人間? ウイルス?
「そう。隆司っていうの」
パソコン画面に映し出された少女の返事は耳に入らなかった。
面と向かって言葉を発したのは何年ぶりだろう。父が家を出ていったのが三年前で、その時、行ってらっしゃい、といつものように挨拶をした。
学院を休むようになって、もう一年はたつ。数少ない友人と交わした最後の言葉は何だっけ?
「隆司君。聞こえていますか?」
あぁ、また、パソコンから声が聞こえる。美しい少女が僕に声をかけてくれる。
「ねえ、本当に聞こえているの」
好きだ……。
何度目だろう。いや、これが最初で最後だ。
少女は、隆司の微細な心の揺れを感じ取った。
「ああ、聞こえていますとも。君は、随分と僕のことが気になるようだね」
暗闇の奥底に自らを閉じ込めた隆司は、一筋の救いを見出した。
「君は僕の恋人になってくれるんだろう」
僕は何を言っているんだ。これでは、単なるロリコンだ。この汚らしい顔が世間を賑わしてしまうじゃないか。まぁ、二次元だから許されるんだけどね。どのみち失うものなんてないのだから。楽しくいこうじゃないか。
隆司は、それとなく画面に顔を近づけた。
「今すぐにでも君の、その白く透き通った肌に触れたいものだが」
少女は、顔を赤らめた。他人の感情を自分に都合よく解釈する隆司は、少しばかり胸を弾ませた。
「出来るわけないでしょう。私とあなたには幾重の障壁がある。私が住む世界は二次元で、あなたが住む世界は三次元……」
「言うと思ったよ」
隆司は顔をしかめた。
また外れたよ。人間の心は愚か、数式の感情すら読み取ることが出来ないのか。
最も、完全に負けたとは思っていないがね。
「君に名前はあるのか」
少女は、すぐさま、ぶっきらぼうに、
「ないわ」
と言った。
「そんなに冷たくあしらわないでくれ。孤独な夜の終わりを告げる暁は、母なる温かみを持つ、というものだ」
「生憎、パソコンのソフトは、スマートかつクールなの」
少女はすぐさま反論した。隆司は、苦笑いを浮かべた。
「何か勘違いしているようだから、この際言っておくわ。私は仮にもウイルスよ。ひと暴れしたら、こんなおんぼろコンピューターなんて、一秒もあれば破壊できる。それが終われば、新たなコンピューターに忍び込んで暴れるの。そう、ここは単なる仮住まいなのよ」
なるほど。こいつは大したウイルスだ。
一番恐ろしいのは、ウイルスの性能そのものではない。
こいつは、人間の振る舞いを心得ている。いや、確かな人格を持ち合わせている。
「ああ、君はどうやら人間の心をもてあそぶのに長けているらしい。そこで、僕から一つ、問題をプレゼントしよう」
「暇つぶしくらいにはなるかしら」
少女は乗り気だった。
「ハードディスクの最深部に刻まれた数字を読み込んでくれ」
隆司は、微かな勝機に賭けることにした。