「支援魔法士の本質は」
次の日、プリシア先生の講義にて。怒られるのを覚悟で正直に状況を説明すると、なぜか呆れたように溜め息を吐かれた。
「おいおい、順番が逆だぞ、少年」
「順番ですか?」
「そうだなぁ、どう言ったものか……。まぁ、私は本来の流れでいかせて貰うとしよう。少年。エンチャントの魔法だが、どういう風に作用すると思っていた?」
「えっと、被術者に属性を覆い被せる感じかと」
「ほらな。全く理解できていない」
違うのだろうか。このコードは、具体的に言えば、対象にマスクか何かを覆い被せるようなイメージのはずだ。
「いいか、エンチャントっていうのは、確かに属性を付与する魔法だ。でも被術者に被せるなんて使い方じゃ、その本領は発揮できない。良くて10%だな」
「10%ですか……」
何も言い返せない。事実、ライフ・エッセンスで調べてみたら、なんと、目標値の5%程度だったし。
本当に魔法というものは厳しい。そういえばヒールの時もそうだった。回復魔法なんだからと、「対象の傷を癒す」って言ったら、それはもう盛大に溜め息を吐かれたっけ。実際には被術者の体の内から回復魔法を湧き上がらせて、全体に染み渡るようにかける必要があった。
「まぁ、とんだ回り道でも自力で辿り着いたんだ。その点に関しては褒めてやる。ほら、後は組み上げてみろ」
「わ……わかりました」
どうしよう。根本的に考え方を変えるべきか。被術者を覆うように展開するのではなく、でも、うーん、「覆う」以外の見方ができない。まさか属性を書き換える訳にはいかないし。
待てよ、書き換える。もしも属性を上書きするのなら何に干渉すればいい。体か、いや違う。情報だ。その人を構成する要素。昨日の夜に発見したあの情報群か。
そうなると魔法式はガラッと変わる。その人が習得した属性をまずは抽出する。属性魔法のコードを参考にして干渉の仕方を変えれば、ライフ・エッセンスと同様に狙った情報を動かせる。吸収して、専用のフィルターを透過させてやれば、あれ、これじゃあ相手の属性を知るだけだ。
そうか、ここで発展させるんだ。抽出した属性に関する情報に、俺の意図した属性を被せてやればいい。そうしてお返しすれば、相手の属性を内から変えてやる事ができるんじゃないか。
「先生、これならどうですか!?」
思わず叩き付けるようにして見せてしまったが、先生は一瞥すると、ニヤリと口角を吊り上げる。
「あぁ、正解だ」
「よしっ!」
情報群への干渉。この考え方はきっと、ライフ・エッセンスやエンチャントに限らず、様々な支援魔法に応用可能だろう。
考えてみればヒールもそうだ。外からではなく内から作用させる事で、本来の性能を100%発揮させられる。つまり、大切なのは外ではなく内側という訳だったのだ。
言い様のない達成感に包まれていると、ふっと、今度は苦笑い気味に溜め息を吐かれた。
「結局、1日でクリアしてしまったな。私の予想では、軽く1月はかかると思ったが」
「先生、期限は1週間って言いましたよね?」
「あぁ、そのくらいの覚悟を見せて貰わんとな。時間は有限なのだよ、少年」
先生は教卓に頬杖を着くと、いつものような見下す姿勢を取った。
「有限故に祝福する。よくぞ至った、歓迎しよう。お前の支援魔法士のとしての道は、今日、この時を持って切り開かれた。これは祝いだ。支援魔法士として最も重要な心構えを教えてやる」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
「良い返事だ。結果を出せるよう、心に刻めよ、少年?」
一呼吸の間が空く。緊張するな。一言一句聞き逃さないようにしないと。
「戦士も魔法士も、戦う相手は敵だ。しかし支援魔法士は違う。何と戦う事になるか、わかるか?」
「敵じゃない……ですよね?」
「当り前だ。お前、敵を屠れる程の魔法を持っているか?」
「いえ。じゃあ、一体何と?」
「戦場だ」
戦場だって。それって、「戦い」そのものっていう事なのだろうか。いや、「戦い」と戦うなんて意味不明だ。何か別の意味があるんだろう。
「分かりやすく、回復魔法に限定してやる。ヒールを使う主目的は味方の回復。ただ、それで終わっては二流だ。その時、戦場を支配する絶対要素、ダメージレースに横やりを入れると知っているか?」
ダメージレース。味方と敵の体力の削り合い。その競い合いの事だったか。なるほど、考えた事がなかったな。
「知りませんでした」
「戦士や魔法士たちは常に、高速戦闘の中でさえ、後どのくらいで敵を倒せるのか予測しながら戦っている。一流になればなるほど、その見極めはより正確になっていくだろう。だが正確になるが故に脆い。回復魔法でダメージレースが大きく狂おうものなら、それだけで再起不能になる事もあるくらいだ」
強い人同士の戦いで想像してみる。戦いは一進一退のせめぎ合い。そして至った最終局面。互いに残り僅かの体力を残すのみ。次か、その次の一撃で勝敗が決する。そんな時、片方が全快してしまったら。感動もドラマも無さそうだけど、確かに決着となるだろう。
「逆に、回復魔法は前衛からすれば生命線。疑似的な体力とも言える。そんな命を握る支援魔法士が動揺したら戦士たちはどうなる? その心の動きはそのまま攻めへと影響する」
先生が何を言いたいのか分かってきた。支援魔法士はただの後衛職じゃない。一挙手一足投、魔法の選択から使い方に至るまで、全てが周囲に影響する。それは言うなれば――
「どんな時でも不敵に笑え。虚勢を張ってでも強く出ろ。敵には最低の絶望を、味方には最高の希望をもたらせ。理解しろ。それが成せた時、お前は――」
――戦場の支配者だ
「わかったか?」
「は……はいっ!」
今の言葉、しっかりとノートに書き留めておこう。なぜなら俺の魔法は、いや戦いは、ネイと共に勝ち抜くためにある。あいつを不安にさせるなど、あってはならない。
よし、と顔を上げると、今度はニヤニヤしながら見られていた。
「まったく、妬けるな。お前、どうしてそんなに好きなんだ?」
「え、好き?」
「惚けるな。お前の力の源……ネイのことだ」
どうして、と聞かれると困るな。好きなものは好きとしか答えられない。そのくらいネイは当り前の存在になっている。
「あぁ、別に真面目な回答は期待していないぞ? ただ気になっただけだ。お前、昔は普通の魔法士で、あのノエルと張り合って強さを求めていたそうじゃないか。なぜ、あの子と付き合う気にならなかった?」
「え、ノエルとですか?」
「お前……まさか朴念仁か? はぁ、聞いた私が馬鹿だったよ」
「それは酷い言い草ですよ」
気付いていたさ、あいつの気持ちには。あの張り合い方は尋常じゃなかった。友達であり、最高のライバルであり、そして、もしかすると恋人になっていたかもしれない。
でも、俺は出会った。出会ってしまったんだ。あの日はいつものように、強さを追い求めるのが楽しくて図書館に篭っていて、また帰りが遅くなってしまった。雨が降っていたっけ。濡れないようにカバンで頭を覆って、急いで駆け出した。その時。
忘れもしない。あいつは俺の横を走り抜けた。死にそうな顔をして。
「まぁ、今一番言いたいのはな、魔法士としての道も思いも投げ打って選んだのだから、最後まで貫き通せ、という事だ」
「はい、わかっています」
見失ったりしない。俺はもう魔法士じゃない。あいつが剣で、俺が盾。2人で1人。一緒に高みを目指していくのだから。




