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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode1『王国ドラストニア』

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6話 初出勤

 牢屋から螺旋階段で上がり、扉を開けるとすぐ近くから良い香りがしてくる。匂いを頼りに足を運ぶと食堂、厨房へとたどり着いた。中では料理人が数名、食事の用意をしており見つからないように身を屈める。何か彼の栄養になるようなものを物色する。片手間に聞き耳を立ててみると何やら話し声が聞こえる。


「今夜も会食か。円卓の貴族様は呑気なものだ」


「アズランドが本気で王都に向かってくるかもしれんのに」


 この国の事を話しているようだけれど、正直言ってよくわからなかった。アズランドという名前は覚えていた。確か夢で出てきた、紫苑将軍が所属していた軍隊だったような気がする。


「平原での戦闘で勢いが増したと言っても、王都まで攻め込む余裕があるのか?」


 頭の中で夢で見た情景が思い起こされる。激しい戦いで、金属の音、花火のような火薬の音がうるさいくらいに響いていた。あの時に、紫苑さんは捕まったんだよね。


「餓死者も増えて、疫病で疲弊。んで、後がないから捨て身で攻めてくるってか?」


「勘弁してくれよ……」


「今城壁の工事やってただろ。外にいる連中はどうするんだ?」


 話し半分で聞き流しながら、探索を続ける。婆ちゃんの家にも似たような道具が取り揃えてある。特に釜や暖炉のような炉はかなり似ていたと思う。あの釜でよくフィッシュスープを作ってもらったっけ。食事のいい匂いでそんなことを思い出してしまう。


「ガスコンロや電気キッチン……あるわけないよね……」


 最悪何か自分で作って持っていこうとも思ったけど、それも難しい。パンでも良いから何か食べられるものがないか物色を続ける。


「スラムの連中か、ほとんどがアズランドからの流れ者だろ?」


「受け入れなんてしたら、盗みも起こるぞ。最悪暴動だってあり得る」


「それで円卓の連中は食事の席で責任の押し付け合いかよ。良い御身分ってのは呑気なもんだよ」


 料理人達は薪焜炉(まきこんろ)のような場所で鍋をぐつぐつと煮やしながら下ごしらえを開始。時折、味見をしてスパイスのようなものを振りかけている。それを横目に物色していると目当てのものを発見。パンと水差し(ピッチャー)、とりあえずこれだけあれば大丈夫かな。もう少し、フルーツとか欲しかったけど贅沢は言えない。


 こっそり取ろうと手をかけた、その時。誰かの手に触れる。驚いて反射的に身体が少し跳ねる。

 相手の顔を恐る恐る確認する。


 少し暗い金色のクセのある髪の毛。深い海のような蒼く綺麗な目。私の目とはまた違う輝きだった。私よりも少し年上の女の子。驚く私と対照的に彼女は不思議そうに私を見る。


「えっと、どなたでしょうか?」


「あ、えっと。こちらのメイドさん……ですか?」


 メイドさんの服を着ていたので咄嗟にそんな質問をしてしまう。彼女は頷いて答えた。


「あの、私ここで実は新しいメイドとして雇ってもらうことになって……。どんな場所なのかなってちょっと道に迷ってしまって」


 咄嗟のことで嘘を吐いてしまった。逃げ道も無さそうだったし、後でセルバンデスさんに説明してもらおうかな。そんな勝手なことを考える。とにかく今はこの場をやり過ごすことだけで頭が一杯になっていた。


「あ、ヴェルって言います」


 付け加えるように、名前も苗字の方で名乗る。本当はロゼットでも良かったんだけど、一応この国の姫という扱いになってるし、不用意に自分の名前を喋ると危険だと思う。まぁ、勝手に出歩いてるのも危険だと思うんだけど……。

