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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode3 人と魔の狭間に

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90話 緑萌える戦火

 翌朝のミスティアは雨季に入って以来初めての太陽が顔を見せる。暗雲はまだ目立つものの、ここ数日間で最高の天気と呼べる光景だが、その太陽に照らされたミスティアは晴天の輝きとは対照的な光景だった。


 軍と住民による清掃活動で血のりの着いた地面、道路を洗浄。遺体や死骸と思われる布を被さられたものが山積みにされて一斉に焼却処分されていた。その光景を草陰から死肉を漁りにきたであろうと思われる魔物が数頭こちらを覗っている。城壁から乾いた音が響き、魔物に命中すると集まっていた魔物もそれぞれ離散していく。天候が変わっても魔物の性質は大きく変化しない。


 昨夜大きな落雷と共に炎上し、魔物の集団もそれに呼応するようにして夜襲を仕掛けてきた。応戦し撃退することは出来たが数十名の兵が犠牲となっていた。


 そしてミスティアの中心都市にある会議場にてクルス教と都市の住民代表団による議会が開かれている。それは行き過ぎたクルス教による行動で受けた被害に対する糾弾でもあった。会議場の外では雲霞の如く集まった住民達が押し迫り、彼らクルス教の信者達に対して野次や怒号が飛び交う。


 その声は室内にいても聞こえるほどで、少し離れた宿場にてロゼットは目を覚ます。僅に聞こえる住民の声が耳に残り、重い頭と身体を起こすが腹部と頬にまだ痛みが残っており患部を押さえる。


「いっ……」


 口の中も切れているためうまく話せない。身体を起こそうにも腹部に残る痛みのせいで立ち上がることが出来なかった。結局身体をベッドに横たわらせて、窓の方に目をやるくらいしか出来ない。


「雨…止んでる……」


 ミスティアでの日の光を浴びて今日も生きていることを実感する。死を感じた昨夜、正確には今夜でよかったのだろうか。生きて帰ってこれると思ってもいなかった。あの血肉と叫びと悲鳴の中を、生還できるとは想像もしてなかった。


 そして日の光と炎上の中で立ち尽くしていた『黒い少女』の瞳が重なりあう。


 彼女の寝室の扉を開けてきたシンシアはロゼットが目覚めた事に少し驚きながら安否の確認を行う。身体は痛むようだが体調自体そこまで悪くない様子。日の光を浴びる事ができたからか、むしろ気分そのものは良好なようである。あの後どうなったのか、ロゼットはシンシアに訊ねるが彼女から聞かされた内容は思っていた以上に深刻なものであった。



 ◇



 そして都市の議会が開かれ、軍関係者を中心として話が進められ、知事、ラムザと彼らの付き人二名。そして住民を代表した代表団も傍聴席に着いているが彼らの面々に含まれているある人物達の存在に怒りの矛先を向けている。


「なぜ彼らもこの場にいるのか説明していただけますか? 知事」


 知事への強い追求。元を言えば彼らの蛮行を許してしまっている現状が最大の問題であり、代表に対する怒りそのものでもあった。代表としての言い分はクルス教徒の中でもミスティアで生活している人間もおり、どうにか共生していく事ができないかと提案を述べるも…それで納得できる両者ではなかった。


 議会では互いに罵りあいが続き、殴り合いをきっかけに騒動が引き起こる。軍関係者は間に入り止めに掛かり、乾いた音によって静寂に包まれた。


 そんな板ばさみの状況で魔物討伐から帰還した将校が声を荒げて言い放つ。


「こんな馬鹿なことをする前にやることがあるだろう!! 魔物の群れは刻一刻と迫りつつあるのだろう!? ならなぜその対策に出ない!?」


 威厳ある将校は至極真っ当なことで場を静まり返らせる。だがクルス教徒のナーヴはおどけながら住民達の不平不満の声によってそれが出来ないと責任逃れをした。行き過ぎた行動に関しては将校も聞かされており、すぐさま反論。


「魔の因子を含んでいるのであればたとえ家畜といえども同じでしょう? 魔法を使う人間が危険ではないと誰が言えるんですかね? ヒュケイン殿もそう思うでしょう?」


「言葉を控えろナーヴ。ですが…我々は自分達の『仕事』をしただけですよ。以前にも家畜として扱われていた魔物や動物達が攻撃性を示し完全な魔物化をしたといくつも事例が挙げられます」


