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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode3 人と魔の狭間に

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95話 信ずる先は何処へ

 崩れた城壁の補修作業と重症を負った兵士達の手当ても切り上げて、魔物の群れの第二波はそれからほどなくしてなだれ込もうとしていた。敵襲を告げる鐘の音が響き、先ほどまで止んでいた雨が激しさを増して横殴りの豪雨。軽傷で済んだ兵士達も手当てをそこそこに戦場へと赴く。疲れきった者、仲間を失い傷心している者、傷ついた身体を引き摺るように向かっていこうとする重傷を負った者も。皆戦場へと向かっていく。それを止める仲間や医者、怒声と悲痛な呻き声とが飛び交うテントの中でロゼットの心情は『今すぐにでも逃げ出したい』というものだった。

 この地獄のような場所から一秒でも早くいなくなりたいという自身の臆病さと、それでも誰かが傷ついたり死んでしまうことを止めたいというジレンマに苛まれる。結局この場に留まって戦うという選択肢しか取ることができずにそんな阿鼻叫喚を横目にベッドに横たわるカブスの手を握りしめていた。


「普段は静かな町がこんな形で賑わうのも…皮肉な話だな…」


 眠っていたカブスの少しかすれた声の呟きにロゼットは声を掛けて無理をしないようにと労わる。震えるロゼットの手を握り返して「怖いなら逃げてもいい」と一言。撤退用の馬車で駅へ避難できる準備は整っているとのことでそれに乗り込むことができれば確かにこの惨状から逃げ出すことはできる。だが―…逃げ出すことができるとわかってもロゼットの表情の曇りは晴れなかった。


「カブスさんたちはそれでも、最後まで戦うんでしょ…?」


「逃げる勇気も必要な時はある」


『お前たちが最後まで付き合う必要はない』と彼は説く。元々この都市の問題であったにもかかわらずこの街に来てしまったがために関係のない彼女達を巻き込んでしまったことが事の原因。ロゼット達のような年端もいかない少年少女たちをアテにしてしまうほどに脆弱なこの都市の体制が全てを物語る。ロゼットはきっかけこそ、そうであったかもしれないがそれでも今、この場で守りたいもののために戦っている。それはこの地で武器を手に命を懸けて戦っている人も同じで変わらない。二人の会話の横から様子を見ていたシェイドが報せを告げる。


「第二波もすぐそこまで来てる。ちょっと持ちこたえられるかはわからないよ」


 肩で息をしていたために慌ててやってきたことが目に見えてわかる。唇を噛みしめて現実を受け止めるしかできないロゼット。こんな時にこそ『力』が欲しいと強く思う。魔法が使えてもそれを生かすことができるだけの能力が自分にはない。剣を取って制することも、弓で射貫くことも銃で狙い撃つことも、すべては守るための力のはずなのにと―…胸中を語るように悲痛な表情を浮かべるしかなかった。『逃げる勇気』―…時として人は決断を迫られ、正しい判断を求められる。上に立つ者として、『王』としてならなおさらであった。今の彼女にそれを理解できるだけの余裕も割り切るだけの考えも持ち合わせているとは言い切れるものではない。

 そんな中でも結局あの時に救援に来たのは反対側の北側と西側から派遣されてきた僅かな兵力。東側を仕切っている『クルス教』からの派遣は一切なかったのだ。シェイドもさすがに文句の一つでも言いたかったようで憤りを隠せない様子。


「連中には連中の目的があって行動してるだけだ。共通の認識があるだけで『同志』以外は基本的には信用しちゃいない」


「アテにはできなさそうだしね。多分狙いも()()じゃないかな」


「アレ?」とシェイドの言葉に反応を示したロゼット。

 応えるように一言発した「バンシーか…」とのカブスの呟きでロゼットは伝記と先日起こったことを思い出す。彼らの本当の目的がバンシーであること。皮肉とため息混じりに二人は話すがロゼットは少し難色を示す。バンシーと呼ばれる魔物も元は同じ神を信仰していた少女であったにも関わらず、魔物になってしまうきっかけを与えたのも彼らだというのに討伐しようと考えているのであった。


