泣きっ面とあだな②
……まぁ番云々は、ある程度対策はあるし、守ってくれるって言ってるし。
その辺は後で落ち着いてから考えるとして、だ。
「さっきの……ある程度覚悟してたとしても、一年くらいは保つと思ってた、って言っていたじゃないですか。それってどういうことですか?」
さっき話を聞いていて気になった事を聞いてみる。
まるであたかも番認定されるのを分かっていたような言い方だったから、引っ掛かっていた。
「えーっと、ある程度覚悟、って言ったのは、受付の子は魔力が無いから、いつかは強い魔力を持つ番のドラゴンが現れるだろうって思ってたからだけど……なんかおかしい?」
少年は私の顔を覗き込んで首を傾げる。
おかしいというか……意味が分からない。
頭に疑問符かいっぱい浮かぶ。ナニソレ。
魔力が無いなんて、普通の人間なんだから当たり前だ。そしてなんでそこに魔力が強いらしいドラゴンが絡んでくるの。
少年と同じ様に首を傾げた私に、彼に説明は荷が重いと感じたのか、五條さんが溜息をついてその後を引き受けた。
「一般的な人間も、力として放出できる程ではありませんが、僅かながらも魔力を保有しています。しかしごく稀に一切魔力を持たない人間も存在しまして--それが貴方で、ここの受付勤務の第一条件でもあります」
え、みんな持ってるのに、私だけ無いの?
魔力を持っていない……あったらあったで使いどころに困るけど、みんな持っていると言われたら、それはそれで気になるのか人情だ。
「それって無いとダメなんですか。あ、でもそれが第一条件だから無い方が良い……? でも、どうして受付なのに魔力が無いほうがいいんですか?」
結局どっちがいいとか分からなくて、質問もあやふやなものにになってしまう。
「魔力を持っていなくても日常生活に問題はありませんよ。魔法を使う訳では無いのですから、人間にしてみたら無用の長物ですよ。それにむしろ我々としては無い方が好ましいのです。
受付に関してですが……今回ガザ様には破られてしまいましたがゲートの結界--私がガラスと説明した壁ですが。実は強力すぎて大きな魔力を持つドラゴンにとって居心地の良い場所ではありません。
そして一般的な人間も微力ながらも魔力をもっている以上、ドラゴンよりははるかにマシですが、それほど長時間あの場所にはいられないのです」
……だから魔力が無い人を受付にしてる、と。
なるほど、と頷いたものの新たな疑問にぶつかった。
「でも、私みたいな人って珍しいってさっき言いましたよね? そんなピンポイントで求人がくるんですか?」
私の質問に五條さんは軽く溜息をついてから、首を振った。
「いえ滅多に来ません。そもそも橘さんがご覧になって申し込まれた新聞広告ですが、一般の人間には別の広告に、魔力の無い橘さんのような方にだけ、求人広告に見えるように細工してあります」
……細工、なんか犯罪チックだけど。新聞って言っても見てたのは地方もののじゃない。一枚二枚なら分からなくもないけど……
「そんな事どうやって……」
「魔法です。簡単なものですよ。本来の求人広告の上に、微力な魔力にも反応する陣を書くことで、一般の方の目にはグループ会社の商品広告に見えています」
そう説明されて複雑な気持ちになる。なんか詐欺られた感がすごい。ほら二重の契約書みたいな……
「その受付の勤務条件っていうのは分かりました。じゃあどうしてそれが、番云々って話になるんですか」
話が逸れた気がして、そう質問してから--あ、と思いついた。
……もしかして、受付の条件=番の条件、って事だったりするんじゃない?