 どう見ても怪しい私の様子。彼女は少し考えるような仕草をしていた。


「そうだったんですね。でも、メイド長からそのような話は聞いてなかったけどなぁ」


 そうだよね。新人が入って来るなら、噂や話がされてると思う。またもやセルバンデスさんをダシに使って私は答える。


「実はセルバンデスさんから頼まれまして、私もメイドさんの仕事に興味もあって、こちらからも御願いしたんです」


 自分でも驚くぐらい、口から出まかせが次々と出てくる。普段こんな嘘を吐くことなんてそもそもないのに。自分じゃないみたいに嘘を並べ立てていた


「執政官から直々にですか? 凄いですね。どこかの名家なんですか?」


 執政官。セルバンデスさんはここでは結構偉い立場の人みたいだった。私のことも貴族か何かと思われたのだろう。名家なんて言葉が飛んできて少したじろぐ。

 でも、なんでメイドが貴族と結びつくのか、よくわからなかった。変に疑われても嫌だったから話を合わせるために当たり障りのない答えを返す。


「ち、小さな村でちょっと有名らしいんですけど、私も実際のところよくわからなくて」


 多少言葉に詰まりながらも答える。私の言葉を信用してくれたのか、一応納得してくれた。


「そうなんですか。あ、私はシンシアです。よろしく……ヴェルさん? で良かったかな?」


 本当は名字だったけど、私は短く何度も頷く。


「あの、シンシアさん。実は何か食べられるものが無いか探してて」


「ごめんなさい。使用人の飲食は決まった時間に設けられてるから、今は出来ないの」


 私が食べるものだと勘違いをさせてしまった。慌てて訂正をする。


「私じゃないんです。実はセルバンデスさんに頼まれまして……」


 とりあえずセルバンデスさんの名前を出して誤魔化す。私も少しだけお腹は空いてたけど、今は紫苑(かれ)に食事を持って行くことが最優先。

 それに、ああいう風に言わないと、捕まってる人に食事を持って行くなんて多分出来ないと思うし。


「初日なのに、執政官から色々と頼まれるなんて、凄いですね。でも、今出せる物と言ったら……」


 シンシアさんは私がさっき取ろうとしたパンと、水差し(ピッチャー)を差し出してきた。それから果物を少し取って、パンと一緒に添える。


「これくらいしか、お出し出来ないけど」


「ありがとうございます。これだけあれば大丈夫だと思います」


 料理人達に見つからないように、そそくさと調理場を後にする。シチューのような香りが仄かに残っていたけど、余計なことは考えないようにした。


 ◇


 さっきの居眠りしていた見張りの人はいなかった。戻って来る前に手早く済ませたほうが良さそうだ。

 やっぱり出てくる時と、入るときでは牢屋の雰囲気は大分違う。扉に手をかけて軋む音を立てながら、開く。


 本当に薄暗い。僅かに差す光から、時折鳥の鳴き声や風の音が聞こえる。でもさっきとは少し見え方が違っていたように感じる。不気味というよりも、遺跡のようなどこか神秘的な印象を覚える。牢獄に囚えられている紫苑かれの姿も一緒に映ると、絵画のような一枚の絵を観ている感覚になった。 

 首を横に振って、我に返り彼の元へ歩み寄る。


「遅くなってごめんなさい。あの良かったらこれを……」


 牢の鉄格子には足元付近に食事を配膳するための空間があった。そこから彼の方へと持ってきた水差し(ピッチャー)と食事を押し出す。


「わざわざ私に……?」


 不思議そうに私の顔を見て尋ねる。彼の顔がハッキリと見えて少しドキドキしてしまった。やっぱり少し痩せこけているように見える。土埃もそのままで、何も食べていない様子が見ていて辛い。


