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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode2『ユーロピア共栄圏』

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36話 待っていた絶望

 赤く燃え盛る絶望―――


 絶望を告げて猛る朱。熱いはずであろう炎は命を焼き尽くし奪っていく。その様相は冷たく感じるものでもある。馬車が着き、シャーナルとセルバンデスは馬車から勢いよく飛び出した。息を切らしながら集落へ向かう二人。飛び込んできた光景。その惨状は目を背けたくなるものであった。


「あぁ……そんな……。なんということを……!」


 手遅れであった。住居は荒らされ燃えさかる炎に包まれ、辺り一面、灼熱と血の朱で染めあげられる。それでも一縷の望みを捨てまいと、生存者の捜索にあたる。


「ラフィーク!! ロゼットを見てなさい! ハーフェルは近隣の国境警備隊に接触して頂戴!」


 シャーナルの声が響き渡る。近辺に犯人が潜んでいる可能性も考え、ハーフェルへ指示を出す。


「近くにいるのか!?」


「こんな目立つ狼煙、彼らが見逃すはずない。直ぐに見つかるはずよ!! 運よければ紫苑の部隊と出くわせるかもしれない! 急いで……!」


 ハーフェルは馬車と身体に繋がれた皮製のベルトを外した。単騎で国境警備隊の捜索へと乗り出していく。セルバンデスとシャーナルは引き続き、生存者の捜索を行なう。

「私も探しますっ!」とロゼットも願い出る。

 しかしシャーナルから「大人しくしていなさい!!」と強い口調で突き返されてしまう。

 圧倒する勢い、威圧。今までに見たこともないようなシャーナルの凄みと怒声に思わず怯んでしまう。シャーナルもセルバンデスも必死に灼熱の地獄の中で生存者を探している。猛る炎の音が生命を奪うことと彼らの焦燥の心情を表しているようにも見えた。命の朽ちていく音が彼女の心を締め付けていく。


「何なのさ……こんなのって……!!」


 堪らず彼女は馬車から飛び出し、集落へ走り出す。


「おいおい、勘弁してくれよ……!! 嬢ちゃん待てって!」


 ラフィークも後を追う。集落は身を焦がすほどの熱気に包まれた灼熱。そして目に飛び込んできたものはあまりにも凄惨な光景。血の雨でも降ったのかと思わんばかりに血溜まりーー。いや、もはや血の海と化していた。簡素な作りだった住居は原型を留めていない。炎の勢いは留まることを知らず、焼けただれた建物も崩れていく。

 言葉が出てこない。それどころか声すら出せずにいた。眼前の光景に時折、吐息が震えるように出るだけだった。肩で息をし、炎の熱さではない、冷や汗とも脂汗とも言い得ぬものが身体を伝う。

 その情景を見て彼女の脳裏に浮かび上がる。あの『(あか)い情景』。左手に身に付けたブレスレットが熱く感じて、思わず右手で締め付けるように握る。悲痛な表情でその惨状を眺める事しかできない。そんな無力さが心を支配していく。

 ラフィークも彼女に追い付くと、惨状の酷さに顔を(しか)める。絶望が広がる景色の中、セルバンデスは集落の長の部屋の扉を開ける。猛々しい音と炎が飛び出し、思わず怯み後ずさる。

 中から熱気と煙に加えて、鉄を帯びた死臭が放たれる。鼻の奥にまで浸透してくる嫌悪感。思わずたじろぎ気分を害したのか壁に手をつき膝をつく。


「ぐっ……なんと(むご)いことを……」


 シャーナル皇女は広場から小屋へと向かう。この近くに幼子達が寝食していたのを思い出しながら探す。どこも火の手が回り、無事である小屋は一つもなかった。

 しかしその片隅で何かが動く音を耳にする。


「……!! まだ生きている」


 隠れ生き延びたと思い、駆け寄る。しかし想像をしていたものとは違っていた。音の正体はうごめく野犬達。そして何をしているのかも思い知らされる。振り返った野犬が咥えている小さな手を見て、何を貪っていたのかすぐにわかってしまった。剣を抜き、野犬たちを追い払う。野犬に罪があるわけでもなく、やり場のない怒りだけが沸々と込み上げてくる。

