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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode1『王国ドラストニア』

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4話 王族への招待

 馬車の扉が開かれて眩しい光が入り込んでくる。

 光を手で遮りながら、外の明るさに目を慣らしていく。


 扉の先に居たのは数人の大人。白と緑を基調にした制服で手には銃が握られていた。昔にあった狩りをするための猟銃なんかに形は似ていたけど少し違っていた。

 警戒していたからなのか、銃を向けられていた恐ろしかった。すると私の前にさっき助けてくれた男性が前に出て庇ってくれた。


 銃を向けてきた兵隊さん達をかき分けてくる小さな影。見覚えのある姿だった。頭巾を被ったその人が慌てた様子でこちらに向かってくる。


「この少女は……おそらく密猟者に捕らえられたのであろう。私の馬車へご案内を」


 そう言って先頭の馬車へと案内される。私よりも少し背の低く、少し渋い声が特徴的だった。

 さっきのこともあって警戒しながら、周囲に集まる兵隊さん達をまじまじと見てしまう。衣服の上に、鎧なのか金属の板のようなものを肩や膝の一部に身に付けている。特に腰に帯びている金属製の剣に目が行き、唾を飲み込む。


「まだ野盗が潜んでいるかもしれません。危険でございましょう、王都までお連れいたします」


「王都?」


 そう尋ねる。王都なんて地域、私の住んでいたところには存在しないし聞いたことのない。


「ドラストニアの王都ならば、襲われることもございません。参りましょう」


 ドラストニアという聞き覚えのある単語。それに夢に出てきたこの人。私は、ふとさっき助け出してくれた人――……『天龍将軍』、紫苑さんのことが気になった。あの時とは違って、腕には手枷を付けられていた。彼は後方の馬車へと連れていかれた。


「あの、彼は私を助けてくれた人ですよね?」


 頭巾の男性に尋ねる。一言お礼を言いたかったけれど既に馬車へと連れられた後。


「護送中故に今は接触は致しかねます。少々、事情がございます故」


 ここで置いて行かれても、その後どうしていいかもわからない。『王都』という場所に付いて行ってもどうなるのか。不安しかない。

 でも――……他にどうしていいのか、選ぶことも出来ない。

 ただ、馬車に乗り込む以外になかった。


 馬車内で私と頭巾の人で向かい合う。緊張と不安の中で初めて乗る馬車。その時の感覚なんて、今でも覚えていない。聞きたいことはたくさんあった。けれど、何から聞いて良いのか分からない。

 ここが何処で、いつの時代なのか。少なくとも現代とは、かなりかけ離れているように感じる。

 けど、私の不安とは裏腹に外の景色は穏やか。日の光、春の陽気のような暖かさ。懐かしい緑の匂い。馬車はゆっくりと動き出して景色も動き出す。


「先ほどの無礼、どうかご容赦ください」


 頭巾の人はいきなり、跪いて私に向かって謝り出した。


「え、え、急にどうしたんですか?」


 慌てて訳を尋ねる。むしろ助けてもらったのに何故、謝られるのか。無礼とも言ってたけど、別にお客というわけでもない。


「もしや、『ロゼット・ヴェルクドロール』様――……で有らせられますか?」


 私の本名、というかフルネームを尋ねられる。なんで知っているのかも不思議だったし、どうして私を探しているのかも分からない。初めて来た場所で、初めて会う人に名前を言い当てられる。絶対にありえないことに混乱してしまいそうだった。


「えっと、なんで私の名前を知ってるんですか?」


「左様でございましたか。改めまして、『セルバンデス・ラピット』が拝謁いたします」


 改まって大袈裟な挨拶をされてしまう。『はいえつ』なんて言葉を聞くのも初めてだ。こちらも畏まってしまい、改めて名前を名乗り自己紹介を交わす。


「驚かれるのも当然のことでしょう。王都に到着次第、事の経緯を説明させてください」


 突然のことに訳も分からないまま、王都へ向かうことになった。流されるままで正直、良い気はしなかった。何かできるわけでもないし、あのまま放置されても私が困るだけだし。

