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招かざる客はお帰り下さい


『ゲートが開きました』


 呼び出し音声に、慌ててゲートをのぞきこむ。

 一瞬逃げようかと腰を浮かし掛けて、自覚している頑固な程の生真面目さが逃亡を押しとどめた。

 慌てて座りなおしてお客様を待つ。


 ……多分大丈夫。

 ほら、さっきのおじいちゃんも普通だったじゃない。


『よぉ』


 低く太い声と共に巨体がぬっと目の前に現れた。ガラス越しだというのに威圧感がハンパない。


 Tシャツの上からでも分かる筋肉質な身体つきでまだ若い。その上に乗っている顔の目鼻立ちははっきりしていて整っていた。


 鬱陶しそうに少し癖の強い長めの髪をかきあげて、眇めた灰色の目が私を見下ろす。肌はエキゾチックな感じで浅黒くどこか艶っぽいけれど、不機嫌そうな表情のせいか雰囲気がかなり怖い。


 さっきのお客さんと全然違うんですけど!!


『あ? ……新しい女入ったのか』


 喋り方からして荒っぽそうで、自然と身体を引いてしまった。


『は、初めまして』


 誰だこの人。

 飛び込みなら、『担当者は生憎不在ですので、お約束の上お越し下さい』ってお断りしたい。


 でも駄目なんだろうなぁ。五條さんに予約以外の人が来たらどうするべきか聞いておくべきだった。


 黙っていても仕方ない。カウンターの下でぎゅっと拳を握り締めてから私は口を開いた。


『申し訳ありません。ご予約を承って--』

『ん~……分っかんねぇな。ちょっと向こう開けろよ』


 人の話は最後まで聞いて!

 しかも絡まれてる感じがする、これ。


 男が親指で示したのは横の非常口。

 どうやら向こうからは開けられないらしい。

 いや、そこは開かずの間なんで! なんて理由で納得してくれるだろうか。


 ……五條さんは開けない方がいい、って言ったよね?

 人生経験上、そういう扉は絶対開けない方がいい。パンドラの箱は開けないし、夜の学校には絶対行かない主義です!


『私の一存では判断しかねるので、少々お待ち頂いてもよろしいですか?』

 

 長い受付生活で培った、申し訳なさそうな困り顔でそう尋ねる。が、男には通用しないらしい。


 反射的に電話に手を伸ばしかけるものの、事務所の内線が何番かなんて聞いていない。そして残念な事にどこにも書いていなかった。


『ただいま係の者を呼んで参りますので、もう暫くお待ち下さい』


 笑顔で誤魔化して、直接呼びに行くことにする。ますます鋭くなった男の視線が怖い。うわ、足がすっごい震えてる。


 次の瞬間立ち上がった私に男が怒鳴る。マイクのハウリングで耳がキーンとする。


『オイ。開けろっつってんだろ?』


 ガラが悪すぎる……! 

 もしかして、ここれこそあのエセセコ……いや、セダムの出番なんじゃないだろうか?


 いや、でもお客様かどうか結局分かってないし。なるべくなら話し合いって言ってたよね?


 使ってもいいけど、なるべく使わないでね、と言われれば、使わないのが日本人である。私もご多分に漏れず、落ち着いてくれるように言葉を重ねて説得を試みる。


 ビビりながらもまだ冷静でいられるのは、五條さんが絶対大丈夫だと太鼓判を押してくれたこのガラス壁のおかげだろう。


 が、しかし。


 男は拳を作ると振り上げた。

 突然の行動に私は目で追うだけで精一杯で、注意どころか叫び声すらあげられなかった。

 拳はそのまま目の前のガラスに思いきり叩きつけられ--

 バチッと火花のようなものが散って、びっくりするくらい大きな音がした。


「う、わ……」

 思わず凝視してしまった目の前のガラスは未だ余韻に震えていて、同時に私の血の気も下がった。


 いま割ろうとした……!?

 このガラス大丈夫なんだよね!?