 無残に広がる鮮血と亡骸を改めて目の当たりにする。冷淡な彼女でも思わず口に手を当て、目を背けてしまう。すぐに気を持ち直す、戦場でもこのような惨状を見たことがなかったシャーナル。

 彼女にとっても正気でいることがやっとであるこの状況。ロゼットの目に入れるわけにはいかないと、近場で布を探す。しかし、すぐ背後からの声に絶句する。


「シャーナルさん……! 大丈夫ですか!?」


 ロゼットがシャーナルたちと集落の子供達を案じて、ここまで来てしまっていた。


「っ……ロゼット!? あっちへ行ってなさい!!」


 ロゼットを追い払おうとするが彼女の目に映ったものは――……。

 原型を留めていない無残な姿へと成り果てた子供達の亡骸(なきがら)。陰に隠れていたとはいえ、彼女の目にはハッキリと映ってしまう。それが何であるのかも、何であったのかも理解してしまった。 

 脳は認識はしていても、その現実に感情が追い付かない。状況を飲み込めずに(たたず)むロゼット。ロゼットの精神に異常をきたすと考えたシャーナルは直ぐにその場から引き離された。

 亡骸にはすぐに布を被せられ、ロゼットの目に映らないようにされた。呆然とする彼女はその場で座らされる。


「気をしっかり持ちなさい! あなたはまだ生きてる。こういう時こそ冷静になりなさい……!!」


 シャーナルの声は届いているが、状況が飲み込めずにいるロゼット。彼女の有り様にシャーナルも少々、動揺している。内紛で戦場の空気は経験していても所詮は幼子。現実をありのままに直視してしまうほどに直情的すぎる年頃。現に今、彼女は自分を見失いかけていた。

 少々荒いやり方ではあるが、と拳に力が入るシャーナル。ロゼットに平手打ちを浴びせて正気に戻そうと考えた。


「皇女様!! 頼むこっちを手伝ってくれ!!」


 ラフィークの救援要請が響く。その声に反応し、躊躇するシャーナル。少し考え、ロゼットには待っているように言いつける。少女は走り向かっていくシャーナルの後ろ姿を見つめることしかできなかった。自分の中で感情が入り乱れる。それがなんであるのかも理解が出来ない。体の奥底から何かが押し寄せてくる、津波のようなものに飲み込まれる。

 これが恐怖なのかー。あるいは絶望なのか』ーー。

 しかし、妙に頭だけは冷静だった。ぼやけていたものがハッキリと輪郭が見えるような感覚へと変わり、考えるよりも先に体が動き出す。自分も生存者を探さなければいけない。そんな強い衝動に駆られ、走り出す。


「ロゼット殿!? どちらへ向かわれます!! 危険です」


 セルバンデスに呼び止められる。しかし、走り出した彼女の衝動は止まらない。


「アーガストさん達の小屋に行ってきます! まだ誰かいるかも」


「ロゼット様っ!!」


 思わずセルバンデスは普段の呼び方で制止しようとする。それでもロゼットは止まらなかった。灼熱の中で冷たい汗をかき、危険を省みず突き進む。不思議と先程までの不安や恐怖は感じていないようだ。鼓動は高まってる、でもそれは恐怖や喜びや楽しみで感じるものではない。言い表せぬ、高揚、躍動感、一種のトランス状態に陥っていたのかもしれない。そんな麻痺した感覚の中で弾けた火の粉が肌を触れても、何も感じていないようだった。


 アーガストのいた小屋まで辿り着くが、ここも同じ惨状。炎に包まれアーガストの名を叫びながら扉を叩き開ける。彼はいなかったが、なぜか集落の男性が逃げ込んでいたようだった。彼を頼りに助けを求めたのだろうか。まだ息はあったが深傷を負っていて風前の灯。ロゼットは駆け寄り、何があったのか聞き出す。


