New Game
「随分と遅かったじゃない」
待ちぼうけをくらった少女は、顔をしかめていた。遂に人間らしい表情を見せてくれた。隆司は、少しばかり胸を撫で下ろした。
「これだけ寒いと、外へ出るのも一苦労だ」
隆司が小包を机の上に置くと、少女は食い入るように見つめた。
「何が入っているの」
少女は、非常にテンションが高かった。まるで、抑えきれない好奇心を何処かへ放ちたいように。
「単なるディスクだ」
少女は、いきなり親に何か買い与えられた子供のようにはしゃいで、
「おやつだ、おやつだ!」
と言った。
「せっかく再生しようと思ったのだが、止めようかな」
隆司は、調子に乗った娘をなだめる父親のようだった。少女は、
「ごめんなさい、食べないから」
と、半ば、反省の態度を示しつつ、なおも、嬉しそうに言った。
「食べる気満々だな……」
隆司はネット接続を切断し、ゲーム専用設定に切り替えた。
外敵から身を守るための機能を発揮するわけだが、既に、最強ウイルスの睨みが効いているじゃないか。今更心配しても仕方のないことではあるが……。
「僕の恋人たちを消した罪は決して消えないだろう」
隆司は、とりとめのないやるせなさを押し付けようとした。設定変更の終わったパソコンのチェックを始めた。
ウイルスは、隆司が一人で何か楽しもうとしていることに気付いて、
「あの、のけ者にしないでくれるかな」
と呟いた。
「ああ、雲一つない空は不似合いだ!」
隆司は、開けっ放しにしていたカーテンを閉めた。古い本にまとわりついた埃が、無地と黒の狭間を必死に行きかった。
「この方が格段に落ち付くんだ」
暗がりに浮かび上がったシルエットは、一足早く人生を終えた引きこもりニートそのものだった。
何でもいいじゃないか!誰にも邪魔されない、素敵なライフだ。
隆司は、こみあげてくる亢奮に、その顔を膨らませた。
「一つだけ教えてあげよう。優れたものには必ず何かしらの欠点がある。一度迷い込んだら抜け出せない、深淵な森の闇は意外と近くにあるものだ」
隆司は梱包を丁寧に開けて、これまた、趣向に沿った少女が描かれたパッケージをじっくりと見つめた。
「あなたの言葉をそのまま返すようで悪いけれど、その闇に飲み込まれるか、はたまた、生き残るか、この選択は結局自分次第なのでしょう」
少女は極めて冷静に言った。
「そうか。まあ、兵器なのだから、何処に迷い込んでも大方役割を果たせるだろうよ」
隆司は、少女の会話を途中で遮った。大掛かりなヘッドホンを装着すると、そこはもう、新たな世界だった。新たな旅の始まりを告げる音に包まれた。
少女の旅立ち、と名付けられたコンピューターゲームは、隆司の悪友であり、齢二十三にして、ゲーム界の帝王という名を持つ林平正が、初めてプロデュースした作品だった。従来のシミュレーションゲームに飽きた顧客の心を掴むために様々な工夫が施された。その一つが、人工知能搭載で、明確なエンディングは用意せず、プレーヤーの思い描いたストーリー展開を作り出すことが出来る、ということだった。
このゲームの大まかな構成とシナリオを提供したのが隆司であり、平正は完成の報告と共に、第一号を隆司に送付した、というわけであった。