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支援魔法士 ≒ 戦場の支配者  作者: るちぇ。
第2章 「魔法士の矜持」
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「憧れたのは魔法士で」


 会場でノエルを発見する事はできず、俺が向かったのは図書館。それも、第一図書館の地下2階。ここへ来れば、ほら、いた。知っている。何かあれば、何も示し合わせていないのに、俺たちはよくここに集まっていたから。


「会いに来てくれるなんて。よほど心に響いてくれたようね?」


 シャノンは傍にいるものの、目を伏し頭を下げたまま微動だにしない。なるほど、侍女として、今回ばかりは口を挟むつもりはないという意思表示か。


「当り前だろ。ミノタウロスが、俺たちにとってどんな意味があるのか……」


 あいつを倒すために、いや、もっと高みを目指すためにはあの壁を乗り越えないといけないからと、俺は支援魔法士の道を選んだ。その目下最大の障害に、まさか、俺と一緒に魔法士を志したお前が挑もうと言うのだから。響かないはずがない。


「意地悪だと思ったかしら?」

「あぁ、少しな。でも魔法士ノエルとしての矜持をかけられたんじゃ、他に適任はいないだろうよ」


 クロイツ家の次期当主ではなく、魔法士ノエルとして。意味は分かる。代々伝わる魔法ではなく、ノエル自身が習得した力のみで打倒する。その覚悟なのだと。


「策はあるのか?」

「そうね、本当は手の内を見せるなんてあり得ない事でしょうけど……貴方には教えておいてあげるわ」


 前もって用意してあったのだろう。2枚の紙を放られて、見ると、それぞれ知らない魔法式が書かれていた。どちらも起動式か。複合型には見えないが、単一の式とは思えない長さである。


「まず、最初の方はインパクト式の起動式。知っている?」

「いや、初めて聞くな。一体どんな式なんだ?」

「それを説明するには、魔法の特性について確認してからの方が良さそうね。知っての通り、魔法は効果を発揮したその瞬間から徐々に魔力を喪失して、いずれ消滅するわ。このインパクト式はね、その魔力の減衰が無いのよ」

「魔力減衰が……無い?」


 ここでいう減衰とは魔力を失っていく事だ。コードの内容によって異なるものの、どの魔法も延々と効果が持続せずやがて消滅するのは、発動後の魔法は例外なく魔力を失い切るからである。

 その魔力減衰が無いとなると、考えられるのは二つ。魔法の永久的な効果持続か、もしくは一瞬に全てが凝縮されるか。


「インパクト……名前から察するに、魔法の効果を一点に集中して使い切るって事か?」

「ご明察。知っての通り、ミノタウロスは近接戦に特化したモンスター。でも私は魔法士。本来ならば前衛に守られながら戦う後衛職。勝負は一瞬にかけているわ」

「でも、それって……」

「そう、色々と条件はある。ミノタウロスの動きに付いて行く事、そして何よりこちらへ一直線に向かって来てくれる事。これらをクリアして初めて勝負になるわ」

「正気の沙汰とは思い難いな……」


 俺たち魔法士は体術を鍛えていない、というよりそんな余裕は無い。如何に優れた動体視力を先天的に持っていたとしても、並みの人間に毛が生えた程度では、奴の動きは追えないだろう。

 更に、奴にはパッシブ・スキルのオート・ヒールLv.10が備わっている。毎秒体力の1%を回復するという凶悪な能力だ。つまり、奴はただ走り回っているだけで体力が回復する。この能力をどうにかしないと焦って突っ込んで来る事はない。


「貴方の支援魔法で一時的に身体能力を向上させる手段もあるけど、今の私には取れない手段だわ」

「じゃあ、打つ手無しって事か?」

「まさか。ちゃんと対策は考えてあるわよ。そこでこのデュアル式ってわけ」


 デュアル式か。俺はまだ起動式についての理解が足りていないものの、じっと解読を試みれば、こっちは多少なりとも分かるものがあった。似ているのだ、基本的なマーリン式に。いや、似ているというより、これはマーリン式を2つ重ねているだけのように見える。


「もしかして、これは魔法の2連続使用か?」

「ご名答。負担も多いけど、使う魔法をきちんと決めておけば問題ないわ」


 負担が多い、で済ませられる起動式じゃないぞ、これは。ここから魔法式を繋げていって、例えばファイア・アローのコードを2つ書いたとしよう。すると消費する魔力は2倍になるかといえば、そうはいかない。実践してみなくては正確にはわからないが、少なく見積もって3倍、最悪の場合は10倍になるかも。


「心配そうな顔ね?」

「当り前だ! 魔力は魔法士にとって生命線。いくらマナ・ポーションで回復できるとはいえ、その隙を奴が見逃すはずがない。魔力は回復できないと考えた方がいい」

「でもそれは普通のポーションにも言える事でしょ?」

「それはそうだけど……」


 実践テスト、と聞けば優しく聞こえるかもしれないが、実際の会場名は無限修練回廊。国が用意した、この世界のどこかとも、別次元のどこかとも言われる場所。負ければ死ぬ、正真正銘の実践だ。

 俺やネイが先輩に助けて貰えたのは、本番のテストではなく、この学校が用意している模擬戦だったからだ。まぁ、そっちも一歩間違えれば死んでしまうのだが、あっちは別。誰も、どうやっても助けには行けないのである。

 それを、こいつは回復など端から考えていないと言っている。これでどうして心配するなと言えるのか。


「でも、やっぱり無茶だ! 成功する保証なんて無いのに、前衛も無しに飛び込むなんて!」

「そうね、無茶は無茶よ。でも、こうでもしないと……どこかの誰かさんには理解して貰えないもの。魔法士に限界なんて無いんだって事が」

「お前……その、どうしてそこまでする? 惜しくないのか、自分の命が」

「惜しいわよ?」

「だったら――!」


 その一瞬の刹那、ノエルの表情は、俺の知っているノエルのものではなかった。とても凛々しくて、カッコよくて、あぁ、そうだ。俺はこんな顔ができる魔法士になりたかったのだ。


「――夢を諦めるのは、もっと惜しい」


 昔、一度だけ話した事がある。夢について。

 俺は何も語れなかった。運動がからっきし駄目な俺に残された道は後衛職、それも魔法士くらいしかない。そんな後ろ向きな理由だったから。

 でもノエルは違った。クロイツ家のノエルではなく、魔法士としてのノエルになりたいのだと。そうか、あの時にも見たな。今のような表情を。


「クロイツ家の次期当主、名家の長女。冗談じゃないわ。私はノエル。ノエルという一個人よ。いっそ魔法士以外の道を進む手だってあったけど、どうしても偉大な魔法士に憧れたから」

「……そうか。そうだったな」

「だから、ミノタウロスの単独撃破はその第一歩。まぁ、誰かさんに意地を張り過ぎた……気もしないでもないけど、気に食わないのは本当のこと。だって、そのくらい貴方を認めていたんだもの」


 心が痛い。でも後悔しているかと聞かれると、そうではない。俺は知ったのだ。ノエルの強さは本物だけど、俺の目指すものではないのだと。ようやく見付けた自分なりの目標だったから、俺は魔法士から支援魔法士に転職した。だから後悔だけはしていない。それなのに、どうしてかな。こんなにも胸が痛むのは。


「見ていなさい。明日、貴方を引きずり戻してあげるわ」


 そう言い残すと、俺の返答など聞かないと言うように、背を向けて歩いて行く。その足取りに淀みは無い。あって欲しいと思うのは、俺が弱いからだろうか。女々しいからだろうか。わからない。何もわからなかった。

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