キャリア
自らを、「一生売れないプロの小説家」と称し、明治の文豪に想いを寄せた歴史物、身の疼きや吐き気と闘いながら完成させた妹物のライトノベルを書き続ける日々に終わりがやって来たのは、ちょうど二年前の冬だった。学院を去って同級との連絡が日に日に薄れていく中、一通の電話がかかってきた。
「元気にしているか。平正だ」
嘗ての悪友は、こう切り出した。隆司は、寝起きの頭を一度はたいて、平正、平正、平正……と連呼した。
「ああ、平正か。あの一件以来だな」
極力思い出さないように努めていたあの記憶が、平正の声に導かれて蘇った。色あせたかに見えた写真のピースが、次第に鮮明な動画となって、視界を横切るようになった。
「あれからもう三年だ。今度供養にでも行こうや」
平正は、ゴホンと咳払いして話題を変えた。
「知っての通り、けちなゲームの販路を同人業界に見出して以来、俺の知名度はみるみる上昇した。それでな、驚くなよ。今回、国営エンターテインメント社から、新しいゲーム制作に関する企画が舞い込んできたんだ」
平正は、威勢よく言った。
「良かったじゃないか。これまでの努力が実ったというものだ」
社交辞令の苦手な隆司は、型通りの言葉を並べた。
「ありがとう。いや、話はまだ終わっていないんだ。考えてもみろ、それだけを伝えるための連絡だとしたら、単なる嫌味だろう」
「それもそうだ。君の自慢げな態度に腹が立たない、とは言わないが」
「相変わらず、ひねくれてるな……。まあ、いいや。端的に話そう。君にシナリオを作って欲しいんだ」
隆司は、大いに耳を疑った。
「君の冗談はいつも愉快だが、今回に関しては少し違うぞ」
「怒るな。嘘を言っても始まらない。君の文章に惚れたんだ」
惚れた? 平正が僕の文章に?
「散々皮肉った挙句の果てか。僕は今でも君の批評をよく覚えている。誤解しないでくれ。内容に関する批判を嫌ったことはない。読者の鋭い指摘によって洗練されていく。芸術とはそういうものだ」
「素晴らしい小説家魂じゃないか。僕はそういう君の態度が好きだ。作品にも色濃く現れている」
平正は隆司の問いかけを真摯に受け止めた。隆司は、平正の真意を確かめるために、一つだけ課題を出すことにした。
「君の決意がそこまで硬いのなら、一つ読書感想文でも書いてもらおうか。ちょうど一週間前に書き上げた作品がある。メールで送るから、それに対する感想、ないしは批判を送ってくれ。原稿用紙十枚以上、期日は一週間後だ」
その小説こそ、後に平正が手掛けるゲームの脚本、少女の旅だった。