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お久しぶりの受付から

切り所がここしかなくて、短いです;


 誘拐騒ぎから、はや数週間。

 左腕のギブスも取れ、違和感もなくなった頃、とうとう待ちに待っていたあの日がやってきました! そう、それは。


 給料日……!


 五條さんからもらった給与明細書を握り締めて、心の中でガッツポーズを取る。ニヤケ顔が抑えられない。


「ふふっまりもさん、ここに来て初めてのお給料ですね?」


 受付票を受け取り事務室を出て一緒に受付まで歩いている途中で、一子ちゃんが私の気持ちが伝染したらしい弾んだ声で尋ねてきた。


 ちょっとずつつわりが始まってきたらしくて、ここ最近は大変そうだったけれど、今日は体調が良さそうで良かった。私が結構強引に産休を勧めたせいで、体調が悪くても休めないんじゃないかな、って心配していたのだ。


「何買います?」

 若い女の子の大多数は買い物が好きだ。もちろん私も例によって同じである。家にある服との組み合わせを考えたり、久しぶりにお気に入りの服屋さんを覗くのは楽しみだ。あとはヘルパーさんの都合がつけば、お母さんと美味しいご飯屋さんに行くのもいいなぁ。


「んーと、仕事用……というか、ここに来る時に着られるようなちょっとカジュアルダウンした服買いたいな、ってずっと思ってたんです」

「そうなんですか? 今の丸の内とかで働いてそうなOLさん、って感じの服もかっこいいと思ってたんですけど」


 ぱちぱち、と長い睫毛が忙しなく動いたのを見て、私は苦笑した。

 ついでにカードを扉の取っ手に翳して、ロックを解除して扉を開ける。


「前の会社がそういう感じだったから着てただけで、単に服がないだけなんですよ。ここ規則も緩いし、一子ちゃんみたいな、ちょっとカジュアルなの着てこようかとーー」


「服が欲しいのか」

「チガイマス。聞き間違いですよ」


 扉を開けて早々に問いかけられた質問に、コンマ一秒で即答してみた。

 ふっ……慣れたもんだ。

 見上げた視線の先、というよりは手を伸ばせば届くくらいの位置にいたのは、すっかりお馴染みになったガザ様だ。

 私のツレナイ返しに苦虫を噛み潰したような顔をしたけれど気にしない。今日も出待ちあざーっす。お疲れさまーっす。


 ここで世間話のノリで『そうなんですよ。服がなくて』なんて言おうものなら、ダースどころかグロス単位で服を贈られるだろうことは予想出来る。……もしくは服を買いに行こうと攫われるかもしれない。塩対応と言うなかれ。私はガザ様の番にはならないと、何度も宣言しているのだから、期待させるような中途半端な態度を取る訳にはいかない。

 ……私が攫われてここに戻ってきた時の触れ合いはあくまで救済措置なので、私の中では触れ合いには入らない……事になっている。


 ついでに本人にだって番になるつもりはないと再三通告はしているのだ。なのにしょげない諦めないという不屈の精神でちっとも引いてくれないのである。


 不機嫌な表情はするものの、大きな声で怒鳴る訳じゃないから、今の所知らん顔して過ごしている。逆に怒鳴ってくれたら即セ○ムなんだけどな。

 そして、ほぼ毎日こうやって出迎えられると、時間が経つにつれ、あれだけ怖かったガザ様の存在が意外と気にならなくなってきた。いやぁ人間の適応力って怖いわ。


 ついでにアルさんは相変わらず柱と一体化しながら、一子ちゃんを潤んだ瞳で見つめている。

 一子ちゃんのお仕置きも月末までということで、あと五日。心なしかアルさんの視線もねっとり熱を帯びていて、変わったオブジェだと思うにはなかなか厳しくなってきた。うーん、若干気持ち悪い……。


 ガザ様の脇をすり抜けて受付へと向かう。……なんかリビングに寝心地の良さそうな、カウチソファが増えてるんだけど、どっちの仕業だろう。

 アルさんなら別にいいけど、ガザ様ならいらないってちゃんと言っておかないと、うっかり座っちゃったりしたら気に入ったのか、と無限に増えてしまうだろう。決してプチプラではないので重すぎるイロチが展開されてしまう。

 薄い目でカウチを流し見てから、ふと思い出した。


「ガザ様。今日は一子ちゃんとリタさんと双子ちゃんで女子会ですからついてこないで下さいね」


 ガザ様を振り返り、念を押しておく。

 実は前々から一子ちゃんとリタさんを会わせてみたいなぁ、と思っていて、自称私の保護者代わりであるテオさんに間に入って貰って、二人の予定を調整しつつ、ようやく今日成就したのである。

