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事情を説明してください2


「いや、だからっオレ勇者で」 

「斗真は話がややこしくなるから喋るな」


 長年の付き合いから、すぱっと切り捨てる。斗真の国語力は日本留学一年目の外国人なのだ。


「はい!」


 私の言葉に、ピッと背筋を伸ばして斗真が返事をする。実姉を怖がる勇者なんて、死ぬほどかっこ悪いと思うけど、サリ様的にはは全く気にならないらしい。

 それどころか『トーマ様のお姉様も強くて素敵』と仰って下さっている。恋が盲目過ぎる。


 斗真なんかのどこに惚れたのか、ぜひ聞きたいものだ。


 だけどそんなサリ様。

 斗真が座らされている大理石の床が冷たいと思ったのか、一生懸命ソファのクッションを床と足の間に挟もうとしていた。

 ……確実に足が痺れていそうだから、刺激を与えるのは止めた方が良いと思うけど……サリ様は多分天然の女王様なのだろう。間違いない。


 ひととおりそんな二人を観察した私は、五條さんに視線を向ける。

 こういう時はつい頼ってしまうけれど、やっぱりわかりやすい説明役といえば適任は彼しかいないと思う。

 五條さんも私の視線にすぐに気が付くと、一度確認するようにトモル君を流し見た。


「五條。今までの事を話してあげて」

「……分かりました」


 すぐに察したトモル君がそう答えると、五條さんは小さく溜息をついた。


 そこから淡々と――異世界の少年を召喚したこと。魔王を討伐したこと。そして斗真は歴代の勇者の中でも群を抜いて魔力が高かった事なんかを簡潔に、分かりやすく説明してくれた。



「――つまり。斗真は本当に勇者で、ドラゴンの世界に召喚されて魔王を倒した。――で。元のこっちの世界に帰るってなった所で、その力を惜しんだドラゴン世界のトモル君以外の偉い人かごぞって引き止めた、と」


「……あれだけ大変だった魔王討伐がたった二行に短縮されている事に些か憤りを感じますが、概ねそれで合っています」


 囚われた魔界で聞いた話を要約して若干顔を引き攣らせた五條さんにちょっと申し訳無いと思いつつ、少し考えてその途中でおかしな事に気付いた。


「……っていうかサリ様、お姫様なんですよね? 魔王の娘って事だと思うんですけど、魔王を倒した斗真の事、憎かったりしないんですか」


「いいえ? 娘といっても話した事もありませんし、魔王の子供はそれこそ千人近くおりますから。実際消滅したと聞いても全く心は動かされませんわ」


 きょとんとした顔をしたサリ様はそう言い切る。


「……」


 何だろう。子供が千人とか情の薄さとか驚きポイントが多すぎる。思わず言葉を失っていると五條さんはここに戻って来て初めて表情を緩めた……というか私の心境を察したのだろう苦笑した。

 多分五條さんは、日本……というかこちらの世界に直接関わって長いのだろう。そういう感覚を一番理解してくれている気がする。


「魔族とはそういう種族なのですよ。親子であってもほぼ他人です。究極の個人主義なのです」

「なるほど……」


 正直、理解は出来ないけれど、ここで拘ってたら話が先に進まない。


「まぁ、サリ様がいいなら……それはじゃあいいです。で! 斗真!」

「ぅえ……っ!」


 正座はかろうじてしていたものの、すっかり気は緩んでいたらしい。斗真はびくぅっと肩を震わせて私を見上げた。

 そう。今回の誘拐騒ぎの原因であろう大きな謎の解明が残っているのである。


「アンタがこっちの世界に帰る時に言ったのが『私の傍にいなきゃいけないから帰る』……間違いない?」

「うん!」

「嘘をつくなー!」


 すぱーんっと思いきり頭を張ると、その真横にいた五條さんがちょっとおののいて、斗真から距離を置いた。


「いってぇえ! 嘘じゃないのに!」

 噛みついてきた斗真の頭を、私は上からがっと押さえた。


「痛いじゃないわよ! あんたがそんな馬鹿な事言ったおかげで、こうして私が巻き込まれたんでしょう!? 大体、側にいなきゃいけないからってなに! 頼んだ覚えないし、あんたいつからそんなシスコンになったのよ!」


