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支援魔法士 ≒ 戦場の支配者  作者: るちぇ。
第3章 「暗い影」
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「襲撃、凶刃に倒れて」


 端的に言うと、死ぬかと思った。今は木陰で休まされている。ネイの膝枕の上で。


「大丈夫―?」

「あぁ……うん、楽になってきた」


 この炎天下、ネイを追いかけるのは容易ではない。俺は魔法士、こいつは元拳闘士。身体能力も体力も違い過ぎる。後ろ姿を見付けても追いつけるはずがなく、あちこち彷徨い走る羽目になった。そしてこの状態。熱中症である。


「もー、ビックリしたよー。人が倒れてるなーって思ったら、まさかのシンだったからさー」

「気付いてくれて、ありがとうな」


 ネイは鍛錬中、全く反応してくれない。大声で呼んでも走り去っていたのに、もう駄目だと座り込んでいたところを発見してくれたのだから。ある意味、奇跡と言っていい。


「そろそろ聞いてもいいかなー? 僕に用事でもあったのー? シンが走って追いかけちゃうくらいの事がさー」


 胸が痛い。冷静に考えれば、鍛錬中なら休憩ポイントと思われる所で待ち構えているのがベスト。そんな発想が出て来ないくらい必死に追いかけていた理由はひとつ。心配でたまらなかったから。素直には言いにくい。


「あれー、顔が赤くなってない? あー、もしかして僕が恋しくなっちゃったかなー?」

「ま……まぁ、似たような感じ」

「ふーん、ま、たまには良いけどねー。こうしてゆっくりするのもさー」


 夏の風が吹く。熱風とまではいかず、ほんのりと涼しさを感じられる風が。木々がざわざわと揺らめき、遠くでは喧噪が聞こえる。ネイと同じように走り込んだり、技を磨いたりする前衛職の生徒たちの声だろう。


「新鮮でしょー? 図書館に篭ってばかりじゃ分からないよねー」

「まぁ……そうだな」


 頭をなでられる。優しく、ゆっくりと。


「僕も新鮮だよー。事件が起きたのは……ちょっと嫌だけど」

「そうか、知ってたか」

「そりゃそうでしょー。テレビで何回もやってたもん」


 テレビか。そんな大々的に広まっているとなると、話はまた変わる。ハサンというダイイングメッセージは公表されていないのではないか。なぜなら、もしも本当にハサン家の者の仕業だった場合、放送局、それを見たと思われる講師、生徒たちが皆殺しにされる恐れがある。逆に対象を多くする事で危険性を減らす、という発想はあり得ない。歴史的には、この学校で生活する者全てを皆殺しにしかねない奴らだ。

 ただ、ネイに関しては別だ。生徒会の方では確実にダイイングメッセ―ジを掴んでいる。では、その情報をどう処理するだろう。俺ならまず、関係者と思われる人物に話を聞く。今ならばネイに。


「ねー、シン。腹の探り合いみたいなのはさー、僕、嫌だなー」


 この発言、確実に見抜かれている。俺がネイの素性と、今回の事件にハサンが絡んでいる可能性がある事を知っていると。

 ただ、その件についてベラベラと話す訳にはいかない。ハサンという名を誰かに聞かれでもしたら、ネイの居場所が無くなってしまう。

 それならばと、俺はこんな返しをする事にした。


「聞いたよ。でも、俺の思いは変わらなかった。むしろ不甲斐なくすら思ったさ。お前に頼りにされていない気がして」

「シン……そっか。こんな僕でも思ってくれるんだね」


 キスされる。いつものように頬や額ではなく、唇に。


「ありがとう。でもごめんね、隠して近付いて」

「おいおい、俺がそんな鬼畜生に見えるか? 誰だってあるだろ、人に言えない事、言いにくいい事がさ。それを初対面の人にベラベラ言い触らせ、なんて思わないよ」

「そうだね……うん、僕もそう思う」


 すれ違っていた思いが繋がった。もうこの件に関して後ろめたさはない。これまで通り、俺たちは2人で1人。ネイは俺の剣、俺はネイの盾。だったら、どうするべきかは決まっている。


「生徒会室に行かないか? 先輩が待っている」

「シン……うん、そうだね」


 体はまだ重いけど、起き上がれない程じゃない。上体を起こして、足に力を入れようとした、まさにその時。


「――え?」


 振り返ると、ネイの腹から血が噴き出した。ナイフだ。黒々と光るナイフが突き刺さっている。


「フィールド・エッセンス!」


 反射的にネイを庇いながら、周囲一帯の動きを察知するべく魔法を使う。見えた。目視できないけど、約10m離れた建物の影に2人。ナイフを握っている。くそ、放られれば俺に防ぐ手立てはない。木を背に隠れる。


