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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode2『ユーロピア共栄圏』

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19話 学びの中で

 その日の夜、各々の用件が終わり政庁の()()()()()()にてロゼット達の会議という名の報告会が始まる。紫苑も加えたロゼット、ラインズ、セルバンデス、の計四名の所謂(いわゆる)『国王派』というものだが今後の方針でラインズに付き従う高官も交えて派閥の方針の取り決めも行なうことになった。


「本日の決議はそのように――……」


 ラインズがグレトンへ赴くことになり、フローゼルにはセルバンデスが外遊をする。そこから何名か選出される話などを交えつつ、ロゼットと紫苑からの報告も受ける。


「軍の方では特に異常はありません。野盗と違法な奴隷商達の取り締まりが三件、報告されているだけです」


「内乱の影響でもっと増えるかと思ったんだがな」


 治安の悪化を懸念していたラインズに一礼で応える紫苑。本人に責める意図はなかったが、紫苑は未だ責任を感じている様子。今度はロゼットからの報告を伺う。


「そっちは何かあったか?」


「うーん、どうだろ。買い物に行ったくらいですし――……ねぇ」


 セルバンデスに同意を求めるように視線を送るロゼット。


「市場へ買い出しに向かいました。その際にロゼット様には、ご自身に必要なものを購入なさるように進言いたしました」


「そうか、どこで買い物したんだ?」


 ラインズが訊ね、ロゼットは蚤の市(のみのいち)でのことを思い出す。一瞬、言葉が出かけるが留まる。偽物販売をしていた店主、あの少年とのやりとり。蚤の市(のみのいち)のことも本来であれば報告すべきところであった。偽物の売買行為自体が犯罪であり、報告されれば即座に対処されるものである。

 しかし、あの店主がその後、稼ぎを無くすことを懸念。掲示板に張り出されていた求人票を手にする姿を想像するのは難くない。訴えていた老婆の息子と同じ道を辿ることになるのではないだろうか。そんな不安が(よぎ)る。言葉に詰まったロゼットを心配し、声をかけるセルバンデス。


「ロゼット様? いかがなされましたか?」


「あ、えっと、掲示板の辺りで変な求人票を見つけたんだっけかな」


「変な求人?」


 咄嗟(とっさ)に掲示板での出来事を報告し、その後服屋で服を仕立てもらっていることを話した。

 違法な求人であることに加えて、行方不明者が出ている。国外への労働力の流出は人手の足りていないドラストニアにとっては手痛い。それでなくとも他国へ人材が流出する不審な求人。早急な対応が必要と意見が一致するが、それ以上の言及はなかった。彼らの反応にロゼットは戸惑いを隠せなかった。


「え? それだけ?」


「ん? 他に何かございましたか?」


 疑問符を浮かべたような表情のセルバンデス。ロゼットは彼らの反応に少し薄情さを感じていた。困っている人がいるのなら、助けるべきではないのだろうか。思いの丈を彼らに伝える。


「お婆ちゃんの息子さんの捜索とか、そういうことはしないんですか?」


「話は伺いますし、勿論調査も行います。準備に少々お時間を要しますので、今すぐにとは行きませんが」


 早急(さっきゅう)の対応は出来ないとは答えるも、対応はするようである。


「そう……なんですか」


 釈然(しゃくぜん)としない様子のロゼット。不満とは違う、頭では理解しても納得が出来ない。そんな感情が彼女の中に残る。けれども、たった一人のために国が動く、なんてことの方が普通ではありえない。ましてやただの民間人ともなれば、尚の事。


「それで、買い出しついでに何か買ったんだろ?」


 ラインズは彼女の報告の続きを催促する。エンティアでの生活で必要な服にその他、小道具を少し購入したと報告。衣服はオーダーメイド。先ほどの気持ちを払拭するように彼女は明朗に振る舞う。