「だ、大丈夫ですか!? 一体何がどうして……!!」


「あ……き、君は……以前の」


 男はロゼット達のことを覚えていた。彼女達が救助に来てくれたと安堵した男性は事の次第を話し始めた。


「フロ……ゼ……ルの軍人が……、ここを襲撃……それだけじゃなく……魔物も一緒に……」


「フローゼル……?」


「魔……物を放っ……て……みんな……殺され……た」


 後を追ってきたセルバンデスが入ってくる。男の言葉を聞き驚いた様子だった。同盟国のフローゼルがドラストニア国内で略奪紛いの行為など考えられない。ましてや強固な関係となった今のタイミングでは到底考えられない。襲撃者達の詳しい特徴を聞き出そうと訊ねる。


「わからない……魔物を使役……しているよう……だった」


「魔物の使役……? 人数は如何程に?」


 しかし深傷で虫の息だった男からはそれだけしか話せなかった。そしてロゼットの腕の中で男性は事切れる。肝心の犯人を聞き出すことは出来なかった。

 ロゼットが人の死を目の当たりにしたのはアズランドの一件以来。こんな凄惨な現場で見ることになるとは思いもよらなかった。ロゼットの精神衛生を考えていたセルバンデスはすぐにでも移動を始める。そんな彼女の様子は意外にも妙に落ち着いていた。


 小屋の火の手が勢いを増し男性の亡骸を共に運び出す。シャーナル達と合流しようとした矢先、燃え盛る大木が倒れ行く手を阻んだ。周囲はかなりの高さのある岩場とも山とも言いえぬものに囲まれている。二人は袋小路の行き場のない状態に陥っていた。


「ロゼット! セバス!! 大事はないの!?」


 シャーナルの二人を心配する大声が猛る炎から微かに聞こえる。


「大事ありません! しかし……問題がございました!! そちらへ戻り次第お伝えします!」


「土砂を持ってくるわ! ラフイィィーク!!」


 そう言ってシャーナルは火を消すため土砂を集めるべく、ラフィークを呼び行った。


 憩いの場としていた集落が、息もつく暇も与えぬ惨劇の地となってしまった。男性の亡骸に布を被せるセルバンデスを端から見ることしか出来ないロゼット。

 赤く燃える情景が目に映る中で妙な感覚が襲う。時が歪む、まるでそこに自分がいないようなおかしな感覚。立ちくらみとも違うが僅かに似ていた。周囲の音が失われ、自分の吐息と脈動、心臓の音だけがハッキリと聞こえる。極度の緊張下におかれると覚醒する感覚だ。ロゼットも気づかぬ間に陥っていたのだ。

 しかしその緊張感がロゼットに気付きを与えた。強く鋭い敵意を持った視線を感じとる。


 唸り声のようなものと獣のような軽快な足音。振り向くと高台に(そび)え立つ影が浮かび上がる。よく見るとそれは人のいでたち。黒い影に目が慣れて、目視する其の姿は――……獣だ。狼、否、人狼の姿をするそれはこちらを見ていた。

 もはや恐怖を通り越し、声も出せずに震える手をゆっくりと伸ばす。セルバンデスの(すそ)を何度も引き合図を送る。それに気づいたセルバンデスも振り返り驚嘆。


「っ……ウェアウルフ……!!」


「狼男……!?」


 セルバンデスの言葉に反応して『狼男』と返すロゼット。その人狼はこちらが気づいたことに反応。軽く飛び上がった。かなりの高さのある高台から何事もなく降り立つ。鋭い爪、涎を滴ながらぎらつく牙を見せて、真っ直ぐこちらへ向かってきた。疾風の如く速さと物凄い勢いで迫りくる。


「ロゼット様……!! 何とかお逃げください!! 私が時間を稼ぎます!」


 周囲を尻目で見るも逃げ場などない。それに一人でセルバンデスが勝てるとも思えない。


「一人でどうする気ですか!? 相手は魔物ですよ!?」


「私も()()()()()()()です!」


 セルバンデスは腰に携えた中型のメイスを構え応戦する。人狼は小型の個体のようであった。しかし今の二人の視点ではとてつもなく強大、そして凶悪な魔に見えてくる。

 先ほど見せた脚力で迫り、鋭い牙と爪を立てている。あんなものに(えぐ)られたらひとたまりもない。呆気にとられていたロゼットは我に返っり動き出す。怯えて動けないかと思っていた体は軽かった。ロゼットは二手に分散し攪乱(かくらん)するようにと、声を張り上げる。鋭い爪による強襲が襲い掛かり、セルバンデスはメイスでなんとか往なす。 

