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支援魔法士 ≒ 戦場の支配者  作者: るちぇ。
第1章 「支援魔法士の本質」
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「コード:エッセンス」


 気が付くと深夜らしい。0時を告げる鐘の音が鳴り響く。俺はまだ図書館にいた。お目当ての本を探してもうこんな時間だ。

 ここの蔵書数はとても多く、図書館側としても、その全てを把握し切れていないらしい。特に支援魔法の本は実用性が低くて後回しにされているようだ。検索しても引っかからないし、誰に聞いても知らないと言われる。

 そこで普段はしらみ潰しに探して、良さそうな本を見付けたら大体の場所と一緒にメモしている。それなのに、大規模な整理か何かが行われたらしく、位置が変わってしまっている。イチから探し直しという訳だ。


「あった……これだ」


 ようやく見付けた。古い上に辞典のように分厚い、「支援魔法士の技術指南書」というタイトルの本だ。破れないように注意して、そっと取り出す。


「……へぇ、そんな高等な本に手を出すのね」


 慌てて振り返ると、すぐ後ろには、にわかに信じ難い人が立っていた。現生徒会長のカルナさんだ。風も無いのに所々カールした紫色の長髪が揺れる。魔力量が凄まじいためだろうか。

 カルナさんはゼノビア先輩と双璧を成す、不動のエースである。具体的には百年に一人レベルの天才魔法士だとか。ただ、その性格は先輩とは正反対だと聞いている。生徒会長という権限があるためか、腰が重く、人に指示を出すばかりらしい。滅多なことでは生徒会室から出て来ないとも言われている。

 そんな噂がはびこる程の人が、わざわざ俺を目当てに声をかけて来るなんてあり得ない。じゃあ、この本を手に取った事で気に障ったのだろうか。


「あ、あの、生徒会長。この本が何か?」


 会長は何も答えず、じっと、ワインレッドの瞳で俺を捉えている。

この感じ、用事があるのは俺の方か。どうして。こんな雲の上の人が興味を持ってくれる理由がわからない。


「貴方、支援魔法士を目指しているそうね。理由は?」


 なるほど、今の時代に支援魔法士を目指そうとする俺が珍しかったのか。何て答えたものか。相手は最強の魔法士。素直に言っても笑われるだけ。

 いや、笑われて何が悪い。俺が選んだのはそういう道。恥じるなど、ネイの思いに対する裏切り。むしろ誇りをもって答えようじゃないか。


「大切な人を守るためです」

「守る? 自分自身を捨ててまで?」

「なぜ捨てた事になるんですか?」

「支援魔法士は1人で何もできない最弱の職。自分を犠牲にして、他者へ尽くすために強さを求める。他に何と表現すればいいのかしら?」


 馬鹿にされているように聞こえる、文言だけなら。でも、なぜだろう。不思議とそうは思えない。そうか、あれだ。あの瞳を見ていると、まるで俺という存在を根底から見透かそうとしているような、そんな錯覚すら覚えるからだ。


「捨てていませんよ。この思いも、他ならぬ俺自身のひとつですから」

「……面白い」


 会長はニヤリと意味ありげに笑うと、本を取ってバラバラめくる。そしてとあるページを開いて突き返してきた。


「支援魔法士に必須とされた魔法のコードはここから先に載っているわ。どこまで至れるものか……楽しみね」


 どうしてそれを。

 聞こうと顔を上げた時には、会長はいなかった。代わりに、紫色の蝶がひらひらと舞っていた。残留した魔力が形になって出来たものだろう。


「認められた……のかな」


 まさか、な。

 それよりも、事情はどうあれ貴重な情報だ。支援魔法士に必須と言われて、しかも会長の御墨付とあっては、食い付くしかない。


「えーと……」


 じっと読み進めてみる。頭を振り絞ってみる。うん、複雑過ぎて理解できない。そりゃそうか。俺はまだ基礎中の基礎すら習得し終えていないのだから。


「やっぱり、欲張るのは駄目だなぁ……」


 地道にいくしかない、と改めて痛感する。それでもこれだけは諦められない。

 コツコツゆっくり時間をかけて解読していくと、あった、これだ。ここへ来た目的のコード。敵味方のステータスを把握できる「エッセンス」だ。こいつを物にすれば、今後、魔法でどれくらいの効果を出せているのか正確に知る事ができる。


「理解するんだ……本質を」


 作用の仕方は攻撃や回復魔法、それにエンチャントとは全く違う。対象の全身に隈なく均一に、これは降りかけるイメージか。いや、引っ張られるな。これは押し潰したり、内側から湧き上がったり、覆い被せるのとは全く別。


「……まさか」


 閃く。降りかける、という感覚はあながち間違いではない。問題は干渉の仕方。こう言い換えればいい。注ぎ込む、と。そう、視線を注ぎ込むのだ。さっき、会長が俺をじっと見つめていたように。対象を理解するために、隅々まで覗き見るように。