 そもそも、ここが何処なのか。本当に家に帰れるのだろうか。そればかりが気になったまま不安で、どうしようもなかった。


 ◇


 小さく揺れながら私と頭巾の人を乗せて、進む馬車。セルバンデスと名乗った頭巾の人と二人きり。緊張もしていたし、どんな人なのかも分からないまま。


 私の気持ちとは裏腹に馬車からの眺めは日差しが隙間から差す林道が続いている。

 木の枝に止まる、リスのような動物がこちらを見ていた。口をモゴモゴと動かして不思議そうに見ている姿が可愛く少し見惚れてしまう。

 木々の隙間から光が強く入り込んできた。目が眩み、日差しを手で遮る。目が慣れてきてから、開くと広がる先に建物が見えてくる。木造の小屋、一面が畑で広がる村落のような場所。その先にある光景に声を失った。


 幾つもの建物を取り囲むように壁のような城が立ち並ぶ。そこを経て都市内へと続く城門が開かれる。

 レンガと木造建築を()り交ぜたような作りの住宅、商業施設が目立ち、街灯のようなものも散見される。陽気で、のどかな風景。田舎町のような過ごしやすい雰囲気と、心地の良い風が吹き抜ける。


「……凄い」


 思わず声を漏らしていた。馬車から見える風景は、想像上の物語に出てくるような光景だった。私と同年代の子供が遊ぶ声、街中で噂話や市場で客寄せを行なう声。あふれる声に街は活気に満ちて、街そのものが生きているように感じる。

 行き交う人々の衣服もどこか古びたような、冒険物語を思わせる。本当に私の知らない世界に来てしまったと、この時初めて確信した。


「あれが、お城ですか?」


 街並みの先にある、山のように大きな建物。石が何段も積み上げて作られた、頑丈そうな壁。おとあそこに住んでいる人がどんな王様なのかと想像してしまう。髭がたっぷりと生えている、偉そうなオジサン、そんな妄想を膨らませながら傲然と城を観ていた。


「城砦は諸侯、閣僚が集い、評議会の場として利用されております」


 王様が住んでいるというよりも、偉い人達の仕事場というような話しぶり。兵士があちこちにいて、目を光らせて見張りをしているなんてこともない。外の鳥の鳴き声と風の音、時計の振り子の音が少しだけ聞こえてくるだけ。


「なんか王様とか、住んでいそうなイメージを勝手にしてたんですけど」


「王家の方々は王宮にて生活なさっておられます。現在は皇子殿下と皇女殿下だけでございますが」


 どうやら私が想像していた場所が『王宮』と呼ばれる所のようだった。

 やっぱり王子様とお姫様がいるみたいで、もしかしたら会えるのかもしれない。そんなちょっとした期待をしてしまう。


 でも、そうなると王様はどこにいるのだろう。もしあの夢の通りだとするのなら、『ほうぎょ』されたと言っていたけど、どういう意味なのかわからない。


 セルバンデスさんの話を聞きながら、城下町を抜けた先の城門をまじまじと観察する。頑丈そうで、一度閉じたら、とても動きそうにない大きな扉。分厚い木で造られていて、岩がぶつかってもきっと壊せそうにない。


 城門を抜けると、その光景にすぐに目を奪われた。広がるのは庭園のような自然溢れる空間だった。中央にある噴水、それを囲むように円形に花壇が並ぶ。ちょっとした癒しを感じられる、静かな場所。休憩が出来るように城と同じような石造りのベンチのような空間が花壇と一体となっている。

 周囲を見渡していると後方にも視線が向かう。さっきまで付いてきていた馬車の姿は無かった。


「そういえば、さっき助けてくれた。えっと、天龍将軍……? でしたっけ」


 天龍、たしか名前は『紫苑』だったかな。よくよく思い返すと腕には手枷のようなもので縛られ、まるで囚人のような姿だった。もしかして、牢屋へと連れていかれたのだろうか。お城の中を見たさっきまでの感動が不安な気持ちへと変わっていく。


「なんと、将軍をご存じでしたか」


 セルバンデスさんは少し驚いていた。私だって、まさか今立っている、この場所での出来事と夢の出来事が繋がっているなんて思いもしなかった。

 それにセルバンデスさんの事もそうだった。見たことはあるけど、実際に会ったわけじゃない初対面の人。有名人を見ているような感覚に近いのかな。上手く言葉で現せない奇妙な感じ。私の不安な気持ちを彼にぶつけるように尋ねた。


