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遅れてきたヒーローもとい勇者


「っガサ……さ」


 声は爆音と混ざり小さく遠かった。なのにドラゴンは振り向くようにして向こうの壁ぎりぎりに器用に回転した。その勢いのまま大きな尻尾がラグナの身体を思い切り凪ぎ払う。



 首の圧迫感は消えて、私の身体はそのまま重力に従い落ちていく。

 最後の瞬間を覚悟するよりも先に、目の前の赤に心を奪われた。ふわっと落ちるスピードが緩やかになり、動きが止まったと同時に私の身体は何かに包み込まれて、宙に浮いていた。


 目を開けて最初に見えたのはストッキングが敗れた自分の爪先。全然気がつかなかったけど、いつの間にか靴は左右どちらも脱げてしまっていたらしい。


 私を抱えたガザ様の足が地面に着いたのを身体全部で感じて、思わず悲鳴のような溜息のような変な声が出た。


「マリ」


 視界に強引にガザ様が映り込んで、抱き締めてくれる力の強さの確かさにガチガチに固まった身体から力が抜けていく。


 どうやらガザ様がドラゴンから人間の身体になって、抱き止めてくれたらしい。


「……だ、……っ」


 大丈夫と返事をしようとして、大きく咳き込む。


 急に入ってきた息に肺がついていかず、言葉なんて出なかった。涙が出るくらい苦しくて口元を押さえる。吐き気まで覚えて堪えるように目を閉じると、ガザ様が片手で支えるように抱き直して、顔を覗き込んできた。


「悪かった。怖がらせたな。くそ……また間違った……」


 後悔が滲む声に覚えたのは得体の知れない感情。


 私は無言のまま、首を振る。

 一秒でも二秒でも早く私はあの男から解放されたかったのだから、間違いではない。


 ガザ様は初対面の時の自分の行動や態度を悔いている。――それが痛い程伝わってきて、今度は違う意味で喉が詰まって苦しくなる。

 ぐっと奥歯を噛み締めて吐き出したくなる言葉を我慢した。


 一分、二分。あるいはもっと。


 その間中、なかなか息が整わない私の背中をガザ様がずっと撫でてくれていた。

 ようやく落ち着いて、一度深呼吸してからようやく口を開く。


「ガ、ガザ様、あの、ラグナ、とかいう人……、大丈夫……」


 気になっていた事を尋ねたいのに、声が震えてしまって途切れ途切れになる。


「そんなことよりマリだ。本当に怪我はないのか?」


 私の身体に傷がないか確かめるように忙しなく金色の目が動く。

 多分あちこち痛いはずだと思うんだけど、今は不思議と何も感じない。だけどこくこくと頷くだけで精一杯だった。駄目だ。ガザ様の声を聞いてるだけで鼻の奥がつんとしてくる。