「ロゼットにもいずれ外に出てもらうことにもなるから、そのくらいの身なりは必要だな」


「外って……外国ですか??」


 目を丸くしてロゼットが訊ねる。王都の外――……彼女が知るのは助けてもらった森林地域。ドラストニアの更に外ともなると、好奇心が強まる。ラインズも国内に閉じこめておくよりも、外に目を向けて経験を積ませたいという思惑もあった。その方が成育も早いと考えていたからだ。実際に自分がそうであったと、経験談も交える。


「外遊は少し性急に思います。有識者として、円卓の召集に参加される方がよろしいのでは?」


 セルバンデスは難色を示す。ロゼットの存在は国にとっても大事。護衛は付けるとしても危険の付き(まと)う外への進出の孕むリスクを心配していた。ロゼットは逆に円卓の参加に戸惑いを見せる。


「そ、そんな知識も何もないんですが……」


 自分が有識者の娘という立場を忘れかけるロゼット。ラインズもロゼットに矛先が向かうことは避けたいと思っていた。そのための外遊とセルバンデスとの修学の機会。出来ることなら彼女が能動的になることが最も望ましい。


「流石に今のお嬢に、意見求める奴はいないだろ。ただ、発言くらいはしないとつつかれるぞ」


 ロゼットをいきなり王位継承者とするのではなく段階を踏ませ、彼女に発言力を持たせることが狙いであった。国王派も一枚岩ではなく、アズランドとの件を強引に進めたことで既に派閥が形成されている。ラインズを支持している者の方が多くいる中で、不信感を募らせている国王派の高官達。彼らにロゼットを傀儡(かいらい)として利用されることは避けたい。


「やっぱり有識者の娘っていう触れ込みに無理があったんじゃ……」


「一応、『ヴェルクドロール』は有力者でありながら優秀さ、見識の高さでも本国だとそれなりに名が通ってる家系なんだがな」


「そんなこと言われても、私が凄いわけじゃないのに……」


 ロゼットにとっても理解の追いつかないことの方が多い。突如『エンティア』という場所にやってきて、いきなり国王になれと言われたところで出来るはずもない。そうでなくとも十歳にも満たない少女に、国政を担わせることがそもそも無謀というもの。


「有力者ってことでドラストニアが金を融通してもらっているって立場にしておけば、ロゼットに対して強く出る奴もそんなに出てこないだろ」


「どこからそんな資金の存在を裏付けるおつもりですか……」


 セルバンデスが呆れ気味に横やりを入れる。勿論、ロゼットにそんな大金があるわけでもなく、融通してくれるような心当たりもあるわけではない。ただ、それらの事情が仮に解消されたとしても、ロゼットは目ざとく突いてきそうな人物に心当たりがある様子。


「ではアズランドが納めた賠償金なら、理由付けにはなりましょう。半分はアズランドから、半分はロゼット様もとい、『ヴェルクドロール』からの資金提供という名目では如何でしょう」


 紫苑の提案にラインズも悩む。セルバンデスは気が進まない様子だが、他に選択肢はないと考える。ロゼットはよくわかっていないのか疑問符を浮かべている様子。


「いや――……。だがそれだと、紫苑に付いてきた連中の士気にも影響してくるだろう」


「ドラストニアへの忠誠はそのようなことでは揺らぎません」


 他に選択肢もなく、紫苑の提案を受け入れる他ない。ロゼットは心配そうに紫苑の方を見ているが、彼はそれに気づくと微笑みで返す。


「今後の方針は皇子殿下の支持層と国王派の意見の擦り合せが重要でしょう」


「紫苑殿の仰る通りです。ラインズ様、今回の議会でこちらに流れは傾きつつあります。今後、重要なフローゼルとの関係改善に注力致しましょう」


 今はラインズの支持層とロゼットの擁立派での意見のすり合わせ。それらを念頭においた立ち回りが求められる。顔も名前も知らない人物たちからの支持に戸惑いを隠せないロゼット。自分に力も何もない事は彼女自身が一番自覚している。だからこそ、知識や力を持っている者に先立ってもらう必要がある。そのためにもラインズ、セルバンデス、そして紫苑のようなな存在が必要不可欠。