「あの人はどうしたんですか?」


「彼についても後々お話致します。形式上、捕虜という形で連行致しました。やむを得えない判断とは言え、今はこうする他に術がなく」


 捕虜だのと色々と情報が入ってくるけど、何が仕方のないことなのかも分からない。事情は気になるけれど、ハッキリ言って私じゃどうすることも出来ない内容。紫苑さんの事も心配だし、お礼も言いたいし、色々と聞きたいこともある。

 でも、今はセルバンデスさんに付いて行くことが先なのかな。まずここが何処で、今が何時なのかを知りたい。


「ロゼット様、こちらへご案内いたします」


 彼はそう言うと先導して城内を案内してくれる。城内は見たままの通り石造りの如何にも、といったお城。床はタイルが敷き詰められ綺麗な印象。私たち以外誰もいないのか、風の音が少し聞こえてくるだけで静かだった。


 仕事場だと聞いていたから、もっと慌ただしい様子を想像していた。人が行き交い騒がしい場所合よりも今の静かな雰囲気の方が好きかもしれない。


「誰もいないんですね」


「今は使用人が城内で仕事をしております。評議会は既に終わっており、皇子殿下主催の晩餐会が開かれる予定です」


「へぇ、なんか楽しそう」


 今夜は皇子様が主催される食事会が開かれるようだ。食事会と聞き、勝手な想像を膨らませる。長く大きなテーブルを大勢で囲んだ豪華な食事。シャンデリアや装飾品で飾られた食堂。そこには何人もの使用人メイドもいて、優雅な夜会が開かれる。

 実際はどうなのかは分からないけど、そんな勝手なイメージを浮かべる。


「ロゼット様が想像なさっているものとは少々違いましょう」


 私の返事と表情から読み取ったのだろうか、セルバンデスさんは少し困ったような口調だった。人目の付かない場所へと案内され、両開きの扉を彼が開いた。

 ちょっとした会議室のような場所。少し大きめのテーブルに六人分の椅子。暖炉にカーテン、左手に窓という造りで、絵画や剥製や鎧、槍や剣なんかも飾られていた。

 そんな室内で振り子時計が一定の間隔で音を鳴らす。少し緊張しながら、生まれて初めて見る剥製に目を奪われた。大きな二つの角にトカゲのような、爬虫類の顔つきの生き物。現代でこんな生き物を見たことが無かったから、余計にその存在感に興味を惹かれる。御伽噺(おとぎばなし)に出てくるドラゴンのような顔つき。きっと恐ろしい怪物だったのかもしれない。少し怖いと思ってしまうが、目が離せない。


「小型の飛竜種(ワイバーン)です。怪我が元で命を落とし、栄誉という意味も込めて頭部を剥製として飾っております」


「栄誉??」


 竜が褒め称えられていることに驚く。もしかして、実はお城の守り神のような存在だったりしたのだろうか。けど返ってきた彼の答えは意外なものだった。


「ええ、この飛竜種(ワイバーン)は幾度となく伝文を届けドラストニアに貢献しました。それは天候荒れる中でも遅れる事なく、正確に相手に届ける立派な働きでした」


 まるで文鳥のような思わぬ仕事をしていた竜。確かに頭部のサイズも私の頭よりも小さいし、戦うにしてもどうやって戦うのだろうかと疑問ではあった。

 それがまさか文鳥のようなことをする竜だったとは思いもよらなかった。それを知ってから改めて見てみると、ちょっと可愛く思えてきた。実際に動いているところも見てみたいかも。


 そんな竜の話をしつつ、綺麗な絨毯の上を歩きながら他の飾られている物に意識を変えてみる。


 並べられた絵画。風景だったり、このお城と思われる絵。中には兵士たちがたくさん描かれた絵だったり、美術館にでもいる気分を味わう。

 その中で一枚だけ肖像画があった。流し目で見ていたから不意に視界に入ってきたけど、思わず二度見してしまう。足を止めて、その絵に吸い寄せられたかのように目を凝らしていた。あまりにも自然で違和感なく飾られている事。それがかえって不気味に思えてしまった。