「当時はクルス教もドラストニアさえも支配下に置こうと勢力を伸ばしていた時期だったからな。諸国の目的も一致してクルス教と衝突した。その際に犠牲になったのがあの魔物のような末路を辿ったんだろう」


 神を信じて、祈りをささげる。信ずる者だけが報われそれ以外の者は有象無象でしかないという彼らの考え方そのものが、人と友愛を結ぶ、唱えるものと明らかに矛盾している。その上同じ信者達にまでも手をかけることを躊躇しない。

 ロゼットにとっても彼らに対しては良い印象はない。件のこともあってむしろ恐怖の対象というものが近い。だがあれだけの戦闘能力があれば対魔物への戦力としては十分、むしろ必要不可欠。だからこそ現状において協力し合うことが必要だと、それは彼らも十分理解しているだろう。そのはずであるが―…。


「それ以上に―…魔力が脅威だと感じてるから…だから」


 兵たちの呻き声と怒声が響くテントの中でロゼットの声だけがはっきりと木霊する。シェイドもカブスも彼女の言葉に表情を固くするが彼女が責任を感じる必要などなかった。彼らから見て魔力を持つ彼女を異端者はおろか『魔』そのものとして捉える。言ってしまえば悪魔なのだ。


「恐ろしいが故に排斥する、だから排他的な考えに変わり、排除しようと動き出す」


 カブスの言うことは脅しでもなんでもなく事実。実際に襲われたロゼットだからこそ理解できる。だが―…それでも彼女は納得は出来ない。


「宗教って人に理解してもらうためにあるのではないのですか? 思いや考えがあって……どんな人に接しても自分達の信じるものを伝える。善いものの考え方を広めていこうってそういうものじゃないんですか?」


 表面だけで見たら宗教はロゼットの言うようなものだ。しかし真意はそこにあるのではない。根底にあるものはもっと根深く『怨念』に満ちていると言っていい。思想の統制そのものである。


「宗教は単なる金儲けの言い訳だ。そして『国』そのものでもある」


「『平和』と言う言葉で人は食べてはいけない。『祈り』で喉の乾きを潤すことはできない。『赦しを請う』ても過去が消え去るわけでもない。ましてや死者が戻ってくるなんてことも…」


 それらは飾られた言葉の一端に過ぎない。人は何かをするために大義が必要、正義が必要。そして『悪』も必要だからなのだ。今ある宗教のほとんどがそんなものばかりだと話す彼らに人の信じるものが何なのかわからなくなってくる小さな少女。自分が何のために生きているのかさえも―…。より善く、人々のためにと、幸福をもたらすためにと思っているのは実際には浅く関わり、中枢から遠い人々ばかりである。根底には最初から支配を目的としたものがあるからだ。それが宗教の正体。


「だから善いも悪いも何もない。彼らは彼らの目的をただ遂行しようとしているだけでしかない。俺もそれは咎める気もないし文句も言わんさ」


「ただ刃を向けられて、そのまま黙って首は差し出すつもりはない。それに彼らを妄信している連中にも非はあるだろう」


 信じることも大切だが疑う心を失ってもいけないと語るカブス。天邪鬼にまでなれとは言わなかったが、今ロゼットが抱いている疑問や疑念は決して間違っていることではないと諭す。疑念を持つということはわからないからだ。わからない、知らないからこそ人は知ろうとする。無知でいることが愚かなのではなく、無知のままでいることが愚者なのだ。


「自身が信じる正義でも他人からみたら悪かもしれないように善行だと信じているものを押し付けるものではない」


「他者に理解を求めてしまったらその善意は『悪意』に変わる」


 カブスの言葉、ロゼットの中で何かが光るような感覚が芽生える。そして同時に兵たちの声も大きなものへと変わり外の様子が激変したことが伝わる。魔物がすぐそこまで押し寄せていることは明らかだった。ロゼットはカブスのいるテントを後にして、雷雨の中へ、再び戦場へと戻る。シェイドもそれに続いて彼女の後を追いかける。