「ネイ、大丈夫か?」


 反応が無い。目を閉じて、ピクリとも動いてくれない。


「嘘……だろ? ライフ・エッセンス!」


 良かった、まだ体力は3割以上ある。ヒールをかけて全回復させて、急いで考える。これは状態異常かもしれない。使うのは初めてだけど、やるしかない。


「ディスペル!」


 効いたのだろうか。直ちには効果が出ないのかもしれないし、何とも言い難いところ。念のためカウンター・セット式でヒールもかけておいて、さて、どうするか。

 敵の位置が変わっている。二手に分かれて、少しずつこちらへ接近して来る。


「……どうする」


 俺は支援魔法士だ。手持ちの魔法でどうやれば倒せるだろう。駄目だ。攻撃魔法を覚えていないし、使えたとしても当てられない。牽制にもならないだろう。


「待てよ……」


 牽制。そうだ、手はある。あいつらは今、絶対的に優位な状況に立っている。なぜか。それは姿を隠す何らかの手段を持っているから。でも気付いていない。俺が見抜いている事に。これが唯一の活路。

 ノート開き、ペンを走らせる。急げ。作り上げろ。目的の魔法を。試す時間は無い。スペルミスは許されない。


「……できた!」


 対象を設定する。当てる必要はない。見える必要もない。なぜなら、フィールド・エッセンスで捉えた動きに照準を合わせているのだから。


「狙い撃つ! ライトニング!」


 敵の足が止まった。直撃だ。もう1人にもお見舞いする。すると、どちらも物陰に隠れた。狙い通りだ。姿を隠す魔法を使われても当てるのだ。今、奴らは俺たちを最上級の脅威と認識しているだろう。

 ここだ。ここがターニングポイント。俺はあえて、適当な方向を目がけてライトニングを何発か放つ。無駄撃ちではない。この攻撃のお陰で、奴らはこう思うだろう。

 あいつは見えている、と。

 狙い撃とうと思えば、奴らの頭上から当てる事もできる。でも遮蔽物があっても無意味と悟られれば、破れかぶれに突っ込んで来る可能性がある。それは最も避けたいところ。だからこそ、逃げ道を残しておく。


「くそ……状況は悪化したか」


 追加で2人も走り寄って来る。これで合計4人。しかもあいつら、遮蔽物に隠れながら俺たちの背後を取ろうと動き出した。このまま隠れていれば終わる。


「ネイ、起きてくれ、ネイ!」


 せめてネイが動ければと揺すってみるものの、微動だにしない。体力は減っていないが、状態異常は残ったままか。万事休すだ。

 そのとき、ふと思い出す。プリシア先生の言葉を。


――支援魔法士は戦場を支配しろ


 そうだ、俺は錯乱していた。支援魔法士が敵を狙ってどうする。俺たちの相手は戦場だ。支配しろ、この絶望的な状況すらも。


「デュアル・マジック、エンチャント、火属性!」


 狙うは敵の4人全て。属性が乗ると攻撃を放つ度に火が発生する。しかも今、俺は過剰に属性を上乗せした。するとどうなるだろう。奴らの動きは速い。恐らく走るのだってスキルか何かを使っている。すると、ほら、一歩、一歩と駆け抜ける度に火の手が上がっていく。


「まだまだ! デュアル・カウンター・セット・マジック! エンチャント、火属性!」


 嫌ったのは魔力減衰。エンチャントの効果が自然消滅すること。でも、それはこの魔法で解決する。発動条件は先の効果が切れた時。これで、しばらくの間、奴らは姿を晒し続ける事になる。

 この後の動きは予想しやすい。スキルを止めて、自らの身体能力のみを使って動き出す。遅くなる。包囲網の完成まで。

 ただ、意識が飛びそうになる。エンチャントで消費する魔力量は決して少なくない。でも、やらなくちゃ。ネイを守る。それが盾である俺の役目。


「ふ……ファイア・アロー!」


 狙いは敵ではなく、奴らの辿る軌跡。逃がさない。アピールして貰う。その存在を。そしてもっとだ、もっと燃え上がって貰う。

 これで、勝利に必要な条件は満たされた。


「火災警報、火災警報。第三グランウドにて火災発生。繰り返す、火災警報、火災警報――」


 そら、どうするよ。火災警報が発令されると、この辺り一帯の出来事は全て記録される。事件か事故か検証するためにな。

 それでも逃げはしないらしい。まだ包囲網の完成を急ぐ様子。仕方ない。ここまでやりたくはなかったが、こうなったら引くつもりはない。


「お前らの魔法式……改ざんさせて貰う!」


 前衛職の使うのはスキルであり、魔法ではない。でも原理は同じだ。魔法式と似た式が使われる。それならば、この場で発生する全ての魔法、スキルの起動式を滅茶苦茶にしてやればいい。

 ただ、もう俺は限界が近い。息切れが酷い。眩暈がする。全身が震えて、視界が朦朧としてきた。頼む、俺。もう少し、もう少しだ。絞り出せ。最後のひとピースを掴むために。


「これは……お返しだ! 受け取れ……っ!」


 エッセンスで魔法式を抽出し、エンチャントの容量で起動式に対して、適当な文字をランダムに、問答無用でばら撒いてやる。

 成功だ。スキルを重ね掛けして使っていたのだろうが、効果が切れてしまったらしく、しかし連続使用はもうできず、奴らの姿を目視できるようになる。

 さぁ、どうする。もうこの場に留まれば留まる程に、その正体を晒す事になるぞ。


「……勝った」


 結果、4人共に撤退して行く。思わず眠ってしまいそうになるが、まだ油断はできない。歯を食いしばって立ち上がり、ネイを担いで、俺は歩き出したのだった。

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