目が合った五條さんは、私の表情に気付き、肯定するように頷いた。
「ドラゴンは個体差はあるものの大抵強大な魔力持っていまして、自然の摂理かバランスとでも言いましょうか。子を為すには魔力の低いものと交わる必要があります」
……交わる、ってつまりはアレなのよね。十八歳未満お断りのR指定。
「簡単に言えば、強者ゆえにドラゴンは純粋に繁殖相手として魔力の無いものに惹かれるのです。庇護欲だとか、一つの魂の片割れだとか言われていますが、番に関してははっきりと分かっていません。本能で感じるものですから調べる者もいませんでしたしね。それに魔力が反発しあう事もありませんから子も出来やすい。まぁ逆に同じ波長なら強者同士でも子は出来ますが、そちらは稀ですね」
「……はぁ」
身の危険に直結しているというのに、連続の説明でパンク気味の頭では、長セリフは処理しきれない。
一つずつ頭の中で整理していると、少年が口を挟んできた。
「それにさ。僕達にとってお姉さんはなかなか面白い存在なんだよね。番じゃないけどついつい構いたくなるから、個人的にしばらくはここで働いてて欲しいなーって」
「……なんで構いたくなるんですか」
横を向き反射的にそう聞くと、少年はふふっと小さく笑って抱えた膝の上で首を傾けた。
「番じゃないけど庇護欲は感じるから、かな?」
しっくり来なくて首を傾げる。少年の姿だから余計に『庇護欲』なんて言葉に違和感を持った。
「強者ならではの感覚なのでしょうか。腕輪もせずに魔力量そのままのドラゴンからすれば、脆弱すぎて放っておけないあなたの存在はですね--」
五條さんが意味有り気に言葉を途切れさせる。
「……」
……この感じは、希少だとか言われたりするパターン? あったよね。そういう小説やらゲームの始まり。で、ちやほやされながら、最後は王子様と結婚する――みたいな。
わー夢があるぅ、なんて喜べるのは十代か若い女の子くらいだろう。ロイヤルファミリーの大変さは、テレビやら週刊誌だけ見てても分かる。自分がそうなりたいとは思わない。
まして異世界の王族とか、後宮とかお世継ぎ問題とか面倒な事ばっかりで早死にしそう。
「この世界で言うなら小動物――、うさぎ、ハムスターいや、砂鼠――違う」
ぽそりと呟かれた言葉に、思わず「そっち!?」と突っ込みかけて慌てて言葉を飲み込んだ。
……ほのぼのハートフルファンタジー系かぁ……。まぁでもさっき言った通り自分にはきらきらヒロインオーラはない。このラインが相応なのかもしれないけどさ。
愛玩動物扱い……。一日中自由に過ごしていいお金持ちの猫になら憧れはある。だけど一日中家にいなきゃいけないならお断りだ。退屈で死んでしまいそう。
「何故か触りたくなるのです。言うならば手触りのいいタオルケット。いや、違いますね……。そう、緩衝材を指で潰すような、枝豆をぷちっと抜くときのような。……ああ! ありました、ぴったりのものが」
なんかちょっとうっとりした顔をして語りだした五条さんの言っている事がおかしい。
いや待って。枝豆ってなに!
怖ろしい予感に私だけが緊張している中、五條さんが口にしたのは意外な、……いや、思いも寄らない言葉だった。
「まりもです」
……は?
「あの、……まりもって北海道の阿寒湖の」
知識を総動員しても弾き出されるのはソレだけだ。いや、だってマリモってそれくらいじゃない。まさか襟裳岬の聞き違いとか流れ的におかしいし。
「まさしくそれです。履歴書のお名前を拝見した時から気になっていたのですが、今思いつきました。我ながらぴったりです」
五條さんは自分の答えに満足したように大きく頷く。その顔は今までで一番朗らかだった。
まさか、生物なのか植物なのかよく分かんないのものがくるとは!
「わーぴったり。まりもちゃんって呼ぼー!」
「ふわふわしていて触りたくなるでしょう。そして――そのまま潰してみたくなるような」
脳裏に蘇る戦闘能力マックスの五條さんのドラゴン腕。ゾッとして思わず自分で自分を抱き締めた。
それはぜひプチプチとか、植物の土代わりになる水で膨らむアレとかでやって下さい!
「あの、っ私やっぱりこのお仕事やめさせて頂きます!」
ガラス壁のこちら側にある恐怖はさすがに許容範囲外です! まさに身近にあった危機。やっぱりここはあぶない職場だった。
お金がなんだ、生活費がなんだ。
一旦仕切り直してバイトしながら、再就職先探そう。もう命より大事なものはない! うん、今度は販売でも派遣でも肉体労働だってドンと来い!
「駄目ですよ。いい大人なのですから契約書にサインした以上そんな理屈通らないのご存じですよね?
母親の洋子さんもまだ全快と言えない状態だと御見受けしますが、それなのにまだ仕事が決まらないなんて心配をかけるつもりですか? ああ、そういえば二年勤めて頂ければ弊社グループの管轄である老人ホーム竜楽園の空を格安で融通しても良いですよ。それにグループ系列で高齢者用マンションの施工も計画しております。全室もちろんバリアフリーですし、24時間医師が勤務し、共用施設としてリハビリ用のプールや温泉もあります。もちろんこちらもある程度勤めて頂きましたなら社員割引の仲介手数料、入会金、月額管理費無しで紹介させて頂きます」
セリフ長え!