「えっと、その、セルバンデスさんから持って行くように言われて……それで持ってきたんです」


 また嘘をついてしまった。でも私が持ってきたと言うよりも、セルバンデスさんの名前を出した方が信用してもらえる可能性があると思ったから。


「それに、助けてもらったお礼もまだしていなかったですし」


「律儀な方……ですね。貴女は」


 そう言って微笑む彼の表情――凄く優しい微笑み。顔が熱くなって少し照れくさくなる。心臓の鼓動も強くなって、ちょっとだけ息苦しくなる。

 差しこむ光で彼の顔つきが少しだけ見え隠れする。長い髪のせいで見え辛いけど、整った凛々しい顔つきだった。


「私も、ちゃんとお礼がしたかったんです。それにセルバンデスさんにも頼まれたことだったので」


 少し早口になって、言い訳のような口調になってしまう。

 しばらくお互いを見つめ合っていて気まずい空気が流れる。食べないのかな。彼は一向に手を付けようとしない。じっと優しく細めた目を向けられて、目を合わせられなかった。食事の方に視線を向けて誤魔化してみたりもする。

 ふと思った。見られていると食事がし辛いのかな。確かに食べているところを見られるのってなんか恥ずかしい。少し空気を読んで、その場を後にしようと立ち上がる。

 すると彼が私を呼び止めた。


「セルバンデス殿にお伝えください。このような事は無用です、私は罪人なので」


 牢獄に入れられている。だから罪人だと言われると納得するしかないけど、夢の中の彼の姿を思い出す。


 兵士が何人もいて、銃弾の飛び交う中をたった一人で駆け抜ける。戦いを止めるように呼びかけて、ラインズ皇子達にも頭を下げて頼み込んでいた。


 そして私のことも助けてくれた。


 今までの行動を見ていても、とても罪を犯した人とは思えなかった。何より、言葉も仕草にも悪意なんてものが感じられない。


「でも、私を助けてくれたじゃないですか」


 振り返って彼に問いただす。私にとっては命の恩人。そんな彼を罪人だなんて思えないし、思いたくない。


「出来ることをしただけです」


 彼は短く答える。短い言葉。手枷を付けたまま、私を襲った人達を次々と倒して救ってくれた。誰にも出来る事なんかじゃない。

 それを出来ること、と言ってしまえる。この人の優しさ。それだって誰にでも言えることじゃない。  


 でも、同時にちょっと意地悪だとも思ってしまう。だって、それじゃあ――私が感謝したくても彼のしてくれたことに応えることが出来ない。

 出来るかどうかは分からないけど、私だってきっと誰か困ってる人がいたら助けたい。何かしてあげたいと思う。

 檻越しだけど彼の前に座り、今度はしっかり目を見て話す。


「それなら――……私も。したいことをしただけですよ?」


 そんな彼に、少しだけ意地悪な返事をする。不意を突かれたように彼は少し目を丸くして私のことを見ていた。少し間をおいてから、口元を緩ませていた。


「意地悪ですね、貴女は」


 困ったように笑う彼の表情。微笑みというよりも本当の彼の笑顔が少しだけ見れたような気がした。


「紫苑将軍の方が意地悪ですよ。私だってお礼とか感謝とかしたかったのに……」


 私の言葉に彼は少し乾いた笑いを溢す。


「私はまだ貴女のお名前も伺っておりません」


 そういえばまだ自己紹介もしていなかったことに初めて気付いた。


「あ、ごめんなさい。ロゼット――ロゼット・ヴェルクドロールです」


 自己紹介をするにはちょっと窮屈な場所だったけど、彼は微笑みながら「ロゼット殿」と丁寧に呼んでくれた。

 自分の名前を呼んでくれた事。これだけで更に顔が熱くなる。彼の声で私の名前を呼んでくれた事。たったそれだけの事なのに嬉しくてたまらなかった。


 だから私も「紫苑さん」と彼の名前を呼んだ。


 ◇


 紫苑さんとの別れが少し名残惜しかったけど、地下からこっそり王宮へと戻る。途中でセルバンデスさんとラインズ皇子と合流し、勝手に出歩いたことを注意されてしまった。特にセルバンデスさんには厳しく言われてしまう。