 本当に美術館に飾られていそうな肖像画、写真のように正確に描かれた凄く綺麗な絵。

 けど惹かれた理由はそこじゃない。私の視線を釘付けにした理由は『描かれている人』にあった。


 私がよく知る人。いや、ただ知っているだけじゃない。私にとって物凄く身近な人。


 止まった足がその絵画へゆっくりと歩み寄り驚きのあまり少しの間、声が出なかった。しばらくしてからポツリと呟く。


「え……ママ?」


 目元、鼻、口の形。雪のように白い肌。糸のような銀色の髪。碧い宝石を思わせる瞳。全部私がママから貰ったもの。色だけじゃない。形から何まで全てが同じ。ママとしか思えない人だった。


「よく見ると面影があるな。目元なんかはそっくりだ」


 背後から聞き覚えのある声。私の思っていたこと、そのままの感想を口にしていた。

 振り返ってみると、あの時夢に出てきた別の人が立っていた。


 褐色の肌、火が燃えるような赤色交じりの髪を持つ容姿の男性。爽やかな笑顔を見せながら私の事を見ていた。


 ママにそっくりな絵画、また夢で出てきた人物。色々なことが一度に起きて体が震える。少し、驚いて後退(あとずさ)ると足が縺れて尻もちをついてしまった。すると彼は私の前で跪いて、尻もちを付いてる私に手を差し伸べてくれた。


「大丈夫か。そんなに驚くなんてな」


 差し伸べてくれた手を取って立ち上がる。


「あ、ありがとうございます。驚いたと言うか、ただ転けただけで」


 あまりにも色んなことがありすぎて、これが現実とは認識できていかなかった。多分まだ夢でも見ているんじゃないかと、そんな風にも思えてしまう。でもあの時のようなボヤけたような感覚とは違う。やっぱり現実なのかな。考えても頭の中がぐちゃぐちゃで整理が追いつかない。


「ちゃんと顔を見るまでは俺も半信半疑だったけど、やっぱり改めて見て確信に変わったよ」


「は、はぁ」


 口から漏れたのは気のない返事。現実感の無い出来事をただ受け入れていた。


「皇子殿下、ロゼット様もまだ状況把握が出来ておられませんので、まずは一つずつ順を追って御説明を致しましょう」


 私に向き直り、セルバンデスさんが被っていた頭巾を外す。その姿に更に驚いて言葉を失った。


 特徴的な尖った耳と鼻、そして人間にはあり得ない鼠色のような体表。白目は黒く濁っていて眼球は、どことなく動物のようなものも感じさせる。姿形だけを見たら妖怪や怪物と思ってしまう。


「驚かれるのも無理はございません。ゴブリンが人間社会に馴染むことは、ほとんどございませんので」


「ご、ゴブリンって……」


 私の知る限りだと、空想のファンタジーやゲームに出てくるモンスターの事だと思う。その認識で合っているのかどうかは分からないけど、でも特徴は確かにそのままだ。というか、そもそも人の言葉を理解して話していること自体に驚きしかなかった。


「セルバンデスはちょっと特殊なんだ。訳アリで今ここにいる」


 見た目は確かに魔物でも有名なゴブリン。私が恐る恐るセルバンデスさんの方を見ると、目を閉じてお辞儀で応えていた。ここまでの道中での話ぶり、接し方から考えても、すごく良い人ということは伝わってくる。本当に魔物のゴブリンとは思えない対応だった。


「えっと、確かにびっくりはしましたけど、でもお話は凄く丁寧だったし。悪い人には思えなかったです」


「恐縮でございます」


 そう言ってまた深々と頭を下げられてしまい、こっちが逆にかしこまってしまう。


「『ラインズアーク・オズ・ドラストニア』だ。会えて光栄だ、ロゼット嬢」


 すると今度は褐色の人が私に対して名乗る。私もそれに(なら)って自己紹介をする。セルバンデスさん曰く、彼が『皇子』様なのだろうけど、正直イメージとはかけ離れていた。身に付けている衣服は確かに仰々しいけど、雰囲気は近所に居そうな気の良い兄ちゃんみたいな印象。