 ただ、このコードはどうやら単一では済まないらしい。闇雲に情報を覗き見ただけではステータスは把握できない。不要な情報を弾き、目的のものへと至らないといけない。どうやって。

 適当に魔法式を組んでみて、試しに自分にかけてみる。うん、予想通り。情報量が膨大過ぎる。まるで背表紙の無い本がズラリと並ぶ図書館の中だ。


「どうしたものかな……」


 図書館で例えるなら、どの情報にも本のようにキーワードがある。検索機能を組み込めばとりあえずは解決しそうだ。ただ、問題がある。隅から隅まで一斉に検索する事になるから、ステータスを把握するまでに時間がかかり過ぎる。戦闘は待ってはくれない。実用性があるとは言えないだろう。しかも対象を収める自由度の大きさも相応に求められてしまう。でもこのコードは、俺の考えをあざ笑うかのように短い。

 何かあるんだ。膨大な情報量の中からお目当ての物を一瞬で見つけ出すような何かが。


「待てよ……」


 発想を変える、というか元に戻してみる。俺は今、図書館というイメージで思考を進めているけど、これを人に置き直してみる。

 本と同じように人の手で集積される情報。でもそれは本ではなく、人を構成する要素だ。違いがあるとすれば集まり方。経験の積み重ねで集まっていく。そして、集めて終わりではない。余程どうでもいい情報でない限り、俺たちはいつだって経験を基に行動する。

 この考えがヒントにならないか。ステータスを、目的の情報だけを探るヒントに。


「もう一度、覗いて見るか」


 さっきの魔法式を起動して、自分自身を覗き見る。ただし、今度は違う。試しにネイを思い浮かべてみる。するとどうだろう。情報に変化が起きた。五感では認識できない、でも確実に何かが変わっている。

 この変化を目で捉えられるように、エンチャントのコードを参考にして、変わったところを光らせてみる。見えた。やっぱりそうだ。図書館とは違って、人の持つ情報は絶えず動いている。これを利用すれば絞れるに違いない。

 後はどうやって抽出するか。いくら候補を減らせたとはいえ、まだまだ少ないとは言えない情報量だ。全てに検索をかけるだけでも大変だろう。


「……抽出か!」


 そうだ、抽出だ。目的の情報だけを通すフィルターを作って、こちらに流れ込んで来るようにすればいい。ここに攻撃魔法、ヒールの考えが生きる。

 まず、敵の情報群に疑似的に干渉する。具体的には、ヒールのように情報群の中でソレを湧き上がらせる。ソレとは、相手を押し潰すような働きかけだ。今の目的は相手の体力を見ることだから、ダメージを受けた、と錯覚させてやる。すると体力、防御に関する情報だけが動き出す。

 次に、こいつらをフィルターに吸い寄せる。こうすれば体力に関する情報だけが透過して伝わってくる。恐らくこのコードの中盤にある堰き止める作用、反対に流れるような作用はフィルター生成と吸引なのだろう。

 そうして抜き出した情報を自由度に収めて解析、目的のステータスとして俺が認識できるようにする、と。そう考えれば、このコードの複雑さも、自由度の狭さも理解できる。


「見極めたぞ……エッセンスのコード……!」


 このイメージで魔法式に組み込んでみる。必要な魔力量の設定、対象の選択、そして最終的に作用する対象を自分に決定して、うん、完成だ。


「とりあえずできた……名付けて、ライフ・エッセンス」


 これがあれば、エンチャントで属性がどのくらい付与されたのか分かる。通常の打撃と火属性を乗せた打撃の威力を比べられる。あれ、待てよ。それなら威力だけを抽出すれば良かったのでは。

 思わず机に倒れ込んでしまう。もう無理。何も考えたくないくらい疲れた。

 呆然と、どこともなく見つめながら、ふと思い出す。先生はよく「本質を理解しろ」と言ってくれた。 今ならわかる。その本当の意味が。攻撃魔法、回復魔法、それにエンチャント。どれもこれも理解していたからこそ、この複雑なコードでも読み取ることができたんだ。後は目的を達成するためのレベルに仕上げられるかどうか。


「あ……そういえば……」


 思い出す。エンチャントを使いこなす課題もあったんだ。結局、今日はこれで終わってしまったな。まぁ、いいか。今できているところまでと、そしてこれを見せるとしよう。

 いや、まだだ。


「休んでは……いられないか」


 あいつは、ネイは、今この時だって体を鍛えているだろう。俺の支援魔法があるからと、がむしゃらに、身体能力を高めることだけを優先している。その期待に応えるつもりがあるのなら、どうして伏していられるものか。


「あのエンチャントの魔法を自分に使って、試してみるんだ」


 そして自分を殴ってみて、ライフ・エッセンスで確かめる。どれくらいの効果が出ているのか知る。せめてそこまで終えないと、恥ずかしくてネイに、先輩に合わせる顔がない。

 もうひと踏ん張りだ。頑張れ、俺。

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