のののの地獄(2016)
私には気になる人がいた。彼は高校の二つ先輩で三年生だ。同じ委員会なんだけど、何を考えているのか全くわからない。女子の少ない委員会なので見た目アドでその人にくっ付いて回っているのだけれど、あまり反応を示してくれない。
「せめてあっち行けとか言ってくださいよ!」
ある日先輩の後ろを追いながらそう拗ねていると、ピタリと立ち止まった。
「いや、そのままでいい。一人でいてもサボりを疑われるだけだしな」
そう言ってまた歩き出してしまった。よく分からないけど、取り敢えず嫌われているわけではなさそうなので、現金な私はニコニコしながら先輩の後ろ姿を追った。
それ以来、調子に乗った私は先輩の教室に足繁く通った。クラスメイトに「例の子、また来てるぞー!」と揶揄われても、先輩は特に気にする様子もなくこちらにやって来てくれる。
「どうしたんだ、わざわざ」
「いえ、あの、良かったら一緒にお昼食べませんか?」
勇気を出して、そう切り出してみた。先輩は不思議そうな顔をしている。
「何で俺と……友達いないのか?そんな風には見えないけど」
別にそういうわけではないのだけれど、正直一緒にいられるのならそれでもいい。そう考えた。
「そうなんですよー。私ぼっちなんで、先輩付き合ってください」
面倒くさそうにしていた先輩だったが、結局折れて私に付き合ってくれた。
それが嬉しくて、翌日からは手作り弁当まで持参した。先輩は少し困っている様にも見えたけど、最後は一緒にお弁当を食べてくれる。
「どうですか?実は料理ってあんまり自信ないんですけど」
「そのわりには毎日色々作ってくるな。ま、普通に食えるし俺としては助かる」
褒めてくれるわけではないけど、毎回残さず食べてくれる。そんな先輩のことを、私はますます好きになっていった。
先輩と一緒にいられる時間はお昼休みと委員会の時だけということが、私には堪らなく寂しく感じられた。
「ねえ先輩、もし良かったら私と一緒に帰ってくれませんか?」
「何だ、家まで送り届けろって言うのか?」
明らかに嫌そうな感じだけど、今日日物騒だしそういう流れに持って行けばチャンスがあるかもしれない。私は事実十割増しで頼み込んだ。
「その、最近ずっと誰かに尾行られてる気がして何か怖いんです。私運動神経鈍いから逃げるのも遅いし」
「……仕方ないな」
「やった!」と心の中で拳を握り締める。その日から毎日、先輩と下校するようなった。とはいえニコニコしているのは私だけで、先輩は辺りを見渡し「おい、あいつなんか怪しくないか?」と不審者探しに精を出している。家に着いてもそのまま回れ右だし、これじゃあ本当にボディーガードでしかない。とはいえお昼休みと下校時間、学校のある日は委員会が無くても一日に二回先輩といられる。これ以上何ができるわけでもなく、ある程度満足していた。
そんな日々を数ヶ月過ごし、夏休み目前となった。
授業のある間は物理的に先輩とは一緒にいられない。それが無くなれば誰にも邪魔されることなく一緒にいられる。そんな妄想を膨らませつつも、あることに気付いた。
「学校が無かったら、先輩と会えない」
そうなのだ。実際、今までに何度となく休日に何処かに連れて行って欲しいとお願いしたことはある。ただお昼休みや下校時と違い「用事がある」と言われればそれまでの話で、押し切れる程の理由などあるわけもない。
それは夏休みも例外ではなく、同じ場所にいなければ会う必然もない。私と先輩の関係を客観的に考えてみると、ただ友達がいない(と思われている)から、ただ帰り道が危険だ(ということになっている)から、一緒にいるに過ぎない。
そう考えると、寂しいを通り越して恐ろしくなってきた。一日二日会えないわけじゃない、一月以上先輩に会えないのだ。耐えられるわけがない。
「家出、しようかな」
