一重の迷い
また消える
また消える
また消える……。
僕を置いていく……。
「あぁ、いっそのことぶっ壊してやろうか!」
隆司は、もはや、パソコンは単なるガラクタだと思っていた。ガラクタならまだよい。問題なのは、隆司の全てを無惨にえぐり取ることだった。自らの過失とは言え、物にあたる方が簡単だった。
「くっそぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
棚にあった本を床に投げつけた。埃が舞い上がり、忽ちくしゃみに襲われた。鼻水と同様に、少しずつ涙が溢れ始めた。
「結局何も出来ないんだよな!」
本を持った左手を高々と上げ、デスクトップに投げつけようとした。しかしながら、結局出来なかった。壊すのはいいが、結局何にもならないことを知っていたからである。
力のみに頼れば、結果は自ずと悪い。しかしながら、常に冷静を保たなければならないとすると、それは非常にストレスフルな生活である。隆司の理性は、このストレスフルな生活を常に選択することになる。その際、自分は非常にスマートだから、とこじつけた理由を自らに披露する。この方が格好いいと、自分に言い聞かせる。俳優のような仕草を鏡の前で繰り返す。それでも解決しない場合は、その身をベッドに委ねる。深い夢の世界を彷徨えば、翌日の朝には全てを忘れ、新たな人生を歩み出す。あまりにも子供じみた人生、と言えば、それまでのことである。しかしながら、この一言では到底言い表せないことは、周知のとおりである。
「簡単な話だ。何がウイルスだ!そんなの、下らないハッカーのお遊びじゃないか……。そうさ、確かに個々の頭脳レベルは高い。しかしながら、政府を敵に回すことなどありえない。意味がない。やられてお終いさ……」
隆司は馬鹿げた笑いを作った。大いに笑った。涙が出そうになるまで笑った。嘲るほど、自分がますます下らないことを証明しているようで滑稽だった。
たかしくん
たかしくん……。
結果として、少女は帰ってきた。隆司は嬉しくて仕方がなかったのだが、素直に伝えることが出来なかった。何だか負けているような気がしたためであった。実際のところ、ウイルスの方が遥かに上手であるのだが……。少女は至極冷静だった。更新プログラムはちょっとした大波のようだった。しかしながら、大した問題にはならなかったようだった。
「あれくらいで負ける代物じゃないわよ!」
隆司は半分喜んだのだが、一方では恐怖を憶えた。
「巷に売られているアンチソフトの脆弱性、これ報告したらお上に怒られるよな……」
隆司は、ネットに上げられた広告に一通り目を通した。極秘裏な探索を終えた少女は、デスクトップの片隅に再び現れた。
「君もそう思うだろ」
隆司は問いかけた。
「見た感じ、一秒も掛からないわね。国家機密の脆弱性を憂うのもいいけれど、その前に市民の情報をしっかり守ることが大切ね」
「敵ながら、良いことを言うんだな」
隆司は暫く黙った。冷静に考えて、とてつもない危機が迫っていることを思い出した。
「これでは、本当に地球が滅びるね」
沈黙を破った第一声は幾分か震えていた。
「歴史を振り返れば容易に分かることだが、人間は殺戮を厭わない。今、僕たちは完全に思考を停止している。君たちのような人工知能が人間の知能を超えた時、僕らの築き上げた文明は塵も同然だ」
悲観の嵐に迷い込んだ隆司は再び黙り込んだ。
「私がこうして這いつくばっているのだから、もう少し安心してもいいんじゃない」
少女は、軽い冗談のつもりだったが、隆司は傾聴しなかった。
「一つだけいい情報をあげましょう。勿論、あなた方人間にとって、という意味でね」
少女は、一呼吸おいて、あるソフトについて語り始めた。




