう音だった。
「レーア? ここって神殿じゃなかったっけ?」
「そうだよ? 何か変?」
「いや、変? じゃなくて、変でしょ! なんで神殿で鍛冶仕事やってるの!?」
崖を奥深くまで入った所にある神殿に足を踏み入れれば、精緻極まりない装飾の施された礼拝堂があり、それに隣接する様に左右に炉が三台ずつ並んで全てが使用中であった。熱気も凄まじいために『防熱』の魔導具で礼拝堂と隔てられている。
そのことに驚いてルシアナは思わずと言った様に声を上げたのだった。
「おや、礼拝かね? それとも奉納かね? もしや技能検定を受けに来なさったかな?」
声を掛けたのは奥の炉で鍛冶用の槌を手にした神官服姿の髭小人の男性だった。
レアーナ以外はそれを見て傾げた首の角度が深くなっていく。
「えっと、街中の案内で近くに来たからお参りに来ただけなんだけど、みんなどうしたの?」
「信心深く結構なことだ。まぁゆっくりしていきなされ。儂はもう少し手が掛かりそうでな」
槌を振りながら鍛冶へと戻って行った。
「レーア? どういうこと?」
「髭小人の神官にとって、槌を振るうことは祈りを捧げることと同義だから。かな?」
「ん。みんな腕の立つ鍛冶師。魔法鍛冶はしないの?」
「ここではしないねー」
心置きなく見て回り、神像に手を合わせてから移動する。
「「「美味しいねー!」」」
甘味処で木の実のタルトを食べながら、温泉での話の続きをしていた。
「んぐんぐ。次どこだっけ?」
「ん。バービエントまでに、スーリメッツァとヴォリシルタって街がある」
「そこの迷宮は?」
「ん? 下級ではなかったはず」
「じゃあ、やっぱバービエントまではお預けかー。んぐんぐ」
「準備はもう終わったよね?」
「んぐんぐ。ん。終わってる。バスは明日出るから、ゆっくりしてられるのは今だけ」
「二人とも早く起きてくれたらいいんだけどー?」
ジトりとした目で見るルシアナの視線から逃れる様に、双子の視線は手元のタルトに集中するのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。