「ロゼット・ヴェルクドロールです。えっと、なんで私――というか、皇子様なんですよね?」


 色々聞きたいことはあった。けど真っ先に思い浮かんだ疑問が目の前にいる彼。そもそも本当に皇子なのか。疑うというか全然、皇子様という感じがしない。


「イメージとは違ったかな?」


「うーん、ちょっとだけ」


 ちょっとだけ躊躇ったけれど正直に伝える。本当の事を言うと、『ちょっとだけ』というのも嘘なんだけどね。


「正直だな」


 お互い笑っていたけれど、そんな彼をジト目で見ているセルバンデスさん。


「ロゼット様からもこう仰られては、立ち振舞方も少し考えられたほうがよろしいのでは」


「今話すことかよ。勘弁してくれよ」


 苦笑いを浮かべる皇子。二人の関係がまるで父親と子供のように見えて、少しだけ親しみやすさを覚える。二人のやりとりを見てる私の様子に気づいたラインズ皇子が話を戻す。


「悪い悪い。連れてきた理由も薄々勘づいてるんじゃないか?」


 ラインズ皇子からもそう言われたけど、実際のところ私もママにそっくりな肖像画を見た時に、なんとなく察していた。

 確かにママは他の子のお母さんと違ってちょっとズレてるところはあるかもしれない。ちょっと意地悪で、パパを独り占めしようとするところもあるけど、この世界の人とは思えない。じゃあ、あの絵画の人は誰なんだろうか。


「あの絵の人の事と関係しているんですよね?」


 さっきの絵画を指してハッキリと尋ねる。


「流石に勘づくか。いや、流石は皇女殿下、と言うべきかな」


 皇女殿下。一瞬何を言われたのか分からなかった。皇女ってお姫様って事だよね。誰が??――私が??――。というか、あの絵の人がママに似ているだけでなんで私がお姫様になるの?


「ちょ、ちょっと待ってください。お姫様って……」


 そう言いかけて二人の顔を交互に見ていると、ラインズ皇子から指をさされる。


「馬車で話さなかったのか?」


「いえ、詳細はまだですが」


 話されても多分理解は出来なかったと思う。そもそも、あの絵の人はただママに似ているってだけでしょ。それなのになんで――?


「ロゼット様。いえ、リズリス・ベル・ドラストニア皇女殿下。ドラストニアへのご帰還、心よりお待ちしておりました」


 大袈裟で初めて聞く名前。そして、挨拶。驚くというか、本当に考えが追いつかない。二人が何か色々話しているけど全く話が入ってこない。呆然と立ち尽くしている私にセルバンデスさんとラインズ皇子は顔を見合わせる。


「一気に色んなことを言われて、流石に理解が追いつかないかもしれないが、自分が『皇女』ということはなんとなく分かってたろ?」


 このまま勝手に話が進められるのは嫌だ。だって私はお姫様じゃない。


「あのっ!!」


 私が声を上げると二人がこっちをじっと見る。突然注目が集まって恥ずかしかったけれど、ハッキリと言いたいことは言いたかった。


「『人違い』とかじゃないんでしょうか? だって私、ここに来たのも初めてだし。そもそもあの絵の人、多分私のママじゃないと思います」


 私の答えにも二人は、さも当然というような反応で受け流していた。


「こっちにいたのは赤子の頃だったからな。覚えていないのも無理はないだろ」


「それに違うというなら、なんであの絵をじっと見ていたんだ?」


 覚えていないというよりも、全く知らないんだけど。でも、あのママにそっくりな肖像画の説明が付かないし、出来ない。確かに何から何までそっくり。絵に描かれている首のホクロの位置まで全く同じ。


「それともロゼット・ヴェルクドロールじゃない、か?」


 ラインズ皇子に尋ねられるけど、こっちの世界のロゼットという意味では違う。けど、そこまで否定するとまるで自分自身を否定しているみたいで嫌だった。それに上手く口で説明できる自身も無かった。


「いえ、そうなんですけど……」


 名前も歳も同じ。母親の容姿も瓜二つ。そんな同じ人間が二人もいるのかな。


 ふと、図書館で見た『私』を思い出した。私と瓜二つの鏡に映った少女。もしあの子も『ロゼット・ヴェルクドロール』だとしたら。あの時に、彼女と私が入れ替わった――とか。そんなありえない、想像を働かせる。


