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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode1『王国ドラストニア』

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5話 檻の中の瞳

 王宮内は静寂(せいじゃく)そのもの。外の城下町かあるいは繁華街か、盛況していた街並みとは対照的で神秘的な雰囲気が漂う。その静けさが王宮という神秘さと威厳のような、を成り立たせていた。

 確かに綺麗で落ち着いた雰囲気の空間ではあるものの、こう広すぎてはむしろ落ち着くことが出来ない。


 部屋で待っているようには言われたけど、体は正直だった。少し退屈に感じてきた部屋を飛び出して、王宮の廊下を徘徊。


「ちょっとくらいなら良いよね?」


 気持ちが少しすっきりしてからは、むしろ好奇心の方が強くなった。折角だから色んな物を見てみたい。それにもしかしたら、帰れる方法のヒントも見つかるかもしれない。


「広いけど、住むってなると落ち着かないよね」


 広すぎる王宮。廊下だけでも学校の廊下の倍以上は広く感じる。ラインズ皇子もお姫様も、普段どんな生活してるんだろうと想像する。


 心地の良い風が吹き抜ける。肌に少し当たって気持ちがいい。

 不意に見張りの兵隊らしき人と出くわしそうになり、慌てて脇のカーテンの中へと隠れる。変な汗をかきながら、鼓動が早くなるのを感じる。緊張してるけど、なんだか楽しい気分だった。なんかやっぱりおかしい。


 自分でも変な感覚。わかっているけど、それでも好奇心に抗えない。周囲を警戒しながら、今度は足音を立てないように少しだけ、つま先で歩く。途中、少し開けた場所やってきて、それまでの緊張が一気に吹き飛んだ。

 大きなテラスバルコニーのような広場。風で揺れる純白のカーテン。そこから広がる景色。


 思わず息を呑んでしまう。王宮よりも向こう側が一望出来る光景。城砦に囲まれた王宮。それを囲むように城下の町が広がっていく。

 更に遠くを見渡すと緑が続き、その先に薄っすらと見える山々。青空は、その更にずっと先にも続いている。


 私の『現実の世界』と見える風景は違っていても、青空と緑が続く大地と山は変わらない。

 大陸が空に浮かんでるわけでも無ければ、海と空が逆転しているようなおかしな世界でもない。

 今度は恐怖や不安じゃない。体中に沢山の心臓があるような感覚。それが一斉に跳ねるように鼓動して身体が震えている。


 その景色から強い風が入り込み、王宮中を通り抜けていく。気持ち以上に、身体が勝手に動いていた。その風に乗るようにして、気づけば王宮の廊下を駆け出していた。


 凄く楽しい気分で駆け回る。誰かと出会ってしまうかもしれないのに、見張りの兵隊に見つかってしまうかもしれないのに、今は好きなだけ走り抜けたかった。


 今度は大広間へたどり着き、先ほどはよく観察出来なかった色んなものを目にする。見るものすべてが珍しく、興味をそそられて、その場で回りながら周囲を観察。首を上げて天井を見た瞬間、私は動きを止めた。


「あ、この絵。ここにもあったんだ」


 自室の天井で見た壁画。全く同じものが大広間の天井にも描かれている。この国に伝わる御伽話か何かなのかな。でも、絵だけじゃ意味がわからない。


 よく見てみると、先程の龍の目が光っている。

 赤色と金色のように見える。光の加減で見えるだけで本当は違う色なのかもしれない。


「『金色の眼』と……『赤い眼』」


 輝きと同時に内に秘める力強さを放つ『黄金』の眼。なんだか、龍の力強さを感じさせるような印象だった。


 そしてそれとは対照的に全てを取り込むかのような底なしの深さを感じさせる『深紅』の眼。『怖い』という恐怖の感情と同時にその眼に引き込まれて目が離せない。恐ろしいと思うのに何故かその紅い眼が気になって仕方ない。見たくないのに見てしまう、怖いもの見たさとはまた違う感覚。


 突然視界が歪んだ。急に右眼が熱くなる。痛みとは違う、痛いのではく熱かった。目を開けていられなくなり、涙を流しながら目を擦った。


 紅い眼から視線を外して拭っていたら、いつの間にか右目の熱は治まった。涙はまだ出ていたけど熱さはなかった。擦った手に少しだけ涙が残っている。それを見て今度は頭の中で映像が流れた。


 あの夢だった。黄昏に染まったあの丘。あの丘にいた少女。彼女も涙を流していた。

 あの時の陽の光も、燃えるような紅い色。


 そして、曇り空と黄昏が入り混じる中に黄金色の線、軌道が走る。


 ただの夢とも思えない。あの夢で感じたもの。想像を絶する何か辛く、悲しいことがあったように感じてしまう。妙に生々しく残っているせいなのか、鳥肌が立つ。まるで自分が経験したかのような感覚。

 ただの夢のはずなのに身体が冷たく、熱くも感じる。


 そして、胸が締め付けられるような苦しさ。あの光景に恐怖を感じつつ、自分と似た『何か』を感じてしまう。もう思い出したくもない。私はそのまま王宮を飛び出して、今度は城砦の方へと逃げるように駆け出して行った。