 確かにしょっちゅう私が独り暮らししていたアパートには来ていたけれど、そこまで病的に四六時中付き纏われていたわけじゃない。


「えーそれはわりと前から言われていたけどさー」

「誰に」

「友達とかバイト先の人とか」

「え、気持ち悪……っ」

「オレ!? 言ったの友達なのに?」


「だって、その友達にそう思われるような、言動なり行動なりしたって事なんでしょう。気持ち悪い以外の感情が湧かんわ!」


 両腕に立った鳥肌を服の上から擦る。マジでちょっと気持ち悪いんだけど。


「いやぁどっか遠出してもねーちゃんとこ帰ってくるとリセットしたなーって思うんだよね。なんか気が抜けるって言うか。眠くなっちゃう。だからそう言う意味で傍にいたいって言ったんだけど」

「だから、あんたいっつも私の前でダラダラしてたの!?」


 驚愕の事実だった。

 会う度にゴロゴロしているので、常日頃からそんな感じのナマケモノの化身だと思っていたけれど、そうでもなかったってこと?


「まりもさん。それは恐らくまりもさんの魔力が無い事が関係するのでしょう。勇者トーマの魔力の大きさは尋常では無い。魔力を魔法として放出出来るこちらの世界ならともかく、ニホンでは魔力過多状態になります。そんな時にまりもさんが側にいれば過剰な分を吸い取ってくれますから」


 五條さんがメガネを指で押し上げてそう説明してくれる。


「……吸い取るのに、私には魔力が無いんですか?」


 しつこいとか言わないで。だって私だって一生に1回くらい使ってみたい。


「それを溜めておく器が無いですから、巡回して排出され、空気中に溶けているのだと思います」


 ……なんか空気清浄機みたいな……。

 ファンタジー要素が電化製品になって、微妙な気持ちになる。いや、周囲は人外ばっかりだし、二回も攫われたし自己防衛の為に対抗できる手段があるならば会得しておきたかったのに。


「あ、そっか。ちっちゃい時から不思議だったんだよな。だから眠くなんのか。……なんて言うか、勇者にとっての教会、オタクにとっての秋葉原みたいな?」


 全然全く嬉しくない例えに、斗真を冷めた目で見てみるけれど、何故か謎のドヤ顔である。全然上手い事言えてませんから。


「斗真の事情は分かった。黙ってた事はさっき怒ったし家族に心配を掛けたくない気持ちは分かるからこれ以上は言わない」

「やったぁー!」


 斗真はそう叫んで立ち上がろうとしたけれど、相当痺れていたらしい。そのままばたんっと横向きに倒れた。昔から身体の丈夫さだけは折り紙付きなので心配はしない。


 ……もしかしてこれも魔力の高さが関連するんだろうか。

 しょっちゅう無茶をして怪我する割に、ピンピンしていた斗真の少年時代を思い出す。

 今思えば明らかに尋常じゃない回復力に気付いていながら、母も私もよく普通に受け入れてたな……。


「……じゃ、次はトモル君。最後に私を『ここ』に引き込んだ目的を教えて下さい」

 

「……はい! えっーと……勇者トーマがシスコンだって伝わってたし、側にいたいって理由も僕達には予想出来たから、勇者トーマの姉は『魔力なし』っていうのは分かってたんだよね」


 最初こそノリよく軽快に返事をしたトモル君だったけど、話が進むに従って言葉を選んでいるのかゆっくりになった。


「で、良い感じにトーマの気配も遠くなってチャンスだって思ったんだ。まりもちゃんがちょうど仕事を辞めて職探ししてたのもすごくタイミングがよくてさ。ちょっと強引に就職もしてもらった。……いつか番が現れてドラゴンの世界に来てくれたらいいな、ってのも正直ちらっとは思ってたけど、こんなに早いのは想定外。……むしろもっと時間を掛けて慣れて貰ってからの方が良かったくらいだ」


 確かにそうなのだろう。

 実際のところ、初日にガザ様が現れて暴れた事で、もう私は番だというガザ様に対して『怖い』しかなくなってしまった。

 あれが――もし、もっと仕事に慣れた頃で番云々も理解して、リタさん達みたいに良いドラゴンもたくさんいるって分かっていたら――まぁ、それなりにガザ様への対応も違ったかもしれない。


