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こころのありどころ2


 それからまたドラゴン世界の話で盛り上がり、時計の針は九時を指していた。他のお客さん達はこれからが本番なのだろう。


 最初に比べると幾分騒がしくなってきたので、双子ちゃん達が船を漕ぎだしたこともあり、お開きにすることにした。


 リタさんが出すと言ってくれたけれど、ここはワリカンしてお店を出る。

 私は暖簾を潜り、眠ってしまったのでレギくんを抱え直した拍子に、視界の端で嫌な人影を見つけてしまった。


「……げ」


 歩道と道路を仕切るガードレールに凭れかかるようにガザ様、そしてその前にアルさんが立っていた。


 二人とも長身かつ美形。そして何より明らかに一般人とは違う雰囲気があって、異様に目立っていた。

 芸能人? モデル? なんて囁いている周囲の女の子達の声にはっと我に返る。


 一子ちゃんを振り返れば呆れたように溜息をついていた。そして私の視線に気付くと「すみません」と小声で謝って来る。


「アルってば迎えはいいって言ったのに……きっとガザ様、アルについてきたんですね」


 恐らくそうなのだろう。だけど受付以外でガザ様と会うのは初めてだった。そのせいかなんだか変な気持ちになる。


 なんていうのか急にガザ様に現実感が増したというか……、受付にいる時って、高級家具に囲まれているせいか現実感がちょっと薄いんだよね。よその世界に紛れ込んでしまったような不思議な空気があるのだ。  


 あとしょっちゅういるガザ様もアルさんも並外れた美形だからっていうのもあるかもしれないけど……。

 ……まぁ、そんな人達だからこそ、ここまで悪目立ちするんだよな。


 幸いなことにまだ気付かれていないらしく、ガザ様は囲まれた女の子達に対してあからさまに不機嫌な顔をしていて、むっつりと押し黙ったままだ。


 アルさんはそのまま目を瞑って瞑想中。基本騒ぎを起こせば強制送還の上、結構長い期間こちらの世界に来る事が出来なくなるそうなので、ああやって二人とも無視するしかないのだろう。


 だがしかし。


「……あの中で声掛けられるの、嫌すぎません?」

「あーホントですねぇ」


 げんなりした私の言葉に一子ちゃんは完全同意で思いきり眉を顰めている。

 うん。あの顔面レベルで待ち合わせしてたら、相手の女の子も相当美人なんだろうなぁ、って悪気なく思うだろう。ツレナイ態度なら尚更。……うわぁ、ぞっとする。

 可愛い一子ちゃんはともかく、私では明らかにレベル不足である。こういう時の同姓の言葉のナイフは鋭いのだ。


「アレがガザ様……ちょっと私が一言」


 ポツリと背後から呟かれた声に、ギョッとして振り返る。イトちゃんを抱えた長身のリタさんを見上げれば、その美しい顔で一際目立つ青色の瞳が思い切り縦になっていた。


「うわぁリタさん! 駄目ですって。双子ちゃん起きちゃいますし! ほら、変な時間に目覚めるとずっと不機嫌なまま朝まで起きてるって言ってたじゃないですか!」

「……まぁ、そうなんだけど。タチバナちゃん、じゃあ追っ払うだけでも」


 むっと眉を顰めたリタさんに私が必死で首を振る。一子ちゃんも加勢入ってくれた。


「それこそ騒ぎになっちゃいますって! リタさんはともかくイトちゃんとレギ君が起きて興奮して羽でも出しちゃったら、もうこっちの世界に来れなくなっちゃいますよ?」


「そうですよ! 私レギ君達とテーマパークに行く約束しちゃったし、こうして会えなくなったら寂しいです! ね、一子ちゃん!」

「はい! 私向こうの世界で頼れるのリタさんしかいないから、またまだお話聞きたいです」


 打ち合わせしたかと思うほど息もぴったりに捲し立てると、リタさんは般若顔から一変、「そう?」と、ちょっと嬉しそうな顔をした。一子ちゃんが、こくこく頷いている間に私はタイミング良く通りがかったタクシーを捕まえて、抱っこしていたレギ君を乗せる。


「リタさん! タクシー捕まえました。○○ホテルでしたよね! 駅前混むから早く出発した方がいいですよ」

 一子ちゃんもやや強引にリタさんの背中を押す。本当ならただの人間である一子ちゃんが全力で押したってピクリともしないのだけど、反対に一子ちゃんが妊娠中なのがラッキーだった。

 自分で歩けるから! とリタさんが怖がって素直にタクシーに乗ってくれたから。


「リタさん。また近いうちに会いましょうね。レギ君とイトちゃんにもよろしく伝えてください」

「楽しかったよ。ありがとうタチバナちゃん、一子ちゃんも気軽に連絡ちょうだいね!」


 結構な大声にもかかわらず双子ちゃんは爆睡。起きてなくてよかった。窓を開けて手を振るリタさんが見えなくなるまでタクシーを二人で見送って、ひと仕事終えた感で一子ちゃんと顔を見合わせた。

