000 最前線!と迷宮行
「みんな準備は整った?」
金色の瞳と白い猫耳に肩程まででそろえた髪の猫人族の少女、ラウリーは両手に短剣を持ち、軽装ながらも質の高い鎧を身にまとっている。
「ん。一週間分の食糧、消耗品は確保した」
漆黒の瞳と黒い猫耳に腰程まである髪の猫人族の少女、リアーネは狙撃銃を構え、要所のみを覆う鎧を身にまとっている。
「大荷物は宿に預けて来た」
蒼い瞳で薄緑がかった金髪をポニーテールに結った森人族の少女、ルシアナは弓を携え、軽装の鎧を身にまとう。
「武器防具の修復も終わってる」
茶色の瞳で濃茶の髪を左右に二つ三つ編みにした髭小人の少女、レアーナは棍を担ぎ、重厚な多数の金属で補強された鎧を身にまとう。
「勇気と臆病は従えてるの」
金色の瞳で赤金色の狐耳に腰程まである髪の狐人族の少女、ロレットは狙撃銃を構え、要所のみを覆う鎧を身にまとっている。
互いに確認しあい、強い意志を持って迷宮に一歩、足を踏み入れる。
ここナハロマシーハの迷宮は、六年まえから最前線と言うだけあり上層の魔物の受肉率は低く、ほとんど魔石しか手にすることが出来ない。それ以外の素材を落とす魔物は地下十五層を越えた辺りから増えて来て、現在の最高到達階層は二十三層だと報告されている。
十五層までは詳細な地図が作られており、その先に関しても二十一層までは確認作業が続けられていた。これらはもちろん組合で入手することが出来、地図に書かれていないことを発見した場合は報告する義務があった。
「リーネ、一層は何が出るの?」
「ん。他と変わり映えしない」
「じゃあ蟻に鳥、蜂、鼠兎に狼かな? ……ボクらだけで終わっちゃうね」
「変わったのはどの辺から出る? うちの棍の方が出番は当分ないかな」
「ん。五層。初見の蜘蛛」
「どんな蜘蛛なの?」
順調に魔物を狩って階層を進み、五層に到着したのは休息を取ってしばらく進んでからのことだ。
ここまでの道中も今まで潜って来た中級者向け迷宮と同じく床と壁面が整えられ、脇道と下層への経路が判る様になった扉が付けられていた。迷宮全体はごつごつとした天井部分に一定間隔で仄明るく光を発する魔石が埋まっており、自身で灯りを用意する必要が無かったのだが、五層は足元のみを照らし出すように照明が配置されており、何もなければ天井の高さが判然としなかっただろうが、『闇視』機能付きゴーグルのおかげで見通すことができるのだった。
五層を進み始めてしばらくしてから、この階層の性質に気付くこととなる。
「うっわ……凄いなあれ。天井気にしとかなきゃなぁ」
「ん。上の注意はルーナに任せてもいい?」
「任せて任せて! その辺、弓の方が向いてるもんね!」
天井には蜘蛛の巣が張り巡らされているのを見ることが出来たのだ。
右へ左へと惑わすように続く通路に扉、遠回りや行き止まりの扉は無視して最短で下層を目指していく。
前方を遮る扉の手前で、ラウリーの足が止まる。
「敵だよね?」
「ん。沢山」
「罠は?」
「ちょっと待ってねー。んーー………ないね。開けるかい?」
「これ使おう」
そう言ってラウリーが魔法鞄である腰鞄から取り出したのは煙玉だった。
「ああ、昨日買ったやつだね。ラーリ使ってみたいだけでしょ?」
「いいじゃないかー。どれくらい効果があるのかも気になるしー」
「ん。それはリーネも知りたい。地図にも使うと楽って書いてる」
「そうなの。良く判って無いものに命預ける訳にはいかないの!」
中級迷宮まではこのような道具に頼ることなく進んでいたが、消耗品の買い出し中に見つけた道具が気になり購入していた物だった。
そうして、火を点けた煙玉を少しだけ開けた扉の隙間から放り込み、すぐさま閉ざして待つことしばし。
中からは魔物の暴れるような物音が聞こえてくるが、しばらくするとその音も静かになった。
「大丈夫かな?」
「これって、毒じゃないんだよね?」
「大丈夫なの。人に有害な成分は無かったの」
昨晩のうちにロレットは分解して、構造や成分を調べていたのだった。
「そっか、じゃあ入ろうか。でも一応気を付けよう」
「「「おぉーー」」」
扉の先では、ひっくり返った沢山の蜘蛛が足をピクピクとさせていて、ただの一匹も行動が出来ないようだった。
五人は蜘蛛に近づいて、頭胸部と腹部の間を切り裂いて止めを刺していくと、溶けるように実体を無くし、後には魔石のみが残された。
「全部終わった?」
「ん。終わった。煙玉の効き目凄いね」
「だねー。止め射すしかすること無かったよ」
「魔石何個あった? 煙玉って確か一個、大白銅貨三枚したよね」
「じゃあ、集合」
集まってそれぞれ手にした魔石を見せ合うと、全部で小粒の紫魔石が十三個あった。
「ん。これなら一個白銅貨一枚にはなる。六体で煙玉一個と相殺」
「あんまり少ない所では使わない方が良いね」
「まぁ、でも、状況によるって」