「痛みがあればすぐ言えよ。……魔族の気配がないな。逃げたか死んだかもしれん。……マズい。五條に怒られる」


 物騒な言葉にぎょっとする。

 ガザ様は私を抱っこしたまま移動しようとしたので、慌てて首元にかじりついた。ひんやりとした皮膚の感触と、いつかも嗅いだやっぱり深い森の香り。


 何だか頭の中に深い森の緑の中で、のんびりと柔らかや木漏れ日を受けて眠っているドラゴンの姿が脳裏に浮かんだ。

 優しい空気に気持ちが緩んでそのまま身を任せてしまいたいと思った。何も考えずに瞼を閉じて、大声で感情のままに泣いて――。


 ――が。


「ねーちゃん!!」


 久しぶりに聞いた馴染みのありすぎる声。

 ぎょっと身体を起こして、周囲を確認する。

 この名称で私を呼ぶのは、勿論、一人しかいない。


「マリ。そのままでいろ。危ない」

「っ……ガザ様! んんっ、も、もう大丈夫です! 下ろしてください!」


 ぱんぱん、と胸を叩いて身体を捩ると、ガザ様は渋々ながら下ろしてくれた。

 裸足なので一瞬地面の感触にびっくりしてよろめいてしまったけれど、ガザ様が支えてくれたので転ばずに済んだ。


「斗真! あんた一体どこに」


 そう叫べば斗真はしゅっと目の前に現れた。

 上から真っすぐに落ちてきた、と言うのがぴったりの登場の仕方に一瞬言葉を失う。


「ねーちゃん! 無事!? 魔王の残党に攫われたって聞いて慌てて飛んできたんだけど!」


 農場の仕事は体力仕事だ。

 真っ黒に日焼けしていて筋肉がついていて、出発前の面影はないけれど、間違いなく斗真だ。年齢より幼く見える顔は変わっていない。


「あああ、なんか服荒れてるけと、ヤられたりしない!?」

「……斗真」


「うん? ねーちゃん安心してオレこれでもめちゃくちゃ強いから、魔王の残党なんてすぐやってけてやるから!」


普段の間抜け面を引っ込め、きりっとした顔をした斗真のドヤ顔。

 無性にイラっとする。

 すぅっと息を吸い込んで、私は目の前の斗真の頭を平手でぶっ叩いた。


「――くぉのクソ馬鹿弟が!」


「な、なんで、オレ助けにきたのに!」

「総合的に全部アンタのせいでしょ! そもそもなんでドラゴン世界に言ったこと言わないのよ! まだ中学生だったんでしょ! 肝心な時に頼りなさいよ、私はただの金ヅルか!」


 斗真がドラゴン世界に行ったのは中学二年生の時だと聞いた。

 私は普通に高校生で呑気にバイトして、家の手伝いをしない斗真をしょっちゅう怒っていた。斗真が私に何か言い返してきた事はない。いつもヘラヘラ笑ってた。

 多分ドラゴン世界に行く前も。

 ドラゴン世界を救った後も。

 変わらず、ずっと。


 痛い事も辛い事も乗り越えた事だってたくさんあったはずで、――泣いた事だってあったかもしれない。


 でも、そんなこと微塵も感じさせず、斗真はしれっとこちらの世界の日常に戻ったのだ。


「……っばか!」

 私はずっと斗真の面倒を見て来たのに、――変化に気付かなかった。


 内緒にされて悔しいのか悲しかったとか色々あるけど、気付けない自分が一番腹立たしいのだ。私は『おねーちゃん』なのに!


「ちょっ……っ金ヅルなんて、そんなひどい事思ってないし! あの、ドラゴンの事はねーちゃんに心配させたくないなって」


 両手で頭をガードした斗真はエビの如く後退する。

 なんだか頭が整理出来てない、完全な八つ当たりだ。


「お前らっ! こいつの命がどうなってもいいのか!」


 チンピラまがいの台詞を吐いて自分の操る木を舞台にして叫んだのは、……すっかりその存在が頭から消えていたラグナだった。


 いつの間にか腕に抱えているのは小さな男の子――私を攫ったドラゴン――ガウリィさんのお子さんに間違いない。

 成長途上の細い腕にはゲートで使う腕輪が嵌められていて、意識を失っているのか暴れたり動いたりする様子はない。

 一瞬息がないのかとギョッとしたけれど、それこそ無事じゃないなら人質にはしないだろう。

 そう思い直して、ざわついた心臓を落ち着かせる。

 

 その間にも、私達を囲むように鋭い枝が伸びて四方を囲われる。突き付けられているのは鋭い枝で、木の舞台は高くせり上がり、私達を見下ろす位置で止まった。


「二人とも大人しくしなさい。ドラゴンも衰退している種族の一つだ。若いドラゴンを失うのは手痛いはず……無事にこの子供を返して欲しければ、――そうだな。戦って貰おうか」


「……え?」


 戸惑う私の呟きを合図にしたように、ガザ様と斗真がここに来て初めて目を合わせた。


 手を伸ばされたかと思うと再び身体は太い腕に包み込まれる。何を、と思いながら振り向いたその時、強引に腕を引かれて、上半身がかくんっとなった。


 私のお腹に手を回しているのはガザ様で、腕を摑んでいるのは斗真だ。


「……おい。ねーちゃんに馴れ馴れしく触んなよ」

「お前こそ、昔からマリに迷惑ばかり掛けてるそうじゃないか。いい加減姉離れするべきだ。勇者トーマ」


 私を挟んで睨み合いが始まり、バチバチッと放電現象が起きている。


 ――これはお芝居?

 命令に乗った振りをして共闘する、みたいな?


