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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode2『ユーロピア共栄圏』

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38話 強かな公爵

 ――レイティス共和国――

 ユーロピア大陸西部に位置し、海洋に囲まれ海からの資源に恵まれている。この地は港町が豊富に存在し中でもとりわけ大規模な港町においては他国からの産業の出入りも激しく交易が集中し、他国間での産業競争が激化している。


 そんな中、現大統領であるサフロ・クローデットは『民主派』を唱える市民達と対立関係にあり。彼らは現政権の政策に反対運動を行ない大統領選挙で対抗馬を用意。大統領と戦う姿勢を見せている。


 大統領は各港の城塞強化を行ない進捗状況を軍部に確認する。


「港の城塞強化の進捗は?」


「西側は完了、南は数日以内で完了します。ただ…」


 軍部上層部は言葉を濁す。


「東はどうなっている?一番の要所だろう」


「民主派勢力による反対運動が激化しています。交易商人の一部でも彼らを支持している者も少なくはありません」


「そんなものまともに相手するな。国政に入ったことのない戯け者の(おご)りでしかない」


 クローデット大統領は一蹴するが民主派勢力の勢いは増しているため軍部も捨て置くことも出来ず彼らに対して下手に手を出すことも出来ない。議会制をとっているレイティス共和国においては大統領に全権限が集中するのではなく、議会によって可決されたものが採決となる。


 それぞれの派閥勢力の規模によって国家の方針、政権運営も決められるが国民による投票で選ばれるため君主制国家以上に国民は政治に関心を持っているとも言える。


 現政権派は過半数以上は取れているとはいえ反対運動の激化。そして海洋に囲まれた国家としての最大の悩みの種である『海賊』問題。


 選挙後に政策を実施するために要所を押さえておきたいクローデット大統領だが彼の思うように事態は流れていないようである。


「グレトンから書簡が届いております」


 頭を悩ませている大統領の元に書簡が届けられたと報告を受けるが内容は知れていると切り捨て、まともに取り合う時間さえも惜しむように感じていた。高官は流石に他国からの書簡を無視するのはどうかと咎めるが――


「フローゼルとの敗戦後の援助でも要請して来てるなら捨てとけ」


 きっぱりと断わるがそこへもう一つ。


「それが…ドラストニアからも届いておりまして、どうも内容を読む限り…」


 そう続ける高官の反応に興味を示したのか書簡の内容を読み上げるように指示する。



 ◇



 ドラストニア王宮、鍛錬場にて屈強な戦士達が日夜鍛錬に励み中でも天龍紫苑はドラストニア軍でも屈指の騎士であり将兵。今日も十数名の兵を同時に相手取りながら軽々と往なしていく。


 齢十九でありながらその技量を買われ将軍として抜擢され、彼の統率によって兵卒の顔つきもより逞しくなり規律の乱れも改善された。兵達との鍛錬の光景を見ていた大きな躯体が彼の元へと歩み寄ってくる。ドラストニアに新たな戦力として加わったドラゴニアンのアーガスト・ドラゴニアスだ。


「紫苑――三十合手合わせよろしいか?」


 紫苑は快諾し、自慢の槍を構える。刀身(穂)が剣のように長く巨大でその姿は大剣のようにも見え、相手を斬る刺すというよりは吹き飛ばすといった戦法を思わせる。対してアーガストの得物は穂の付け根にあたる口金部分が巨大な球体を持つかなり特殊な形状。


