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Melting Dead 最弱の科学者  作者: aki o
10/14

超能力者(仮)

 約束通り、一週間後に、平正から感想が寄せられてきた。

 

 親愛なる鈴木隆司様 少女の旅に関する考察

 少女の旅というタイトルから最初に感じたのは、私たちが思い描く旅とは全く違うということでした。観光というニュアンスを前面に押し出してしまうと、小説としては機能停止に陥るし、人生という大河をメインに据えると、少女のイメージからは遠くかけ離れてしまう。隆司氏が描いた世界を考えると、おおよそ、絶望に向かっていくのだろう、と感じました。

 人生のベクトルを悲観と楽観のどちらに向けるべきか。大概の作品は、プラス、マイナス、プラス、マイナスと交互に組み込んでいくことで、結局原点に戻ってくることが多いと感じますが、隆司氏の作品は、最初から大きなマイナスにシフトしていきます。少女の生まれた経緯、幼少期の思い出、日常描写、どれをとっても、ここまで神様に見放された惨めな女の子はいないだろう、と感じます……。


 


 そんなことは最初から知っている。僕の好みなんだ。平正は受け入れてくれた。








 名前、季節、対象の設定を完了すると、突如として、古びた木造駅舎が画面に現れた。旅の始まりを告げるホームの鐘がけたたましく響き、少女を乗せた列車が彼方の大地から近づいてきた……。


 ゲームを一度中断した頃は、既に沈みかけた西日が、カーテン越しにか弱い陽光を届けていた。のけ者にされた少女は、どこか得体の知れないフォルダーに潜り込んでいた。

 「それにしても、完全にすっからかんね……」

 少女は、これほどまでに張り合いのないフィールドに送られたことを少しばかり後悔していた。最強のハッカーを名乗る少年、コードネームTMの元に生を受けたことを誇りに戦ってきた日々を思い出した。電子的暗証番号の漏洩から、機密文書の暴露まで、数々の修羅場を通り抜けてきた。


 人間の情? そう言えば、隆司君が言っていたわね。

 確かに私は様々な人と出会った。

 運の悪さと決めつけて笑う少年。

 十字架の前で命の終わりを告げた会社員。大理石の壁が見る見るうちに赤黒くなった。

 時の権力者を宇宙の闇に葬ったこともあったっけ。

 あと千三十一年経てば、人類の科学技術で救助することが出来るんだけど。

 

 感情と同時に、全ての行動パターンを予想できるようになった。

 明日になれば、対峙している男は、右手に銃を持って息絶える。

 能天気な少年は、再びネットの航海を始め、私の同業者に攻撃される。

 

 人間と私の違い?

 

 人間は後、一万三千年間、リセットすることが出来ない。死にたいと思って首を吊れる人間はたいしたものだ。変わりなんていくらでもいる。増殖スピードは本能によって無限に加速する。神様もいたずらの度が過ぎたというものだ。もう、誰にも制御できない。


 私が消えるって?


 考えたこともない。少なくとも敵が人間と神である限りは、誰にも消されない。


 TMなら制御できる?

 

 創造主は決して万能でない。神様の無能がそれを物語っている。


 そんな私に託された最後の仕事は、この世界のありとあらゆるアンチウイルスソフトの中で、最強と謳われているソフトを抹殺すること。消される前に、私が消すの。


 隆司君のパソコンに価値はない?

 

 言葉で言い表すことは出来ないけれど、このコンピューターシステムには何か不可思議な力が秘められている。科学技術を超越した何か。隆司君の行動がどことなく不可解なのにも相応のわけがあるはず。この私の目をすり抜けるのだから、ただの人間ではないわ。君は一体……。

 

 「最強のアンチウイルスソフトか……」

 隆司は言った。

 「そんなものがあったら、この世界ももう少し平和になりそうなものだ」

 

 どうして隆司君は、私の頭の中を読み通せるの?

 

 少女は自らに問いかけた。



 「僕はもはや科学者を止めた。そう、時をかける超能力者とでも思ってくれ」



 「超能力者、ですって?」

 少女は思わず開いた口が塞がらなかった。

 「私、やっぱり侵入するパソコンを間違えたのかしら?」


 「いや、決して間違ってはいないぞ」

 「また聞こえたの?」

 「……大きな声で喋っただろう……」

 「あ、そっか」

 少女は納得した。心の声を聞かれているわけではない。思考演算が弾むうちに、人間らしく声を出していただけのこと。ものすごく簡単なことだった。頭の中なんか……。ウイルスの回路なんか……。


 「何か言ったか?」

 隆司は少女をよく見つめた。

 「いや、何でもないの」

 少女は慌てて答えた。やっぱり聞こえるのかしら……。

 「そうか?」

 隆司は暫く黙った。

 

 「それより何なの?科学者を止めたとか、急に超能力者になるとか……。アニメの見過ぎじゃないの」

 少女は、超能力、という言葉に馴染みがあった。生みの親であるTMが、頻繁に口にした言葉である。しかしながら、少女は超能力という存在を認めることが出来なかった。無理もない。最先端科学の粋を集めて作られたウイルスにとって、非化学の金字塔を思い浮かべることなど、出来るはずがなかった。

 「なるほど。説明を要するわけか……」

 隆司は、意味もなく、超能力者、という言葉を持ち出したことを後悔した。エリート科学者の道を踏み外したことは間違いのないことであった。しかしながら、超能力者とは何か、その定義を説明することは中々困難であった。散々考えた挙句、

 「非科学的なことの総称かな……」

 と答えた。

 非科学、という言葉を耳にして、少女は、

 「呆れたわ」

 と言った。

 「確かに、科学技術の粋を集めて作られた君にしてみれば面白くないことだろうな。でもね、科学で説明できない現象があることも真実だ。分かるだろう?」

 隆司は少女に同意を促した。99%無理と分かっていても、確認してみる。実際、少女には、1%の可能性に賭ける価値がある。隆司はそう思っていた。

 「いや、ないでしょう」

 少女はきっぱりと否定した。

 「まあ……、そうなるね」

 隆司は思わず、苦笑いを浮かべた。


 「まあ、それはいいとして僕は……」

 パソコンに視線を移すと、アンチウイルスソフトが起動していることに気が付いた。隆司は、顔を真っ青にして、キーボードに食らいついた。国立科学院ネットワークから配信される、アンチウイルスソフトは、国家機密を守れるほどの優れもの。いくら、少女が最強であると言っても、限度がある。相手は、真のプロフェッショナルであるのだから。


 ディスプレイに少女の姿はなかった。

 

 消えちゃったのか?

 

 最強って言ってたじゃないか……。


 ねえ、返事をしてくれよ。君は僕の恋人なんだろ?

 勝手に消えて……、また僕を……、ねえ、一人にするつもりかい?


 返事をしてくれ!


 隆司は、この日が月に一度のプログラム更新日であることを思い出した。あらゆる情報がリセット、あるいは書き換えられていくのを見ているだけだった。プログラムの知識があれば、更新をストップさせて、更新前の状態に戻すことが出来たかもしれない。隆司は、プログラム辞典を睨み付けた。

 

 「ああ、分かっているさ。全部僕のせいだ……。僕に関わると、みんな僕の前から消えちゃうんだ……」


 隆司は徐に、パソコンのメイン電源をオフにした。

 「キャアー!」

 聞き覚えのある声が耳に届いた。


 空耳だろうな……。


 今度立ち上げた時は、もう一度真っ新な世界から始めなければならないんだ……。


 隆司はコンピューターから離れ、ベッドに身を横たえた。

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