「……あの」

 そうだよね? と若干不安を覚えて交互に二人の顔を見る。ガザ様は鬱陶しそうに上から斗真の事を睨み下ろしていて、対する斗真も鼻を鳴らしこめかみに青筋を浮かせている。


 これは――どっちも本気で怒ってない?


「アンタに関係ないだろう」

「関係はなくない。マリは俺の番だ」


「……はぁ?」


 うっわ……今言うか……と非難を込めてガザ様を見るけれど、気付いているのかいないのかガザ様は少しもこちらを見ない。

 だけどお腹に回っている腕の拘束が明らかにきつくなった。


「……はっ!? マジで?」

 目をまん丸にした斗真が、勢いよく問い返してくる。

「……まぁ」

 そんな曖昧な私の反応から本当だと分かったのだろう。番云々はさすがに向こうの世界にいただけあって知っていたらしい。


「……ガザ様はそう言ってるけど、私には分かんない」

「……え!? あっ! まっまぁそうだよな! 分かった! じゃあそのデカブツ。番どうのこうのってのはキャンセルな!」

「ぁあ?」


 ぶわっとガサ様の身体から熱気のようなものが膨らむ。いい加減焦れたのだろう。ラグナが身を乗り出して怒鳴った。


「おい! お前達いつまで話して――」

「トーマ様!」


 殺伐としたは廃墟に鈴を転がしたような可愛らしい声が響いた。存在していたらしいやけに重そうな扉の音が後に響いて、たたたっと軽い足音が続く。


 ふわふわの金髪を靡かせて、器用に瓦礫を避けながらこちらにやって来たのは褐色の肌の女の子だった。


 高校生くらいだけど、何というか露出がスゴイ。黒のエナメルのボディスーツ……? しかも羨ましいくらいのナイスバディと、ちょっとあどけないくらいの可愛らしい顔によく似合っていた。

 男じゃなくてもついつい見てしまうエロ可愛らしさだ。


 しかし何故か――その明らかに一般人ではない美少女は、斗真に飛びつくようにして抱きついてきたのである。


「斗真様! お会いしたかったですわ! 突然いなくなるのですもの、でもきっと会いに来て下さると信じて魔王城に戻ってましたの!」


 頬を紅潮させ力任せにぎゅうぎゅう抱きついている姿も可愛らしい。飛び掛かるように頭にしがみ付いたせいで、斗真の顔は確実に胸に埋まっているけれど、アレは息が出来ているんだろうか。


 呆気に取られて二人を見つめていると、頭上からおどろおどろしい声が聞こえてきた。


「おのれぇぇ……っ勇者トーマめ……! 魔王様の命のみならず姫様のお心まで奪うなどど……許すまじぃぃい」


 ぎりぎりと噛み締めた下唇からは血が流れ、。神魔族らしい退廃的な雰囲気はもはやどこにもなく、どこからどう見ても嫉妬に狂ったおじさんである。


「ラグナ!」

 同じタイミングで気付いたらしい。

 褐色のナイスバディなお嬢さんは、眉間に皺を寄せてガザ様の足元を見た。


「姫様!」


 色白なラグナの顔がぱああっと輝いたのも束の間、お嬢さんは、形の良い眉を吊り上げると、犬歯を剥き出しにして怒鳴った。


「おまえは何をやっているの! 勇者トーマ様の大事なお姉様を誘拐するなんて、わたくしが嫌われてしまったらどう責任をとるつもり!」

「勿論私と!」


「死んでも嫌よ! おまえ、わたくしといくつ離れていると思っているの!! そもそも婚約していた事なんて魔王であるお父様が勝手にしたことよ! 引退した今、無効よ無効!」

「私は姫様の為を思って!」


 え、なに。私何見せられてるの。

 お嬢さん改めお姫様がどこからか取り出したのは長い鞭。うわぁ格好と相まってもうそっちの人にしか見えない。心なしかラグナさんが嬉しそうなのが、踏み入ってはいけない大人の世界っぽいよね。


「あー……サリ。もういいよ。ねーちゃん無事だったみたいだし」


 胸に埋もれていたトーマはいつの間にか生還していたらしい。

 ちょっと顔を赤くしつつも、そう言ってお姫様――サリさん、様? の肩を摑んで押し留めている。


「トーマ様は本当にお優しいのですから」


 うっとりと両手を組んで斗真を見つめるサリ様。これはどう見ても斗真の事が好きだよね……?