 ◇


 城砦を歩ていると、声が聞こえてきた。その場所へと向かうと、少し開けた場所に出る。いつの間にか兵士で集まり、訓練をしている様子が見えた。

 叫び声のような掛け声でひたすら槍を振るう。剣の打ちあい、巨大な盾を持ったぶつかり合い。弓で的を射貫く訓練。それぞれが厳しい訓練に励んでいる様子が映し出される。

 物陰から隠れて、その様子をボーっと眺めていると、訓練の音をかき消すように花火のような音が一斉に鳴り響く。

 突然の轟音に驚き、反応が遅れるように僅かに身体が跳ねた。音の響いた先に視線を移すと、猟銃のような長い筒で的を撃ちぬいていた。


「びっくりした……。さっきの兵隊さん達が持っていた物と同じかな」


 王都へ連れてきてくれた兵隊さんも似たようなものを持っていたと思う。あっちは確か、銃の先にナイフのような刃物が付いていた気がする。けれど、訓練で使われているものには先端に刃物は付いていなかった。

 懸命に訓練をしている兵隊さん。一発の銃弾も的から外れていなかった。誰が撃ってもみんな的を射止めている。

 何度も発砲音を聞いている内に慣れてくる。バレないように少しずつ近づいて、唾を呑みこみながらずっとその様子に見とれていた。自分には無縁の世界だからこそ、見たことも無い出来事に興味が沸いていた。

 すっかり、今の状況も忘れて見入っていると背後から怒声が響いた。


「そこの者!ここで何をしている!」


 一瞬何事かと振り返ると、どうやら私を目指して兵隊の一人がこっちに向かってきていた。そこでようやく自分の事を指していたのだと気づき、慌てて城砦内を逃げ回る。



 道行く人々をかき分けるようにして躱していく。自慢にならないけど、逃げることだけに関しては自信があった。


 少しずつ差が開いていく。直線的な道なら追いつかれたのかもしれない。曲がり角や入り組んでる道を利用して、走り抜ける。

 このままなら逃げきれると少しだけ気が緩み、曲がり角を曲がったところで強い衝撃に襲われる。


 派手に転び、尻餅をついてしまう。お尻をさすっていると手を差し出された。白く綺麗な指先と繊細な手だった。


「大丈夫? 派手に転んだわね」


 綺麗な声。だけど寂しさの入り交じる、温かさと冷たさを同時に感じた。


 顔を上げると美しい女性が私に手を差しのべてくれていた。

 一本一本に艶のかかった栗色の髪。長い睫に私と同じ碧い眼。でもその碧には私と違って、吸い込まれそうな魅力が仄かに感じられた。少し惚けてしまい、女性が首を傾げて私の顔を覗き込んでから我に返る。


「ご、ごめんなさい。だ、大丈夫です。ちょっとお尻を打っただけで」


 冷たさと温かさが入り交じる表情で私を見ている。

 そうと思いきや今度は追ってくる兵士を指して「逃げなくていいの?」と尋ねてくる。直ぐに立ち上がって、兵隊さんとの鬼ごっこの続きに戻らされる。


 かなり逃げ回り、肩で息をして壁に寄りかかって息を整えながら周囲を確認する。

 それとも、さっきの女性がやり過ごしてくれたのかな。


「さっきの人……セルバンデスさんの話してた、お姫様?」


 確かに綺麗な人だったけど、皇女様にしては衣服は思ったよりも普通というか、学校の制服に近い格好をしていた。

 ボタン留めのシャツに紺色のベスト。ゴシック系のような黒いヒラヒラのスカート。多分タイツに長い黒のブーツ。黒が基調の服装の人形みたいな人。


 もっと派手な、ドレスのような衣装を想像していたから皇女様と思えなかった。


「でも、メイドさんじゃないよね、多分」


 メイドさんだったら、ちゃんと違う制服を着ていると思うし、やっぱり皇女様だったのかな。そうだったら、すごい失礼なことして逃げてきてしまった。


「大丈夫かな……」


 走り回った汗に冷や汗が混ざり、また鳥肌が立つ。今度は恐怖とは違う、少し体が冷えてしまったせい。


「調子に乗りすぎたかな……。セルバンデスさんも戻ってくるかもだし、部屋に戻ろ」


 肩で息をしている身体を落ち着けようと、壁に手をかけた瞬間、ガクッという音と共に壁が動いた。思考回路は止まり、身体は宙に浮く感覚に襲われる。私は声を上げる間もなく、そのまま開いた壁から転がり落ちていった。



 ◇


「うぅぅ……最悪、なんなのホントに」


 調子に乗りすぎたのかも。冒険のつもりで勝手に出歩いたら、追いかけ回されて、皇女様にぶつかって、今度は抜けた壁から落とされる。不安が和らいで気持ちが戻ってきたと思ったら、気分もまた落ちてしまっていた。


