18話 街並み冒険
先程の王族御用達の商店街の華やかな雰囲気と変わって、生活感溢れる中央広場に来ていた。時計塔のようなシンボルが建てられており、大きな掲示板に噴水が設置されていて人々が行き交っている。植木に整備された緑豊かでいくつかベンチや休憩所が設置されており、ちょっとした自然公園のようだった。
街の中央に位置する巨大な掲示板には様々な依頼書が貼り出され王宮からは兵やメイドさんの募集や、近隣の状況報告なども貼られていた。
「町内会の掲示板みたいなものかな。でも仕事の依頼とかこんな貼り出す形で募集して大丈夫なの??」
中には城壁の修復工場の募集もなされていた。明らかに人手不足だということが伺える。街中は道行く人で溢れかえっているというのに、仕事は決して充足しているわけではない。特に掘削作業、工事、農業のような現場作業の張り紙が目立って多かった。
「どれも重労働だし、みんなやりたくはないよね……。畑仕事と牧場は慣れれば面白いんだけど」
独り言を呟きながら掲示板を眺めていると、合いの手が入ってきた。
「臭いが染み付くのは嫌だよねぇ。作業は好きなんだけどさ」
「そうそう、わかる!! ……ってだ、誰!?」
その声に思わず同意してしまい、声の主の方を振り返る。すると私と同い年くらいの男の子が立っていた。ダークブロンドの髪、利発そうな顔立ち、パッチリとした目に二重瞼。少し長い睫が特徴的だった。子供らしい動きやすそうな、それでいて整った衣服。胸元には狼を象った印章のようなものがあり、多分結構良いところのお坊ちゃんという印象を持った。
「キミ、仕事でも探してるの?」
「ただ、眺めてただけだよ。君は?」
「んー、俺も似たようなものかなぁ」
そう答える彼の仕草がどことなくラインズさんに似ていた。私の身なりを少し観察してから、考え込み、どこかの貴族出身なのかと訊ねてきた。
「最近、ここに来たばかりだよ。だから正直よくわからないことだらけで」
「どこかのハウスキーパーとかそんな感じ?」
「そうそう、良くわかったね」
彼は私の身なりを見て察したのだと思う。それなりの身なりをしつつ、都会に不慣れな様子がわかりやすかったみたいだ。
「田舎者って言いたい訳じゃないから気にしないでね」
少し意地悪に笑う彼だったけど、見慣れない場所だからというのが理由なんだけども。それにもっと未来の町並みを知ってる私からしてみると王都の町並みでも少し田舎っぽく感じてしまう。
「あ、こんな格好してるけど、俺も貴族の雇われなんだよね」
「じゃあ、キミも似たようなものじゃん」
ジト目で皮肉っぽく返したけど、彼はケラケラと笑い余裕の表情を見せてくる。私と大して変わらなそうな歳に見えるのに手慣れた感じの態度。それがちょっと悔しく感じたけど、同じ年くらいの子と知り合えたのは少し嬉しかった。香澄や昇君のことを思い出して、友達になってあげても良いかなと思ったりしていた。
私たちが談笑をしている横で役人が新しい求人募集の張り紙が貼りだした。すると待っていたと言わんばかりにぞろぞろ求職者が押し寄せる。その仕事を求める人集りに混ざり、お婆さんが役人に対して何かを訴えかけていた。
「あの、息子がここで仕事を見つけてから戻ってこないのです。この求人だったと思います」
「あー……そんなものは知らん。退いてくれ!」
役人っぽく見えたその人は冷たくお婆さんの手を振り払い、その場を後にしていく。慌てて駆け寄り声をかける。怪我はなかったけれど、対応した人の態度にモヤモヤしてしまう。知らないにしてもあんな対応の仕方はちょっと、というか……。
「ひどくない……? ちゃんと対応してあげてもいいじゃん」
「お役所仕事なんてあんなもんだよ。それよりも……」
そう言って彼がお婆ちゃんに息子さんの仕事について訊ねていた。なんでも三ヶ月ほど前に仕事に行ったっきり帰ってこないのだそうだ。職場から手紙が送られてくることもなく、どうしているのか、どこにいるのかさえもわからないという。その時の求人広告も見せてもらったけど、「採掘作業」と書いてあるだけで、他に簡素な採用条件と給料が載っていただけだ。
ひとしきり話を聞き終え、お婆ちゃんは落ち込んだ様子で帰っていく。寂しそうな背中を見つめながら、なんだか悲しくなり気分が沈んでしまった。
「あれ、どう思う?」と彼が訊ねてくる。