しかもなにその好待遇。
老人ホームに高齢者マンション?
社員割引の仲介手数料、入会金、月額管理費無し、とか……。
頭の中の経理担当が電卓を叩き始める。
その後ろでおばあちゃんとお母さんが笑顔でサムズアップしている光景が頭に浮かんだ。
……ぐうの音も出ないと言うのはこの状態の事を言うのだろうか。
母親の状態なんて一緒に住んでいる私が一番分かっている。いい年齢だし、と少し前から交通の便が良い高齢者用マンションを探しているもののなかなか条件が合わず見送っている事まで突き止めているとか、人外の情報網半端ない。そもそもうちの母親の名前どこで知ったんだ!
『高級高齢者用マンションですってーホテルみたい。いいわねぇ』なんて広告を見ながら言っていたのなんて今日の朝だけど!
「……」
条件がよすぎる。
私が一年我慢すれば、おばあちゃんもお母さんももちろん私だって安心して過ごせる……
くぐ……と、歯を食いしばった後、色々考えて--私はがっくりと肩を落とした。
「……よろしくお願いします」
「素直な部下は好きですよ」
くっそ、貧乏が憎い……!
五條さんの能面ヅラがなんだか勝ち誇ったように見えるのは、気のせいではないだろう。
「まぁドラゴンによってはあなたに抱く感想は違いますので、それほど怖がらなくても大丈夫です。私は先ほど説明したような感じですが、先程のガザ様は食べてしまいたいくらい可愛いといった感想を抱いたようですし」
こえぇええ! なんだそれ。可愛いとか言っといてソフトにカニバるのだけはやめて! 初めて聞いた時に興味本位でクグッちゃった時のトラウマからまだ抜けだせてないの!
「まぁしばらく頑張って下さるんですよね。本来ガラスさえあれば、匂いが漏れて他のドラゴンにそんな感情を持たせることはありませんし。
さきほど説明させて頂いた通りガザ様に関しては、異世界渡航時につける枷を向こう一年は常時着けて頂く事になっています。ガラスも二段階強度を上げましたし、もう一度同じ事をされたとしても破られる事はありません」
改めて隣に座っている少年に顔を向ける。
この子、守ってくれる、って言ってたもんね。だがしかし、これだけは聞きたい。
「あの。ついでにあなたは私を見るとどう思うんでしょうかね……?」
祈る様にそう尋ねると、少年はつんと唇を尖らせて詰め寄って来た。
そんなかわいこぶった態度もいちいちサマになる。
「あなたって他人行儀だなー! トモちゃんでもトモっちでも好きなように呼んでよ! えっと僕? 僕はねぇ――」
ぎゅっと腕を掴まれて、顔を覗き込まれる。空の青さとは違う深海みたいな濃い青の瞳に困惑している私の顔が映っていた。
薄い唇がつり上がって人間より少し長い舌がそれを舐めた。
「剥いて舐めまくって--の---にした--に---でひぃひぃ言わせたいなぁ!」
どこにも味方がいないのですが!