 互いに相手を見据え、緊張が走る。兵達も顔が引き締まりその様子を落ち着いて見守る。


 仕掛けたのはアーガスト。


 初手で僅かな脚運びだけで強烈な超高速の突きを繰り出すがそれに反応し、すぐさま飛び上がり迎撃に移る紫苑。

 袈裟で反撃するがアーガストは突き出した槍を上半身のバネだけで引き戻し攻撃を受け止める。


 僅か二合の打ち合いで互いの相手がただの将兵ではないとすぐさま理解する。これまで軽い打ち合いは行なっていたが実戦により近い形式での手合わせは初めてだった。


 ――渡り廊下でロゼットは掃除仕事のために雑巾とバケツを持ちながら歩いていると慌しい様子でメイド仲間たちが駆けて行く。


「鍛錬場で天龍将軍が模擬戦をやるみたいよ」


「ちょっと見に行きましょうよ!」


 紫苑が模擬戦を行なうと聞いて駆けて行く様子を見て少し驚いていると一人の少女が声をかけてくれる。


「あ、ヴェルちゃんも一緒に行きませんか…?」


 大人しそうな、素朴でどこか儚げな雰囲気を持つ少女はロゼットと同じくドラストニア王宮で働くメイドの一人でシンシアという名の少女。身内がおらず歳も彼女の年齢に近く、十四程の歳だ。

 ロゼットが王宮のメイドとして働くようになって最初に仲良くなった仲間でもありロゼットのことは『ヴェル』と呼び、彼女にとってドラストニアでの数少ない『友達』と呼べる存在。


「でもお仕事もありますし…」


「少しくらいなら大丈夫だよっ」


 シンシアに手を引かれロゼットも連れ出される。階段を駆けて行くと鍛錬場に向かうメイドは他にも多く、それほどまでに紫苑が周囲から注目されていることが分かる。


 鍛錬場にたどり着くと既に火蓋が切って落とされており紫苑とアーガストの激闘が繰り広げられている。すでに数十合は打ち合っているであろうと思われるが彼らの激闘は止まらない。


 アーガストによる刺突の連撃を避け、紫苑は鋭いカウンターの刺突を繰り出すが反応され斬り返される。半回転するようにして大振りの右薙ぎを繰り出す―――その速さ、とてもドラゴニアンの巨体で繰り出される速さはではない。咄嗟の判断で飛び上がり、そのまま前転し勢いで叩きつけるように唐竹を繰り出す紫苑。


 周囲のメイドは彼等の模擬戦を固唾を飲んで見守っていたがロゼットは違っていた。彼女は今の一連の流れを見て以前フローゼルにて自身が行なった動きと重ね合わせて見ていたのだ。


 紫苑の反撃にアーガストは一瞬で槍の穂の部分の反対側に当たる『石突き』で紫苑の唐竹を受け止めるという荒業を繰り出した――


 その一合で周囲に衝撃波のような風圧が伝わり、紫苑の一撃もアーガストの脚が硬い石造りの床にめり込むほどの威力。


 すぐさま僅かに石突きを叩くようにそのままの姿勢から軽く飛び、宙に浮いた状態で身体を捻るように一回転。強烈な右薙ぎを打ち込む―――が。


 丸い球体部分で流すように地面へと受け止められる。しかしアーガストも僅かに体の位置から後ろに押され再び衝撃による風圧が巻き起こる。すぐさま紫苑は弾き構えなおす。


 土煙が巻き起こり互いに睨み合い、その気迫は鬼気迫る…――いや、『武神』といわれるほどの恐ろしい気迫であった。


 兵達は冷静な表情ではあるが冷や汗を垂らし、もはや並みの戦士ではその場に立っていられないような緊張感が漂う。二人が再び相対しもう一合交わそうとする―――…。


 その一瞬に光速のような速さで彼らの間に金色の閃光が入り込む。


「規律のための模擬戦は結構ですが――これ以上はただの私闘になるのでは?」


 冷静な声で猛将二人の間に入り込んだ美しく迷いのない強く大きな碧い瞳を持つ女性。


「恨みなどありはせぬ。あるとしたら紫苑のほうが終始押され気味だったことくらいではないか?」


「ご冗談を、私の方が僅かに勝っていましたよ」


「はははっ言いおるな」


「それだけ憎まれ口を言い合えるなら大丈夫そうね」


 少しため息を吐くイヴ。二人の激闘の間に入った時は周囲も肝を冷やしたが、彼女のあの動じない態度。もしかしたらあの二人の攻撃をまともに止めることもできたのではないかとロゼットは憶測を巡らせ三人の様子を見ていた。


