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インペリウム『皇国物語』  作者: walker
episode1『王国ドラストニア』
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13話 確執  

 城壁では混乱が続き、アズランドの大砲による猛攻によって初動が遅れていた。ドラストニアの精鋭が到着するまでの間持ちこたえるために城壁から大砲で応戦。マスケットでも兵達が応戦をしているがアズランド側は精鋭を全て投入しているようで強固な大盾とマスケット部隊との連携による銃撃がドラストニアの守備兵を苦しめる。ドラストニアも実情は精鋭との合流までの時間稼ぎで凌いでいる状態。司令部でラインズとセルバンデス、兵達で作戦を練っている中で一報が飛び込んでくる。


『アズランド軍モリアヌスの部隊より数名が投降』 


 一報を聞いたラインズはすぐに呼び寄せるように伝える。紫苑の配下であったモリアヌスの部下が投降してくること自体は不思議ではない。それが紫苑の命とあればの話。紫苑の部下の多くは忠義に厚く、たとえ紫苑の身柄がドラストニアにあったとしても、彼らから自発的に投降するとは考えられない。その真意を確かめるべく、彼らから話を聞くことにしたのだった。そして、彼らが驚くことになるのは、一緒にやって来た見知った顔があったからだ。


「……! ロゼット……殿。何故彼らと!?」


 セルバンデスは慌てて彼女の元へ駆け寄り安否を訊ねる。土埃や返り血を僅かに浴びてはいたものの、彼女に外傷はない。ロゼットもセルバンデスとラインズの顔を見ることが出来、肩の力が抜ける。ロゼットから話を聞き、話の中でラインズは紫苑の意図を察したのか少し笑みを溢す。


「ごめんなさい……勝手なことをしてしまって。でも紫苑さん達は私たちの味方です!! 誰よりもドラストニアとアズランドの事を思っています」


「皇子殿下、天龍将軍は騎兵を率いてアズランド軍の背後より奇襲を仕掛けます。ドラストニアの応戦部隊との挟撃を仕掛けるおつもりです。我々もそのために降りました、すぐにでも出陣できます」


 彼女の発言から投降した兵士の発言が真だと察するラインズ。紫苑がどう動くかを訊ねて、大まかな作戦を立てる。内容はアズランドの全軍こちらへ引きつけ、一斉に包囲するというものだ。成功すれば精鋭の到着と共に一網打尽に出来る。だが気掛かりなのは本気で紫苑達がアズランドと戦うことが出来るのかどうか。これがもしアズランド側の奸計であったのなら王都の被害が広まる。それどころか陥落さえもありえる。ドラストニア陣営は言葉に詰まり、重苦しい空気が漂う。

「相手は自分達の主。そんな簡単に刃を向けることが出来るのか?」という一人の将官の言葉が木霊する。セルバンデスもその点は危惧しており、この作戦に安易に答えを出すことが出来なかった。

 しかしラインズは違った。


「紫苑の部隊数は?」


「騎兵百にも満たないほどですが、皆精鋭揃いです」


 彼らの戦力を訊ね、彼らにも武器を与えて部隊に組み込む決断を下した。周囲が止めようと彼に訴えるが、消耗戦で不毛に長引かせるのは得策ではないとラインズは判断。彼はむしろこれを好機を考え、相手の虚を突くための反撃に出ることにした。

 消耗しているとはいえ、未だ千は超えるアズランド軍の大部隊。老兵が多いとはいえ精鋭中の精鋭。一度侵入を許してしまえば彼らの持つ突破力であっという間に制圧されかねない。そこで現状の守備隊を分散させ、紫苑達の部隊と共同し左右から奇襲を仕掛ける方針を取る。


「それでは突破される恐れが…… アズランド側にも砲撃部隊に騎兵の組み合わせで、突破が無理でも強引に砲撃の雨を放つのでは?」


 セルバンデスはその策を危険と判断し言咎めする。


「だからスピードが命だ。こちらは竜騎兵で左右から挟み込み紫苑達を援護。今夜は()()()()()ろ?」


 セルバンデスも同じように進言するつもりであった。ラインズは折り込み済みだったようで相手の奇襲を逆手に取って更なる奇襲を仕掛ける。ついでにラインズから火薬の用意を頼まれる。樽に詰めた火薬の用意と竜騎兵の編成を各個に割り当てる。すぐそばにいたロゼットを避難させるべく数名の兵士を呼びつける。彼女は王宮へ送られると察知したのか陣に留まろうと拒む。