触れている腕部分に、鳥肌が立ってくる。もうやだ、この子! 可愛い顔して言うことエグい。
「まぁ、でも僕は立場的に襲うなんて出来ないから安心して! だからガンガン呼び出しボタン押してねー。身内割引って事で追加料金三割引きにしてあげるから!」
どこからか取り出し、はい、っと首に掛けられたのは、コンビニの店員さんがつけている防犯ブザー。
わざわざ油性マーカーで「僕専用」と書いてあった。
ちなみに、赤色のひも部分に青抜きでちゃんと、例の会社のロゴが印字されている。……書体までパクったら言い逃れできないじゃん……。
「それは駄目です。今回のようなケースはもう無いと思いますが、お客様に帰って頂けない場合は机の下の呼び出しボタンを押して下さい。
そちらのブザーを使いますと初回から出張費だけでなく指名料金まで掛かるので絶対に押さないように。
まぁ、……威嚇にはなりますので身に付けて置くことは許可しましょう」
「はぁ……」
なんだかよく分からない許可を頂き、受付は既に工事の人が入っているから、と言われたのでそのまま直帰する。
面接を受けた場所に置きっ放しだった鞄も持ってきてくれたらしい。
そしてうっかり握りしめたままだった上着に気付いてその皺々っぷりに慄いた私は
クリーニング代負担を申し出てみたけれど、五條さんに「構いません」と取り上げられた。
あのそれ多分涙どころか鼻水だってついてますが……なんて心の中だけで呟き、とりあえず謝り倒しておく。
「では、手続きを取りますので、こちらの書類に記載されているものを明日お持ちください。始業時間は九時ですのでそれまでに出社お願いします」
そう言われて、さっきまでのしつこさは嘘のようにあっさりと帰された。
しかも今回は、こちらの過失ですから、とタクシーまで呼んでくれた。領収書をもらっておいてください、と五千円を預かりそのまま見送られる。
え、これ経費で落ちるのかな、なんて思いながらも家の近くで下ろしてもらい、私は言われたとおり領収書を貰った。
なんだか夢の中を歩いてるみたいに、ふわふわした足取りで玄関を潜り、おばあちゃんとお母さんに「ただいま」と声をかける。そして就職が決まった事を報告したらとても喜んでくれた。
「今日はお姉ちゃんの好きなロ―ルキャベツにするわね」なんて言ってくれるお母さんの笑顔が日常すぎる。
「楽しみー……。着替えてくるね」
と、私も引き攣った笑顔で返事をして、二階の自分の部屋に向かう。
扉を開けて鞄を放り投げて領収書を机の上に置いてから、ベッドに突っ伏した。
悪夢からの帰還。
さようなら非日常。おかえり平和な私の生活。
……何というかとても濃い一日だった。
苦労に苦労を重ねた就職活動の末、顧客が全員ドラゴンという旅行会社に就職が決まった。そして暴力男に番認定……?
「あはは。夢かなー………?」
乾いた声で笑ってみるけど、ただの独り言だ。答えてくれる声なんてあるわけがない。
ふと、床に放り出した鞄から飛び出して転がっていたスマホに目がいく。SMSの着信を知らせる青いランプが点滅していた。
手を伸ばして掴んで身体を仰向ける。
メッセージアプリに『12』と記された未読メールは全て愚弟からだった。
暇だな!
多分こんなに送ってくるのは渡したタブレットの連絡先に私しかないからだろう。
あまり素行のよろしくない人との繋がりを切るべく電話番号も変えたし、メッセージアプリのIDも新しくし、勝手に追加できないようにお子様用見守りモードにした。
愚弟は今時の若者にしては、珍しいくらいに機械に弱いので解除される心配はあまりないのだ。
ついでにお世話になっている牧場主の叔父さんに頼んで、解除しないように他の従業員にも周知して貰っている。
自宅の電話にもその番号は迷惑電話として取り次がない様に設定もしたし、愚弟には私以外の人間と連絡する術は無い。
だからといってこれはやりすぎである。
ブロックしてやろうか、と思いながらメッセージをスクロールしていく。
『キツい死にたい』
『なんなの、ここ地獄なの。牛とおっさんしかいないんだけど』
「えーっと、『じゃあオッサンに見届けてもらって死ね』……っと」
むしろ人間なだけ私より幸せなんじゃないだろうか。
そう思うと一層腹立たしさが込み上げる。
『死ぬわけないじゃん。ヒドイねーちゃん鬼! 悪魔ヽ(*`Д´)ノ』
速攻で返ってきた。暇だな愚弟。
「鬼でも悪魔でもなく、ドラゴンっだっつーの……」
呟くだけに留めて溜息。さすがに文字にしたら正気を疑われる。
それにしても借金を清算し人生をやり直すチャンスをあげた心優しいお姉様に鬼とか悪魔とか、教育的指導が必要だろうか。
返ってこない返事に不穏な空気を察したのか、『ちらっ』系のご機嫌を伺う不細工なウサギのスタンプが続き、ふとまた文字に戻った。
『ところで仕事決まった( ´∀`)?』
……お、愚弟が自分の事以外気遣える様になってきてる。これは僻地に送った甲斐がある。が、なんだ、この顔文字。殺意しか湧かない。
『決まった』
少し迷ってそう打ち込んだ。
『マジで(゜Д゜)! おめでとーーー(≧∀≦)』
コイツ顔文字入れなきゃ死ぬ病気でも煩ってんだろうか。
疲れたから寝る、お前も頑張れ、と最後に打って、私はスマホをベッドに放り投げた。
後ろ二行以外のあらすじまで終わった所で、書き溜めに入ります!
大体25話くらいでしょうか。また近い内に連載再開しようと思います!