 ヒュケインがそう言ってのけるが確認されている魔物は元々が気性の荒い魔物で、全ての個体が凶暴化したわけでもなかった。その上ここミスティアで家畜として許可されている魔物のほとんどが草食性の生物が大半を占めている。そうした根拠を並べて将校がいくら反論をしようとも「いずれそうなる日が来る」とまるで根拠がない主張ばかりを並べ立てる。


「そうですか―…あなた方が自分達の神を信じるというのならそれで結構。だが―…その神が例え正しかろうとも、ミスティアでお前達の神は通用しない」


 将校とヒュケインの間で火花が飛び散るように互いに強く睨みあう。教えに従う者、この地を守ろうとする者の衝突。


「話を割って失礼。私はただの協力者ですのどちらへつくという気はありません。まぁ…手早く済ませるのであればミスティアを魔物から守るという目的は一致しているのでしょう?」


 話を遮ったのはそれまで傍観に徹していたラムザ。彼も魔物討伐に関しては一枚絡んでいるために出向いてきてみたものの、中身は宗教家と住民との対立。心底興味なさそうに冷めた表情で様子見を決め込んでいたがこれ以上の進展が望めないと判断。この都市の人間同士での紛争もありえると考えて動き出した。


「でしたらこちらも、兵力を投入しましょう。彼ら二名はどちらも優秀な戦士です。少々癖はありますが…戦力には十分かと」


 付き人の二名を紹介し、一人はブロンドの髪のカメリア、そしてもう一人は『ソルディオス』と名乗った。そしてもう一名『協力者』として会場へ入るように促す。入ってきた人物を見てナーヴとヒュケインの表情が僅かに硬くなる。その横を通りすぎる刹那シェイドとナーヴの視線が交差。

 昨晩のこともあったが互いに言葉は交わさずに、ナーヴは苦笑いを浮かべて視線を外す。


「ご紹介に預かりました、えー…私はシェイド・バーン・バルムート。グレトン公国、公爵。ラムザ殿の紹介で我々からも同盟国のドラストニアへの支援という形での参加ですが…ね」


 グレトンの国家代表ということもあって彼らは騒然とする。こんな辺境に、そして国家代表が彼のような子供だということにも驚いている。彼も数日前に行われた四カ国の会談と同盟関係について一通り彼らへ伝え、それも踏まえ今回の魔物討伐の支援を行なっていることを報告する。


「王都側もこちらへの救援を列車で向かわせたとのことでしたので数日の間には到着するかと、その旨を記した書簡がこちらに」


 シェイドは頼りない知事にではなく軍の将校へと託す。書簡が本物である証拠にドラストニアの印が押されている事を確認した後に会釈で謝意を示した。


「公爵、わざわざのお越しいただき感謝いたします。このような見苦しい場での謁見となり…」


「いや、そんなことよりも手早く話を進めたいので、まずは今後の対策に移りましょう」


 彼の言葉で作戦会議がようやく本腰を入れ、周囲の空気はまだピリついていることに傍聴席の隅から見ていたカブスはため息をつく。彼の視線はクルス教徒ではなくむしろラムザの方に向けられていた。



 ◇



「よし、次が来るからさっさと作業に移れ! 時間がないぞ時間が!」


 列車から次々運び出される補給物資。馬車へと積まれ、完了次第即座に送り込まれる。最短の駅からおよそ二十五里、(およそ百キロメートル)の距離を馬車は無休で走り続ける。積載量ギリギリまで積まれ馬にかかる負担も大きい。

 それでも阻止せねば王都が打撃を受けるため皆一心となって防衛線の準備に当たる。ラインズは現場の様子も見るためにセバスと共にこちらへ来ていた。


「指揮権は誰に?」


「一応俺だが…俺よりも頼れる奴は他にいくらでもいるからな」


「『王』が動かねば兵も動きません」


 セバスはチェスを例えて、軍の指揮権は自身で振るうことを進言。


「代わりの『王』についてきてくれる奴はいるのかね」


 半目で彼はセバスに答える。実戦経験の少ない自分よりもむしろ紫苑のような経験豊富な軍人に託した方が適任だと考えていたが、それによって惹き起こったアズランド一件のことを考えるとそれも難しい話だ。紫苑を信用していないというよりもむしろ自分達ドラストニア王家の威信の無さに呆れるばかりだった。


