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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode1『王国ドラストニア』
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6話 国内紛争

 私は食堂、厨房へ足を運んでいた。探すのに手間取ってしまったけれど、何かあの人の栄養になるようなものを物色し始める。普段はわからないけれど、現在厨房には数名の料理人が何やら仕込み作業を行なっているように見えた。あれでは迂闊に近寄れない。それに自分で作るのは無理そうだ。なにより勝手もわからないし、パンのようなものでもあればいいのだが、と考えていると何やら話し声が聞こえる。


「今夜も会食か。円卓のお偉いさん方は呑気なものだ」


「ああ、アズランドは王都を攻めこむだろうな。大草原での戦闘で勢いが増して、この機を逃すことはないだろう」


「防衛は固めていると言ってもまだ城壁拡張工事の最中。外のスラムの連中が気の毒で仕方ない」


 気づかれないように物陰に隠れながら周囲を警戒。どうやらこの国の事を話し合っているようだけど、何が何やらわからない。話し半分で聞き流しながら、探索を続ける。見る限り使い勝手に関しても故郷の婆ちゃんの家にも似たような道具、特に釜や暖炉のような炉はかなり似ていた。婆ちゃんの家では伝統のような名残で残されておりまだまだ使えた。現代日本ではほとんど見かけない風景ではあるものの、その気になれば簡素な料理くらいなら私でも作れそうだ。なにより料理くらいならママやお婆ちゃんと一緒に作ったこともあったしそれなりに自信はあった。


「流石にガスコンロや電気キッチンなんてあるわけないよね……」


 日本に来てからはごく当たり前のようにありふれていた文明の利器、その利便性を痛感させられる。


「けど今回は王位継承者が勢揃いだ。気合い入れておかないとまたあの氷の皇女様に冷や汗かかされるぞ」


「長老派は身内でさえ牽制しあっていて、この国を任せていいのか不安になってくる」


「国王派は今一頼りないがな。あのヘラヘラした皇子が王になっても威厳が感じられないだろうしな」


 ヘラヘラした皇子で誰なのかなんとなくわかってしまう。というよりもラインズさん以外にそんな人がいるのなら、尚更この国のことが心配になる。ただ、それと同時にあまり期待されていないことにちょっとガッカリしてしまった。私自身もラインズさんが皇子様とは思えなかったけど、ここで仕事をしている料理人にまで言われているのを見ると、きっと普段からあんな人なのかと考えてしまう。多分、親しみやすさが彼の長所なんだろうと、好意的に考えることにした。

 料理人達は薪焜炉(まきこんろ)のような場所で鍋をぐつぐつと煮やしながら下ごしらえを開始。時折、味見をしてスパイスのようなものをさっと振りかける姿を横目にお目当てのものを発見。パンと水差し(ピッチャー)をこっそり取り、ついでにチーズも少し拝借。いい匂いにつられ手に持っていたパンを頬張ろうかと誘惑が囁いてくる。少しお腹が空いていたけどそこは我慢。急いでその場を後にしていく。多分涎も垂らしていたかもしれない。あの匂いからして暖かそうなシチューを作っていたのだと想像しながら、故郷で飲んだミルクの味を思い出していた。


「私も食べたかったなぁ」


 ◇


 暗い。暗く闇のような場所に置かれ、そして何をするわけでもなく、何をできるわけでもなく――……。皮肉なことに先の見えない今の自分の状況と重なってしまう。なぜ当主があの様な凶行に駆られたのだろうか。ドラストニアとアズランドという二つの王家。かつて長兄が残した、『共に栄えることはない』という言葉を思い出す。元々武家の家柄であったアズランドはいずれ軍部の役割のために消えゆくだろうとも語っていた。

 ドラストニア王家に仕え、諸国と渡り合うために力をつけることが急務であったはず。それでなくとも現状のドラストニアの内戦状態は南の強国にとっては好都合。この隙を突かれてしまえば派閥争いどころではなくなる。現政権、ドラストニアの国王の亡き今、王位継承で高官と王家との間でドラストニアにも暗雲が漂う。今こそ支柱となるべく、当家の軍事力が必要とされている。一つの目的のために一枚岩とならねばならぬ時に人とは、かくも利己的で狡猾になれるものなのか。私はどちらにしても良くて処刑、最悪は晒し物か。それはいい。