 立場的にもサリ様の方が強そうだし、サリ様がラグナに一言言えば人質にされてるヤナ君を助けて貰えるんじゃないだろうか。ついでにお父さんの方も。


「斗真! 地下室に人質がいるみたいなの。解放してくれるようにサリ様に頼んでくれない? ラグナが地下室の鍵とか持ってるかも」


 お嬢さん……いや話から察するに、お姫様から見えない角度で斗真に近付き、ぐいっと耳を引っ張ってそう耳打ちする。

 斗真はいたた、と顔を顰めたものの、頭で理解するなり「人質なんて卑怯だ!」と語気を荒くさせた。そして反対側に顔を向ける。


「サリ、悪いんだけどあのオッサンが取ってる人質解放してくんない?」

「トーマ様のお願いなら喜んで」



 語尾にハート型でもついていそうな程甘ったるい声でそう言ったサリ様は、くるりと背中を見せた。……また大胆に空いた背中も綺麗だ。ここまで似合ってると厭らしさとか感じないんだなぁ。可愛いは無敵だ。


 お姫様はヒールの踵を一度鳴らして飛んだと同時に、背中から現れたのは蝙蝠みたいな翼。

 もう今更羽なんかで驚かないし、彼女の場合逆に小悪魔っぽさを引き立てる素敵なアイテムとなっている。


「ラグナ、今すぐ人質を解放しなさい」

「いやっ私は――っア――ッ」


 二人が話し出すと、なぜか大木がうぞうぞと動き出した。

 見る見る小さくなっていって、二人とヤナ君のいる場所だけが残った。だけど蔦がびっしりと重なって絡まっているので中は見えない。だけど時々聞こえる鞭の音、そしてラグナさんの悲鳴。


 ……ヤナ君が目を覚ましませんように――と、私は本気で祈ったのだった。


 ※

 

 サリさんがまだ気を失ったままのヤナ君を抱えて戻って来てくれたのは、話し合いに入って十分後くらい。


 一緒に地下牢の鍵も持って来てくれて、そちらに向かおうとした矢先に、たくさんのドラゴンがやって来るのが崩れた天井から覗いていた空から見えた。


 その先頭にいるのは一際大きな大きな黄金色のドラゴンで、その両脇を緑のドラゴンが寄り添うように飛んでいる。

 どちらもドラゴン姿だったけれど、なんとなく黄金色のドラゴンはトモル君じゃないかと思った。まんま爬虫類の目なのに愛嬌のある丸い目はそのものだった。……思ったよりも大きかったことだけは予想外だけど。そしておそらく緑のドラゴンは、五條さんじゃないかな。初めて会った時に見せて貰った腕や顔の肌の色があの色だったし。


 地面に着くなり滑るようにいつものトモルくんの姿へと変わる様子は、自然過ぎてよく出来たCGを見ているようだった。

 次いでこちらに駆けてきたのは五條さん。


 安全を確認した後説明してくれた所によると、前回と違いガザ様がすぐに私を助けに来れた理由は、誘拐されてからそれほど時間が経っていないことで、実行犯のガウリィさんの気配が読み取れたそうだ。


 すなわち魔力が無い私ではなくガウリィさんの気配を追う事でこの場所が判明し――トモル君達はそんなガザ様の後を追ってきたらしいけれど、早すぎて途中で引き離されたらしい。


 とりあえず私はガザ様に抱っこしてもらっていたヤナ君を五條さんに看て貰う。

 特に異常はなく、薬で気を失っているだけらしく、すぐにでも目は覚めるだろうとの事で、ほっとした。


 そして私が分かる限り状況を説明してから、斗真経由で預けて貰った地下室の鍵を渡した。まだガウリィさんが地下牢にいるはず。きっと引き離されたヤナ君を心配してるだろう。