『っ……お客様落ち着いて下さい!』


 とりあえず暴れる男をどうにか落ち着かせようと、マイクに齧り付いてそう声を掛ける。


 男はそんな私を無視して、ガラスに拳を叩き続けている。なんか目がヤバい。瞳孔が縦になっているし、私をターゲットに定めているのか視線がずっと動かない。


 どうしよう、スイッチ押していいかな?

 それとも五條さんの所まで走る?

 あ、ガラスが割れた時の事を考えて、顧客情報は持って行った方がいい!?


 迷っている間に男の拳がまた振り上げられ、目の前のガラス面が大きく湾曲する。思わず目を瞑った--その時、



「橘さん、離れて下さい」


 男から庇うように、ガラスと私の間に身体をねじ込ませたのは、五條さんだった。


「五條さん!」


 良かった。来てくれた……!

 ほっとして、思わず五條さんのスーツの上着を掴む。神様仏様五條様、後ろに後光さえさしている気さえして、反射的に縋り付く。


「ここまで我慢はせずに押してください。何のためのスイッチだと思っているのです」


 じりじりと後ろに下がりながらも、添えられた言葉に、私はとりあえず謝る。


 五條さんは手を伸ばすとカウンターの下に手を滑り込ませた。多分ボタンを押してくれたのだろう。そして中指で眼鏡のフレームを押し上げ、こちらを冷めた視線を流した。


「部下であるあなたが怪我をすると、私の監督不行き届きで査定に響きます」

「あ、ハイ」


 思わず遠い目をして、上着を掴んでいた手をそっと離した。


 少しでも頼ろうとした自分の甘さが恥ずかしい。ハイハイ査定ね査定。そりゃ大変、ボーナスにも関わりますもんね。でもちょっとくらいピンチを救われたお姫様気分に浸らせて!


 そんな事を心の中で叫びながら、私は椅子から立ち上がる。距離を取るべく後ろに下がると、ガラス越しに目の前の男が低く唸った。


『どこ行くんだよ。そこにいろ』


 え、やだ。


『ガザ様。職員への威嚇行動はおやめください』


 マイクを通した五條さんの警告にも男は耳を貸そうとしない。


 ガザ様……男の名前だろうか。


 と言うことは顔見知りなんだよね? 

 様付けっていうことはお客様って事でいいんだろうけど、そもそもなんでこの人こんなに私に絡んでくるの。


 対角線上に五條さんの背中に隠れて男の視線から逃れる。と、それが気に入らなかったらしく、男は『離れろ!』と叫んでもう一度大きく吠えた。


 びりびりと壁も床も震動が駆け抜ける。


 ひと際強い拳が叩きつけられ、--次の瞬間に、目の前のガラスが砕け散った。


 きらきらと光る破片に、思わず見入ってしまったせいで、逃げるのが一瞬遅れた。


「っ逃げなさい!」

「……」


 立ち尽くす私に五條さんが舌打ちしたのが分かった。

 そして次の瞬間には頭を両手で抱えられたかと思うと、きつく抱き込まれた。


 え、え……!?


 庇ってくれたことが分かったのはたっぷり数秒経ってからで、男はすぐ近くで五條さんと共にうずくまった私を見下ろしていた。


「あ? ………あぁ、オマエ……なんだよ。……シールド越しじゃ分かんなかった」


 間近で見ることになってしまった、男の目が吊り上がり瞳孔がこれまで以上に細まった。

 ガラス越しよりも大きな身体は間近で見ると引き締まっていて、首も腕も太い。頬に黒い鱗らしきものが浮かび上がり、それも相俟って私の恐怖感を煽った。


 一言で言えば凶悪--ゲームなら災厄とか言われそうなラスボス感がある。


 五條さんの肩越しに、男の手がこちらに伸ばされ二人の間の空気まで黒く侵食されていく。あと数センチで腕を掴まれる--その瞬間。


「はいはいはーい! 正義の味方セダムのお兄さんだよ!」


 そんな声と共に真横から飛んできた弾丸--違う、人間らしき塊が男を蹴り飛ばした。


 男の身体が一瞬宙に浮き、目にも見えないスピードでソファセットの方へふっ飛ふ。次いで爆発したみたいな破壊音が部屋に響いて思わず両手で耳を覆った。


 え、……え!?