 しかしこのまま当主の真意もわからぬままでは死んでも死にきれない。今はただ待つことしかできない己を恥じることしか出来ない。この虚無感、歯がゆさ、胸が張り裂けんばかりだ。自分は一体何のために、誰がために――……。


「すみません遅くなっちゃって。お待たせしました」


 扉の開く音と、先程聞いた明るい声が飛んでくる。私がさきほど助けたはずの少女。風貌は見たことのない少女、しかしどこにでもいる幼くも明るさを持った元気な幼子。そしてどこか浮世離れした雰囲気も感じつつ、美しい銀色の髪はまるで天女のようにも感じられる。


「僅かしかなかったけど、お腹の足しになると思います。あ、コップは取ってこれなかったので、お行儀良くないですけどそのままピッチャーで飲んでください」


 少女は持ってきたパンとチーズ、水差し(ピッチャー)を檻の隙間から差し入れてくる。私は首を横に降ることもなければ、それに手を伸ばすこともなく反応を示さなかった。いや出来なかった。いずれ死ぬ身である以上、無駄な物資の消費をさせるわけにもいかない。そのような施しを受ける資格すら、今の私にはない。ドラストニアの王家の手によって幕引きをしてもらえるなら、これ以上なく光栄なことだ。 

 しかし彼女から投げかけられた言葉は私の予想だにしないものだった。


「あのっ……もしかして、パンとチーズ苦手でしたか……?」


 先程までの明るい声とは違い不安混じりの少し上ずった聞き方。私は面食らってしまったが、そうではないと首を横に振る。少女はそれを見て、少し考えてから続けた。


「お腹が痛いとか……?」


 確かにそうかもしれない。空腹を通り越し、今食事を取れば身体が受けつけないのではないかと思えるような状態。だがそうではないとまた私は首を横に振る。またしても少女は考え込むが、今度は先程以上に考えているような様子だ。実はこの少女も王家の出なのだうか。はたまた高官の娘なのかわからないが、少なくとも城内を出入りしている時点で関係者ではあることには違いない。私のことも知っているのになぜ差し入れなどするのだろうか。好意を無下にするのは忍びないが冷たくあしらえば、流石に諦めてくれるだろう。そう思っていたのだが―ー……。


「じゃあ……一緒に食べませんか?」 


 ◇


 少し図々しかったかな。私の提案に大変驚いている様子で先程までとは明らかに違う表情。意表を突かれたというのか、目を丸くしていたけどすぐに俯いてしまった。やっぱり食事は摂りたいのだと思う。それとも私のやってることが規則違反だったのかと考えてしまう。


「もしかして、差し入れとかしたら駄目でしたか?」


「いえ……セルバンデス殿とラインズ皇子殿下からは差し入れの受け取りは許可されております」


 ただ、それでも渇れは受け取らない。私にはわからない事情があるのかと、訊ねてみるけど先程と同じ返事をする。少しだけチーズとパンを千切って自分のポケットにしまい、残りの乗った食器を檻越しから手を伸ばし彼の方へと押し込む。それでも届かず必死に押し込もうとしていると、食器を手にとってもらえた。


「なぜ私に……?」


 彼はそう問いかけてきた。「なぜ?」と言われても私がただそうしたかっただけだ。ここに閉じ込められていることが納得いかなかった。このままにしてしまったら、本当にこの人は死んでしまう。そんな不安がきっと私を突き動かしたのかもしれない。何よりも彼に助けてもらったお礼がしたかった。


「助けてくださったお礼と……気になっちゃって」


 牢に閉じ込められているけれど、夢の中で見た彼はとても悪人のようには感じなかった。それどころか私を助けてくれたその姿は間違いなくヒーローそのものだった。

 どうしてこのような状況に置かれたのか知りたかったし、彼のことも知りたくて気になってしまう。見ず知らずの私にそんな事情が話せるとも思えないけど、私は彼に食事を勧める。