「今日だけでお尻が潰れるよ……」


 今日だけで何度も尻もち付いて、ホントに潰れていないか摩りながら確認する。もう痛みも感じなくなっていた。少し擦りむいたところが気になるけど、他に目立った怪我は特に無いみたいで良かった。服についた砂ぼりを払い除けながら、上を見上げる。目を細めて見てみるけど暗くてよく見えない。


「何も見えない……。そんな高いところから落ちたのかな」


 隠し扉みたいなところから、そのまま落ちてきたんだと思う。単に暗いだけなのか、それとも結構な高さから落ちてきたのか。それも分からない。今の私にはまるで底無しの洞穴のようにも見えていた。先の見えない今の状況と重なり合って、お腹の辺りがキリキリする。


 辺りを見回すと石造りのようなレンガの壁。水の滴る音が僅かに聞こえる。暗くどんよりとした空間。僅かに差し込む外からの光。それ以外は黒に包まれていた。

 それから()びついた鉄格子がいくつも連なり、まるで獣を入れる檻のようだった。錠前のようなものも確認できる。子供の私でも想像が出来る、わかりやすい場所だった。


「多分牢屋……だよね? 」


 監獄、牢屋、言い方は色々あるけど、罪を犯した人を閉じ込めておく場所なのには変わらない。牢屋の中は数人が入ることが出来るくらい十分な広さだった。でもベッドや布団のような物は無く、何もない空間。心地の良い場所とは言えない。

  華やかな王宮内、威厳のある城とは違う。ここだけ切り離されたように、全く別世界のように陰鬱(いんうつ)とした雰囲気が漂う。


「暗くてよく見えないし、早く戻ろう」


 湿気が多く感じられるのがまた不気味に思えて後退りしてしまう。すぐにでもここから離れようと、出口を探す。

 私の足音と同時に「チャリン」という音が響く。静かな空気の中に擦れる『金属の音』。自分の足元を見ても何かにぶつけたわけではない。音は別の場所から発している。


 自分以外の『何か』がここにいる。


 振り返っても同じように暗闇が広がってるだけ。やめておけば良いのに、好奇心の方が勝ってしまい音の方へとゆっくり歩きだす。


 よく眼をこらして檻の向こう側を凝視する。黒い影のようなものが壁に持たれかかっている。声を押し殺しながら『それ』に向かって足が動き出す。

 鉄格子向こう側、正体不明の黒い影。襲いかかってくるかもしれない。


 黒い影の輪郭が徐々に見えてくると、それは人だった。それも段々見覚えのある姿に変わっていく。


 光を吸い込みそうな黒くて長い髪。傷だらけの逞しい腕。どこか影がある端麗な顔立ち。

 私の中で強烈に印象に残っていた。

 今度は『彼』の方へと吸い寄せられるように自然と近づいていく。鉄格子に掴まりながら彼の名前を呼んだ。


「あ、さっきの……!! えっと紫苑、将軍??」


 私の声に反応するように顔を上げて、驚いた表情を見せる紫苑将軍。


「貴女は……さきほどの」


 彼は少し掠れた声で答えてくれた。私のことを覚えていてくれたことが少し嬉しかった。助けてもらったのに何も言えないままだったこと。だからなんとかお礼が言いたかった。


「さっきは助けていただいて、ありがとうございました」


「いえ……どうかお気になさらず。お怪我はございませんでしたか?」


 私はその場で回って見せて、どこも怪我をしていないことを伝える。彼も安堵した様子で眉を下げる。助けてくれたはずの彼が頭を下げ、私もペコペコと頭を下げてお礼を言う。


 頭を上げながら、覗き込むように彼の今の姿を見てみる。とてもまともな扱いを受けているようには思えなかった。


 食事も満足に()っていないのかやつれているようにも見える。全身傷だらけで、このままだと病気に掛かってしまうかもしれない。


 放ってはおけない。私の中で強い感情が内側から押し寄せてくる。沸き立つって言えば良いのかな、でもそんな考えはどうでも良かった。とにかく今の彼に『何かしたい』と強く思った。

 だから身体が動いた。


『彼』にすぐに戻ると言い残して牢屋の出口を探し始める。彼は呼び止めようとしていた。

 けれどそんな気力もなかったのか、力ない声が微かに聞こえるだけだった。


 牢屋の扉、鍵は掛かっていないみたいで直ぐに開けられた。開けたらすぐ隣で受付のようなテーブルで突っ伏している兵士の遭遇。一瞬驚いて、動きを止める。寝息を立てていたから、夢の中にいる様子。

 気づかれないよう、そのまま扉を静かに閉める。音に僅かに反応したものの、熟睡しきっていたのか起きることはなかった。


「この人、ほんとに大丈夫なの……?」


 運が良いのか悪いのか、よくわからない日だ。見張りの居眠り。投獄されている人が凶悪な犯罪者だったらどうしてくれるの。なんてことを考えていた。呑気に寝息を立ててる兵隊をじっと見ながら、起こさないように牢屋を後にした。


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