「可哀想だよ。何もわからないの、聞きたくても誰に頼っていいのかもわからないなんて……。なんとかしてあげられないのかな」
エンティアに来たばかりの自分と重ねてしまう。私もここに来たばかりの頃は訳も分からないまま、売り飛ばされそうになるし、いきなり王都へ連れてこられる。挙句王位継承者だの、今でもよくわからないことばかり。私がそう答えると、彼は溜息をついた後に淡々と話し始めた。
「お人好しだねぇ」
「困ってるのに放っておけないじゃん」
彼は他人事のように無関心だけど、あんなに困ってるお婆ちゃんを放っておくことも出来ない。他人事であることには違いないんだけど、出来ることがないか考えることを無駄とは思いたくなかった。
「息子さん、どこで働いてるのかもわからないのに? どうすんのさ」
「それは……そうだけど」
実際、彼の言う通りで私がどうにかしたいと思っても何かしてあげられるわけじゃない。せめて求人に何かヒントがあれば良かったのだけれど、特に書かれているわけでもない。
「さっきのお婆ちゃんさ、張り紙持ってたでしょ?」
「採掘作業……だっけ。どこかでやってたりしないのかな」
多分、鉱山とか穴掘りとかの仕事だろうけど、どういう場所で行われているのかもわからない。再び掲示板の方を見て似たような仕事がないか探そうかと考えてたら、私の考えがわかっていたのか彼は意外なことを言い出した。
「あれ、隣の国の求人だよ」
「……え、なんでそんなことわかるの?」
少し間を置いてから疑問をぶつける。採掘作業としか書かれていないのに、どうしてそんなことがわかるのか。
「ドラストニアじゃ、鉱山仕事の募集も南部、東部にかけて行われてるみたいだし。ここ最近でそっち方面に労働者の一団が向かった記録もないしね」
「ほぇ……そうなんだ」
「それにあの求人の紙、隣国でよく使われてる材質というか、結構独特な色してたでしょ」
言われてみると、お婆ちゃんの持っていた紙は青み掛かった色合い。他の求人の紙も差はあれど、古紙らしい薄茶色に近い色をしていた。
「すごい詳しいね」
「だって俺の地元はお隣さんだからね」
「え、じゃあ、外国人??」
「生まれは隣国だけど、今はドラストニア暮らしだよ」
そっちだのこっちだのとややこしい言い方ばかりする。けど外国、隣の国の出身だからなのか、仕事の事情なんかにも詳しいことには妙な説得力があった。
「戦争やってた影響で仕事にあぶれた人達に皺寄せが来てるね」
「あ―……国内でだよね。戦争で仕事が無くなることなんてあるの?」
「そりゃたくさんあるよ。市場だって物の流通が途絶えたら売り物だって無くなるし、市場のほとんどの仕事が止まっちゃうよ」
物の売買が出来無くなればお金も入ってこない。そうなると仕事が出来なくなってしまう。戦地の中で物を運ぶのだって命懸け。軍隊に捕まって奪われてしまうこともあるらしい。やっていることはもう、強盗と何も変わらない。
けど、戦争中だとそんなことは当たり前のように起きると彼は言う。簡単な説明だったけれど、私でも理解しやすかった。ただ、理解できてしまうと今度はそうした行為が残酷に思えて、嫌な気持ちにもなる。やっぱり戦争なんて何も良いことなんてない。
「やっぱり戦争って嫌だね……」
「そうだね、人が当たり前のように死んでいくし。作ったものも壊されていく。そんでもって『人も』壊れる」
「人が壊れる……?」
含みのある言い方。あまり聞かないような表現に少し理解が追いつかなかった。人が壊れるってどういうことなんだろうか。彼は続けて言う。
「仕事がないってだけならまだ良いよ、本当に怖いことはそこじゃない」
物が流通しなくなることで一番怖いのは仕事が無くなることではないと、彼は言う。
「じゃあ一番怖いことって何なのさ」
私の質問に「食べ物」と彼は短く即答。あまりにも一瞬で答えるから、思わず聞き返してしまう。
「ご飯が無くなるってコト?」
「そ、君が普段食べてるものとか、果実と野菜とか、穀物とか。食事が出来ないって怖い事だよ」
食糧が流通しなくなる。そんなこと考えたこともない。あまりピンとこない私とは対照的に、彼の目は笑っていなかった。口元は笑みを浮かべているのだけれど、笑っているというよりも口元が顔に張り付いているような見え方。
