仮の告解
学校に行く必要はないよ。私が全部面倒を見てあげるから。
大好きな人のためならなんだって出来るから。
病的な愛 マジョリティーとマイノリティー。ああ、なんだっていいさ。一途に僕を愛してくれるのであれば、それでいい。
「お金が欲しいのか。化粧でも、服でも買えばいい」
「お金なんていらないよ。お兄ちゃんの温もりがあればそれで十分」
僕は君の清き心を潤すせせらぎになろう。
「名声にすがりたいか。親の力なり、僕の力をもってすれば、この世界は思いのままだ」
「あなたと温かい家庭を築ければそれで十分」
僕は君の透き通った夢を照らす月になろう。
「恋を知りたくないか」
「いじきたない、打算的な愛なんか知らずに終わりたい。あなたの笑顔は小さい頃と全く変わらない」
僕は君の無垢な愛を運ぶ鳥になろう。
三つの美しき魂と共にあらんことを!
眠気が眠気を呼ぶ断ち切れない連鎖の中、重い瞳をやっとの思いで開けたのは、正午を過ぎた頃だった。ひだまりは朝に比べて大きく膨れあがり、何処までも白い陽光が目に突き刺さった。
また一つ、泡のように消えていった恋の楽園をうすら悲しんで、自分の身体がわけもなく映っている黒のディスプレイを見遣った。
いつになく冴えない顔だ。天に帰っていった人を憐れむかのように。
隆司は、静かなるパソコンの電源を力強く押した。
あの少女は未だにいるのだろうか。
思考は数秒と続かなかった。
「ああ、隆司君だ」
やっぱり可愛いな。今にも胸がいっぱいになりそうだ。
隆司は、辺りに散らばっていた埃まみれの本をどかして、黒板を取り出した。家を去る前日に父が記した暗号が未だに残されていた。隆司は、裏側に大きく、二次元、三次元と書いてみた。誰かに見せつけることを意図するかのように、様々な、それでいて無関係な方程式を書き記した。
知人が、1=0の証明を試みていた。あいつの理論が体系化されたら、僕の恋が絵空事ではないと証明されるんだ。
「一人で盛り上がられても困るのだけど」
少女は言った。
「何だって? 私はあなたのことを愛していますだって! 頼む。それ以上言われたら、本当に心臓が止まるからよしてくれ」
隆司は、少女の髪をディスプレイ越しに触れた。
一途に愛しています
そう、彼女は僕のことが好きなんだ。形式的に! 人間とコンピューターの数学的な愛だ。
僕はどうかって? 心の底から愛しているさ。神様に誓える。
いや、待つんだ。清らかな少女に対し、この僕は釣り合うのか?
今までに犯した罪を述べてみようか。
どれほどの人間を死に追いやったか。どれほどの人間を罵ったか。どれほど地球を滅亡に近づけたか。
ああ、僕の腕は、幾多のおぞましい血に赤く染まる。
今度は僕が滅びる番なのかな。
蒼白の表情もまた、隆司の心をわしづかみにした。
「あなたはそうやって彼女をあしらうの?」
彼女だって? たまげたものだ。
さすがは、宇宙に誇る人工知能だ。
隆司が不意に笑みをこぼした。少女は、表情を変えることなく、
「何か可笑しなことでも?」
と問いかけた。
「私はあなたの恋人になるようにプログラムされているの。ねえ、あなたの死んだ横顔をもう少し近くで見せてくれないかしら」
少女はこう続けた。