魔石を腰鞄に収納し改めて魔法を掛けなおして先へと進もうとしたとき、ゴーグルに魔物の反応が表示された。
「ん、敵。通路の先。煙から逃げた蜘蛛が居たのかも」
「「「わかった」」」
リアーネが狙撃銃を通路に向けると、ロレットとルシアナも射撃の準備。ラウリーとレアーナは武器を手に、いつでも迎える体勢を整える。
音も無く、静かに向かってくる敵の反応に、目を凝らし、耳を澄ませて待ち構える。
じりじりと時間だけが過ぎて行き、皆の緊張が高まってゆく。
頬を伝う汗を無視して集中力を切らさずに待つのは、狩人の時にも経験したことだ。
この感覚を経験せずに探索者になどなれる筈もないと改めて感じさせた。
そろそろ進もうかと思った頃にようやく姿を見せたと思えば、天井を伝って現われて、すかさず攻撃を開始した。
「った。糸? うっわ、短剣大丈夫かなこれ」
蜘蛛の魔物が糸を打ち出し、ラウリーはとっさに避けたが、右の短剣で払ったためにべったりとまとわりついていた。
パシュッ! パシュッ! と、銃声が響くとドサリと蜘蛛が落下して動きを無くした。
「ありがとっ! リーネ、ロット!」
「ボクの矢も中ったってばー」
「はいはい、ルーナもご苦労さまなの」
パシュッ! ………ドサリ。
「ん。油断しない」
「「「ごめんなさい」」」
魔物の反応も無くなったと通路へ進み、魔石を回収。
「この辺の魔物だとまだ銃弾一発で倒せるのかー。なら大丈夫そうかな?」
「ん。数が居たら煙玉使えばいいんじゃない」
「じゃ、先行こうか」
「ん。待って。さっきの扉、閉め忘れてる」
「あっ! ごっめーん! 煙玉に気を取られてたのかなぁ……」
扉を閉めて、ラウリーの短剣を洗浄し手入れを済ませると通路を先へと一行は進む。
その後も特に危なげも無く狩って行き、十層の大部屋の前まで到着した。
「お腹減った」
耳を萎れさせて言うラウリーの一言に皆も空腹を訴え始めた。
扉を調べるのはルシアナに任せて、ラウリーとレアーナは周囲の警戒。リアーネとロレットで食事の準備を始め、腰鞄から出した座卓の上には屋台で買った、串焼き、サンドイッチ、甘く煮だした山羊乳茶をコップに注いで準備を終わらせ、早速皆でいただいた。
「ルーナ、罠は? んぐんぐ」
「無かった。この串焼き、何の肉? 帰ったらゆっくり食べたい」
「たしか、苔猪なの。メディナトーレでも結構食べたの」
「あれかー。金華猪とどっちが美味しいかな?」
「んー、甲乙つけ難い。塩だけで味見してみないと肉の味ってごまかせるし」
「んぐ、ごくん。どっちも美味いで良いんじゃないのー?」
食休みも兼ねて、地図を前に作戦会議が始まった。
固定で魔物が現れる訳では無いが、比較的この先の大部屋に出現する魔物の傾向は判っているために地図にも書き込まれており、中の魔物はメディナトーレの迷宮にも居たらしいが初めて対峙することになる相手である。事前に知っていれば危険を減らせるので知識の共有は大事であった。
「ん。この先にいるのは空飛ぶ暗殺者と言われる、夢刹梟。闇魔法を使ってくる。らしい」
「梟? 大きいの? やっぱり静かなのかな」
「んー、翼開長五メートル程ってあるから大きいと思う」
「飛んでるんだろ? ボクの出番だね」
「私達もなの」
一通り相談が終わり、ボス部屋に挑む。
扉を少しだけ開けて中の様子をうかがうが、狭い範囲しか見ることが叶わず夢刹梟らしき影も見えない。少しずつ大きく開けて行き、少女達なら余裕をもって通り抜けられる程に開け、中を覗き込む。
室内は全体的に薄ぼんやりと照らされているが、これまで進んできた迷宮内とは様相が違い、上層では珍しく沢山の木が枝葉を伸ばして森の様相を見せていた。おかげでどの程度の広さがあるのか見通すのは難しかった。
「できるだけ、壁か木の傍にいた方が良いんじゃないかな?」
「ん。リーネ達が周囲を警戒してるから、ラーリとレーアが先に木の影へ行って」
「任せて」
二人は足音を忍ばせながらも扉から一番近くにある木の元に素早く駆け寄る。
続いてリアーネ、ロレットが移動を終えた時、弓弦の音が響いた。
「「「!?」」」
「八刻の方向!」
ルシアナの声が敵の位置を教えると、さっと、戦闘態勢を整える。
時計の文字盤を元に方向を知らせるものだが、一日二十刻、左が〇、正面が五、右が十、後ろが十五となるので、この場合右斜め前方をさす。
「わっ! 何これ!? 糸っ!?」
「蜘蛛もいるの!?」
「ん。仕方ない。夜闇を払う光輝なるものよ、一時の灯りをもたらせ……『持続光』」
リアーネは魔力を多めに使った光魔法で周囲に無数の光源を作り出した。
とたんに少し離れた木から、ガサガサッと枝葉にぶつかる音が鳴る。
「見つけた!」
カンッ! っと、矢が走り突き刺さると、鳴き声を上げる大きな夢刹梟が進路を変えて上昇に転ずる。
パシュッ!
