ガザ様再登場(呼んでません)
「おはようございます。早いですね!」
「おはようございます」
明けて次の日、三日目の朝。
相変わらず勇気の無い私は更衣室で源さんを待っていた。
今日の源さんの格好は、アジアンリゾートっぽいロングワンピースの上に昨日と同じグレーのパーカーを羽織っていて、夏らしく可愛くてますます若く見える。
私はといえば何となく前の会社からの流れでオフィスカジュアルで来ているけれど、もうちょっと源さんみたいに砕けた格好してこようかなぁ。いや、でも服買うお金も無いし。
ああ、貧乏って憎い……。というかそれもこれも愚弟のせいなんだけどね!
だけどちゃんと源さんが来てくれて良かった。昨日あれからどうしたか聞きたいところだけど、詳細は聞きたいような聞きたくないような……。
とりあえずここにいるということは『話し合い(物理)』はきっと上手いこといったのだろう。
前日に引き続き着換えた源さんと二人で更衣室を二人で出て、隣の部屋をノックする。
昨日と同様すぐに中から扉が開いて、顔を出した五條さんに朝の挨拶をした。
今日は淡いブラウンの三つ揃えでネクタイピンがちょっと変わった形をしている。五條さんってお洒落なんだな、と三日目にして思った。
「ああ、まりもさん。今日はガザ様がいらっしゃいますからね」
「ガザ……ってあの!?」
「ええ、あなたの番ですよ」
番じゃねぇわ……! と、某芸人のごとく突っ込みたいのを我慢する。
「……何時くらいですか」
その横で源さんが面白そうな顔をして私と五條さんのやりとりを聞いているのが分かって、これは二人になったらからかわれてしまいそうだ。
そもそも昨日話そうと思ったところで旦那……アルさんが来たからちゃんと話せなかったんだよね。
「夕方四時ですから最終ですね」
五條さんの返事に少し考える。
……最終って事は、少しは気を遣ったのだろうか。だけど裏を返せばそれって定時まで居座る気満々じゃない?
他の予約の人の迷惑にはならなさそうで良かったけれど。
やだなあ……。もう最初っから番になるつもりはない、って言っておくべきだろうか。むしろもう顔も合わせたくないし、出来れば来ないで欲しい。五條さんかトモル君に伝言を頼めないかな。
直接言われた訳でもないし、万が一番云々が五條さん達の勘違いだったとしたら、大恥を搔くことになってしまう。
「……」
不意にあの暴力ドラゴン……ガザ、様って呼んだ方がいいのかな。彼の強い視線を思い出してぞくっと肌が粟立った。
……あーもう、本気で命の危機だったもんな。そりゃ本能的に怖いわ。
鳥肌の立った両腕を擦っていると、そんな私に気付いた五條さんは小さく頷いた。
「まぁ大丈夫かと思いますが……万が一ガザ様が暴れたとしたら、早い内にセダムを呼んで下さい」
五條さんに言われて何となくトモル君に貰ったまま、ポケットに突っ込んでいた防犯ブザーを握り締めた。
事務所から出て勤務場所である受付に源さんと二人で向かう。その道すがら源さんが堪えきれないというように口を開いた。
「橘さんすごい! 最速番判定じゃないですか!」
え、またソレ? なんかおめでたいっぽいけど、全然嬉しくないからね?