 そして、今動きのある隣国、グレトン公国とフローゼル王国の動向も探っていく必要があった。


「となると、外交ですか」と呟く紫苑。


「では、外遊にはロゼット様もお連れすると?」


 ロゼットの同行を確認するセルバンデス。時期尚早と考えるが、ラインズの命があれば従うしかなかった。


「ああ、頼みたい。外の様子も見せておきたいしな」


 友好国のフローゼルへの外遊は、セルバンデスにロゼットを同行させることを前提として話が進む。ロゼットもドラストニアの外に思いを馳せていた。


「私も一緒に行って良いの?」


「遊びに行くわけじゃないぞ」


 旅行感覚と気楽に思ってるロゼットを茶化すラインズ。幸いにもロゼット本人の意欲は高く、外国に対する興味もある様子。動機はどうであれ、彼女の熱がある内に外遊への同行を決める一同。セルバンデスも彼女の態度を見て、嘆息しつつ外遊の任を受ける。


「あー……うーん……」


 ふと、ロゼットが思い出したように表情を曇らせる。


「なんだ? なんか言い忘れたことでもあったのか?」と浮かない様子のロゼットに声を掛けるラインズ。


「えっと、このあと鍛錬場で用事が……」


 それを聞いて、察したラインズは不敵な笑みを溢す。彼の様子に不満そうに頬を膨らますロゼット。


「他人事だと思ってるでしょ」と恨めしそうな目で訴えかけるロゼット。


 歯を見せて笑うラインズ。その様子を微笑ましく見ていた紫苑が提案をする。


「皇女殿下との稽古ですか。私も同行致しましょう」


「いや、紫苑はちょっと残ってくれ。少し話したい」


 ラインズがすぐさまそれを制止する。紫苑は不思議そうな顔をしつつも了承。ラインズの方に目を見開きながら視線を送るロゼット。半目で呆れた表情をしながら、ロゼットにもラインズは用を告げる。


「あ、あとロゼットも鍛錬終わったら俺の部屋に来てくれ」


 その言葉を聞いてセルバンデスが怪訝な表情を見せる。自身に要件が向くとは思ってもいなかったロゼットは疑問符を浮かべながら、それを了承。


「ラインズ様、お相手は義理の妹君ですぞ。女性と交友関係を持つ場合は慎重に……」


 そう言いかけるセルバンデスに「何もしねぇよ……」とラインズは呆れていた。当のロゼットには何のことやらと、きょとんとしていた。そんな彼女をセルバンデスは囲うように連れ出し、部屋を後にする。


 ◇


 静寂の夜の鍛錬場で剣の打ち合う音が響く。一方的に打ち込まれているロゼット。

 しかし、手から剣は弾かれなくなっていた。皇女シャーナルも手加減はしているものの、初めてここで最初の一撃を与えた頃よりは剣速も重さも増していた。それに耐えうるだけの力をロゼットも着実につけていた。日を追うごとに一撃一撃が重くなっていくことがわかる。のしかかるように鈍い振動が剣を伝って手に響く。あの日から毎日のように続けられる剣術の鍛錬。ただ、「あんな惨めな思いをしたくない」という動機のみで今に至る。ロゼット自身の意地と頑固な性格がシャーナルの剣撃を耐えうるだけの強さを手に入していた。


「耐えてるだけで、反撃をしなければ意味はないわよ」


 彼女に指摘されるが、反撃の仕方までは分からなかった。ただ、受けて彼女の剣の動きに合わせて防御を行う。ここ数日で体得できたものと言えばこんなものである。シャーナルの鋭い視線に睨まれながらも耐える。けれどもこの日は違った。剣撃が止まり、剣の腹を合わせる。擦る様に彼女が剣を動かす。その隙を見て剣を弾くロゼット。剣の鈍い音と共にシャーナルの剣は弾かれる。

 今度は自分から踏み込み攻撃に転じる。振り下ろそうと彼女目掛けて剣を立てるも、ロゼットの一太刀はあっさりと捌かれる。そのまま斬り返し、無防備となった側面に一撃をまともに叩き込まれる。手加減されているとはいえ皮の鎧の上からでも、その一太刀はずっしりと重く入った。