「王宮といえど今のロゼット様にとっては危険もございます。どうか軽率な振る舞いはご自重ください」


「ご、ごめんなさい……」


 自室へ戻ってきてからのお説教を受ける。 全面的に私が悪いから、何も言い返すことも出来ずに平謝りするしかなかった。そんな状況でもお構いなしにラインズ皇子は私に衣装を渡し、ドレス室へ行くように促す。

「よく思いついたな」とラインズ皇子は耳打ちで私の咄嗟の判断に感心していた。ラインズ皇子は、彼は彼でなんだかマイペースだ。それはそれで良いのかなと、少し不安にもなる。


「自分で自分のことをお姫様なんて言ってたらどう思います?」


「気でも狂ってるんじゃねぇかなって思うな」


 ラインズ皇子はケラケラと笑っていた。自分でも『お姫様』なんて、上品な感じでもないし似合わないのはわかってる。男子に混じって遊んでた時は冗談交じりで『姫』と言われることはあっても、本気でお姫様だなんて思っていない。

 でも今は—―……。ドレス室へ入ると、何着もの綺麗なドレスに囲まれている。少し自分でも困惑しつつ、本当にお姫様になってしまっている状態。


「笑い事では済まされません」


 扉越しからセルバンデスさんが語気を強める声が聞こえる。急に大きな声を出されて少しだけ身体がビクッと跳ねる。


「お嬢の立ち回りは賢いと思うぞ」


 ラインズ皇子が私の行動にフォローを入れてくれる。実際はただ、興味本位で歩き回ってただけなんだけど。それにセルバンデスさんの言う通り、追いかけまわされてちょっと危なかった。


 それから――……ふと、出会いがしらでぶつかった、あの綺麗な女性の事を思い出す。


「でしたら、私がご案内致します。他の者にも示しが付きません」


 セルバンデスさんの案内。確かに最初からそれを待っていたら良かったかも。今更ながら思う。

 それに気になった事を着替えながら扉越しに尋ねる。


「あの、ここってメイドさん以外で女性もいらっしゃるんですか?」


 あの綺麗な女性の正体が知りたかった。使用人はシンシアさんもいたし、女性もいることは分かった。でもあの人は使用人という雰囲気でも容貌でもなかった。


「ん、ああ。一応貴族でも何人かはいるけどな。あまり城塞にはいないが、王宮は基本的に一部の人間しか出入りは出来ないぞ」


 ラインズ皇子の返答を受けて少し考える。

 じゃあ、やっぱりあの人が――『皇女』様なのかな。そう考えてしまうのが自然だった。


 栗色の髪に碧い目、白い素肌。パッと見た印象は冷たそうだったけど、声は優しかった。凄く聞きやすい声。寂しさが入り混じっていても、安心できるような印象。見惚れてしまうくらいに綺麗で、でも立ち姿から立派な人と思える不思議な人だった。

 ああいう人がお姫様なのだと言われても不思議じゃない。すごく自然に受け入れられ納得できてしまう。


 いや、もしかしたら実はそうじゃない、という可能性もある。それにラインズ皇子みたいな人もいるくらいだし……。


「それよりもロゼット嬢には、やってもらいたい事があるだろ」


「えー……何ですか? やってもらいたいことって」


 今の私に出来る事なんて限られてるけどなんだろう。二人にもここまで良くしてもらっているから何か出来ることがあるのなら応えたい。とにかく自分に出来ることを今はしていたい気分だった。

 着替え終えて、そそくさとドレス室を退室。扉を開けて自分の姿を彼らに披露する。


「まぁ、良いんじゃないか? サイズは合ってるみたいだ」


「ロゼット様、失礼いたします」


 各々感想を述べ、セルバンデスさんは私のエプロンの紐を結び直してくれる。

 二人から渡された衣装は『使用人』の物だった。黒と白を基調とした、見たことがある服装。厨房でシンシアさんが着ていた物と同じ。それよりも少し小さめで私に合わせたサイズ。