 避けられたが、勢いそのままで前進していく人狼。その勢いで滑走した際に地面が抉り取られた。とてつもない力で裂いた爪痕が残り驚嘆する二人。二手に分かれ分散し、人狼もそれに反応。(きびす)を返して、足の遅いセルバンデスに標的を定め、一挙に距離を詰める。

 それに気づいたロゼットはあろうことか人狼へと向かって猛進。献上された細剣で応戦に出る。


「なっ……ロゼット様!! 無茶です! おやめください!!」


 人狼もそれに気づき反応。すぐさまロゼットへと転換し襲い掛かる。寸でのところで反応でき細剣で防いだ。

 襲いかかる強い衝撃。弾かれた影響で体勢を崩していまい、相手との力の差に驚愕する。

 一裂きでも受けてしまえば致命傷となってしまう。すぐに体勢を整え、速さを活かして逃げながら迎撃を行なう。かろうじて反応が出来ていることが幸いだ。シャーナルとの鍛錬が積まれていなければ先ほどの一撃、反応すら出来ずに即死であっただろう。


「セバスさん! 私の剣では太刀打ち出来ません……! 隙を作るのでメイスで止めを!!」


 破壊力のあるセルバンデスのメイスで不意を突く。それ以外の方法がないと悟り、ロゼットは自身の速さで、セルバンデスは隙をみてトドメを刺すことに注力。

 何合か打ち合いのようなせめぎ合いをするロゼット。いずれも力負けしてしまい、足腰の踏ん張りだけが彼女の支えだ。これが崩されてしまったら命はない。防戦のような戦闘では殺されてしまう。動きに慣れてきたロゼットは一か八かの賭けに出る。いや、出ざるを得ないまでに追い詰められていた。

 敢えて、ステップを踏むような軽やかな動きへと変える。相手の視線を見て、攻撃を身のこなしだけで避ける。細剣は攻撃にのみ集中させ、すぐさま反撃に転じる。


「……!? 無茶苦茶だ!! 当たってしまったら……」


 ロゼットの加勢に向かっていたセルバンデスの戦く声。彼の言うとおり、あまりにも危険すぎる戦い方。だがこうでもしないとロゼットに対抗しうる手段は持ち合わせていない。

 何度か人狼の身体切り刻むが致命傷には至らない。紙一重で人狼の切り裂きはロゼットの身体に当たらずにいた。しかしいつ直撃するかもわからない危険な攻防。一瞬の隙を生んでしまい、遅れて反応し剣で防ぐ。大きく剣が弾かれてしまい、ロゼットの体が少し仰け反り体勢を崩す。彼女に向けられる鋭利な一裂き。その寸でのところで人狼の攻撃に重いメイスの一撃を浴びせるセルバンデス。

 人狼もその一撃にたじろぐもすぐさま反撃に移る。紙一重でメイスで受け流すが僅かに(かす)め、彼は右肩に切り傷を負う。

 体勢を立て直したロゼットは地面を思いっきり蹴り上げる。巻き起こった砂埃と土砂で人狼の研ぎ澄まされた視界を潰した。そのままの勢いで刺しに掛かった。

 しかし尚も暴れ回る爪によって剣を弾かれ、接近を許されない。振り回す前足によってセルバンデスもロゼットも吹き飛ばされる。


「きゃあっ!!」という小さな悲鳴を上げて尻餅をつく。同時に視界が回復した人狼が聳え立つ。ロゼットに向けて鋭い爪が生え揃った前足を振り下ろす。身体を立て直そうと必死に動かそうとするが激昂(げっこう)した人狼の動きが先程よりも上回る。


