「魔法士の矜持」
流石は聖グリモワール大学が誇る首席懇親会専用の会場か。宮廷レベルの豪華な建造物、配置される多数のSP、そしてやって来るのは煌びやかな衣装を身に纏った名家の生徒たち。普通の制服で来ている俺とネイは、どう見ても浮いていた。
「うーん……これは酷い」
ドレスコードがあるのだろうが、俺たちは学生だ。制服のどこに文句がある。そんな気持ちで臨んで、実際入れたけど、受付の人にすら蔑みの目を向けられる始末。当然、生徒やSPたちからの視線も冷たい。
「おいおい、来たぞ」
「あぁ……場違いなのが理解できないのか?」
「お勉強しかできないんだもの。仕方ないんじゃない?」
早速の陰口、どうもありがとうよ、と心の中で言いながら進む。ネイの手を握りながら。
「えへへー」
幸か不幸か、ネイは手を繋いだ事でご満悦の様子。周囲の嘲笑を気にせず、また俺も笑顔を見て癒されながら、何とか会場へ入る。
まるでテレビの中の世界だ。そう思えてしまうくらい華美な装飾の施された場所だった。どこを見渡しても高級品の数々。ここにある物を売り払えば、末代まで遊んで暮らせそうな気がするレベルである。
辺りを見渡せば、テーブルの上には形容し難い美しい料理がたくさん並んでいる。あの貝が乗ったスパゲッティなら食べられそうだけど、貝の蓋は閉じていて、どうしていいのか皆目見当も付かない。他はもはや打つ手無しである。
周囲の人の様子からヒントを得ようとしたけど、生憎、どこもかしこも談笑中で料理に見向きもしていない。八方塞がりだ。駄目元でネイを見ると、俺と同じ気持ちらしい。困った笑顔を向けられた。
「あははー……全然わからないねー」
「うん、どうしたものか……」
そもそも皿やお盆、箸なんかの位置すらわからない。手掴みで食べる勇気が出せないのなら、いっそ隅に移動してノエルの登場を待つしかないか。
そんな風に考えていた時だった。
「あれ、シン君?」
俺たちと同じ制服姿のゼノビア先輩に会った。先輩は格が違うからな。衣装が同じでも、周囲には人だかりができていた。
先輩はその人たちに優雅に一礼してから、小走りで近寄って来る。うん、痛い視線が加速度的に増えた気がする。
「どうしたの、珍しいね?」
周囲の変化には全く気付いていない様子である。うーん、先輩はやっぱり大物だ。
「えっと……まぁ、ノエルにお呼ばれされて」
「うん、何か大切な話があるからーって」
「大切な話……あぁ、ひょっとして講演かな。確か……ほら、3番目に名前があるよ」
聖グリモワール大学の紋章、知識の象徴であるフクロウのマークが入ったパンフレットをめくって見せてくれる。
言っておくが、俺たちは貰っていない。おかしいな。よくよく周りを見渡せば、同級生たちは持っている。歓迎されていない証拠か。
「そうみたいですね」
覚悟はしていたけど、悲しくなるな。どれだけ期待されていないのか、嫌という程に実感してしまう。
それはそうと3番目か。全部で10人いるらしいから最初の方。すぐに帰れるのは不幸中の幸いだ。
パンフレットを眺めていると、「失礼」と声がかかる。見上げると、俺ではなく先輩が声をかけられていた。
「ゼノビア様、是非、ご挨拶をと伺っている者たちが待っております」
いつの間にか黒服のSPがいて、これ見よがしに俺たちを睨み付けてくれる。スタッフにさえここまで露骨にされると、もういっそ清々しく思えてくる。
「待たせておけ。私は今、大切な話をしている」
「由緒ある名家の御子息ですが?」
「くどい。これ以上不愉快にさせるなら、帰るぞ?」
「……畏まりました」
SPは苦々し気な表情を浮かべて、そそくさと去って行った。
「ごめんね、うるさい奴らが……と、どうかした?」
思わず息を呑んでいた。これが先輩の公的な場の顔なんだ。凛々しくて、カッコよくて、そしてギャップが凄くて思わず目を反らしてしまう。
「むー、シンー?」
ジト目でネイに見つめられる。この場で抱き着いて来ないあたり、よく自制してくれていると本当に思う。だからこそ、俺もまた自らを律する必要があるな。
「い、いえ。それで、あの、何の話でしたっけ?」
「聞いておきたい事があるんだ」
「俺たちはいいですけど……むしろ、先輩の方こそいいんですか? 何か用事があったんですよね?」
「大丈夫だよ。どうせ求婚の話だろうから」
一瞬、耳が腐ったのかと思った。でもネイが繰り返すように聞いてくれたから、本当にそう言ったのだと理解する。
「求婚ー?」
「そう、困っているんだよね。私にその気はないのに、どの人もしつこくて」
「そ……そうだったんですか。まぁ、先輩って美人ですからね」
「あ……ありがとう」
あれ、珍しいな。先輩が言葉に詰まるなんて。それに、どことなく頬が赤くなったような気がする。気のせいか。先輩は妖精的に綺麗な人だ。美人なんて言われ慣れているだろう。
「それじゃあ、先輩はどんな人が好みなんですか?」
好奇心で聞いてしまう。まぁ、たぶん剣一筋って答えられるだろうから、大して話題が膨らむ事はないだろう。そう思ったのに。
「え、えーと……その、あ、頭が良くて……あぁ、でもそれは生まれ持った才能というより本人の努力の賜物で、だからこそ輝いて見えて……それでいて誰かのために強くなれる優しい人で……あ、な、無し。無しにしよう、この話は」