「いや……私は了承してないんですけどねぇ……」
歩きながらそう言えば源さんが目を瞬き、戸惑いがちに私の顔を覗き込んできた。そして浮かんでいるであろう表情に事情を察したらしい。
「えっと……ガザ様、タイプじゃなかったとか?」
「……それ以前に私、凄まれて怒鳴られて、目の前のガラス割られたんですよ。その勢いのまま殺されるかと思いました」
「うっわ-……ガザ様やっちゃいましたね。初日にそんなんじゃかなり怖かったでしょう」
ひくっと頬を引き攣らせてそう言ってくれた源さんに、思わず私は足を止めた。
「そうなんですよ……! しかも番になるつもりなんてこれっぽっちも無いのに五條さん達庇う様子もなく、襲われて早々に結婚して辞めるみたいな前提で話を進めるんですよ。迷惑極まりないです」
そう力説すれば、源さんは、感心したように深く頷く。
「橘さん強いですね~! 私は結局、絆されちゃったからなぁ」
「あー……そうなんですか」
確かに五條さんも結局絆される人が多い、って言ってたっけ。でも源さんは可愛いけどヤンデレドラゴンを調教出来るくらいだし、意志は強いんじゃないかな。
「でもドラゴンの求愛って、ほんっとにしつこいですよ。あと嫉妬深いし盲目的だし。昔はエンカウントでそのまま攫われるんで、受付が出来たくらいですから」
「え?」
「あれ聞いてません? もともと日本にふらっと遊びにきた理性の薄い若いドラゴンがうっかり女の子攫っていっちゃうんで、入国制限されたんですよ」
トラブルとは聞いていた。っていうか人攫いってどれだけ極悪なんだ。
「だから基本はきちんと本能を理性で押さえられる二百歳以上から入国が可能なんです。あ、昨日来てた五十歳以下の小さな子ならオッケーですけど」
つまり人間年齢で換算してお年頃世代は駄目って事なんだ。しかしさすがドラゴン。年齢に常識が無い。
……ん? ということは、トモル君は確実に年上だよね。それだけは良かったかもしれない。
「でもそれなら辞めるまでの短い間ですが、なるべくサポートしますよ! いざとなったらアルもいるし……。アルとガザ様って実はケンカ友達なんですよ」
「ケンカ友達……?」
あの年齢で?
随分可愛い単語だけど、ドラゴン姿で殴り合っている姿を想像したら災害でしかない。
「なんかガザ様と渡り合える人があまりいないみたいで、ちょいちょい戦いの相手しろ、って来るんですよねぇ。まぁ暇だって言ってガザ様が一方的に仕掛けてくるんですけど……あ、でもガザ様番見つけたから大人しくなるかも」
……その有り余ったパワーがこちらに向けられる事は遠慮したいんですがね!
武闘派、いや戦闘狂だったらどうしよう。本気で好みじゃない、という以前にお友達にもなりたくない。
昨日と同じく外国製のどこかの貯蔵庫みたいな冷蔵庫にコンビニの袋ごと突っ込むと、その下の棚に源さんがケーキボックスっぽい白い箱を入れていた。
私の視線を受けて源さんはにっこり笑って、扉を閉める。
「アルが作ってくれたケーキなんですよ。デザートに食べましょうね」
足取り軽く受付に向かう源さんの背中から冷蔵庫の銀色の扉に視線を向ける。
あのヤンデレがケーキ……髪の毛とかヤバいもん入ってないだろうか――もしくは私限定で下剤とか毒とか入ってないよね?
ヤバい、怖い。三時までに食べずに済む方法を考えなければ。
そう思いつつも今日は午前中にお客さんが集中してしまって、それどころじゃなかった。
だけど特に問題はなく、来るお客さんはみんな素直に指示に従ってくれるし、愛想もいいドラゴンが多い。服装も見た目年齢もまちまちだけど、常連さんが多いらしく源さんも慣れたように二言三言お喋りの相手をしている。
天気の話とか、最近のニュースとか……本当に鱗認証(と私は呼ぶことにした)さえなければ、普通の人達に見える。
結局初日以来ドラゴン感皆無だ。……こんな感じが通常だとしたら源さんの言う通り、いい職場なんじゃないだろうか。
そんな事を思いながら次から次へとやってくるお客さんを捌き終わり、入力は午後に回してお昼を取ることにした。
今日の私のお弁当は冷凍食品を適当に詰めて、レンチンで卵焼きだけ作り、鉄板のきゅうりとミニトマトを添えたものだ。とりあえず緑と赤と黄色さえ押さえておけば見た目の問題はない。
そして食事を終えたところですっかり忘れていチーズケーキをデザートに差し出されて、悲鳴を上げそうになった。