 まずいまずいっ…!!間に合わない―――……


 殺される…!!――…


 絶望の中で死が()ぎる。そして思い浮かぶは


 あの「朱い情景」――


 死屍累々(ししるいるい)の血肉と炎によって描かれる地獄と呼ぶに相応しいあの朱。


 悪夢で見たあの時の情景、灼熱の炎は命を燃やし尽くすが如く冷たく感じたのを思い出す。


 命の危険を察知した身体は冷や汗と恐怖で冷え切っていた。だが目はとても熱かった。焼かれているような感覚。奥からマグマでも流れてくるようだ。灼熱の地獄の残り火が宿っているかのように。

 その熱が今度は突如として駆け巡る血流に乗った。冷えた全身が今度は身体に炎でも宿ったかのように如く、熱を帯びる。

 その熱に感応し、左手につけていたブレスレットが光り輝き熱を帯びる。その光がやがて表面化するエネルギーの塊となり、一気に放出され彼女とウェアウルフの間で爆発する。エネルギーは目の前の魔物に向かって牙をむいたのだ。熱い燃え盛る灼熱の火炎の塊となって襲い掛かった。


 瞬く間に人狼の身体に燃え広がり火炎の熱さに暴れ回る。転がりながら必死に炎を鎮火させようと悲鳴のような唸り声を上げていた。

 同時に高台から人狼の頭部の飛んで向う小さな影が強襲する。その小さな姿に言葉を失いかけたロゼットは悲鳴のような声を張り上げる


澄華(すみか)!! ダメェエッ!! 離れて!!」


 馬車においてきた澄華が主の危機を察知してやってきた。小さな体で小さな雄たけびを上げながら人狼に襲い掛かる。小さいながらも鋭く尖った後ろ足の爪で目を抉り潰した。

 人狼は頭部を思いっきり振り、澄華を吹き飛ばす。だが立ち上がり反撃体勢を整えていたセルバンデスはその隙を逃さなかった。右後ろ脚に目掛けてメイスを渾身の力を振り回した。

 叩きこまれた一撃で魔物の脚は変な方向へと曲がり、そのままの勢いで飛び上がる。右前脚にもメイスを振り下ろし強烈な音が響き渡った。肉が裂け鈍い音と共に大量の血液が飛散。魔物は悲鳴とも雄たけびとも言い表せぬ、まさに絶叫を上げる。

 ロゼットもその隙を逃さなかった。畳み掛けるように一気に目の前の人狼目掛け、捨て身の突進。魔物の体勢を崩す。馬乗り状態となり突進の際に魔物の体を貫いた細剣を引き抜こうとする。だが暴れまわる人狼は最後のあがきを見せる。少女も剣を強く握り締めて、絶叫を上げながら引き抜くのではなく、剣で斬り開いていく。


 激痛に人狼は絶叫、もはや声ですらない阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。身体を思いっきり剣で裂き開き、大量の血液と臓物が飛び散る。

 もはや死に体の人狼。セルバンデスが最後のとどめに心の臓腑に向かって『銀色に輝くナイフ』を一突き。人狼の動きが瞬く間に鈍っていく。先ほどまでの絶叫は見るみる内に衰え、虫の息へと変わる。

 収まったかと呼吸を整え、呆然とするロゼット。白い姿に血の赤で染まった彼女の姿。セルバンデスも疲弊しきり、ナイフを引き抜くと同時に膝と手をついて肩で息をする。


 その一瞬の油断が隙を生じさせた。再び目を開けた人狼と目が合ってしまった。気づいた頃にはすでにロゼットの体が中に浮いていた。最後の力を振り絞り、左前足でロゼットの体を思いっきり引き裂いたのだった。

 勢いによって彼女は吹き飛ばされ、同時に魔物は完全に息絶えた。思わぬ反撃に遭いロゼットに駆け寄っていくセルバンデス。その表情は今までに見たこともないほど焦燥しきったものだった。彼女の名前と安否を気遣う叫び続けていた。


「ロゼット様! お気を確かに! ロゼット様ッ……ロゼット様あぁッ!」


 薄れ行く意識の中で澄華も彼女の元へ駆け寄ってきた。その姿を安堵したロゼットはそのまま意識を失ってしまった。



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