「食べることに苦労したことないでしょ? キミ」
そりゃあ、現代で生活してきて、ファンタジーに出てきそうな場所である『エンティア』に突然飛ばされても、食べる事に困るなんて経験したこともない。図星を突かれて、なんだか説教されてるみたいでちょっと気分が悪い。
「そういう君はあるの?」
「さぁ、どうかなぁ?」
さっきまでの虚ろな笑みが嘘のように今度はとぼけた答えが返ってくる。真剣だった様子からの豹変ぶりに呆れる。自分のことを棚に上げて、そんなこと言われても説得力ないのに。文句の一つでも言いたかったけどケラケラと笑っている彼に何かを言う気も無くなった。
「ていうか、キミも職探しでもしてたの?」
彼に呼び止められて、本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。少し足早に商業区へと向かい、何を買おうかと考えていると、自分以外の足音がすぐ近くから聞こえてくる。まさかと思いゆっくりと振り返ると案の定だった。
「なんでついて来てるんですか……」
「んー、なんか気になってさ」
惚けたまま彼は付いてくる。何か嫌がらせをしてくるわけでもないけど、なんかモヤモヤする。意地悪したがる――……ちょっと子供っぽい同世代とかに似てそうで、そうでない。子供っぽさの中に理屈っぽい所がある。屁理屈で口喧嘩に勝った気になる人ともまた違う。本当に知識はあるんだと思う。大人が子供をしている、という言い方が凄くしっくりとくる。
実際、私よりも色々知っていそうではあった。それが逆に表現のしようのない、変な感情が沸いてくる。
「ねぇねぇ、こんなところに来て何買うつもりなの?」
彼に腕を掴まれて、我に返る。周囲を見渡すとフリーマーケットのような露店の集まりばかり。彼の事を気にしすぎていて、周りが見えていなかった。呆れた表情の彼、それがなんだか小馬鹿にされてるみたいでちょっとムカついた。
「別に私がどこで何買おうと勝手でしょ?」
自分でもムキになっていたと思う。でも、自分よりも少し年上ってだけで大人ぶられるのがホントに嫌だった。大して年も変わらないのに、余裕がある態度。自分の方が子供っぽく見えて馬鹿にされてると思ってしまった。
「蚤の市っぽいから気を付けなよ。変な商品売り付けてくる人とかもいるし」
「声が大きいよ」
その癖、こんな風にデリカシーのない発言をする。周囲の視線が気になり、少し顔が熱くなる。
「買うもの決まってるのー?」
「決まってるし、貴方に言う必要ないでしょ……」
「良いじゃん教えてくれたってさ」
質問が多い。というか結構しつこく煩わしく感じる。向き直って、強めに答えようとしても遮られてしまう。ジト目で睨むように訴えかけても本人は気にする素振りもない。それにセルバンデスさんから頂いたお金だし、無駄使いは出来ない。なりゆきでこんなところに来ちゃったけど、こんな場所に欲しいものなんてない。
そんなこと、今更言い出せずにタイミングを失ってしまう。周囲を見回して適当に切り上げるべく、適当に品定めの素振りをする。
品定めしながら考えてみたけど、必要なものって何かあったっけ。そんな疑問が漠然と浮かぶ。大抵の物は王宮で用意された自室に揃ってる。王宮やお城の外に出たのだってこれでまだ数回程度。必要なものが無いというよりも、そもそも何が必要なのか、ということを分かっていなかった。考えても思い付かず、今度は彼がジト目で答えを促してくる。
「品物を見てから良いのを決めるの」とだけ答えて歩き出す。
横目で微かに視界に入ってくる装飾品が気にしつつ、気のないふりをして通りすぎる。その様子に気づいたのか彼が装飾品について話題を振ってきた。
「この辺装飾品多いけど騙されちゃ駄目だよ」
「騙すって……お店の前で言うことじゃ」
「ほら、あれとかさ」
そう言って彼が顎で指した先にある露店の商品。銀製の装飾品が多く、埋め込まれたいくつもの宝石が日の光が反射して輝いているように見える。
「あの宝石が何かあるの?」
「宝石があんな野晒しに販売されてると思う?」
何を言っているのかさっぱりわからず、少し考える。けど、冷静に整理してからよくよく思えば彼の伝えたいことが徐々に理解し始める。
「え? じゃあ、あれって……」