そうすれば、下校の時みたいに「仕方ないな」っ言ってくれる?そんな訳ない。第一一人で下校することを怖がるような子が家出なんかするはずない。そんなことしたら嘘がバレて二度と会ってくれなくなるかもしれない。
「どうしたら、先輩は」
……
…………
………………
ああ、そうか。
終業式での帰り道、例によって先輩に送ってもらった私は早速行動に移す。
「先輩、明日から夏休みですね」
「そうだな」
先輩は下敷きで顔を仰ぎながら、素っ気なく答えた。
私はそんな先輩をニコニコしながら見つめている。焦りが無いわけじゃないけれど、そんなことを考えても仕方がない。
「嬉しそうだな。そりゃそうだ、毎日遊べるもんな」
えへへと笑う私を見て、先輩も笑みを浮かべた。
「その様子だと、友達出来たんだな」
「はい」
「そりゃ良かった」
ホッと胸を撫で下ろすという表現通りに安堵の表情を浮かべてくれた。
ここまで、予定通りの展開だ。
「先輩は、私が友達と一緒に色々な所に行けたら嬉しいですか?」
これが私の結論、先輩と一緒にいられる口実となる。
「ああ、嬉しい。お前の事任せられるからな」
先輩の答えに、私は立ち止まる。
「友達が、男の人でも……ですか?」
「ああ。お前が選んだ相手なんだろ、俺がどうこういう事じゃない」
ああ、やっぱり。
好かれているとか、嫌われているとか、そんなんじゃない。この人は真剣に私に興味が無いんだ。
でもね。
そんなこと、気付いてましたよ。
「そうですか、では私に出来た友達と手を繋ぎますね」
私は先輩の手を取った。
「おい、どういう事だ?」
「私、全部言いましたよ。友達が出来たって、その友達と色々な所に行きたいって。先輩、喜んでくれましたよね?」
それを聞いた先輩の表情が変わり、深く溜息をついた。
「何だ、そういう事か」
先輩は私の手を振りほどく。そして私と向かい会った。
「俺はな、お前にクラスの奴とかで友達が出来たんだなって喜んだだけた。これじゃあ何も変わってないだろ」
「違います。少なくとも、私は先輩のこと友達だって思ってます。先輩と色々な所に行きたいです。これっていけない事ですか?」
また、先輩の表情が変わった。何処か寂しげな顔をしているように見える。
そして、私にこう打ち明けた。
「俺さ、霊感が強いんだ」
先輩の話によると、いつも委員会の時に仕事もせずにうろうろしているのは、辺りのよくないものを見張る目的があるのだという。
休日に会ってくれなかったのも、害をなしているそういったものを少しずつ弱らせているからだとか。
「それはどんどん力を増していて、もう俺じゃあ抑えきれない。周りの奴にも認識されていってるしな」
先輩がよくないものを弱らせても、大元はそれ以上のスピードで他のものを吸収していっている。今ではそれらと等しく結び付き、浄化される事はほぼ不可能……もう、出来ることはないようだ。
「のののの怪は強くなり過ぎた、あそこはもう……のののの地獄だ。とっくに滅んだはずなのに、今では完全に蘇って、その事すら覚えていない。そして本能的に、俺に近付いている」
完全には理解できなかったけど、とりあえず先輩に危険が及んでいることはわかった。
「さて、到着だ」
先輩は私が家の中に入っていくのを見送り、去っていった。その後ろ姿は何処か力無さげに見える。よくないものが、先輩を蝕んでいるのだろう。
それでも先輩と一緒にいたい私は学校に戻り、先輩の家を突き止めた。
チャイムを鳴らすと顔色の悪い先輩が現れた。会話は殆ど出来なかったけど、先輩は家に上げてくれたし、お茶も出してくれた。
それだけだったけど、私は想いが通じた気がして嬉しかった、先輩の言い残した「お前に、友達が出来てたらな」という言葉だけ、何故か腑に落ちないけど。
だから先輩にもう会えないとわかった時、自分は壊れてしまうのだろうと思ったけど、実際にはそんな事はなく……何故か清々しい気持ちで一杯になった。