「私がいた場所、あそこに小屋があったはずなんですけど。もしかしたら、そこに二人の探してる『ロゼット』がいるかもしれません」


 とにかく自分ではないということをなんとか説明したかった。

 しかし、直後に振り子時計から鐘のような音が鳴る。それと同時に城内にもっと大きく鈍い鐘の音が響き渡った。


「ラインズ様、お時間です」


 セルバンデスさんが懐中時計を取り出して、ラインズ皇子に言った。


「ああ、ロゼット嬢は自室に案内してやってくれ。また、後で話そうか」


 そう言ってラインズ皇子は部屋を後にした。取り残された私はセルバンデスさんに促されて、『自室』と呼ばれる場所へと案内される。


「あの、セルバンデスさん」


 私がそう言うかける。さっきの話の続きだと思ったセルバンデスさんが私に問いかけてくる。


「しかし、そうなるとロゼット様に似ておられる方がもう一人おられるということになりますが」


 確かにその通りで、おかしな話だと思われても仕方がない。

 でも、それ以外で私にも説明出来ない。確かなのはセルバンデスさん達が探している『ロゼット』は私じゃないという事。それだけはハッキリ言える。


 けど、言いかけた言葉が途中で詰まる。


 でも、だとしたら――どうやって元の世界に帰れば良いの?


 私が二人の探している『ロゼット』じゃなかったとして、その後私はどうなるの?


 この世界に一人で放り出されるかもしれない。


 そう考えると急に恐ろしくなり、言葉に出来なかった。

 途方もない不安が急に波のように押し寄せてきて、心臓を思いっきり掴まれる感覚に襲われる。冷たい汗が体中を伝っていく。


「ロゼット様? 如何なされましたかな? 顔色が優れないようですが」


 顔から血の気が凄い引いていたと思う。何も話せずたじろいでいると、気を使って背中を摩ってくれた。


「お加減が良くないようでしたら、少し急ぎましょうか」


「大丈夫です。ごめんなさい、ちゃんと歩けます」


 セルバンデスさんに案内をお願いする。

 城内の廊下を通り、直ぐ側にある王宮へと向かう。王宮と呼ばれる場所も見た目は、お城とあまり変わらないように見える。

 けれど内部は全く違っていた。


 たどり着いた場所を目の当たりにし、吐息のような言葉にならない声しか出てこなかった。

 黄金の装飾と街の石造りとは違う、重厚感がありながら、日の光に反射するような輝きを放つ大理石。それらで作られた大きな柱が何本も連なり、その奥に一段と開けた広場に美しい噴水。


「綺麗……」


 内装は神秘的で装飾品などの数は比較的少なく、建物の造りだけで品の高さが伺える。大理石で作られ、まるで神殿のような渡り廊下からそれぞれのフロアへと通じる造りになっている。柱や壁の作りが動物を彷彿とされる造り、レリーフって言うのかな、一種の芸術品のように造られていた。