確かに装飾品のほとんどは飾られて出品されている。でもそれはショーケースのようなものに納められているわけでもない。しかも、物によっては木箱の中の乱雑に入れられているものまであった。
「偽物?」
耳打ちで彼に訊ねると何故か満面の笑みで頷いた。思わず周囲の店を見渡すと所々に似たような露天があることに気づく。それだけではなく、粗悪品の衣類や小道具など、明らかに出来の悪い商品を販売している露店しかなかった。
俗に言う『闇市』というものなのだろうか。セルバンデスさんとの修学時間で少しだけ教えてもらったこともあるけど、あまり興味がなかったから内容も覚えていない。
ただ、『闇市』という性質上、無法者が集まりやすい場所とされているらしい。そう思ってしまうと周りの人達がなんだか怖い人達に見えてきてしまう。
「ね、ねぇ」
私は彼の服の袖を掴んで、ここから離れるように促した。すると彼は何を思ったのか、目の前の露店に歩みだし、商品を手に取った。見たところ碧い宝石の埋め込まれたペンダントだった。一見すれば銀で作られたものに見えるけれど、先程言われたことから察するに『偽物』なんだろう。
そんな物を手にとってどうするつもりなのだろうと彼の背中に隠れて見ていると、思いもよらない行動に出た。
「おじさん、これ偽物だよね?」
彼は何の躊躇いもなく、店主に面と向かって訊ねた。あまりに突然のことにその場が凍りつく。私は慌てて彼の行動を咎める。
「ちょ、ちょっと!?」
けれども彼は私を無視して話を続ける。
「純銀製で『翠晶石』をはめ込んだものって謳い文句だけど、これ鉄だよね」
ペンダントの銀は日光を反射するほどに眩い。とても鉄とは思えない美しさで私もまじまじと観察してしまう。
「なんだ、坊主わかるのか?」
彼の質問に答える店主の声は思ったよりも怒りを感じられなかった。それどころか隠す気がないのか、看破されたことに驚いている様子。
「塗装処理か何かでもしてるの?」
「全部研磨してそれっぽく見せて、塗料を使ってるのはその硝子に使ってるだけだ」
あっさりと偽物だと答えつつ、商品の正体を明かす。宝石はなんとなく予想はできたけど、鉄をここまで磨いて光らせる技術には驚きを隠せなかった。
「わぁ、銀って言われても気づかないかも」
「そりゃ、商売としては成功だな」
おじさんは私の感想にケラケラと笑いながら、得意気にしていた。けれど、誉められることではない。話しやすい雰囲気を醸し出しているけれど、やっていること自体は良くないことだった。
「けど『翠晶石』って謳い文句は良くなかったかもね。本物と比べると 宝石にしすぎだよ」
そう言いながら彼は上着の内ポケットから貴金属を取り出し、店主に見せる。手にした装飾品はそれこそ銀色の輝きを放ち、露店のペンダントと同じ碧い宝石が埋め込まれていた。彼の持つ宝石は少し暗く、宝石というよりも碧色の綺麗な金属という印象だ。
「本物はどちらかといえば、鉱石という扱いだから、化合次第では鉄の代用にもなるし。簡単な宝飾品の代わりにもなるけど、あまりウケは良くないかな」
説明を交えながら、店主に見せている様がアドバイスをしているようにも見えて奇妙な感じだった。店主もまじまじと見て、何度も本物かどうかと訊ねる。その度に彼は深く頷いて宝石と『翠晶石』の違いを比較しながら特徴を話す、それの繰り返しだった。
納得した店主が彼にお礼を言いながら、自信作と言っていた例の偽物のペンダントを無料で渡してくる。私は断ろうとしたけど、彼は遠慮する素振りを見せることなくお礼を言って受け取っていた。結局私も受け取って頭を下げる。
「おじさん、折角そんな技術あるんだから別の商売でもしてみない?」
「こんなボンクラの技術なんざ、掃いて捨てるほどあらぁ。鍛冶職人達には理解されんし、工業向きでもないしな。それにまぁ、わりと知られてる界隈からは好評なんでね」
最後にそんな会話をして、私たちはその場を後にした。「どうかした?」と私は少し歩いて、彼の寂しそうな横顔が気になり尋ねる。彼は「難儀な話だよね」と答えて続ける。
「技術はあるのに活かすための職にありつけないってさ」
だから露店で働いている。多分そうする以外に方法がないのだとは思う。けれど、どこか満足気というか、私たちが思うよりも生活に苦しんでいるようにも見えなかった。
「おじさん、でも嬉しそうだったね。褒められたからかな?」