 また一人、ドラゴン化を解いた人が五條さんから鍵を受け取り、扉の向こうに消えていく。


 気を失っているラグナを拘束したトモル君は、斗真と一言二言話した後、他に巻き込まれた人がいないか確認するようにてきぱきと指示を飛ばしていた。


 ――ちなみにここは、かつて魔王がいたお城らしい。いや次代の魔王って名乗った時から薄々気付いていたけれど。

 魔王は失ったものの、今でも種族としての魔族はサリやラグナのようにここに残って生活しているそうだ。


 一通り指示を終えたトモル君は、軽快に瓦礫の上を飛び越えて、私達の方へ駆け寄ってきた。そして私の前でピタリと止まり、その身長差から私を見上げた。


「無事で良かった……」

 そう言ってくしゅっと顔を歪ませて笑う。大人びた複雑な表情に罪悪感が刺激されるけど、トモル君は今回の話の黒幕だったはずだ。


 だけどしょんぼり小さな肩を落としている姿に、いいよ、と言いたくなってしまう。ああ私のバカ。さっきの大きなドラゴン見たでしょって! ……結局私って庇護欲をそそられるものとか、年下っぽいものに弱いのだ。ああ、我ながらチョロい……!


「マリモちゃん、ごめんね。今回だけじゃなくて色々内緒にしてて」


 トモル君が掠れた小さな声でそう言って俯く。後ろ頭を掻いてどう返事しようか迷った。いや、それよりも、この構図ってどう見ても私が子供を苛めてるようにしか……。


 なんだか他ののドラゴン達が、珍しいものでも見るようにこちらを見る視線がいたたまれない。みんな大きいから視線まで痛いのだ。


「……とりあえず! うん。受付に戻りましょうか」


 私の……あまり素直じゃない言葉に、即座にトモル君は意図を察してくれたらしい。ぱあっと顔を輝かせて「うん!」と笑顔になった。

 

 まぁこの辺は大人じゃないと気付けないよね。……私がわざわざ『受付に戻る』と言った意味なんて。


「でもその前にちょっとごめんね? ――ガザ!」


 一歩横にずれてトモル君は、私の真横に張り付いていたガザ様を睨みつけて拳を振りかぶった。


「この馬鹿息子!」


 既視感を覚えるようなセンテンスで、ガザ様の横っ面目がけて拳を振りきった。


「……息子?」


 一瞬の間を空けて誰にという訳もなく呟けば、いつの間にか戻ってきていた五條さんが答えてくれた。

 ついでに斗真とサリ様は相変わらずイチャイチャしながら、瓦礫の撤去作業を手伝っている。


「ええ、トモルとガザ様は親子ですよ」

「いや、見た目が……」


 そこまで言って途中で止める。見た目なんてどうにでもなるって分かってたじゃん! 


「ドラゴンが人間に変体するときはある程度変えることが出来ます。トモルはまぁ……個人的な趣味でしょうね。あれくらいの姿が魔力が温存出来ていいといってますね」


 え、あ、いや、トモル君はいる立場から考えて若くはないと知っていたけど。


「いや、なんでガザ様だけ様呼びでトモル君は呼び捨てなの!? むしろ私もそう呼んじゃってるけど! はガザ様って、王族……え、え、じゃあ」


『ゲートにはドラゴンの王がいるだろう』


 ラグナの言葉が不意に蘇る。あれはガザ様の事でも勘違いでもなく、トモル君の事を言ってたのか……!


「え? ねーちゃん知らなかったの? トモルは俺が召喚された時からドラゴンの国の王様だよ!」


 どれだけ耳がいいのか遠くから斗真がそう叫び、改めてトモルくん君を見つめると、えへへ、と可愛らしくはにかんで、あざとく小首を傾げて見せた。

 一体いくつなんだって……!


「兼、『セダム』の社長でもあるよ! 王様とか様付けとか堅苦しいの昔から苦手なんだよねぇ。トモルって呼んでってみんなにお願いしてるんだ」


 歌うように繋がった言葉に、今度こそ意識を失いそうになった。

 ある意味斗真が勇者だった事よりも、純粋な驚きが大きい。

 ドラゴンの見た目はアテにならないって知ってたのに……。


 そして。


 どこかで聞いた話を思い出しながら、私は混乱したままガザ様に支えられて、『勇者トーマだからこそ出来る集団転移魔法』とやらで、一瞬で、元の受付へと戻ったのだった。





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