「かっ……!! はっ……痛っ……たい……」


 刃を落とされ、剣の腹で殴られたとはいえ、金属の棒がまともに叩き込まれる。子供でなくとも相当の痛みを感じる。目頭が熱く涙も流れ、肉体的な疲労もあるロゼット。彼女に対してシャーナルは冷ややかな目で述べる。


「人の上に立つ以上『力』を持つことは常。『力』無き者に誰が惹かれるのかしら」


「あなたの家にも家名はあるでしょう。その娘であるのなら、いずれ人の上に立つ日も来る。その時の貴女の価値はどれほどのものか、考えてみなさい」


 シャーナルの現実を突きつける言葉。有力者の家柄の娘として投げかけられた言葉。しかし、ロゼットには、どちらが国王としての器かを問いかけるような言葉にも聞こえた。

 今のロゼットとシャーナル、どちらを国王として支持するか。誰の目に見ても明らかだった。だが、その言葉の意味を理解する余裕など、今のロゼットにはない。涙で濡れた目を擦り、顔を砂まみれに鼻水をたらしながら、立ち上がって構えることしかできない。この地獄のような時間を早く終わらせたいという一心だった。


「……次で最後、来なさい」


 少し呆れながらシャーナルは構え、ロゼットは彼女の目を見ている。

 数秒間『無の空間』が生まれる。時が止まったかのような一瞬の中。ロゼットが先に動く。放たれた一撃が捌かれるが、すぐに斬り返す。それも涼しい顔でシャーナルは捌くが、目はロゼットの目をずっと見続けていた。ロゼットは初めてシャーナルの目の動きに気付く。甲高い金属音が響き渡る。


 本能的にシャーナルの目線を見ることで彼女からの一撃を初めてまともに捌く。二人で始まった鍛錬であったが、十数合も打ち合いが続いたのはこれが初めてだった。シャーナルも表情も硬くなり、真剣なものへと変わる。剣を改めて握り直し、彼女の剣撃の重さが増していく。

 その僅か一瞬の隙を突いたロゼット。シャーナルの剣の腹に当て、弾くと彼女の体勢が僅かに崩れる。畳み掛けるようにロゼットは一撃をそのまま振り下ろす。


 しかし――……

 シャーナルは足を使い、右サイドにステップを踏む。振り下ろそうとしたロゼットの剣は、彼女に届くことはなく虚空を空振る。

 気付けば眼前に迫る大地。慌てて両手を付いて地面への激突を避ける。手はジンジンと熱く、小さな熱が痛みへと変わる。

 ロゼットの一振りを躱したシャーナルは足を引っかけて転ばしていた。意識が目線だけに集中しすぎて、シャーナルの全体の動きまでは捉えることは出来なかった。足元になど意識は及びもしていなかった。


「意識が目の前に集中しすぎよ。相手が何も剣だけで向ってくるわけじゃない」


 驚いた表情でシャーナルを見るロゼット。立ち上がって構え、再び打ち合いを始める。今度は足にも意識を集中させて、シャーナルが踏み込んでくるタイミングを狙う。前へ踏み込んできた瞬間、一太刀を受け止めて、彼女の足を狙う。横から蹴り込むがシャーナルは体勢を崩さなかった。自分の時には対応されてしまい、剣の方が意識が向いていなかった。

 ロゼットが気づいた時には既に遅く、剣の腹で頭を軽く叩かれる。「痛っ」と短く声を上げて頭を押さえるロゼット。


「今度は足に集中しすぎよ。相手がフェイントを掛けてくることも考えなさい」


 視線が定まらず、足元ばかりを見ていたことを指摘される。敢えてフェイントを掛けて、ロゼットの隙を誘っていた。眉間に皺を寄せながら、自身の持つ剣を見つめるロゼット。そんな彼女の様子を見て、シャーナルは溜息をついて剣を回収する。