「偽物売買して褒めるってのもおかしな話だけどねぇ。どうせ、やるなら胸張って出来る仕事の方が良いじゃない」
それは確かにそうなのかもしれない。彼の言うことも尤もで、偽物の売買は見つかれば処罰されてもおかしくない犯罪行為。本当は見て見ぬふりもしてはいけないけれど、彼らの生活のことも考えると密告のようなことも出来ない気持ちもある。辺りを見回しても、みんなおじさんと似たような境遇のようにも見えてきてしまう。周囲を観察していると私の服の裾が引っ張られる。
「ちょ、ちょっと今度は何!?」
掴んだ彼が何かを指差していた。そのまま腕を掴まれ彼に引っ張られる形で付いていく。
「何々!? 何があるのってば」
『蚤の市』から離れて、彼の引っ張る方へとやって来る。指差された先にはある建物。少し埃の被った窓ガラス。よく目を凝らしてみると綺麗に飾られた衣服が見える。如何にも貴族が身に纏っていそうな高級そうな服。
「綺麗……だけど、高そう……」
セルバンデスさんから預かっているとはいえ、今のお金で買えそうな服とは思えなかった。けど彼はそんなことはお構い無しと言わんばかりに店内へと連れていく。子供には少し重たく、大きな扉に手を掛けた。
「ちょ、ちょっと!! こんな高そうな所で買い物なんて出来ないって!!」
「ほぉ、わかってんじゃん。結構違いが分かるタイプ?」
単純にこういう個人店を現代で見たことがないからそう思っただけなんだけど。専門店でももう少しカジュアルな印象があるし、外装も入りやすいイメージ。
対するこの店は店構えも暗く、入りづらそうな印象。彼は目利きが良いと勘違いしているみたいだけど、私の制止も聞かない。賑やかな街中とはうって変わり、静かすぎる。
外からでも見えていたけど衣類は皮物、毛皮の厚手の服が多く飾られている。ショーケースの中にはベルトや靴の皮製の如何にも高級そうな商品が並んでいた。子供の私でも分かるくらい、しっかりとした作りの物ばかりで独特な拘りのようなものを感じる。
「凄い……綺麗だけど、絶対高いよコレ。というか全部」
商品全てを指して店を出るように促す。
「良い値段しそうだね。けどその分、信頼は出来るし、買い物なら良いもの選ばないと」
店構えは暗かったけれども、店内に並ぶ衣類はどれも落ち着いた雰囲気、というか趣のあるお店。店全体の雰囲気が物静かで、外から見るよりも明るく感じる。セルバンデスさんとメイド長と立ち寄った店とはまた違う感じだ。
「思った以上に雰囲気あるね。年季が入ってて、店主はきっと職人気質のおっちゃんって感じだね」
「ねぇ、それ褒めてるの?」
独特な雰囲気を感じさせる。こういうファンタジーの世界に見合った不思議なお店。私もどちらかと言えば結構好きだったから雰囲気は好印象。
その横で彼は店内の商品を見渡し品定めをしている。さきほどのこともあるので、また何やら文句を言いそうで内心冷々だった。また余計なことを言い出さないか様子を見ていたけど今度は少し違っていた。商品を真面目に見ており、彼からしても材質や作りは非常に良い出来だと感想を漏らしていた。ホッとしたのも束の間、何を思ったのか手にとって実際に試着しようとするのを見た瞬間背筋が凍った。
「ちょっ……何考えてんの!?」
声を潜めながら彼の行動を止める。現代では確か良く見る光景だったけれど、こういった個人経営のお店に入ったことがないから勝手わからない。特に『エンティア』でこういうちょっとした行為が危険を生むのではないか、という警戒心もあった。さっきの蚤の市でもそうだったけど、彼は警戒心が無さすぎる。というか行き過ぎてもはや、やりたい放題。私自身あまり、自分の事を言えたわけではないけれども、彼の行動はあまりにも度が過ぎていた。
「お店の人に見られたら、怒られるどころじゃ済まないからっ!!」
「大丈夫だってば。気にしすぎだよ」
声を潜めて注意する私とは対照的に普通の音量で話す彼。人差し指で声のトーンを抑えるようにも訴えかけたが、奥の方から人の気配。
「客か? 珍しいな……ってなんだ子供か」
私たちが騒いでいたせいで奥から店主が出てきた。風貌は現代でもいそうな普通のおじさん。久しぶりの来客だったのか、私達を見るなり落胆した声に変わる。
「す、すみません!! すぐに元の場所に戻しますのでっ」
「おじさん店主? この服なんだけどさ……」