どっちも色も形同じだったので、変なものは入っていない事を信じつつ口に入れれば、専門店で売られているような、生クリームとバターたっぷりの贅沢なお味だった。
あー……ほんっとスパダリ。ヤンデレでドラゴンでさえなければ……もったいない。
お昼は人も少なく、データを入力しながら源さんと過ごす。
アルさんと出逢ったのはここに来て半年くらいで、突然やってきたらしい。
その後は今日のガザ様のように毎日通ってきては口説かれ、半年後にはデート……と、実にスタンダードに愛を育んだそうだ。うーん、ロマンス小説みたい。これがフィクションで本棚に並んでいたなら、私は手に取っていたかもしれない。
そうこうしている内にあっという間に時計の針は四時を指し、時間ぴったりに例のアナウンスが鳴った。
『ゲートが開きます』
……来たよ。
ごくりと唾を飲み込み、ガラス越しだとは分かっているものの一応身構える。
「大丈夫ですよ。ゲートの結界、アルも窓口にはあんまりずっとはいられない、って言うくらい強力になったみたいですから、ガザ様もそんなに長居出来ないと思います」
「そうなんですか!」
なんという朗報。
思わず頭を低くした私に、源さんがそっと身体を寄せて耳打ちしてくれる。少しだけ胸を撫で下ろして背筋を伸ばせば、いつの間にかすぐ目の前に暴力ドラゴン――いやいやガザ様が立っていた。
「ぎゃあ!」
覚悟もどこかに飛んで、思わず叫んで仰け反ってしまい、背もたれに当たって派手な音を立てる。
ガラス越しにしたって近い、近すぎる。
椅子のキャスターを使って爪先でそろそろと距離を空ける。視線は怖すぎて合わせられない。だというのに、ガラス越しの圧がすごいのが分かる。
『なぁ』
うわぁ話しかけられた!
とりあえず対応は源さんに任せて聞こえなかった振りをしてみる。たけどガザ様はガラス越しにポケットに手を突っ込んだまま、その大きな身体を屈めて下から私の顔を覗き込んできた。
うっかり目が合うと、にっと笑う。……笑うとキツい印象が和らいで、ちょっとやんちゃ? くらいのお兄さんみたいな雰囲気になる。いや、しかし騙されてなるものか。
『……名前なんていうんだ』
ゆっくりとそう話す低い声には、分かりやすいほどの色気が乗せられている。怒鳴った声しか印象に残っていなかったけれど、なかなか渋みのあるイイ声……いや違うドラゴンだからね!?
背筋がゾワゾワするのはきっと恐怖! そう自分に言い聞かせながら、私はごくりと唾を飲み込み、ゆっくりとスピーカーのボタンを押した。
「……業務に関係あるとは思えませんので、個人的な質問はお断りします」
横では拳を握り締めた源さんが、ぐっと両手を握り締めて口パクで『頑張って!』と応援してくれている。おうよ! 番システムなんて私の代で終わらせてやるぜ!
『マリか。カワイイ名前だな』
不意に名前を呼ばれて慌てて顔を戻した。
どうして名前を……なんてぎょっとしたのも束の間、ガザ様の視線が胸元に注がれていることに気づいて、はっとして名札を掴んだ。
私の馬鹿! 隠しておけばよかった……!
まずい、のかな。なんか名前を知られたらペナルティみたいなのつかないよね!?
なんかよくあるじゃん。真名を知られたら操られるとか縛られるとかそういうファンタジー的なやつ!
一気に鼓動を早めた心臓に、名札を握りしめて隠したものの後の祭りだ。
『ああ、ほら……もっと顔見せてくれよ』
だけど暴力ドラゴンは焦っている私に構うことなくマイペースだ。向こう側のカウンターに肘を乗せて、さっきから一瞬たりとも私から視線を逸らさない。
どこかぼんやりとした表情で、目尻がうっとりと柔らかく下がっている。
ふてぶてしかった一昨日と同じ人物とは思えない。
どっかで見た……と思ったら昨日のアルさんの源さんに向けた表情そっくりだ。
ということは、名前は大丈夫そう……?
そうか。思えば五條さんだってとっくに知られている。ドラゴンにそんな操られるような制約があれば、ドアの弁償代なんてわざわざこじつけの理由なんて作らなくても、言う事をきかせられただろう。
『二人で遊びにいこう。な? どこがいい。オマエが行きたい所ならどこにでも連れて行ってやる』
うわぁああ……何というかセリフが恥ずかしいわ!
ほんっと、源さんが言っていた通りグイグイくるなぁ……。
だが断る……!