「これ以上は冗談抜きでヤバイよ。まだ馬車の最終に間に合う…」


「ねぇシェイド君。王様ってみんなよりも偉いんだよね?」


 突然のロゼットの言葉に少し驚きながら頷くシェイド。


「それってさ…みんなに命令ができるからってことだけじゃなくて、みんなに慕われて…この人についていきたいって思われてるからこそなんじゃないかな」


 王制は基本的には王が主権を握る国家を指す。宰相を敷いて政を一任する形式も存在するが、その国の中で王の存在は絶対的なものであることには変わりない。それこそ現在では傀儡政権なんてものも数多存在し実際ドラストニアもかなりそれに近いことは否めなかった。それはロゼット自身も十分に理解していた。摂政といえば聞こえばいいが実際にはラインズ主導の政権でロゼットが国を治める国王として君臨するかどうか、それは来るべき未来まで誰にも分らない。

 ロゼットもこのエンティアで最初に出会った数少ない気を許すことができる人物でもあるラインズには信頼を寄せている。それでも自身に課されたものがどういうものなのか彼女なりにこれまでの諸国を見てきて考えてきたつもりでもあった。

 己が本当になさねばならないことがなんであるのかということに―…。


「今のお前にできることはあるか?」


 襲撃を報せる鐘が鳴り、ロゼットは表情を強張らせて固く閉ざされた城門へ目をやる。雷雨も一層激しくなり、それでもロゼットは歩みを止めずに戦場へと向かう。大雨の中で追いかけるシェイドは再び問うと今度は少し語気を強めて彼女は答えた。


「ほんの少しの無茶をしてでも…王様なら人を引っ張らなきゃいけないんじゃないの? こんな時だからこそ尚更。私はこの国の王様になるのなら、私が守らなくて誰がこの国の人を守るというの?」


 だからその人を守りたいと、付き従うのではないかという彼女の問いかけにシェイドも言葉を返すことができなかった。雷光によって見えた彼女の表情とその強いまなざしに迷いはない。王都で自身のなすべきことがわからずもがいてあがいていた時とは違う。彼女の強い決意を目の当たりにしてシェイドは根負けしつつも「じゃあお前のことは誰が守るんだよ」と投げかけるとロゼットは困ってしまったのか言葉に詰まる。するとシェイドは彼女に歩み寄って肩を叩き「そのために俺がいるんだろ。行くぞ」と少し格好付けたように彼女からリードを取ったのだった。

 外の様子に不安に思ったシンシアも彼らの元へ駆け寄り澄華を抱えていた。澄華はロゼットを見るや否や駆け出して彼女の足元に擦り寄る。

「公爵様もヴェルちゃんも戻るの?」とのシンシアの不安気な言葉に頷く二人。

 しかしシンシアは違う。彼女こそ、この国の守られる側『一般国民』。彼女の射撃の腕前を称賛する兵も存在していたがシンシアにその気はない。というよりも恐れているといった方が正しかった。ロゼットもシェイドも勿論無理強いはするつもりもないし彼女こそ付き合わせる必要などない。彼女の思わぬ才覚に周囲も驚いていたし、戦力として増強が見込めるのならこれ以上になく心強いが―…。

 戦いはおろか争いごとも苦手なシンシアにはそもそも向いていなかった。彼女は今でも少し手が震えているようで銃を手に取って、魔物とはいえ『生き物』を殺したという実感が残り躊躇いながらも銃を撃ち続ける自分自身に恐れを抱いていた。


「シンシアさんの責任じゃないですよ。私も最初は…よくわからなくて怖かったし、今も…逃げ出したいくらいに怖いです」


「だったら…どうしてヴェルちゃんは?」


 どうして戦場へと赴くのかという問いかけ。自分がそうしなければならないと彼女は口には出来なかった。ただ彼女も含めた命を守りたいからと返す。澄華にも別れを告げてシンシアに託し彼女たちを最終の馬車がある西門まで送り届けることにした。道中で何度もシェイドは「お前はやっぱり…」と言いかけていたが踏みとどまってそれ以上は何も言わなかった。

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