どうやら思い人はいるらしいな。耳まで真っ赤にしているし。
それにしても、先輩をここまで夢中にさせる人がいるなんて。きっと素敵な人なんだろう。会ってみたいな。ただ、この様子だと今は話題を変えた方が良さそう。倒れられたら大変だ。
「すみません、脱線してしまって。それで、大切な話って何ですか?」
「大切な話?」
「はい。あの黒服のSPにもそう言っていませんでした?」
「そうだったね。うん、話がある。ただそれはこの場ではなく……そうだね、追って機会を作るから、生徒会室でさせて貰いたい」
「せ……生徒会室で……ですか」
生徒会とは、付属高校の成績優秀者たちの組織だ。この場にいる上級生のほとんどが所属していて、先輩もその一員だ。
「で……でも、いいんですか? 俺なんかが入っていい所じゃないと思いますが」
「追って機会を作るって言ったでしょ? 大丈夫、任せて」
「は……はぁ、先輩がそう仰るなら」
突然、照明が落とされる。スポットライトが当たった方を見ると、どうやら壇上の上に人がいるらしい。目を凝らしてよくよく見ると、見覚えのある人だった。
「皆さま、お集り頂きましてありがとうございます。私は現生徒会長のカルナ=ヴァレンタインです」
気品溢れる話し方に加えて、学校ナンバーワンの魔法士としての実力。どこかの名家の出と俺ですら聞いた事がある。でも、図書館で調べてもヴァレンタインという名は出て来なかった。近年力を付けてきた家なのか、他国出身なのか、もしくはあの人自身の努力の結果なのか。謎に包まれている人である。
「さて、私から語りたい事はありません。なぜなら本日の講演にて語られる中に、とても大切な話があるのです。時間は有限。早速、話をして頂きましょうか」
会長は一礼すると、すぐに立ち去って行く。その最中、視線が交わった気がした。たぶん気のせいだと思うけど。
代わって出て来た生徒が話を始める。どうやら剣士の実技トップの上級生らしい。終始、如何に剣が素晴らしいかという話で終わった。次も似たような話だ。自分の職の素晴らしさを延々と聞かされただけ。まさに自慢大会である。
そして、遂にお目当ての人物が壇上へ姿を現した。煌びやかなドレスを着ているかと思いきや、まさかの黒のローブ姿である。
これには会場もざわつく。先の2人はタキシードにドレスと、しっかり着飾っていたのだから。
「お静かに願います。ローブをあえて選んだのには訳があります」
喧噪など気にする風はなく、ノエルは凛とした態度で言葉を発する。流石はクロイツ家の次期当主か。たったその一言で会場は落ち着き払った。
「本日は皆さんに、そして私の最高のライバルに聞いて貰いたい話があります。これはクロイツ家の次期当主としてではなく、魔法士のノエルとしての言葉です」
だからこそのローブという訳か。魔法士。かつては一緒に、そして今もなお走り続けるあいつの、最もあいつらしい恰好だから。
「魔法とは何でしょう? 皆さんにとっての魔法とは何ですか? 地位や名声を手に入れる道具ですか? 敵を討つための攻撃手段ですか? それとも大切な人を守るための力ですか? そのどれもを私は否定します。魔法は可能性です。およそ自然界の摂理では考えられない奇跡を起こす未知の力。故に、目的を定めてしまえばそれが枷となり、更なる上へ、高みへは至れなくなるでしょう」
「魔法は……可能性、か」
なるほど、確かにその通り。いや、そうであると信じて、俺は黙々と座学に取り組んだものだ。結果、いつまで経っても実技の方は上達しなくて、支援魔法士に転職してしまったけど。
「私は思うのです。可能性ならば、どのような道を取っても良いのかもしれないと。巡り巡って、やがて高みへ達する事ができるのだと。矛盾しているように聞こえるでしょうか? えぇ、存じています。なぜなら私自身、魔法はかくあるべきだとこの場で力説しているのですから。しかしあえてこの場を借りて、このような頭の足りない弁を振るっているのは、諦めた者への嘆きを訴えるためです」
ノエルの視線が会場全体から、俺個人へと向いたのが分かる。これは自惚れじゃないだろう。諦めた者、それは間違いなく俺なのだろうから。
「魔法は可能性です。どれだけ他者より能力が低くとも、工夫次第で如何様にもなる。それを知らず一線を退いた者は、この話を否定できるでしょうか? そこまで考えてくれたのでしょうか? その事を問うと共に、魔法とは如何なる困難をも打破できるものだと伝えるべく、今、ここに宣言します。第3階層のボス、ミノタウロス。魔法士の天敵、近接職と協力して倒すのがセオリーのモンスター。これを、私は単独で撃破して見せましょう」
「な……何……だと……?」
単独で、魔法士がミノタウロスに勝つだって。馬鹿な。あいつの攻撃は強烈かつ素早い。拳闘士のトップであるネイですら、ただの一撃でやられてしまった相手なのに。
これには会場もどよめく。隣を見ると、ネイは勿論、先輩ですら絶句しているように見えた。
「明日、私はクロイツ家の名誉ではなく、魔法士ノエルの矜持をかけて、必ずや単独撃破を成し遂げてみせます。以上です」
今だけは周囲の奴らの気持ちが分かる。同感だ。そんな無茶が許される相手ではない。それが分からないノエルではないだろうに。
気が付くと、俺は走り出していた。