 そこを吹き抜けていく風が心地よく、初めて見る場所なのに緊張感よりも、どこか安らぎを感じさせる場所だった。さっきまでの不安が少しだけ和らいでいく。


「王宮って言われてたから、もっと色んなものが飾ってあるのかと思いました」


 目立ったものは振り子時計があるだけで、それ以外の装飾品は簡素なものでまとめられていた。


「先代国王陛下の御意向で派手な装飾類は極力廃し、重要な資産以外の趣向品は全ては国民へ還元する形で展示品、あるいは金銭に変えられました」


「あまり物欲がない王様だったんですねぇ」


 確かに飾られている物はシャンデリアや花を生ける為の壺や花瓶の類が目立つ。


「お気に召しませんでしたか?」


「ううん、逆ですよ。私こういう空間好きです」


 物が色々置いてあったり、高級な装飾品があちこちに飾られていたりすると、かえって緊張する。王族と言っても人が住む空間だから居心地の良さが一番大切だとも思う。


「質素に思われぬよう、使用人達が手入れを行っております」


「今はメイドさんも休憩中?」


「働き詰めでは仕事の質も落ちますので」


 王宮周りのお仕事だからもっと忙しなく働き詰めかと思ったけどそうでもないみたいだ。


 勿論、先程の城砦とは違い王宮は王族の衣食住のための生活圏。書物庫や鍛練場、客人用の客間、大浴場や憩いの場のような部屋も存在していると説明を受ける。


「ラインズ皇子もこちらに住まわれてるんですか?」


「ええ、皇子殿下と皇女殿下がこちらに住まわれております」


「私もここに住むってことですよね」


「いえ、ロゼット様以外にも皇女殿下がもう一人」


 本物のお姫様もここに住んでいると聞き、さっきまでの不安が再び沸き起こる。セルバンデスさんは少し気まずそうに答える。


「あの方は、少々……気難しい一面もございますのでお会いした際には言動にご注意ください」


「え、そんな怖そうな人なんですか?」


 そう言われて不安が恐怖心に変わっていく。私が尋ねると彼は少し困ったような素振りを見せる。


「落ち着いた物腰でありながら、軍人相手にも物怖じしない胆力。議論の場においては説き伏せることも出来る。そんな御方です」


「へ、兵隊さん相手にも……凄い人ですね」


 彼は静かに頷く。お姫様なのに、ドラマや映画で出てくるような強い女性像というものが一致しない。


「その人って私の事は知ってるんですか?」


 私の事がどれだけ知られているのか、気になったので尋ねてみる。私というよりも、『こっちのロゼット』のことなんだけども。もし、知られていたら――そう考えると不安が更に募る。


「ロゼット様の存在、それ自体はおそらく把握されておられます。ですが、身なりや歳、名前に至る細かな素性は陛下と王妃殿下以外で知る者はおりません」


 少しだけ安心できる答えだった。けど、出来る限り関わらない方が良いのかもしれない。

 それと少し気になったのがラインズ皇子たちは私のことをいつ知ったのだろう。王様とお妃様しか知らないのであれば、二人のどちらかから聞いたことになるのだろうけど。


「お二人はいつ知ったんですか?」


「陛下から兼ねてより伺っておりました。当時は王国内でも政争が激化しておりましたので、ロゼット様の身を案じて、遠ざけたかったとも」


「あの近辺の有力者の元で生活なさっておられると、情報は入っておりました。あのような野盗崩れに狙われるような場所で生活なさっておられるとは……」


「や、ほら、そういうこともありますよ。そのおかげで誘拐されることも無かったですし」


「もっと早くにお迎えに上がるべきでした」


 悪くもないセルバンデスさんに謝られそうになって、必死でそれを止める。私は二人が探してるロゼットじゃないのに……。不安よりも、なんだか自分が悪いことをしているようで胸の奥がチクチクする。


 私なんかが居ていいのかな。それに此処には本物のお姫様も住んでいる。自分以外の『皇女』がいきなり増えたとしたら、どんな反応をするのだろう。


「知らない人から『同じお姫様です』って言われて受け入れられるのかな」


「ですので、ロゼット様の事は伏せさせていただきます。あくまで、こちらで有力者の娘ということでご紹介させていただきます」


 皇女への接し方に注意を受ける。ラインズ皇子みたいに陽気すぎるのも王族と呼ぶにはイマイチしっくりこない。

 けれどセルバンデスさんが話すような人物だとすると怖すぎるし、もし関わることがあっても接し方に気を遣ってしまい疲れてしまいそうだ。


「今も王宮にいらっしゃるんですか?」


 ヒソヒソと囁やき声で尋ねる。


「いえ、定例会議の後に城下町の方へと向かわれました」


 少しだけ安心した。しばらくは正体がバレる心配をしなくても良いのかな。

 ただ、本物のお姫様には興味がある。関わることには気が乗らないけど、遠くから眺めるくらいの距離感ならどんな人なのか見てみたい気持ちはある。


 セルバンデスさんが立ち止まり、巨大な両開きの扉が目の前にあった。私よりも小さな体のセルバンデスさんが片手で扉を開けると壮大な光景が広がっていた。


「ここがロゼット様の自室です。必要なものは取り揃えておりますのでご自由にお使いください」


 とても広々とした空間に驚きで言葉が出なかった。現代の私の部屋がいくつもすっぽりと入ってしまいそうなほどの広さを誇る。

 私の家のリビングよりも遥かに広い。鏡台、アンティークの机、衣装棚と一通りの家具が揃っていた。部屋の中央には来客用なのかテーブルとソファーも用意されており、寝台(ベッド)に至ってはお金持ちが使っていそうな天井付のカーテンのようなものが付いている。確か天蓋(てんがま)って言うんだっけ。

