009 いたずらと羽妖精
「わたっ!」
「んっっ!」
「気を付けてっ!」
「いった!」
「きゃっっ!」
学院内の植樹された一画でのこと。
本日の戦技訓練は、学院の地図に記された五つの点に置いてある到達証の回収で、子供達は探検だと大盛り上がり。ただし到達証の周辺には罠や番人が配置されているから十分気を付けるようにと、模造剣を装備して仲良し組で出発したのだった。
「草、結んでた」
「ん。紐が張ってる」
と、双子が発見した罠を忌々しいとにらみつける。
「番人がいるんじゃない?」
「もう見つかったかな?」
「あれじゃないの?」
ロレットの示す先には戦技教官が一人いる。そこには別に出発した組の子達がいるが、捕まって到達証が没収されていた。どおりで出発点で一つ到達証が配られたと合点がいった。
「取られちゃうんだ!」
「ん。隠れる」
木の陰で身を潜ませて周辺を観察してみれば、自分達以外にも様子をうかがう影に気が付いた。気付かれないように数組に接近し、他の組を囮に突っ込むと作戦を立てる。準備も終わり番人に近づくのもここが限界という所まで来れば、足元から拾い上げた小石を別の組の隠れた辺りに放り投げる。
「わっ!」「何だ!」「逃げろ!」「突っ込め!」
と、たちまち混乱した声が上がり、番人役の教師がそちらへと向かう。
「まだ」
「ん、まだ」
「もう少し」
「今!」
「行くの!」
五人は一気に走り出し、番人のいた場所にある箱から到達証を掴み取れば、一目散に逃げだした。それを見ていたさらに二組が遅れながらも走りこむ。五人の後ろでは、罠に足を取られた悲鳴も上がり、無事到達証を掴み取ったのは、どの程度になるだろうと気にしつつも速やかにその場を後にする。
「「「やったー!」」」
じゅうぶん離れて人心地つき、五人はそろって歓声を上げる。
「次どこ?」
「んー……噴水?」
初等部体育館から始まって図書館裏の広場を攻略し、残されたのは、校門すぐの噴水、売店近くの林、高等部の中庭、運動場の観戦席裏の遊具広場に印がつけられていた。
「見つかりやすくない?」
「遊具の所は?」
「遠くから行ってみるの?」
「じゃあ、とりあえず」
「ん、偵察」
「「「わかった」」」
そうしてやってきたのは車回しの中心に噴水のある小庭園だ。車寄せの屋根の下に番人の姿を確認できる。番人が見える場所までは、周囲に植えられた草木に隠れるように沢山の罠があったが避けて来た。付近に他の組の気配が無いことを確認して、どうするかを相談する。
「おとりやる?」
「ん……罠作る?」
「あとまわ……し。罠?」
「え……いいの? それ?」
「いいかも知れないの!」
ということで、周辺を捜索し罠の少ない場所を見つけたら、他の罠を解除した紐などを使って罠を仕掛けていく。満足いくだけ仕掛けたら五人は配置に散って行く。
「よっし! 作戦開始!」
皆が配置に着いただろう頃合いを見計らって、ルシアナが一番遠くの罠を作動させてガサガサッと音を出す。続けて番人役の教師の気を引けているかを確認し、逃げるそぶりに別の罠にかかったふりをする。ルシアナの方に移動し始めたのを確認したら、すかさずラウリーが飛び出した。
「あっ! そっちか!」
「わぁ! 見っかった!」
と、急反転し慌てて逃げて行く。
番人は追いかけ木々の領域に足を踏み入れると、数歩の所で覚えのない罠にかかってしまう。様子を覗っていた三人とルシアナが飛び出し到達証を手に入れれば、一方向にまとまって逃げだした。すると当然のように番人は後を追うために走り出す。
「今のうち……」
そろりそろりと気配を消して、ラウリーが到達証を手に入れる。
「逃ーげろー!」
「あぁーーーっ!」
五人は笑い声を残し去っていき、やられたと悔しがる番人は頭を掻きながらも心持ち肩が下がり、とぼとぼと元の立ち位置に戻って行った。
◇
「ユニータ……ちょっとばかり多すぎやしないかい?」
「あらあら、可愛い罠しか無いじゃない」
遊具広場にある象徴的な遊具は、滑り台とジャングルジムと鎖のネットなどが組み合わさった、遠目に見ると亜竜の一種である翼竜を象っているのが見て取れる。
そのすぐ近くに到達証の入った箱が置かれて番人教師が立っている。ラウリー達の戦技訓練をよく担当しているグレックだ。
共にいるのは背中にある蜻蛉のような透明な羽を緩やかに羽ばたかせている身長二十センチ程の桃色髪の羽妖精だ。透き通るようにも見える薄い緑のワンピースをふわりと風に遊ばせ浮いている。彼女はユニータといい、罠や変わった魔法の使い方を教えている。
周辺に仕掛けられた罠はどれもこれも自己主張しているのか、あからさまな落とし穴や踏み固められたはずの地面に不自然に生えた草が結び付けられていたりする。しかも桃色や黄色と目立つ色である。
「みんな、なかなか来ないわね?」
「こう、あからさまじゃなー」
複数の子供達が覗っていることに気付いているグレックは、気付いていないふりをして、のんきに会話を続けている。グレックの視線を誘導するようにユニータは踊るようにくるくる回ったりと絶えず位置を変えているが、何も遊んでいるだけではなく、グレックが周囲の確認をするのを手助けしているのだった。
しかし、子供達はそのことを察することはできてはいなかった。
しびれを切らした少年二人が声を掛け一緒に走り込めば、合わせるように数人が後に続くも、避けたはずなのに罠に掛かってあえなく一網打尽となったのだ。そうして到達証を一枚没収されるのを、辛抱強く様子をうかがっていた五人は見ることになる。
◇
「リーネ見た?」
「ん、見た。やっぱりあの派手な罠は囮」
「すげー……、容赦無しに仕掛けてる」
「さすが、いたずらの師匠。仕掛ける罠がえげつない」
「あんなの無理なの」
他二ヶ所の到達証も手に入れて、五人は最後の場所だと様子を覗っていた。
リアーネの予測通り、見せる罠と隠された罠の二段構えであったようだ。リアーネ曰く「いたずらの師匠の罠があれだけのはずがない」である。普段の授業中からして、ひっかけ問題、視線の誘導、錯誤の利用など、隙あらばこそといたずらを仕掛けて笑いを取るのだ。皆は同意の言葉しかなかった。
作戦を練った五人は気合を入れて散って行く。
まず飛び出したのはラウリーであり、桃色の落とし穴を踏みつけて落ちないことを確認する。少し間を置き飛び出したのは残りの四人と他の組の十五人だ。一斉に現れ撹乱することを事前に提案していたのだ。
それに続けと数人がさらに遅れて飛び出して行く。彼らは提案を受けていないため作戦を知らずそのまま走り抜けようとする。それに対してラウリー達は速度を緩めて先をゆずる。何が起こるかは明白で、ことごとく罠の在りかを明らかとする。
さて本番と走り込み、到達証を手に入れ得意げに走り去るラウリー達。
あきれながらも罠に掛かった子供達を捕獲し、到達証を一枚ずつ没収していく番人グレック。
「誰が考えたのかしら? フフ。面白い子がいるようね」
満足そうなユニータは笑顔を浮かべて笑い声をあげた。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。