「そんなやつれた表情見せられちゃったら誰だって何かしたくなると思います。出来ることなら……食べてほしいです」


「私には………そのような権利などございません」


 権利と彼は言った。でもそれはきっと彼自身が自分に課しているものだと思う。

 それだけ強い思いや責任が彼にのしかかっているのだろうか。セルバンデスさんはこの国の『財産』とまで言っていたけど、彼自身はなんだか自分のことを卑下しているように感じる。ここで王位継承者と言って説得したところで信じてはもらえないとも思うし、そもそも私にそんな実感もなかった。

 だから、やっぱり上手く言えないから思いの丈をそのまま言葉にしてみる。


「じゃあ一緒に食べませんか? 私もお腹空いてて、一人で食べても味気ないですし」


「そ、それでも引け目を感じちゃうのなら。私に『あなたと一緒にご飯を食べる権利』をください」


 彼に合わせる形で今度は訊ねてみる。少し困っている様子だけれど、瞳のなかに僅かに光が宿るのが見えた。卑屈になっているわけでもない。本当に強い責任を感じているだけなんだ。


「権利とか責任とか、感じることは沢山あるかもしれないけど」


「セルバンデスさんとラインズ……皇子様からもですけど、この国にとっては大切な人だと思われてるんじゃないんですか?」


 言葉を発しない彼の寂しげな姿。それを見ているだけで胸を締め付けられるような感覚が襲う。少しだけ目頭が熱くなる。彼の瞳は何処か違うもの見ているように見えた。俯き床を見ているようでも、何処か別の――……例えるなら自分自身の心を見ている。そんな気がした。

 先に私が「いただきます」と一言添えてパンとチーズを頬張る。パンはバゲットを連想させる見た目だったけど、思ったよりも柔らかく食べやすい。少し酸っぱさが残こりちょっぴり粉っぽい。粉が喉にくっついて少しむせ返していると隣から水差し(ピッチャー)が差し出される。紫苑さんから受け取った水を飲んでから、ハッと我に返り急いで謝った。


「ご、ごめんなさい! 紫苑さんのために持って来たのに」


 熟睡中の兵士に聞こえないよう、声を潜め慌てて謝罪する。彼は優しく微笑んでくれた。助けてくれた時に見せてくれた優しい表情に胸の自分の顔が熱くなっていく。


「ありがとうございます」


 紫苑さんはお礼の言葉を向けてからようやくパンを手に取り口へと運ばせた。咄嗟に名字ではなく名前で呼んでしまったことを謝る。すると彼は笑ってそのままで構わないと言ってくれた。そして私の名前を訊ねてきた。


「お名前を伺っても宜しいですか?」


「えっと……ロゼット・ヴェルクドロールです」


 少し言葉に詰まりながら、王族としての名前ではなく本当の名前で答える。立派な名前だと誉めてくれる。彼の「ロゼット殿」という丁寧な呼び方と優しい声で呼ばれる度に少しだけ緊張しながら二人で談笑して過ごした。


 ◇


 紫苑さんとの別れが少し名残惜しかったけど、地下からこっそり王宮へと戻る。途中でセルバンデスさんとラインズさんと合流し、勝手に出歩いたことを注意されてしまった。特にセルバンデスさんには厳しく言われてしまう。


「今後はお気をつけください。王宮といえど今のロゼット様にとっては危険もございます」


「うぅ……ごめんなさい」

 

「まぁまぁ、お嬢も好奇心で城内を見たかったんだろう。ちゃんと案内も出来てなかったし、部屋で待たされるだけじゃ退屈だろうよ」


「退屈で済まされぬこともございます。どうかご自重ください」


 それから王宮内での立ち振る舞いや仕事に関しての説明を受けた。勿論今のままで私に出来る事なんて何一つないし、実のところ内容は全然頭に入ってこなかったんだけど。今のところはセルバンデスさんとラインズさん二人に取り仕切ってもらうことになっていた。