「実戦でもこうはいかない。実際こんな対面での決闘の機会もないでしょうし」


「じゃ、じゃあ、なんでこんな鍛錬をしてるんですか?」


 目を丸くしたロゼットが少し語気を強めて尋ねる。毎晩のように行っていた剣術の鍛錬。実際にはそんな機会はないと否定される。ならば何のためにやっていたのか、その意義を見出せずにいた。


「それすら出来ないと生き残れないからよ」


 冷たい声色、冷徹な言葉を向ける皇女。固まったまま言葉を失う少女。冷たい夜風が吹き、二人の髪が小さく靡く。その言葉の意味するところを理解できないロゼット。そんな機会はないと言われるが、鍛錬を積まなければ生き残れないとも。或いは、シャーナルからの『牽制』だったのか。

 一瞬、自身の正体が見破られたのかと思い、沈黙を破ることが出来ずにいる。視線を逸らせず、彼女の冷たい目をただ見続けることしか出来なかった。するとシャーナルは不敵な笑みを浮かべる。


「相手が人だけとも思わないことよ」


 意味深に言葉を残して鍛錬場を後にするシャーナル。ただ一人、残されたロゼット。夜空にオーロラのような光の模様が掛かる。銀河のガス、星雲が川のような形を成す光景が広がる。その一つ一つに星々が輝きを放ち、うねりあげて動いているような錯覚が彼女を襲う。そのまま地面に倒れ込み、圧巻の光景に嘆息するしかなかった。


「銀河の空……綺麗」


 呟く少女。現代にいた頃に観たプラネタリウムでも、こんな光景は見たことがなかった様子。

 しばらく放心状態のまま、その景色をただ、眺めていた。


 ◇


「お邪魔しまーす……」と囁き声でラインズの部屋へゆっくりと入るロゼット。彼の自室もロゼットの部屋と同様の広さを誇る。書物庫のような本棚が並び、ぎっしりと本が並んでいる。歴史書や重要書物よりもファンタジー小説のような童話、御伽噺の本が多く散見される。ロゼットは意外そうに思いながら、興味津々に覗いている。


「かったるい本よりもそっちの方が好きだろ?」


 横からラインズに声を掛けられる。ロゼットは先程の鍛錬とは打って変わり、ご機嫌の様子を見せる。


「なんか意外かも。ラインズさんって小難しい本ばかり読んでそうな感じなのに」


「一度見たら大概のことは覚えていられるから、あっても邪魔なんだよ」


 彼の意外な一面を知るロゼット。少し驚きつつも、ラインズなら、さもありなんと思い彼の特技を羨む。


「何その特技、羨ましいんだけど」


「大したもんじゃない」


 他愛ない会話をしながら紅茶を注ぐラインズ。ロゼットをバルコニーに促して席に着かせると、淹れたての紅茶を渡す。

「あ、美味しい」そんな素直な感想が出てくるロゼット。先ほどまでの鍛錬で疲弊しきった体に染みわたるのか、もう一口飲み吐息が漏れる。


「ちょっとしたコネで取り寄せたんだ。珈琲も良いがやっぱり夜は茶の方が良い」


 ラインズはカップを少し揺らしながら、香りを楽しむ。ロゼットも両手でカップを持ち、同じように香りを嗅ぐ。少し瑞々しいフローラルな香りを嗅覚からも味わうようにしていた。


「珈琲よりもお茶かなぁ」


 安らぎのひとときを過ごす二人。ロゼットも入室前までは少しばかり緊張していたが、いざラインズとの対面をすると心身共に緊張が解れる。彼の雰囲気、話し方、それともロゼットの生来の性がそうさせているのか。はたまた、ここから見える夜空の景色によるものか。或いはそのどれもが揃っているからなのかもしれない。同じ王宮のバルコニー、ロゼットの自室から見える景色とはまた異なる。鍛錬場で見えた、星々の河。赤と青の入り混じるガスのような塊が靄となり、川の流れのように形成されている。高台に建造されている王宮と城砦から見下ろすと街の明かりが点滅している。電気が王都全体に普及しているわけではなく、街灯と酒場、遊楽地域の一部のみ深夜でも明かりが見える。そこから離れた居住地域は闇夜に染まっていた。外の景色を眺めているロゼットに今度は茶菓子が差し出される。