「私もここで待ちます! みんなが戦ってるのに私だけ何もしないなんて……それに紫苑さんと約束したんです!」


「紫苑殿とのことは後で伺います。ですが今は御身の事をお考え下さい」


 食い下がるロゼット。しかしセルバンデスに強く説得され、彼女自身も何ができるわけでもない。剣を持って戦えるわけでも特別な力や才能を持ってこの世界へやって来たわけでもなかった。現実は物語のヒーローや主人公のようにはなれない。悲愴な面持ちで彼女はただ付き従うしかなかった。

 連れられて行くロゼットの姿を横目にセルバンデスも準備に取りかかる。そんな彼にそっと近づき、労わるラインズ。


「紫苑と関わるにしても、あそこまで信頼を寄せられるほど打ち解けるとは正直思ってもなかったよ」


「そう仕向けたのではございませんか? 見張りを手薄にしたのもそれが理由だったのでしょう」


「どうしてそう思うんだ?」とラインズは訊ねる。


「紫苑殿を手放したくない。アズランドとの闘いに勝利したとしても、彼らの敗残兵たちを纏める存在が必要。そのために?」


 セルバンデスは戦後の事を視野に入れ、ラインズに問う。「駄目か?」とラインズは訊ねながら笑みを溢す。彼の予想通りであり、ラインズ自身もこうなることを予期していたことであった。セルバンデスもそれには賛同しており、咎めるつもりはない。今回の一件が紫苑を引き込むための『名分』とし、彼等と共にアズランドを打倒を目指すのであった。


 ◇


 アズランド軍もまた追い込まれた状況であることには変わりなかった。戦糧不足により士気も落ち始めている中での強行。軍の指揮を執るのは軽装の鎧と軍服を身に纏ったバロール将軍。その表情は猛虎の如く険しいもの。まるで憎しみをぶつけるかの如くドラストニアへの猛攻を続けるよう命令を下している。その背後では重装備の鎧で固めた初老の男性。威風堂々としたその様相は総司令と呼ぶに相応しいアズランドの現当主。


「大砲の残弾僅か!! このままでは攻め落とせません」


「将軍、今からでも退却を! 部隊も蜂起時よりすで半数以上を失い、兵達の士気も乱れております! このままでは帰還すらままなりません!!」


 バロールに兵士たちが訴えかけるも、彼が耳を傾けることはない。むしろ戦意を喪失しつつある兵達を咎め、激励を飛ばす。逆らえば軍法にかけられ選択の余地はない。


「良いか! これは我々の『大義』のために戦いだということを忘れるな。いずれ列強に飲み込まれる危機にある、このドラストニアを腰抜けの王家を名乗る連中から取り戻すため、我々が正さねばならんのだ」


 バロールの怒声が響き渡り戦線の部隊に緊張が走る。それと同時にこちらの攻勢が功を奏したのかドラストニアの城壁では守備の士気が乱れ始めたことに気づく砲撃部隊。爆破と共に城壁が遂に崩壊し、これを好機としたバロールはアズランドに呼び掛ける。


「城壁崩壊! ドラストニアの守備隊は予想以上に消耗しています。今なら……!!」


 口を閉ざしていたアズランドは将兵の報告に疑問をぶつける。


「奇襲とはいえ……あれほどの城壁をこの短期間の砲撃だけで崩したのか?」


 兵は更に続けて城壁は内部からの爆破によって崩壊したと報告。バロールは内部に侵入させた精鋭が内側から瓦解させたのだと主張。勝機が訪れたことで兵達の士気も(たちま)ち上がり、バロールの側近である将兵達は我先にと先行部隊を買って出る。当主アズランドは王都民への危害を一切しないことを命で下し、自ら馬に跨り全兵力を投入の短期決戦に挑む。一万近い騎兵部隊が雲霞の如く一挙に押し寄せていく。前衛は地震のような地響きを立てる騎兵部隊。その後方より大砲を捨て、小銃を手に追従する砲撃部隊。静寂であった大地を太鼓を叩くが如くに行進。

 そして城壁付近にまで接近したところで彼らはようやく気づいた。攻撃してくる守備隊が全くいない。城壁を崩したのならむしろ、その場所を守りに徹するはずであるのに守備兵一人もいなかったのである。

 しかし、功を焦りすぎて気づくのが遅すぎた。左右からドラストニアの竜騎兵部隊が強襲を仕掛けに来ていた。アズランドの後方より、動向を伺っていた紫苑の部隊もこの動きを見逃さなかった。