 同じタイミングで笑ってしまう。


「ははっ私達いいコンビですね!」

「ほんと、私アルとじゃなくてまりもさんと結婚したら幸せになれそうっ……って、リタさんにあたしが余計な事言ったせいですよね。すみませんでした」


「いやいや、あれって庇ってくれたんじゃないですか。どうせいつか分かることだろうし大丈夫ですよ」


 お互いベコペコ頭を下げてフォローしあう。そしてまた笑い合ってから同じタイミングで道の向こうを見た。

 そう、まだミッションは終わっていないのである。


「……知らない振りして通り過ぎましょうか」

「賛成です」


 ポツリと吐き出した一子ちゃんの提案にこくりと頷く。

 さささと二人とは反対側の道の端っこを通り、なるべく女の子達の影に入るように死角を狙う。


 実は魔力が低いせいで、ドラゴン達は私や一子ちゃんの気配を探る事が難しいらしい。それでも尋常ならざらぬ嗅覚や視覚、聴覚で存在を把握するらしいけど、人が多ければ多いほど集中出来なくなるそうだ。


 なので恐らく二人がたくさんの女の子に囲まれているこの状態なら、気付かれずに逃げられる可能性はある。


 ……もう本当にリタさんを止めるのに気力を使い果たした感があるので、もう真っ直ぐ家に帰りたい……。

 二人の周囲を囲う女の子達の陰に潜んてこそこそ通り過ぎようとすると、ふいに隣で一緒に抜き足差し足していた一子ちゃんが消えた。


「も、もう!」

「一子、待ってた。帰ろう」


 後ろを振り返れば、公衆の面前で堂々とアルさんにお姫様抱っこをされた一子ちゃんの姿があった。

 しかし顔を真っ赤にさせて抵抗している一子ちゃんには悪いけれど、可愛いから結構絵になる。いや、可哀想だし、自分なら勘弁してもらいたいけど。


 そしてアルさんは一子ちゃんの非難の声もものともせず、後ろに停めてあった黒塗りの車の後部座席へと足を向けた。すごく丁寧な手つきで暴れる一子ちゃんを後部座席に運んで、自分もその隣に乗り込む。

 どうやら運転手付きらしい。黒塗りの高級車には、上品な顔をした白い手袋の運転手さんがハンドルを握っていた。


 自分で運転しないんだ、と思ったけれど、いや逆にそっちの方が正解だよね。アルさんの運転なんて逆に怖い。うん、性格的にもアルさんは運転しない方が良いと思う。いやその前にドラゴンって免許を取れるのだろうか。むしろ自分が乗り物では……?


「あーもう! ……っまりもさんー! お疲れ様でした! 今日は本当にありがとうございましたぁ!」


 観念したのか、アルさんを押しのけてフルスモークの窓を開けた一子ちゃんが手を振ってくる。


「危ない」とか言いつつ、アルさんは一子ちゃんに伸し掛かられて若干嬉しそうだ。本当あの人、一子ちゃんの為ならMでもSにもなるよね。


「はーい。お疲れさまー」


 そんな感じで慌ただしく一子ちゃん達を見送り、さて私も、っと思ったところで、周囲の雑踏が静かなことに気付いた。


 背中から襲いかかってくるような威圧感に恐る恐る振り向けば、ガザ様が仁王立ちでいらっしゃった。


「えっと……」

 逃げようとしていたのは、眉間に縦皺を二本も刻んでいる様子から恐らくバレている。

 いやでも別に待ち合わせなんかしてないし、と言い返そうとすると、ガザ様ははぁーっと大きな溜息をついた。


「……送る」

「え……? いや、……大丈夫です」

「あぁ? ……いや、違う」


 一瞬だけ不機嫌になった、と思った瞬間、ガリガリと頭を掻いて首を振る。そして一度きゅっと唇を引き結んだと思うとゆっくりと言葉を紡いだ。


「……悪かった。こっちの世界も夜の女の一人歩きは危ないって聞いた。送らせてくれ、頼む」


 淡々とした口調でこんな風に静かに話すガザ様は珍しい。思わずまじまじ見つめてしまい、鞄を取られた事に気づいた時には遅かった。


「車……タクシーだったか? 抱えて飛ぶのは無理だが、人目の無いどこかのビルの屋上からなら」

「家まで近いので歩きます……!」


 選択肢の幅が狭すぎる。幸いここは私の地元なので、十五分もすれば家に到着する。

 しかしここに来て送られることを了承してしまったことに気付いて絶望した。くそ、計算か!?

 一瞬家バレする恐れも考えたけれど、ココで断っても後ろからついてくるのは想像に難くない。それになにより――。


『え、あの子?』

『マネージャーかなんかじゃないの?』


 突き刺さる視線のナイフの量が半端ない! 気持ちは分かるよお嬢さん方! ただ、声に出さない優しさも大事だと思うのよ。

 一刻も早くこの場から立ち去りたい……! 一子ちゃん、カムバーック!!


「っ早く行きましょう!」

 私はガザ様の腕をひっ掴んで、強引にずんずん歩き出す。


 猪もかくやという勢いで脇目も触れず前だけ見ていたので、引っ張られたままだったガザ様が、苦笑するように笑った事なんて気づかなかったのである。







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