「はははっ、王女に止められては致し方あるまい。紫苑、実に楽しいひと時であった。今宵は美酒が飲めそうだ」


「私も良い励みになりました。ありがとうございます」


 二人の勇将は先ほどまでの恐ろしいまでの眼力とはうって違い互いに笑顔で礼を交わし、槍を納める。

 アーガストは鍛錬場をを去り、紫苑は兵達に休息を取るように指示した。イヴは彼に向き直り話す。


「紫苑殿、兵達に緊張感を与えることは良いのですが今のは少々やりすぎです」


「失礼致しました。収めどころを見誤ったこと自省致します」


 そう言いつつ紫苑はメイドたちの方を一瞥し笑顔を見せる。メイドたちは僅かに黄色い声を上げて彼がこちらを見てくれたと興奮気味で話している。彼が一瞥したのはメイドたちに紛れる銀色の小さな姿。


 紫苑と目が合うロゼット。


 たった一瞬の笑みだけで胸が高鳴り、顔が紅潮しているのがわかるほど頬が熱く感じる。


 彼女の横で思い思いに話すメイドたちを横にロゼットは心を落ち着かせるために首を横に振りほっぺたをペチペチと叩く。


「天龍将軍と一緒にいた方も綺麗ね。隣を歩いてもお似合いだったし」


「私も隣を歩いてみたいけれど従士にも合わないわよね…。でもやっぱりかっこいいわぁ」


 ロゼットの隣で大人しいシンシアも少し興奮気味に話しかける。


「す、凄かったねヴェルちゃん。私二人の動きに目がついていけなかったよ…。最後に振り向いてくれるなんて素敵な騎士様だよね」


 シンシアはそう言うがシャーナルとの鍛錬で鍛えられたロゼットは目で追えていた。


 それどころか次にどう動くのか、そう予測しながら自分と重ね合わせて見ていた。


 しかしそこに今の自分の力量を加味して考えると最初の一合で吹っ飛ばされているという結論になり少し落ち込む。


「ど、どうしたの? 落ち込んだりして」


「あ、いや…私じゃやっぱり相手にもならないし、無理かなって」


 シンシアの心配してくれる声にそう答えるが彼女は紫苑に釣り合わないという意味で言っていると勘違いし、ロゼットなら成長したらきっと振り向いてもらえると励まされる。


 あんなに凄い猛将の戦いを見た後だと二人掛かりで死に物狂いでセバスと倒したウェアウルフとの一戦が霞むように感じる。周囲のメイドがざわつき始めたのに気づき顔を上げるとあまり聞きたくない声が耳に入る。


「そこで何をやっているのです? 仕事はどうされたのですか?」


 メイド長の声が響き渡る。メイドたちは雲の子を散らすようにして所定位置へと戻りロゼットも急いで戻るがメイド長に呼び止められてしまう。


「ヴェルクドロール、ちょっと」


 ロゼットはびくびくしながら彼女の元へと歩み寄る。


「セルバンデス様からお聞きしております、外遊で大層危険な目にあったそうですね。心身ともに傷ついているのは分かりますが仕事をおろそかにしてよいと言う理由にはならないでしょう」


「は…はい、ごめんなさい」


「あ、あの…私のせいなんです。私が無理に彼女を連れて…」


 他のメイドが持ち場に戻る中、彼女の様子が心配で物影から見ていたシンシアがメイド長に意見するが「私はヴェルクドロールに聞いています」と冷淡に返されそれ以上は何も言えず後退りしてしまう。


「仕事をしなかった私の責任です…ごめんなさい…」


 消え入るような声で自分の非を認め謝罪するロゼット。今後は気をつけるように注意を促し、ロゼットを持ち場に戻らせる。メイド長の表情は何か思うような怒っているというよりもどこか寂しげな目で彼女の後姿を見ているようにシンシアの目には映っていた。



 ◇


 一日の仕事と勉強会を終え夜自室へと戻るロゼット。くたくたな身体を引きずるようにして普段着に着替えようと服を脱ぎ出したところで寝室のほうから声が聞こえてくる。


「あれ、仕事終わったのー?」


 声の主はシェイド。ロゼットの今の状況もわからずに彼女のほうへ来たが、互いに目を合わせ固まる。脱ぎかけの衣服にほとんど下着姿と変わらないロゼット。彼女が大声をあげる前に口を押さえて必死に目を逸らしながら謝る。


