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支援魔法士 ≒ 戦場の支配者  作者: るちぇ。
第2章 「魔法士の矜持」
7/30

「雨の日は室内で」


 その申し出は余りにも突然だった。

 天気は雨。ネイに室内で鍛錬させるために、一緒に空き講義室で過ごしていた。俺は新しい魔法式の開発、あいつは筋トレ。


「ねー、シン? 僕ねー、ちょーっと欲求不満かなー?」

「てるてる坊主はもう作っただろ?」


 寮に50個、ここにも50個。揃ってこちらを恨めしそうに睨んでいる。酷い言い草だと思うか。1個、2個なら可愛げもあるけど、ここまでくると執念が宿って禍々しさすら感じるのが普通だろう。


「でもでもー、雨合羽を着れば大丈夫でしょー?」

「そう言って、出て数分の所で脱いでいたのはどこの誰だ?」

「もうそんな事しないよー」


 後ろから抱き着かれる。肩の上に顎を乗せて、耳元で囁いてくる。


「僕、おかしくなっちゃいそう。シンが慰めてくれるなら……いいけど?」


 腕に柔らかい物を押し付けて、足まで絡めてくる。見ると、その瞳は潤んでいて、頬にかかる吐息は熱が篭って温かい。


「あ、貴方たちっ! こ、この神聖な学び舎で何をしているのよっ!」

「そうですよ? 情事をする相手はノエル様です」

「そうそう、私……って、どうしてそうなるのよっ!?」

「あぁ、申し訳ありません。うっかり連続テレビドラマのフレーズが出てしまいました」


 聞き慣れたやり取り。振り返ると、顔を真っ赤にしたノエルと、ニヤニヤしているシャノンがいた。


「と、とにかく! シン! 貴方に言っておかねばならない事がありますっ! い、今すぐその女と離れなさい!」

「あぁ、うん。ほら、ネイ。人の前だぞ、離れろ」

「僕は羞恥プレイもー」

「はいはい、また今度な」


 渋々といった様子で離れてくれるネイ。まったく、これじゃあ図書館から講義室に変えた意味がない。あぁ、いや、いかがわしい意味じゃなくて。集中して取り組める場を選んだつもりだったのに、という事だ。


「それで要件は終わりか、ノエル?」

「そ、そんな訳がないでしょう!? はぁ……どうしてこうなっちゃうのよ……」


 そこで溜め息を吐かれても困る。でも気持ちは分からないでもない。


「ノエル様、へこたれてはなりませんよ?」


 諸悪の根源が何か言ってやがる。目が合うと、舌をペロリと出しやがった。この確信犯め。


「それもそうね。ふぅ……シン!」

「は、はい!」

「今度の首席懇親会には顔を出しなさい! ネイ、貴女もよ!」


 そういえばもうすぐだったか。月1で行われているという、座学、実技それぞれの成績トップの生徒だけが呼ばれる集まりは。

 実は魔法士を目指していた頃、座学での成績はトップだった。ただ運動神経が壊滅的で、実践はからっきし。走ればビリ、キャッチボールすらまともに捕球できず、戦闘においては敵の動きを目で追う事もできない状態。魔法はノーコンで、全く役に立たないお荷物だったのだ。

 一方、ネイは拳闘士の実技において成績トップ。あれだけトレーニングしているのだ、何ら不思議ではない。そして拳闘士に必要なのは実技だろうから、俺と違って何ら問題なくエリート街道を走り抜けられただろう。俺以外と組んでいればもっと早く、もっと高みへ至れたに違いない。


「とーう」


 ネイに後ろから抱き着かれてバランスを崩す。それすら見越されていたのか、俺を軸にくるりと回り込まれて、お姫様抱っこみたいな形にされる。


「なーに辛気臭い顔してんのさー」

「……バレたか」


 主席懇親会に行かない理由はこれだ。俺は座学しかできないトップ。隣には実技トップのネイ。しかもイチャ付いてくる。お陰で色々と言われていて、それを思えば行きたくないのである。


「あ、貴方たちはまた!」

「悪いな、ノエル。俺はやっぱり行きたくないよ」

「そ、そういう問題ではないのよっ!」


 なんだ、いつもならすぐに引き下がってくれるのに、今日はしつこい。何が何でも参加させるつもりなのか。


「貴方は……その、余りこういう言い方は好きじゃないけど、名門クロイツ家の次期当主である私に知識と理解力で勝ったのよ? その頭脳があればどんな事も不可能ではないはず。その貴重な才能を……陰で笑われて、支援魔法に費やして……私がどれだけ悔しい思いをしているのか、貴方に分かるっ!?」