私が謝ろうとしている横で彼は呑気に店主の方へと向かっていく。おじさんも怪訝そうな顔をしていたけど、彼が皮の材質や製法に関して評しているので、次第に真面目に受け答えをしていた。てっきり怒られるものだと思い呆気に取られてしまった。なんか神経質に気を付けていたのが馬鹿らしく思えて、安堵と呆れの入り混じった溜息をついてしまう。会話にもついていけず、ただ待ってるのも退屈だったから店内の見回しを再開。
「どうせなら可愛いのが着たいけど、大人っぽいものが多いなぁ」
革のズボンと良さそうなブーツ。色合いも落ち着いたものばかりで、大人っぽい雰囲気。やはり『エンティア』で生活するためにも、外行き用に見合った服装も欲しいところ。今着ている使用人の外出衣装も悪くはないけど、サイズがあまり合ってない。他に衣装は自室には山ほどあるが、やっぱり自分で選びたい。そんなことを考えながら散策していると不意に腕を掴まれる。
「ねぇねぇ、この子に合いそうな服仕立ててみてよ」
「えっ!? ちょっと勝手に決めないでよ!! ホントになんなの!? さっきからずっと……」
「良いじゃん別にさ。良い物見つかるかもしれないし、何なら作れちゃうかもよ」
確かにこのお店の物、結構良さげで欲しいと思える物もいくつかあった。服と靴は自分で選んで揃えたかったけど、流石にそこは勝手に決められたくない。何より彼の私の意見を全く聞こうとしない強引なところも少し嫌だった。
「自分でちゃんと決めたいの!! 私のことなんだからほっといてよ」
「だったら、おじさんと一緒に話して決めればいいじゃん。折角なんだし、オーダーメイドにしちゃえば?」
「オーダー……メイドぉ……?」
オーダーメイドという言葉で少し動揺してしまう。正直、響きはちょっとだけ格好いい。確かに探すよりは作ってしまった方が早い。何より自分だけのものという独自性に惹かれるところもあった。
「いや、急に言われたって店長さんも困るだろうし、私も持ち合わせが足りるかどうか……」
「ウチは別にいいぞ。他に客もいないしな」
思わぬ方向から逃げ道を塞がれる。
「どれくらいで出来そう?」と、もはや作る方向で進んでいく。店主も私を見回してから「三日で出来る」と言い放つ。それから私の方を向き直って尋ねる。
「で、どうする? その気があるなら作れるぞ」
ここで断るなんて選択も出来ず、半ば諦めと投げやり気味に頷いて答える。ただ、金額だけは不安だったために、出来る限り抑えられるように頼み込む。
「あの……お金、足りるかどうかわかんないですけど」
「あ、大丈夫大丈夫。俺が買ってあげるから」
店主と私の横から彼が呑気な声。図々しいというか、そんな施しを受けるようなことしてないし。笑みを向けながら、そんな余裕のある態度にまた少し腹が立つ。
採寸が終わってから後で店主に確認を入れる。袋に入っていた金貨を見せて、金額と釣り合うかどうか恐る恐る尋ねる。店主は怪訝そうな顔つきに変わって、私と袋の中身を交互に見る。この間が一番緊張していたし、店主にもそれが伝わったのか意外なことを聞かれる。
「これ本物か?」
あろうことか疑いの目を掛けられる。金貨の真偽を聞かれるとは思ってもいなかったので慌てて弁明する。
「ぇえ!? 住み込み先で預かったものだから。というか偽物とか本物とかあるんですか!?」
声量を抑えながらも、変な声が出ているのが自分でもわかる。それくらい焦っていたし、セルバンデスさんから受け取ったお金が偽物とも思いたくなかった。
「最近、粗悪な偽物が出回ってるらしいからな。しかし、まぁ……偽物にしては出来が良すぎる」
子供の私が持つような大金ではなかったから、少し驚いていたようだった。私もそんな大金を持ち歩いていたなんて思ってもいなかった。だからなのか、心なしか袋が少し重く感じるようになった。代金は完成品を見てからで構わないと言われ、その日は解散。
去り際も彼は「じゃあ、またね」と言ってあっさり帰っていく。あれだけ、しつこかったのにやけに大人しく帰ったことに拍子抜け。てっきりセルバンデスさんと合流するまで付いてこられると思っていたから、まずは一安心。だけど――……。
「なんか、いつもより疲れた……」
どっと、疲れが襲ってきた。というよりも、元気を吸い取られたような感じだった。




