Change
死んだ顔か。作為的な笑顔ではないはずなんだが……。
だめだ。この子は優秀だが、それ故、多くの欠陥が目立ってしまう。プログラムされている、という言い回しをしてはいけないね。相手にばれて、即刻消されてしまうぞ。人間だって多少は利口だから、いつまでもマニアの戯言に付き合うわけではない。ハッカーを上回るプログラマーは何人もいる。君の命を繋ぐのは、この僕なんだ。
「ああ、分かった。君の美しい瞳に感謝するよ。僕の住処は気に入ってくれたかい?」
「悪くはないわね」
少女は言った。
「欲しいものがあれば言ってくれ。大概の物は揃えられるはずだ」
「あなたの愛が欲しいわ」
隆司は、無表情な少女の口元を注意深く見守った。
あれほど冷静な女の子が随分と大胆だ……。
それにしても、一度のリセットでこれほど進展するものなのか。
かつての恋に捧げた日々は遥か遠くの記憶だ。
「なるほど。愛、と一言に言っても色々な形があるわけだ。僕が求める愛は……、そう、メンタルの親和だ」
「つまり、あなたが毎日私に、愛しています、と言うわけね」
「なるほど……」
見え透いたゴールを追い求めるゲームと比べて存外にリアルだ。
間もなく恋の旅が終焉を迎えるというわけか。
「確かに、僕は君のことを愛しているよ」
隆司は、リセット前の少女に対するよりも、幾分緊張した。
「愛しています」
少女は表情を一切変えることがなかった。まさに機械的だった。
そんな少女の愛がどれほどのものか、隆司は理解できなかった。
「君のように可憐な少女と恋に落ちることがどれほど素晴らしいか、上手く表現できないが……」
隆司は、なるべく少女の視線を感じないように、ディスプレイから距離をとった。黒板の前に立って、何か、今の気持ちを率直に伝えられる詩はないか、と考えた。
突如、来客を告げるベルが部屋中に響いた。そうとも知らない少女は、
「素敵な教会の音色ね。神様が祝福なさっているんだわ」
と言った。
やっぱり、彼女は僕の恋人にぴったりだ。 隆司はそう思った。
「ディスプレイ越しでいいから、私のことを撫でてほしいな」
「ああ、すぐにでもそうしてあげたいが、恐らく相当の時間が必要だ。先程の鐘は来客を告げるサインなんだ。客人を少しばかしもてなさなければならないから、それまで待っていてくれないか」
隆司は少女の返事を聞く前に、部屋を抜け出した。窓越しにどこか知らない冬の訪れを告げた庭を眺めた。外に通じる並木は、すっかりはだけて、寒々と騒ぐ風の便りに耳を傾けていた。
こんなに寒い日の来客なんて、如何わしいセールスか何かだろう。
隆司は、冷え切った手を必死にこすり合わせた。
冬の冷え切った風も今だけは僕の見方だ。
並木を歩くこと十分、門の前で待ち構えていたのは、小包を抱えた宅配便の男性だった。
「鈴木隆司様でよろしいですね」
「はい」
隆司は、小包を受け取った。宛名に記された送り主は、嘗ての悪友、林平正であった。
今更、あいつの名前を拝むことになるとは……。
とっくに封印した記憶が隆司の脳裏を少しずつ蝕み始めていた。