「ノエル……」

「そんな顔をしないで! 貴方の、更なる高みを目指して真剣に取り組む横顔に……私は……」


 俺はズルイ奴なのかもな。その気持ちに気付かない振りをしていた。俺が魔法士から支援魔法士に転向すると言った時、こいつだけが本気で怒ってくれた。それに、こいつだけなんだよな。家柄を全く鼻にかけず、ただ能力だけを見て真っ直ぐにぶつかって来てくれる名家の生徒は。


「心から惹かれているのです?」

「そう、惹かれている……って、し、しし、シャノン! あ、あなな、貴女は一体何を言っているのよ!?」

「では否定して撤回しますか?」

「否定……撤回……っ!? う……うぅ……っ!」


 そして、こういう話になると決まって濁してくる。シャノンなりの優しさなのかもしれないな。いや、ないか。あの笑顔は心から楽しんでいる。1割くらいはあり得るかな、くらいに思っておこう。


「なぁ、ノエル。どうして俺たちに参加して欲しいんだ? 別にいいだろ、あんなのに顔を出さなくても」


 ノエルの思いは素直に嬉しい。それに報いるためには結果を出すしかないと思う。具体的にはミノタウロスを俺とネイで打ち倒す。第三階層を突破する。

 その一方、話題の主席懇親会への参加は、果たして意味があるのだろうか。あんなの好成績を鼻にかける奴らの自慢大会やコネクション作りの場だろうに。

 そんな疑問をぶつけてみる。


「……そうね。恐らく、貴方と同じ考えを持っていると思うわ。あの場にいる生徒の大半は、性根が腐っているから」

「だったら、どうして?」

「次の会、私には壇上で話をする機会があるらしいの。そこで、私なりの魔法士としての矜持を語るつもり。誰にも響かないかもしれない。でも、貴方たちには聞いて貰いたい。その上で……今一度考えて欲しい。貴方の選ばなかった道が……どれほど素晴らしいものなのか」

「そうか……」


 本音を言うと行きたくない。でもここまで言われては、思われては、拒否する訳にもいかないな。


「……わかった。具体的にいつだっけ?」

「明後日の午後6時よ」


 基本、午後に予定はないけど、勉強に没頭し過ぎて忘れないようにしないとな。タイマーでも用意しておくか。

 問題はネイだ。まさか会に行ってすぐ話を聞いて、はい、さようなら、とはいくまい。その間、一緒にいれば不愉快な顔をしているだろうし、かといって置いて行ったら夕食の心配が。


「あぁ、最初に言ったけどネイも来てね」


 顔に出ていただろうか。ノエルの方からお誘いの言葉がかかる。


「えー、嫌だなー。どうして屑の吹き溜まりに行かなくちゃならないのさー」

「私の話を聞いて貰いたいのもあるけど……はぁ。本当は余り認めたくない。でも貴女たち2人は今後、世界を背負って立つ事になるのよ。現状をきちんと把握しておく事をお勧めするわ」

「今さら把握しなくてもー、この世界は屑ばかりって知ってるから大丈夫だよー」


 サラッと笑顔で毒を吐いたな。付き合っているものの、俺はネイの過去を知らない。何かあるのだろうと薄々思ってはいるけど。

 だから困る。ノエルに「何とかして」と言いたげな視線を向けられても、何をどう言えばいいのか皆目見当も付かない。


「では、シン様の偉大さを確認するのは如何ですか?」


 爆弾発言が飛び出した。発信源は勿論、シャノンだった。


「この世に蔓延る屑共とシン様。比べるなど愚かしいですが、なれば尚の事。すっぽんを見下しながら月を眺めるのも一興だと思いませんか?」

「うーん……そうかなぁ?」

「それに、月に悪い虫が付かないとも限りませんし?」

「行く!」


 散々持ち上げられてからの、まさかの路線変更。くそ、見事だ。ネイが釣られるのも仕方ない。だが、シャノンよ。これは誤算だったんじゃないか。


「わ、悪い虫を付ける訳には……!」


 ノエルまで感化されているぞ。まったく、こいつらは凄いんだか、単純なんだか。


「ノエル様、そろそろお時間なのでは?」

「そ、そうね。名残惜しいところだけど……シン、それにネイ。明後日、待っているわ」


 これは珍しい。ノエルが予定を入れているなんて。以前は夜遅くまで、毎日一緒に勉強していたというのに。でも、あいつはクロイツ家の次期当主だ。むしろこれまでが不自然だったのかもしれない。


「あぁ、またな」

「ばいばーい」


 それにしても、首席懇親会か。行くと言ったものの気が重い。相応に心の準備をして臨むとしよう。

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