「……私をドラゴン世界に引き込んで斗真に何をさせたかったんですか?」


 その辺りをあまり突っ込まれたくなくて、ズバリ確信に迫れば、トモル君はちょっと気まずそうに頬を掻き大きく肩を竦めた。


「何をさせたかったって訳じゃない。これは本当に。そことは別に……というか、やっぱり魔王を倒した大きな魔力を持ってるからさ。危険視したい古参の連中はいるんだよね」


 最後だけ諦めと苛立ちが入り混じった珍しい表情を浮かべる。いつだってニコニコしているトモル君にしては珍しい。つまりそれ程面倒だとか、嫌いだということだろう。まぁ、よくある話だよなぁ。


「一応僕王様だからさ、うちの国にいてくれたら状況も把握しやすいし、庇いやすいのもあって、今も確かにいてくれたらいいな、とは思ってるよ」

「……色々事情があるんですね」


 そう返事をすれば、眉尻を下げてトモル君は苦く笑う。いっつも会う度ににこにこしているけれど、王様業も大変らしい。


 でもじゃあ心配していたような斗真を利用するような事を考えていた訳じゃないってことだよね? ……少なくともトモル君は。


 そう自分の中で確認して、ようやく肩の荷が下りた気がした。自分が一番許せなかった斗真の足を引っ張る、みたいな未来は回避出来そうだ。

 ……考えようによっては、この受付にいる事で守られている部分もある、ということなのかもしれない。


 黙り込んだ事で生まれた間を持たせようとしたのか、斗真が口を挟んできた。


「っていうかさー別にねーちゃん利用しなくても直接オレに言えば良かったじゃん」


 ようやく、復活していた斗真が不本意そうに唇を尖らせば真横にいた五條さんがゆっくりと首を傾けた。怒りを押し殺すように小鼻をひくつかせた。


「……何回も、いえ何十回も言いましたが? 永住せずともたまにはこちらの世界にも顔を出して下さいと」

「え? マジで? あーでも五條さん、いつも言ってる事なんか難しいんだもん。もしかしてアレ? ムホンを企てる、とかなんとか言ってた奴? ごめん、適当に聞いてて全然分かんなかった」


 五條さんが、こめかみに手を当てて項垂れる。


「こんなのがあの伝説の勇者だなんて……」


 と、ボソボソ呟いているのが聞こえて姉として申し訳なくなった。情けなくなる弟の国語力の低さよ……分からなくても適当に返事するなとあれ程言い置いていたのに!


 結局は斗真がちゃんとドラゴン世界の事情を理解していたら良かった訳で。

 結果、何だか身内の恥っぽいオチがついてしまって、私は次の言葉を継げずにいた。それなのに。


「でもさ、まりもちゃん。僕まりもちゃんが勇者の姉じゃなくても良かったよ。可愛いし面白いし見てるとすごく楽しい」


 もう我慢が限界だったのかトモル君はいつの間にか崩していた足の上で頬杖をついて、優しく笑う。


 そして私が返事をするよりも先に、復活していた五條さんも真面目な口調で続けた。


「私もマリモさんの真面目なところを好ましく思っています。私の周りはこの通り自由な輩ばかりですから」


 ……五條さんまでそんな事を言ってくれるとは、思わなかった。

 なんだかどんな顔をしていいのか分からなくなったところで、何故がこれまで黙っていたガザ様まで喰い気味に私の方へ身体を寄せた。ぐっと肩を掴んで来る。


「オレは寧ろ勇者トウマの姉じゃない方が良かった」

「……ありがとうございます?」


 で、いいのだろうか。自分でもちょっと不思議な返事をしてしまったと反省していると、私とガザ様の間に体当たりするようにして斗真が入ってきた。


「ああん? なんだよ、このドヤンキーが」

「あ? 未だ姉離れ出来ない小僧は引っ込んでろ」


 鋭い視線が飛び交う中、私が溜息をついてソファに凭れかかる。

 今にも二人が掴みかかりそうな雰囲気だったけれど、ガザ様がちっと舌打ちしてから、もう一度私に向き直った。そして、つい、と私から視線を五條さんに向け「隣借りるぞ」と愛想なく言い放った。


「隣ですか? 一体何に」

「あ、いいいい。貸したげる。五條、鍵出したげて」


 訝しげに問いかけた五條さんをトモル君が苦笑しながら止める。

 なんだろ、と考えて居る間に五條さんからカードキーを受け取ったガザ様は、改めて私に向きあった。


「マリ、二人きりで話がしたい」





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