「食べるか?」


 小麦色の円状の茶菓子。隣には粉末状にしたチーズが小皿に盛られ、それを掛けて食べると旨味が増すとラインズは話す。


「こんな夜にお菓子なんて食べて良いんですか?」


 ジト目でラインズに注意するロゼット。彼女の反応に「……偉いなお前」と意外そうな反応を見せてお菓子を戻そうとする。

 ところが、既に彼女はお菓子を手に取っていた。


「まぁ……食べますけど」


 ラインズは彼女の言動に目を丸くしてから、乾いた笑いを溢す。


「お前、案外やり手の外交官になるかもな」


 彼女の図太さに感心すら覚えるラインズ。ロゼットも少しずつ茶菓子をかじる。パンよりも硬さはあるが、ビスケットやクッキーのようなものではない。パンやケーキよりも水気を喪失した食感、生地の味は少し薄め。味から察するに小麦粉と乳製品で作られたものだと、考えるロゼット。粉チーズを振りまいて、味を楽しみながらラインズに話題を振る。


「外ってやっぱり怖いですか?」


 外交官という言葉に先ほどの『外遊』の話を持ち出すロゼット。いずれ自分もセルバンデスのような立場になることも含めて、『未知』に足を踏み入れることになる。まだ少女のロゼットは不安を感じずにはいられなかった。


(ドラストニア)も外も怖いもんは怖いぞ」


「ドラストニアのこともよく知らないんですけどね」


 そもそもロゼットはエンティアのこと自体何も知らないままである。自分のいるドラストニアは愚か外国など知る由もない。


「なのにいきなり外国に行っても大丈夫かな?」


 外へと進出することへの期待と高揚感。良い意味での緊張感が増しつつも、少しばかり残る不安も吐露する。それは謙遜ではなく、子供らしい本音だった。


「俺がお前と同じくらいの頃も何も知らない小僧だったぞ。それに知らないから良いんじゃないか? 知ってる場所に行っても面白くないだろ」


 彼の返答に唸るロゼット。彼の言いたいことを理解しつつも、その感覚とは少し異なっていた。彼女の反応に勘づいたラインズは、感じているものを指摘する。


「失敗するのが怖いか?」


 茶菓子を齧るのを止めるロゼット。心を見透かされたと言わんばかりに目を丸くする。失敗することの不安。それによって起こる問題が彼女には想像がつかない。元よりどのように振る舞えば良いのか、分からずにいた。わからないからこそ他人の目を気にしてしまう。自分が変なことをしていないだろうか。現代でも同じだったように、ロゼットの感じ方と友人たちの感じ方でも違っていた。そんな感覚の違いというものを、よく知るロゼットだからこそ不安が募る。


「ラインズさんは子供の頃とか、どうしてたんですか?」


「俺か? 」


 予想外の質問に言葉が詰まり、彼は思わず聞き返す。少し考えてから思い出したのか、自嘲気味に話す。


「俺は……糞生意気なガキだったと思うぞ。大人からは嫌われるような定型的なクソガキかな」


 皮肉な語りで自身の過去を振り替えるラインズ。元々王家の血筋でもない、先代王が後妻に見初めた相手が自身の母親。養子という形で受け入れられたが、実際には別の意図が含まれていた。


「ま、血統でもない人間が王家に入り込むんだ。そりゃ猛反発だよ。けど真意はそこじゃない」


 ロゼットも考えるが、幼い彼女にはわからなかった。ラインズも答える事無く、カップをただ揺らしている。


「こっちには正統性はなかったからな。王の意志を尊重することが出来る人間が必要だったのさ」


「それが私に?」


 彼女の問いに深く頷いて答えるラインズ。茶菓子を持ったままテーブルを見つめているロゼット。自分にあるとも思えない、不確かなもの。内側を知る一人として、先代の王の意志をある種受け継いだラインズ。だからこそセルバンデスも彼に付き従う選択をしていた。実際、ロゼットもドラストニアの複雑な内情にまだ頭が追い付いていなかった。