「今はまだ別の仕事をやってもらいながら、王宮での生活に慣れてもらう。即位なんて今できる話じゃないからな」


「お披露目の際における民衆への演説もございます。諸外国との会談の場も設けなくてはなりません」


 セルバンデスさんとラインズさんの二人で相談し合ってるが本人の私を置いてけぼりに話が進んでいってしまう。もう私が国王になるという方針で話が進んでいるようだったけど、どうもよくわからない。この世界の『ロゼット・ヴェルクドロール』は国王の娘ということなのだが、ラインズさんやセルバンデスさんがいるのにどうして彼らに国を任せなかったのだろうか。そのことについて改めて訊ねてみる。


「あの―……そもそもどうして私なんですか? だって国のことだって王様とか、そんなこと何一つわからないですし。ラインズさんも皇子様なんですよね?」


「あぁ、言ったと思うけど俺は親父の血の繋がったガキじゃないんだ。母親の連れ子っていうのもあって俺が王位を継承したら色々と問題が起こっちまうしな」


 複雑な事情を抱えているのは今の話で察することができた。けれど実の子が私しか存在しないにしても、他にも王位継承者がいるのなら彼らで良いのでは? と思ってしまう。


「そういえば、さっき話してた皇女様はどうなんですか? 皇女様ってことは王様と関係のある人ですよね?」


 私の質問に対して首をひねる両名。彼らの話では確かに皇女様は王族に縁のある家柄。王位継承権も三位である。ラインズさんよりも正統性はあるものの彼女はどうやらラインズさん達の派閥の人間ではないのだそうだ。ここで派閥について説明を受け、現状国王派のラインズさん達と皇女様の長老派と対立関係にある。互いの派閥で王位を巡り不毛な争いになるくらいなら、最も正統性のある私を継承者として即位させることが出来れば互いに納得させることが出来る。二人はそう主張する。


「けど右も左もわからない私が王様になっちゃって……だ、大丈夫なんですか?」


「その不安解消のためにもセバスの元で学んでもらうってわけだ。こいつは外交官と執政を兼任してるからお嬢の世話に関しては一任することになってる」


 そう言ってラインズさんに改めて紹介されるとセルバンデスさんが私の前で跪く。


「今後の学習指導等は私が承ります。ロゼット様も不明な点がございましたら何なりとお申し付けください」


 大袈裟な挨拶をされてしまい慌てて顔を上げてもらう。学校のような教育、勉強しか想像がしてしまうけど、多分違うんだろうな。どんなことを教えられるのかも気になるところではあったけど『即位』という部分が一番気になってしまう。実際に王様になった後、何をすればいいのかもわからない。二人が話していた演説にしても、学校の朝礼とはまるで違うと思う。そもそもこんな小学生が「新しい王様ですよ」なんて言って出てきたら余計に不安になるのではと、考え込んでしまう。


「勉強するのはわかったんですけど、即位するまでの間は何をすれば良いんですか? それに私が出てきても、王様だなんて信じてもらえないんじゃ?」


「そのあたりはちゃんと考えてあるから心配するな。その前に頭でっかち共を納得させねぇとなぁ」


 ラインズさんは弱気な私に対して明るく返す。流石にその先の事や今後のことには考えがあるみたいで少しホッとするものの、それでも納得しない人たちはいるみたいだ。


「旧国王派は納得しましょうが……」とセルバンデスさんが少し含みを持ったことを言う。


「正統性を突きつけて丸込むにも今じゃないか……。問題はアズランドとの一件をどう折り合いつけるかだな」


 難しい話はわからないけれど、聞いておかないとどう立ち回っていいのかわからない。私は頭に疑問符を浮かべながら、話を纏めようと必死に整理して訊ねる。


「なんの話ですか??」


「派閥争いもそうだが今は国内でちょっとした紛争になってるからな。まぁ戦争みたいなもんでもあるが……」


「戦争!?」


 その言葉を聞いて思わず声を上げてしまうのだった。


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