「何してんの。いいかげん源さんにちょっかいかけんのやめなよ。アルに殺されるよー」


 すたっと一回転して着地したのは、高校生くらいの可愛い男の子だった。


 亜麻色の柔らかそうな髪は少し長めで綺麗にセットされている。そしてその下の顔は、女の子みたいな華やかあった。各パーツも整っておりそんなアイドルみたいな甘い顔を歪ませる。


 そして、汚れてもいなそうなジーンズのお尻を叩いた。


 ――誰。


 蹴られた男は、ソファを巻き込んだ後は、その後ろの壁に激突していた。ソファはあの一瞬で半壊し真っ二つに折れていて、鉄筋が剥き出しになった壁は砂埃が上がっている。


 あれ、大丈夫なの? 下手したら死んでるんじゃない……?


 ぞわりと肌が粟立つ。


 未だかって人が死んだ瞬間なんて見たことはないし、見たくもない。

 おそるおそる目を凝らしたその先の砂埃の中にゆらりと動く影を見つけて--心からほっとする。が。


「いってぇな……。アルになんか殺されねーよ」


 ピンピンしてましたー!


 のそりと起き上がって壁に手をつき、埃を被ったらしい頭を振る暴力男。


 首に手を置いて左右に傾け、少年を睨んだ。ざっと見る限り血らしきものは流れていない。

 強いていうならちょっとその辺にぶつけちゃった、みたいな反応である。


 ……さすがドラゴンとでも言えばいいのだろうか。人外度ハンパない。人間の姿をしていても皮膚の硬さはドラゴン基準なのだろうか。


 だけど衝撃が無かったわけではないだろう。男が着ていたシャツは衝撃に破けていた。六つに割れた腹筋が覗いているけど、中身はドラゴンなのだ。


 腹筋=腹の模様! 蛇腹であり初期装備で、ぬののふく以前の素体である。昨今シックスパックが流行だからって一瞬でもときめくなよ私。


「今日は明らかにスキンシップ激しすぎ! 強制そうかーん! 頭冷やしておいで?」


 そう言いながら男に駆け寄った少年が、暴力男の額にべたっと何かを貼り付ける。真っ赤な付箋みたいな--レッドカード? 


 その鮮やかさの中にあった不思議な文字を読み取ろうと目を凝らしたその瞬間、男の姿はその場から--かき消えた。


 そう--消えたのだ。


「うっわ……」


 周囲を見渡してもとこにもいない。当たり前だ。掻き消されるよういなくなった。  

 いや、でもどこに? これが魔法?


「橘さん。大丈夫でしたか?」


 驚きに口を開けたままだった私は、五條さんに声をかけられて慌てて頷く。

 その問い掛けに私より先に反応したのは少年の方だった。


 「え」と短く呟いて、ぐりん、と首を回す。私を見とめると、一度目を大きくさせてから身体も反転させてぐっと両手で拳を握った。


「うわぁああ……っ! 受付に新しく入るっ言ってたのこの子っ?」


 弾んだ声でそう言ってから、にこぉ、っと笑って駆け寄ってきた。


 あ、可愛い。

 そう一瞬思ったものの、さっきの凶悪な蹴りを思い出して、慌てて首を振る。


 あの笑顔は擬態だ! 下手に近付いたら捕食される。正気に戻れ私!


「トモルもう少し早く来てください」

「これでも超特急だったんだよー!」


 五條さんはそう言いながら、すっかり荒れ果てた部屋を見回して溜息をついた。


「業者を呼ばなくてはなりませんね。全くガザ様も無茶な事をされる」


 後半は完全にぼやく口調で呟いた五條さんは、スーツの上着を脱いだ。


「大丈夫ですか」

「……はい……っあ」


 駄目だ。


 男が目の前からいなくなった事で、脳も完全に命の危機は去ったのだと安心したのだろう。


 途端にすっと身体の力が抜けて--視界が上から白く塗り潰されていく。

 どうやら私は今になって貧血を起こしたらしい。


 そしてそのまま意識は暗転した。




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