「ホントにメイドさんをやるんですか?」


 まさか本当にメイドさんをやることになるとは思っても無かった。冗談とばかり思ってたけどラインズ皇子は本気の様子。


「自分で言ったことだろう? すでに使用人の一人にも新人ですって自己紹介しちまったろ?」


 出任せで言っただけとも言えない状況になっちゃった……。自信はあまりないけど、でも出来る事はやってみたい。


「やって欲しいことってメイドさん?」


()()()()()()()()()()


『それも』ということは他にもあるのかな。含みを持たせた言い方をするラインズ皇子。


「ロゼットの身の上はもう決まってるんだろう?」


「安全を考慮して策は講じております」


『策』というのはきっと昼間に話していた『有力者の娘』ということかな。皇女という身分を隠すための偽り姿。セルバンデスさん達が多分用意してくれたもの。

 でも皇女でもない私がその上、更に偽物の『貴族』。ちょっと頭が混乱してしまう。嘘に嘘を重ねているみたいで、なんだか少し気が引けて困ってしまう。


 鐘の音が鳴り響く。王宮まで聴こえてくる大きな音色。ラインズ皇子は円卓へ向かうと言って退室。私とセルバンデスさんも城塞の食堂へ別ルートで向かう。


「ラインズ皇子と一緒には行かないんですか?」


「ロゼット様の身分が周知になられますと、現状危険を多分に孕みます」


 そりゃそうだよね。ラインズ皇子は別に自分を隠しているわけじゃない。皇子様のような振る舞いとは思えないけど、堂々としている姿は確かに王族と言われても納得してしまう。紛れもない皇子様なのは確か。

 ホントは皇女ではない私とは違う。それに貴族でもない。そもそもメイド服を着ているのに皇子様の傍にいたら怪しまれるかもしれない。

 自分の中で考えをまとめながら、セルバンデスさんと自室を後にする。彼は自室のすぐ側にあった柱を少し押した。何やら音を立てて、その場所が開きく。すると隠し扉になっており、階段へと通じていた。


「隠し通路……!?」


 驚くも、その場の雰囲気に飲まれて声を忍ばせる。牢屋に落ちた時に城塞でも見た仕掛けだけれど、王宮にもあるとは思いもしなかった。

 暗く、視界も悪いためセルバンデスさんが灯りで先導をしながら、今後の事を話す。


「暫くは使用人の片手間でロゼット様には勉学の方も積んでいただくことになります」


「セルバンデスさん。もしかして……私がメイドをやるの不満に思ってます?」


 自室で着替えている間、ラインズ皇子との会話を聞いていたけど、声色が少し違っていた。それにメイド服を着た時の私を見る目。出会った時と少し変わっていたように思えた。


「こうなってしまった以上は致し方ありません。本来、王族がされるような事ではないのです。不本意ではありますが、まずはロゼット様の身の安全が第一です」


 単に雑用をさせたくないという理由だったらしい。勉強もあまりしたくないけど、私自身は少し楽しみだった。こんな滅多に出来ない経験に緊張とワクワクが入り混じった妙な気持ちになっていた。

 階段を降りて、石造りの通路を今度は歩く。一本道がずっと続き、途中で分かれ道の通路も無くひたすら道に沿って歩く。


「えー、でも私楽しみー。メイドさんの仕事」


「使用人に、ご興味が?」


 私の答えに意外そうに尋ねるセルバンデスさん。仕事は大変そうだけど、こういうメイド服自体が新鮮な気分に浸れる。


「そうですね……。ロゼット様にとって、息抜きのように感じていただければ幸いですが」


 遂に通路の行き止まりへとたどり着き、同じように少し壁を押すと光が差し込む。

 半開きにして、誰も見ていないことを確認してから外へと出る。


 王宮とは違う雰囲気の建物。先程の城塞へ着いていた。幸い人目のつかない階段で影になっている場所が出入り口になっていたため、誰にも見られることはなかった。


「こんな隠し通路で繋がってるんだ……」


「ロゼット様、急ぎましょう。既に準備に取り掛かってるようです」


 彼の後に少し駆け足気味でついて行く。

 スカートの裾を両手で持ちながら、昼間の城塞とは様変わりした、様子を横目に見ていた。何人か私やシンシアさんと同じような使用人の服を着てる人も見かけたけれど、多くは制服のような正装で整えたオジサン達があちこちへ移動していた。