 ほら、こっちでは働き続けることが出来るようになったといえ、ドラゴンの世界にも同性の知り合いがいるのって大事だと思うし。


 会場はリタさんのリクエストで、子供が行ってもいいレベルのカジュアルな和食屋さんだ。

 なんとなくドラゴン世界の雰囲気からイタリアンとか洋食がいいかな、と思っていたんだけど、どうせなら料理人として和食が食べたいとの事だった。


 ……誰かに聞かれたら正気を疑われかねない話もするだろうから、個室のあるお店を選んで予約済み。

 リタさんも一子ちゃんも楽しみにしてくれているので、幹事として腕の見せ所だ。

 ……きっとリタさん、私よりちっちゃい一子ちゃん見たら可愛いって大騒ぎするだろうなぁ。

 なので、今日の受付の最後のお客さんはリタさん。非常扉からこっちに来て貰って、そのまま和食屋さんに向かう予定なのだ。


「終わった後、家まで送るのはいいか?」

「お子さんも一緒だし、そんなに遅くならないから大丈夫です」


 きっぱりお断りして首を振る。見上げるくらい高い位置にあるガザ様の顔は明らかに不機嫌で、眉間には深い皺が刻まれていた。

 何か? と間髪置かずに詰めるように問えば、ガザ様はピクリと小鼻を動かして明後日の方に顔を背ける。

 そのままくるりと背中を向けて足を振り上げ、壁を蹴りつけようとしたーーのだと思う。

 だけど、その途中でピタッと足を下ろすと、そろりと私の方を振り返った。

 わざとらしいくらい、じーっとその一連の動きを見つめ、軽蔑しきった目を向けてみる。

 モノに当たるな、と初日に言ったのが効いているのだろう。

 当然だ。器物破損なんてしようものなら即退場だということは初日に伝えている。


「……アル、ちょっと付き合え」

 分かりやすくぐっと詰まったガザ様は、返事も聞かないまま、ガザ様はアルさんの首に腕を回した。ズルズルと引きずっていこうとすれば、アルさんは「いやだ」と踏ん張った。


「あ? いいだろ、付き合えよ」

「一子と離れるのはいやだ」


 ぎぎぎ、と踏ん張るアルさんの靴から白煙が上がりそうな静かで激しい攻防に、一子ちゃんがチラリと視線を向けて溜息をついた。


「アル付き合ってあげて」

「分かった」


 コンマ数秒もかからず、こくりと頷いたアルさんは、突然身体の力を抜いたらしく「うおっ」と叫んだガザ様がつんのめった。


「いきなり力抜くんじゃねぇよ!」

「暴れるなら隣でねー。五條さんにも一応声掛けておいて」

「分かった」


 一ヶ月続いた一子ちゃんの無視が相当効いているらしい。アルさんは、話せるだけで幸せ……! とでもいうような恋する乙女のように頬を紅潮させて、一子ちゃんを見つめたままガザ様に引きずられていった。

 ちなみに隣の部屋とは私が最初に面接したあの部屋であり、ガザ様が閉じ込められた部屋のことである。

 ようやく静かになってほっと息をつく。さすが一子ちゃん。駄々っ子の扱いもお手の物だ。


「お世話かけてます……」

 アルさんを無視しなきゃいけないのに、見かねてフォローしてくれたのだろう。お礼を言えば、一子ちゃんは苦笑して軽く首を振った。


「いえ! 家でもずーっとメソメソしてて鬱陶しいんですよね。アルもストレス溜まってるだろうし、ちょうどよく解消されたらいいなぁって。それにさすがのあたしも会社に来てまで、じーっと見つめられてるのって息が詰まります」

「はは……」


 一子ちゃんも少々お疲れ気味っぽい。お客さん達から苦情が来てしまいそうな粘着具合だけど、タイミングの良いのか悪いのか、ここ最近の客層は落ち着いた年配の人達ばかりだ。

 ストーカーの如く一定距離を保って一子ちゃんを見つめるアルさんを「ふふふ、若いっていいわね」的な目で微笑ましく見守って下さっているので問題ない。恐らくドラゴン世界も身内に甘い。


 さてと、とお弁当を冷蔵庫に突っ込んで受付の定位置に腰を下ろす。

 籠の中のファイルを取り出したと同時に、ちょうど良く始業のチャイムが鳴って、私は仕事モードに頭を切り替えたのだった。




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