暴力ドラゴンなんかと一緒に出掛けたら命がいくつあってもたりない。
そもそもここは職場であって、こんな個人的なやりとりを堂々とするべき場所ではない。
私は再びボタンを押して、口を開いた。
「生憎仕事がありますし、しばらく予定が詰まっております。今から手続きを開始致しますので、そちらの機械の方で認証をお願いします」
『じゃあここで見てていいか』
けんもほろろに断り、要約すればさっさと動けと指示した私の言葉を綺麗に無視する。
手強い……。糠に釘? 暖簾に腕押し的な感じで私から一切目を逸らさない。
私がこの人だったら、ここまで冷たくされたらさすがに引くけどな! なかなかの鋼メンタルである。
その間も焦げるような視線を感じて、もう鏡かなんかで反射させたい。
私だって年頃の女子だし、まぁ好みではないもののガザ様は野性味溢れる美形だ。そんな人にこうもあからさまにモーションを掛けられると、なんだか普通に恥ずかしくなってくる。
これ逆にガラス越しなのがマズいんだと思う。画面の向こう側、みたいな二次元感が現実味を薄めて危機感を遠のかせてしまっている。
四六時中こんな甘ったるいセリフをガンガン垂れ流されるんでしょ。
みんなが絆されるって言っていた理由もようやく分かった。間違っても恋愛モードにならないように、早い目にお帰り願おう。
どう言えば帰ってくれるのだろうと本気で頭を悩ませ始めたその時、隣から伸びてきた指が通話ボタンを押した。
「あの、ガザ様。あんまりここにいると体調が悪くなりますよ」
私を助けようとしてくれたのだろう。源さんが通話ボタンを押して遠慮がちに口を挟んだ。
『あ? なんだ。アルの番か』
今更気づいた、とでもいうようにガザさんはそう呟く。
ようやく私から視線を外してくれてほっとしたけれど、源さんにかけた声音には愛想の欠片もなくぶっきらぼうだ。
なんか感じ悪いな……。
『問題ねぇよ』
知り合いみたいだけど一応心配してくれている人に対してその態度はない。
ガザ様は軽く首を振って、また私の方へと顔を戻す……けれど、視線を逸らしているからこそ分かるんだけど、カウンターに置いている腕の血管がちょとずつ、濃く浮いてきている。
同じ事に気付いたのだろう。源さんは私と目が合うと苦笑いした。
「結構辛いって言ってましたけどね……普通に一時間経たない内に気を失うかもって言ってたんですけど」
……それはかなりヤバいんじゃない?
そもそも、ここで倒れられても困るんだけど……。
ああもう、と溜息をついて、再びボタンを押した。
「このままだと倒れてしまうそうなので、認証を進めて下さい」
『心配してくれるのか? マリは優しいな』
一瞬前に源さんと話していた表情とは打って変わってトロンとした目でそう言った。
うわ、とますます距離をあけようとした時、背中がとん、と何かにぶつかった。
「五條さん」
振り向けばそこにはいつの間にかやって来た五條さんが立っていた。そのまま手を伸ばしてボタンを押しマイクを掴む。
「職員を困らせるのはやめて下さい」
『マリに近寄るな』
犬歯が剥き出しになり、頬の皮膚が変な風に引き攣る。そんなふうに形相が変わるその様を間近で見てしまい、ぞわっと肌が粟立つ。
『ガザ様。まりもさんが怖がってますよ』
一睨みだけで心臓の弱い人なら止まってしまいそうな殺傷力のある視線を受けているというのに五條さんはいつもの涼しい顔でちらりと私を見た。
むっと眉を寄せたガザさんは、ガラスぎりぎりの本当に限界まで顔を寄せて、切なそうに私を見た。
『オレがオマエを傷つけると思ってんのか……? そんなワケない』
何だか同情してしまいそうな潤んだ目にそっと視線を外すと、顔を覆ってふるふると震えている源さんに気付いた。
なぜか顔が真っ赤だ。私と目が合うなり、首を振ってカウンターに突っ伏してしまう。
「いたたまれない……!」
「え」
「これ私も同じような感じなんですよね……! やだもう、本気でやだ。見てる方が恥ずかしい」
なるほど。どうやら初めて第三者目線でドラゴンの溺愛っぷりを見たのだろう。
確かに私も昨日の二人の序盤の一幕には砂を吐きそうになった。
