望月響也の恋文
一期一会
古本屋と言えばしなびた雰囲気と、微かに滲み出たインクの香りがする書物が、無数に並んでいるといったイメージを持っていた。今この、古本屋で新たに求人などをするところなんて無いと言っても過言ではない。
特に最近は電子化が著しく、書物書籍を除こうとする動きが出て来ている。そんな世の中であっても、古本屋としての魅力を閉じない店もあることはあって、俺はその店を助力しようと駄目元で働く意思を告げた。
「望月くん、この本を奥に並べといてくれ」
「分かりました。他にやることありますか?」
「ふむ、それなら上階で作業している南美さんに休憩を促しておいてくれ」
「は、はい」
この古本屋には店主の主人と、以前から雇われている女性の南美さんが尽力していた。俺は密かに、この南美さんと話せる機会を持てることに、楽しみと喜びを膨らませていた。
「南美さん、作業中すみません、休憩を取るように言われました」
「私? 私はいいわ。その休憩、代わりに響也さんが使っていいよ」
「そんなっ、悪いですよ。今は何をされているのですか?」
「これはね、ラベルの張替えをしているの。ほら、古くからある本って表紙も背表紙もボロボロになっていることが多いでしょ? そんな状態であっても、管理するラベルだけは綺麗にしてあげたいの」
「確かに、そうですね。俺も一緒にやっていいですか?」
「いいの?」
「もちろんです」
一所懸命に一冊ずつ手に取って、丁寧にラベルの張替えをする南美さんの姿は見惚れる場面ばかりだった。この女性は、本気で本を大切に思いながら扱っている。俺はここへ入って来た当初はそこまで真面目な思いを持って古本を手にしていたわけでは無かった。それがいつしか、こうした姿を焼きつかせる南美さんを見ている内に、俺自身も本に対する思いを強めて行った。
「南美さんはどこかこの関係でお仕事をされるんですか?」
「そうね……続けて行きたいとは思うけれど、中々ね」
質問が悪かったのかと思う程に、南美さんは俺の問いかけに少し表情を落としかけながら、作業を続けた。こんなことを数十日と続けて来た俺と南美さんだったが、とある日の夕方、店主の一声に俺と南美さんは落胆の表情を浮かべることとなった。
「すまないが、店をたたむことにしたんだ。ふたりとも、よく働いてくれたのに申し訳ない」
もちろんこれは急な事ではなく、時代の流れと共に決まっていた事項でもあった。いつかはそうなる……それがいつなのかなんて、自分たちには分からなかった。これが古本屋の運命なのかもしれないけれど、客の少ない合間に行っていた作業の数々は、決して無駄な事では無かったと思うしか無かった。
「望月くん、南美さん、これは餞別となるんだがここにある2冊のどれかを君たちに持って行って欲しいんだ。そして、私の希望としては大事に読んで取っておいてほしい」
俺と南美さんはそれぞれ本を受け取った。そしてこの時点で、店主とも別れとなり南美さんと俺もまた、別々の道を歩むこととなった。ほんの数か月であっても俺の想いは偽りのものではない。そんな想いを俺は、手紙として綴り、密かに南美さんが手にした本の中へしおりと共に忍ばせた。
彼女が手紙を読んでくれるかは定かではない。だけど、俺は恋文として想いを綴った。中身は長ったらしく書いたわけではなく、一文と想いを添えただけだ。
「人の人生、唯一ただ一度の出会いですね。これは俺が好きな一期一会という言葉です。南美さんと一緒に仕事をして最高に幸せでした。新たな所でも良き出会いをされること、願っています。望月響也」