「みんな、これからお仕事なんですか?」


「会食のための準備です。今後の方針を話し合う場でもございますので、諸侯が一堂に会する機会でもございます」


 その食事会の準備が私を含めた使用人達のお仕事、らしい。


「みんなが集まることってそんなに珍しいことなんですか?」


「基本的には側近の集まりで報告がなされることが多くです」


 側近、多分だけど貴族達の付き人を指しているのかな。その人達だけで集まり話し合うだけで済まされることが多いと聞く。話している内に食堂の前にたどり着き、案内される。昼間に見た時とは違い騒々しく、良い香りが漂う。

 忙しなく働く人達の中で、背筋の伸びた女性のところまで案内される。黒い髪を後ろに束ね、物静かそうな印象を漂わせていた。彼女は私たちに気づくとセルバンデスさんに声を掛ける。


「執政官殿、滞りなく準備は出来ております」


「メイド長、実はご紹介したい方がおりまして」


 そう言って私に促すセルバンデスさん。メイド長と呼ばれた女性は私を見て目を細める。なんだか、吟味をされてるみたいで少し緊張する。


「アザレスト地区の領主の御息女、ロゼット・ヴェルクドロール殿。こちらで使用人見習いとして職務に就いていただきますが、領主の世継ぎということで王都には諸侯の一人としてお招き致しております」


 物凄く大袈裟な紹介のされ方だったけど、多分言ってることは「田舎の偉い人の娘がメイドの仕事をしに来たよ」ってことだったと思う。


「このような時に……ですか」


 しかしメイド長の反応は微妙だった。確かに忙しそうにしてるし、私も迷惑をかけてしまいそうで不安だけど。正直あまりメイド長に対する最初の印象は良いものではなかった。

 歓迎されてない、というのは伝わってくる。


「何卒、ロゼット殿の事よろしくお願い致します」


 セルバンデスさんが頭を下げると、メイド長も頭を下げて応える。彼女の姿勢、凄く綺麗な一礼で少しだけ見惚れながらも私もお辞儀をする。


 セルバンデスさんからメイド長に引き渡されてそのまま彼女の後を付いていく。


 食堂で準備をしていた他のメイド達を呼び集める。その中には昼間に出会ったシンシアさんの姿もあった。私に気づくと彼女は小さく手を振って、私もそれに応えて手を振って返した。


「本日より同じ現場で職務に就くことになった、ロゼット・ヴェルクドロール卿です。領主の御息女ということで王都へ参りましたが、待遇は我々と同じですので各自職務における指導を宜しくお願いします」


『ヴェルクドロール卿』という聞き慣れない敬称に少し戸惑う。一応、貴族という扱いになるのだけど、私自身は「お金持ちのお嬢様」くらいにしか考えていなかった。


「では、ヴェルクドロール。挨拶を」


「ロゼット・ヴェルクドロールです。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」


 お辞儀をして挨拶をすると、小さく拍手が巻き起こった。他のメイドさん達は表情こそ笑みはなかったけれど、目つきは優しそうだった。シンシアさんただ一人だけ口元が緩んでいた。


 直ぐにメイド長が手を叩いて仕事に戻る様に促し、シンシアさんが私にかけ寄ってくれた。


「コーリー、ヴェルクドロールと配膳に向かってください」


 メイド長がシンシアさんに向かって仕事を割り振り、私の面倒を見るように伝えていた。


「かしこまりました」


 彼女もそれに応えて、頭を下げると私もメイド長に向かいお辞儀をする。シンシアさんの後に付いて行く形で私のメイド業は始まりを迎えたのだった。



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