こうして会話している間も、目の前のガザさんはずっと話し続けている。けど敢えて無視。
黙ったままの私にしきりに話しかけていたガザさんは、ふと中を覗き込んで、ぽつりと呟いた。
『それにしても殺風景になったな』
――誰のせいだと思っているのか。
さすがに五條さんなら物申しそうだな、と思ってちらりとそちらを見ると、きらんと五條さんの眼鏡が光った気がした。
「ではガザ様が揃えてきてください。まりもさんが使う調度品ですからね。ガザ様が吟味するのが宜しいでしょう、あぁ、ついでに事務用のコピー機もよろしくお願いします」
……この部屋のどこを探してもコピー機なんてないんだけど。五條さんさり気なく自分が使う備品も乗っけてない? しかもまりもってまた呼んだな……。
『まりもってなんだ。なんでオマエがそんな名前で呼んでいる?』
意外なことに同じ箇所に引っ掛かったらしい。
ガザさんはますます眉間に皺を寄せ、五條さんを睨みつけて低く唸った。鋭い犬歯がちらりと見えてぞくっとする。
「まり、って呼ぶよりはマシでしょう」
ざわ、っとガザさんの髪が静電気にでも触れたように揺れた。え、なに。と思ったのと同時に、バンっと向こう側のカウンターに拳を叩きつけた。
『ハ な れ ロ』
「ひっ……!」
もう条件反射だった。ばっと立ち上がって後ろに逃げた。
「それ以上やるとますます嫌われますよガザ様」
五條さんが静かにそう告げると、ガザさんは、微かに目を見開いた。そして、はぁ、と溜息を一つついて、怯える私に視線を向けた。
『……ワルかった。マリ、マリ……そんな顔すんなよ。怒ってない。オマエを傷つけるなんてしねぇ……出来るワケがない』
「いやムリムリ! やっぱムリ!」
向こうに聞こえないのを前提に、宣言するようにそう叫ぶ。
ないわ! 本気でない! 怖すぎて無理、一緒の空間にいたくない。
源さんはその場に残ったまま、あーあ、と言う感じで飛び退いた私を見て苦笑しているけれど、なんで源さんは怖くないのか本気で謎だ。
……つまり番の名前を呼び捨てするな、って感じで怒ったんだよね。
心せま……! あ、そう言えば源さんもそんなこと言ってたっけ? いやほんと無理、番どころかお友達すら遠慮したい。
なんか人相まで変わって牙まで見えたけど、ものすごい凶悪だった。
っていうかそんな人の言葉なんか信用できるわけがない。甘い言葉で欺されて向こうに行った途端、プチッと潰されてしまうんじゃないだろうか。
本気で無理!
そして五條さんも出来るだけ刺激しないでほしい。
呼び捨てはもちろんだけど、まりも呼びでもなくて、名字という社会人として一般的な呼び方があるのを思い出して頂きたい。
それからしばらく沈黙が続き、私はもうひたすらにガザさんの視線を避け、話しかけられても返事はせず、ひたすら残っていたデータを入力していく。
いや、分かってる。無視しても解決しないって事は。
だけどモニターがちょうど視線避けになってくれて、心の平穏は保たれていた。
そんな状態がしばらく続くと、ここにいる意味もないと悟ってくれたのか、ガザ様が不機嫌な声で五條さんを呼んだ。
『どうせこっちに帰るには、一度人間界を経由しなきゃ行けねぇし、さっき言ってたやつを今から揃えてきてやる』
おそらくさっきのソファやらコピー機のことだろう。
言い終わったタイミングで流れてきたのは、一昔前の卒業式ソング。
……いわゆるお店で流れる閉店お知らせだけど、昨日までは掛かかってなかったよね?
「あ、定時五分前にカウンターにお客さんがいると、流れるんですよ」
突然流れてきたの音楽にスピーカーを見上げた私に、ようやく復活した源さんが教えてくれた。
ほんのりまだ顔の赤い源さんが手早く認証を済ませてくれて、出口側のゲートが開く。
ちらりとそちらを見てから、ガザ様は視線を戻す。右の頬にちりちりとした視線を感じたけれど、意地でも見てたまるか。
『……またなマリ。明日はもっと声を聞かせてくれ』
来なくていいから……!
そんなセリフを最後にシャッターが下がっていき、私はあの熱っぽい視線から逃れられたことにほっとして、ようやく身体の力を抜いたのだった。