「わ、悪かった!! 頼むから大声上げないでくれってば!」


 自室に戻ったら見知った顔とはいえ、着替え姿を異性に見られて悲鳴を上げないほうがどうかしてると思うロゼット。ここで悲鳴を上げたら間違いなくシェイドはその場で衛兵に切り捨てられるだろうと考え、無言で寝室のほうへとグーで殴り追い返す。




「いってぇ…何も本気で殴ることないだろー」


「それで済んだだけで良かったでしょ。というか何しに来たの?」


 頬を(さす)りながら痛そうにしているシェイドをジト目で見ているロゼットには彼がここへ来た理由が分からなかった。シェイドとはあの時以来の再会だが毎度会っているような気がしてもはや久しぶりと言う感覚もない。


 話を聞くと彼の目的は市場の開拓をドラストニアに持ちかけてきたものであった。


「グレトンはそちらとの大規模な戦争を避けるため、手を引いたけどそれはあくまで互いに戦力国力共に消耗しないためだよ。その代わりにこちらの市場開拓を条件に取引したってわけ」


「ラインズさんと交わした取り決めってこと?」


 ロゼットが訊ねると頷く。フローゼルの『翠晶石(すいしょうせき)』の流通によって鉄鉱石の供給量は貿易で定めた最低限度にまで下がり、ドラストニアでも以前の量よりも遥かに減っており現在進行形で減り続けている。


 それに伴いこれからドラストニアからの農作物の価値は相対的に引き上がるであろうことから自国内での食糧供給が急務とされる。鉄鉱石自体の価値もいきなりガタ落ちすることはないだろう。現在でも必要とはされているがいずれは下落していくことは明白。


 そのために現在レイティス、ドラストニア、グレトンとで挟んだ海域で自国の領海を改めて取り決め漁業で食料自給率を補おうと打って出る。


「問題なのはその海域は現在『海賊』によって荒れ狂っていることなんだよ。海軍が強いレイティスでさえあぐねているくらいにね」


「海賊……盗賊には遭遇したことあったけど、やっぱりいるんだ」


 ロゼットは息呑む。比較的穏やかな海域が災いしてか非常に海賊被害が多く彼らにとっても住みやすい環境なのだろう。ドラストニアの港でもいくつか事例が上がっているほどである。レイティス共和国とも協議し三国で彼らの掃滅を行ない、海域を三分とすることが目的のようだ。


「じゃあ今回は海賊退治をするための相談に来たってこと?」


「そういうこと。けどうちはレイティスとのコネがないからドラストニアにも間を取り持って貰いたいの。フローゼルでの借りもあるでしょ?」


 そう言われ少し呆れた表情になるロゼット。


「厚かましいなぁ…」


「借りっぱなしでいる方が図々しくない?」


 フローゼルでの一件で借りがあるとはいえ早くも先方から要求されるとは思っていなかったが、毎度シェイドと顔を合わせる度にからかわれるのも彼女にとっては疲れが溜まる。


「それに今レイティスは国内選挙で忙しいし、彼らの海軍だけ掃滅出来るだけの戦力を攻撃に割くわけにもいかないだろうから俺たちも協力することで海域の領有権を主張できる」


「むしろドラストニアにしてもメリットがあるんだよ」


 簡単な説明でロゼットでも理解する。領海に関してはまだ疎いが、海にも自分たちの土地という概念が存在するとなると漁業なども盛んになる。海賊の問題も解消されれば海を通じて国家間の交流も増えると考えるが、ふと疑問に思う。


「ねぇ、話の中身はわかったのだけど、それと私の部屋に忍び込むこととどういう関係があるの?」


 しばしの無言のあとに話題を変えようと露骨な態度に変わるシェイドの話を遮り、再び聞き返す。すると彼は一瞬顔を逸らしたあと満面の笑みでこう答えた――「味のある再会の方がいいじゃん?」


 ロゼットは静かに目を閉じた後、終始無言の無表情で彼を部屋から叩き出した。

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