「なんか――……難しくてよくわかんないや」


 そう呟きながら茶菓子を頬張るロゼット。漠然としたことが多く残りかえってロゼットの『未知』を深めてしまう。その様子と対照的にラインズは頬を緩ませている。


「何もない孤島で食い物か飲み物、どちらかしか選べないと言われたらどっちを選ぶ?」


 ラインズ紅茶と茶菓子を指して訊ねる。突然の質問に困惑の色を隠せないロゼット。その意図がわからず訊ね返す。


「え、急にどうしたんですか?」


「いいから答えてみ。どちらかしか選べない状況だったらどうする」


 ロゼットは少し唸ってから両方を分け合う方法を伝えるがラインズは首を横に振る。更に考えてからロゼットは「飲み物」を選んだ。


「どうしてそっちを選んだんだ?」


「水だけでも一週間は生きられるみたいなことを何かで見たことがあったし、島なら魚とかも釣れそうかなって」


「雨が降るとか、食糧が果物かもしれないとか。考えなかったのか?」


「え、そんな後出しズルい」


 ロゼットは頬を紅潮させながら膨らませてラインズに迫る。ラインズは笑いながら状況は確認しておくべきだと話す。教えられたものだけを真に受ける彼女の素直さに助言したのだ。


「また一つ賢くなったな」


「ラインズさんが小狡いだけじゃん」


 彼は豪快に笑いながら茶を飲み干す。ロゼットも続くように茶菓子を頬張って、膨らませた頬で味わう。ジト目で彼の様子を伺いながら、口の中で少しずつ飲み込んでいく。水分を取られ、紅茶を口に含ませた時、彼が口を開いた。


「はっきり言うと答えなんてないんだよ」


「はぇ?」


 驚いて素っ頓狂な声と共にむせ返るロゼット。ラインズに背中をさすってもらい、落ち着きを取り戻す。

 彼は最初から答えを示すつもりなどなく、選択をしたことによるリスクとリターンを示せるかどうかを見たかっただけだと述べる。


「どうにもならなくなって、その選択をした時に自分が正しかったかどうか。後悔したってどうしようもないし、失敗や成功かなんてことも他人に決められちまうもんだ」


「どうして他の人が?」


「知らない奴が自画自賛してるのを見て信用できるか?」


 彼の言葉に妙に納得するロゼット。自分に対して正当な評価を下せる人間は、そうはいない。自分では成功したと思い込んでいても、人から見るとそれは異なる見え方も出来る。良くも悪くもそうした目立った人間が噂となって広まる。


「でも噂ばっか気にしてたら、何もできなくなっちゃうよ」


 上目遣いで溢すロゼットに対して、ジト目のラインズ。


「じゃ、良い評価をしてもらうように勉強しないとな」


 ラインズに言われた言葉でジト目に変わる少女。紅茶を飲み干して渋い顔をしながら「なんか通知表みたいで嫌かも」と呟く。直後、部屋の扉の向こうからセルバンデスの声が響き渡る。ロゼットを心配してなのか、単なる用事かは定かではない。ラインズも呆れ顔で乾いた笑いを溢す。


「もうお休みしなきゃ。ラインズさん、ありがと」


 紅茶と茶菓子のお礼を言うロゼット。本人も満足気に、入室してきた時の疲れた様子から笑顔を取り戻していた。


「また来ても良い?」


 よほど茶菓子が気に入ったのか、それともラインズと話したことで気が休まったのか。今宵の憩いのひと時をまた過ごしたい様子。笑顔を見せて楽しそうに訊ねるロゼット。


「いつでも来い。なんか本の一つでも持ってけ」


 ラインズは本棚の本を指し、快諾する。更に笑顔に変わったロゼットは軽い足取りで本棚へ向かう。好きな本と言われた彼女は一番端にあった本を手に取り、部屋を後にした。

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