「な、なんだアレは!? 魔物か!?」


 しばらくして騒ぎが起こり何事かと思い彼らの元へ赴くと、あの黒龍が彼らの目前で舞い降りる。槍を向ける兵に対して下げるように周知させるラインズ。


「落ち着け! 敵じゃない」


 漆黒の龍鱗から姿を覗かせたのは白と金が入り混じった美しい女性。先ほどまで槍を向けていた兵達も一瞬息を呑む。


「遅れて申し訳ございません」


「いえいえ、お待ちしておりました麗しき淑女(ビューティー)


 シルヴィアには滞りなく物資搬入は行われ、兵力の配置も完了していることを伝える。兵の配置も彼女から伝えられたとおりの布陣を敷き、遊撃部隊は紫苑に任せて彼らに先陣を切ってもらう算段。後方からはイヴの部隊と合流した後に彼女達に委任し、榴弾砲を主軸とした支援砲撃。後方へ逃亡する事を阻止するために両脇からの砲撃を展開する構え。


「それで、シルヴィア殿が仰ってた……それがどの程度機能するかは不明ですが」


「おそらくこれまで寄生体の分布が拡散しなかったことの要因は『それ』にあるのだと考えてます。環境に依存しないのであればいずれ適応した個体への寄生もあったはず」


 だがそれがいままでに起こることがなかった。そして大群で王都へと向かいつつあるという動きは明らかに作為的なものを感じざるを得ない。


「ただ、魔物の動きが予想よりも早いです。恐らく二、三日。こちらには明日到達する可能性も十分にありえます」


 魔物は足並みこそ崩れて波のように、第一波、第二波と分かれて大きく三つの波に分かれて向かっているようだ。その第一波は明日にでも防衛線に到達するとのことで聞いていた兵が声を上げて作業を急ぐように他の兵にも周知させる。

 彼らの持つ危機感と緊張感に少し安心したのかシルヴィアも安堵の表情を浮かべる。


「皇子殿下、黒龍でも運搬可能な荷台に物資を詰めていただけますか? 彼女なら数十分もあれば飛行が可能ですし、少しでも協力できるのであれば」


「こちらとしても願ったりですが、出来る事なら貴女に指揮権を委ねたいと」


 ラインズの言葉に目を丸くして彼を見るセバス。確かにシルヴィアには戦術・戦略をめぐらせるだけの智謀を備えている能力はあるがドラストニアの人間でない者に指揮系統を任せるのはあまりにも無防備。セバスも止めに入り、当然シルヴィアもその提案は丁重に断った。


「士気の低下にも繋がります。外部の人間に軍の機密を知らしめることになりませんか?」


「断る事は当然分かっておりました。ですからドラストニアで『相談役』として―…ならいかがでしょうか? 歓迎いたしますよ」


 実質的な登用。ラインズはシルヴィアの才能を買って彼女を口説き始める。セバスとしても彼女の能力を野に放ったままにしておくには惜しい人材。出来る事なら手元に置いておきたいとは思うが…。得体の知れない『影』も感じ取っていた。野心家というよりももっと深い何か、高すぎるが故の能力にセバスは危機を抱いていただけかもしれない。


「せっかくの申し出ですが、私では力不足でしょう。確かにある程度の情勢の予見こそは出来るもののそれが全て的中するというわけでもございません。ただ物を人よりも多く見てきただけに過ぎない女を…高く評価していただき、ありがとうございます」


 彼女の答えはノー。ラインズも惜しんではいたがそれ以上の勧誘はしなかった。彼女はどこまでも淑女であり、自身は人の上に立てるような人間ではないと言い続けていた。彼女に対してはおそらくどれだけの褒賞を約束しても首は縦には振らない。

 それが分かると今回限りではあるものの作戦成功のために協力してくれたことを感謝し握手を交わす。それと同時にイヴの部隊が列車で到着したという報せが届き彼女らとの久方ぶりの顔合わせをする。共通の思いと目的を果たすべく彼らは戦場となる舞台へと赴く。

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