「ドラストニアが左右から強襲を仕掛けています! 将軍! 今なら絶好の機会です!!」


「……皇子殿下、ありがとうございます。進軍!!」


 モリアヌスと紫苑の合図により、進軍する紫苑の部隊。彼は自身を信じてくれたラインズ達に感謝の言葉を溢し、先陣を切って猛進。体制を整えるために退却を試みるアズランド軍目掛けて押し迫る。たった数百程度の騎兵にも関わらず紫苑の部隊は次々とアズランドの精鋭を制していく。アズランド軍は圧倒的兵力を誇りながらも挟み込まれる形で陣形は瓦解。それでもバロール率いる精鋭部隊王都への突入を決行。竜騎兵による銃撃を受けながらも死に物狂いで部隊は先行。

 しかし、このタイミングを待っていたかのように城壁からマスケット銃による部隊が迎撃を開始。


「奇襲が出来る余力が残っていようとは。やってくれる。当主をお守りせよ!!」


 バロールは将兵にアズランドの護衛に当たらせ、自身はそれでも突撃を敢行。後方では紫苑の部隊が既に砲撃部隊を既に制圧しつつあった。紫苑はバロールとアズランドを追うべく、部隊をモリアヌスに任せ単騎で疾走。モリアヌスの制止の声を聞くこともなく、アズランドの精鋭部隊が乱れる中で先行するバロールとアズランドの部隊を発見。


「ご当主!!」


 紫苑も後を追う形で、ドラストニアの騎兵隊の銃弾が飛び交う中を突破。


「バロール!! 無茶をするな!!」


 無茶を顧みず先行するバロールの部隊。アズランドの制止も構うことなく突き進み、それを追うように彼も強行突破。城壁にたどり着いた頃には残った兵は僅かだった。それでも守備隊も僅かな兵力であったために打ち破って見せるバロール。

 だが次の瞬間、一騎の馬体と兵が彼らの前に立ちはだかる。兵を見てバロールは憎しみの籠った声で呟く。


「貴様……恩を仇で返すか……!!」


「たとえ謗られようとも……。ドラストニアを滅ぼすおつもりですか!?」


 槍を向ける紫苑。バロール将軍は生き残った兵達にアズランドを託し、この場を請け負う。バロールはアズランドの実子、対する紫苑もアズランドの情けによって実子同様の扱いを受けていた。いわば義理の兄弟同士でもある両者。紫苑とバロールは互いに槍を向け合い一合交わす。互角の戦いを繰り広げながらもバロールの猛攻は増していく。


「貴様の考えでは甘すぎる! 南の強国に西大陸の超大国を相手にドラストニアが覇権を取るために我らがこの国を正す必要がある。今のドラストニアでは勝てんということがわからんのか!?」


 軍閥でもあるアズランドが台頭し、ドラストニアを掌握し軍事強国にすることがバロールの目的であった。ドラストニアは様々な国家に挟まれた土地柄上、隣国との摩擦問題に頭を悩まされ続けてきた。その中で再び軍事力を強化して他国を圧倒する戦力を手にするべきだと主張。そのための戦争だと彼は紫苑にぶつける。


「謀反を起こした政権を諸外国が信用すると思われますか!? 先代が築き上げた関係を壊し、また動乱の時代へと戻すおつもりか!?」


「一つの国が一人勝ちできるほど彼らは甘くありません!」


 紫苑の鋭い槍の一撃がバロールの槍の動きを捉えて刃を砕く。バロールは恨めしそうに紫苑へ敵意と共に畏敬の念を向ける。


「貴様のような『規格外』は我が旗本に存在するだけで良かったのだ。惜しい……憎い―……。なぜ貴様で……私ではなかったのだ……!!」 


自らを呪うように唸るバロール。持ち得た者と持たざる者の間には決定的な差があった。如何に覚悟を決めたバロールであっても、彼の刃は紫苑には届かない。


「貴様は諸国と友好を結べば良いと主張するが、所詮それは利害関係の上で成り立つもの。関係が崩れればそんなものに何の意味があろうか。理想だけで国を守れると思うな!!」


 バロールは槍を捨て去り剣を抜いて紫苑へと斬りかかる。彼の猛攻に紫苑は槍を構えなおし応じる。これを最後の一撃のつもりですべてを込めて解き放つ。


「貴方の考え方こそ理想論だ!! ドラストニア一国だけではこの時代を生き抜くことは出来ない。人間は一人で生きられるほど強い生き物ではない!」 


 紫苑の強い言葉と共に突き放たれる一撃が戦禍の中で響き渡った。


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