 私が何人いても寝れてしまうくらいの大きさはあるんじゃないだろうか。


 他にもセルバンデスさんに案内され、いくつか扉があった。衣装棚とは別に更に衣装部屋まで用意され、天体観測が出来る別室の広間もある。そこでは望遠鏡とサンルームのようなガラスの天井になっている。さらには本を保管しておく書物庫まで揃っていた。

 特に、衣装部屋には数え切れないほどのドレスが保管されていた。残念だったのはサイズがほとんど私には大きすぎるところ。


「衣装はロゼット様に合わせて、改めてご用意させていただきます。何分、急ぎで間に合わせたものばかりですので」


「でも、綺麗な服ばっかり。もう少し成長してからなら着れるかも」


 普段使いでは着られないものばかりなので、多分着る機会はあまりないかもしれない。それに、『私』が着るってこと自体ないかもしれない。


 とても、一人で使うには広すぎる室内。圧倒される横でセルバンデスさんは再び懐中時計を取り出し、確認すると表情を変えた。


「ロゼット様、しばし席を外します。夕刻にまた伺いますので、自室にて少しの間、羽をお休めください」


 そう言い残して、彼は部屋を後にした。一人取り残されちょっとだけ気持ちが軽くなった。安心出来たら途端に頬から熱いものが伝ってくる。今にも声を出してしまいそうだったのでベッドに突っ伏す。顔をうずめて、少しだけ声を上げた―――そののつもりだったけど、やっぱり思いっきり声を上げよう。


 どうしたらいいのか、分からない。怖くて不安で、嘘を吐くつもりだってなかったのに。セルバンデスさん、ラインズ皇子。二人とも優しくて良い人に見える。そんな二人を騙しているみたいで、それも凄く嫌だった。自分が怖いからって理由だけで今ここにいる。

 そんな自分が堪らなく嫌になって何もかもを吐き出したかった。誰にも聞かれないように、思いっきり顔をうずめて声を出していた。



 ◇


 ひとしきり泣いてから、大の字でベッドを堪能する。ふかふかで気持ちいい。柔らかいから幾ら寝返りを打っても辛く感じない。私が十人いても寝られそうな大きさ。天井を見上げると天釜がある。凄く豪華で私には勿体ないベッド。


 もう今更、考えてもどうにもならない。だったら帰れる方法をなんとか探そう。時間はかかるかもしれないし、二人に嘘を吐き続けることになるけど。こんな風にマイナスな気持ちばかりでいるのは嫌だ。


「そんなの私らしくない」


 目元を拭って、両頬をつねる。もう泣きたくないから思いっきり泣いた。起き上がって目を何度もパチパチと開いては閉じる。帰れる方法が見つかったら、二人にちゃんと謝ろう。怒られるかもしれないけど、いっぱい謝ろうと決めた。


 気持ちがすっきりと晴れて天井を見上げる。ふと、視線を動かして見ると、何やら絵が描かれていることに気付いた。立ち上がって、改めて見上げてみる。


 赤い光と、金の光が雲の中から出てきているような絵。二つの光に挟まれるように蛇のような生き物が描かれている。目を少しだけ凝らして見ると、それは蛇のような形をした別の生き物。角に足と腕、顔からは多分髭のような長い線が描かれてる。


「多分、これって『龍』? だよね?」


 美術の教科書とか、漫画とか、絵本とか、あとは映画とかで見たことがある。『龍』という想像上の生き物に似ている。


 セルバンデスさんが会議室で話していた飛竜種(ワイバーン)とは明らかに違う。ハッキリとはわからないけど、何故か天井に描かれた生き物は『龍』だと思った。直感だったのかもしれないし、単にそっちの方が格好いいから、そう思ったからなのかもしれない。


 怖いとか、恐ろしいとか、恐怖よりも『引き込まれる』ような、何かがある気がして暫く見上げていた。


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