「ん。蜘蛛一つ!」
「梟は?」
「見えなくなった。気が邪魔だね!」
その時、レアーナの体がぐらりと傾き倒れそうになったところを、ラウリーが短剣を握った拳で軽く衝撃を与えた。
「レーア! しっかり!」
「んぁ? はっ! なんだ!? 今のが眠りの魔法?」
ギャリーンッ!
「ひゃーっ! びっくりした」
間一髪、レアーナを庇うように両手の短剣で夢刹梟の鉤爪を防いだラウリーは、弾いた勢いのまま転がった。
すぐさま銃口を向けたリアーネが発砲し、続けてロレット、ルシアナの射撃も集中する。
木を回り込み再度急降下攻撃を仕掛けて来る夢刹梟に対して、タイミングを見計らい、レアーナが棍を突き上げる。
ドガッ! っと、一撃、夢刹梟が落ちると、突き上げた棍の追撃を頭に落とす。
ドロリと崩れていき、魔石と鉤爪、数枚の風切り羽が残されていた。
「ん? まだ何かいる」
レアーナが素材を回収している間にも周囲を警戒していたリアーネが警告する。
まだ蜘蛛が居るのだろうと、ゆっくり移動を開始した。
「ぅわぁーー……」
「ん。蜘蛛あなどり難し」
「酷いね。梟でもあんなことになるんだ」
部屋の中央辺りに巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、多数の蜘蛛と囚われた夢刹梟の姿が確認できた。
「これの出番だね」
「「「異議なし」」」
ラウリーは腰鞄から取り出した煙玉に火を点けて放り投げる。
しばらく待てば、ほとんどの蜘蛛が落ち何匹かは巣に掛かっているようだった。
「巣の方どうしよ?」
「ん。焼けばいいかな? 火だねよ灯れ、小さき炎………『着火』」
「落ちて来たね。じゃあ、続きだー」
動けなくなっているうちに止めを刺していき、巣に火を放ち焼き払う。
「梟も落ちそうなの。レーアに任せるの」
「任された。よいっしょーっ!」
囚われていた夢刹梟は暴れ出す前にレアーナが棍をガツンッ! と頭に落とす。
なんとか、全ての蜘蛛にも止めを刺すことが出来たようだった。
「終わったかな?」
「ん。終わったみたい」
「扉閉めるのはボクがやっとくよ」
「こっちの梟、肉が獲れたよ! 美味いのかな?」
「蜘蛛の牙かな? 爪かも? と糸玉もあったの。帰ってから、お肉も一緒に調べるの」
素材の回収も終わらせて大部屋奥の扉を抜けると、部屋の中央の円柱に迷宮核の複製が自己主張する様に存在する。
これは、迷宮入り口すぐにもあった物で、転移の魔導具としても機能する物だった。認証札をあてがい魔力を流して登録すれば、同一の迷宮内に限り行き来が出来るようになる。
一つの迷宮核で管理できる広さに限界があるらしく、およそ決まった階層毎に存在が確認されていた。
「じゃあ、今日はもう帰ろう」
「ん。疲れた。お風呂入って寝る」
「寝る前にご飯だよ!」
「組合は明日で良いよね?」
「ゆっくり休みたいの」
それぞれ、認証札に登録し転移して帰って行った。
◇
こうしていずれ迷宮探索者として活動をする少女たちの、出会った頃からのお話が始まる。
初めて書いた小説なので、まだまだ拙いできではないかと思います。
文章に感情を乗せるのって難しいですね……できてるとは言い難い。
どうにも漫画の文字ネームのくせで淡々と書いてしまいがちです。
漫画なら、ネーム、下描きの時点で感情を絵や画面効果で表すよなと思い至り、表現を追加したりもしましたが、必要十分かどうか。
表現の判り辛い点などご指摘いただければ、参考にさせていただきたいと考えています。
多少は書き溜めてあるのでその分は随時投稿できますが、その先はこれから書いて行くことになるので、時間は掛かると思います。
なんにしても、ゆるゆると続けてみようと思っております。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。
※追記
本編を書き進め、この話で登場した迷宮に追いついたので、話の本筋は変わってませんが細々とした部分に修正を入れさせていただきました。