ひとまず終わりでもいいんじゃない?
金曜日ギリギリになってしまった……お待たせしました。
――それから。
結局断ったのに五條さんに『診断書がないと労災が下りませんから』と言われて連れて行かれた病院の診断も、ドラゴンのお医者さんとほぼ一緒だった。
ただギブスで固定し直してくれたので、簡単にずれたりはしなくなったのが良かったかな、と思う。お医者さんも当てられた木の板に今時珍しいね、と笑っていたけれど、ファンタジーかつ、骨折なんて舐めて治すぜ! な世界で十二分に対処して頂けたと思います。
そしてずっと心配だった母にも家に着いて早々『研修中に転んだんですって? 災難だったわねぇ』と少し心配されただけで済んだ。
怪我の詳細についても、いつの間にか五條さんが会社の人間として電話をしておいてくれたらしい。
……やっぱり出来る人だ、責める口調で偉そうに言っちゃって悪かったな、と思った私は次の日に即行で謝っておいた。
愚弟からも安否を気遣う葉書が来たらしく、随分アナログな手法で来たな、と思ったけども、そういえば家の電話はヤツの携帯からは着信しない設定をしていたことを思い出した。
生存報告しとくか、と。この数日で充電が無くなっていたスマホを充電器に繋ぎ電源を入れると、ラインの通知数がすごい事になっていた。その九割が愚弟という年頃の女子としては寂しい状態に虚しくなりながら、メッセージをスワイプして遡っていく。
――その途中で、電話が鳴り、画面に表示されたのは愚弟のアイコン。
ボタンをタップして耳に当てると『やっと既読になった……! めちゃくちゃ心配したんだけど!』と開口一番泣きながら怒られてしまったのだ。
まさか私が愚弟に叱られる日が来るとは……!
別な意味でショックを受けつつも、『研修中にスマホが壊れた』と苦しい言い訳をしつつも、泣き止まない愚弟にさすがに悪かったと謝った。
そしてじゃあお盆にこっち戻ってきていいから、と許可を出せば、それまでの怒りを忘れてころっと喜んでいた。なんて単純。みんなこんなんだったらいいのに。
家ではそんな感じで心配していたような大騒ぎになることはなく、――私は今日も『ドラゴンゲート』に出社すべく電車に揺られて通勤している。
いつも通り出勤して更衣室で一子ちゃんに挨拶をして、五條さんがいる事務所に顔を出す。
受付業務をこなして、今日はお客さんが少ないこともあって早めにお昼休憩を取ることになった。
……人間の馴れというものは恐ろしい。
あれだけ怖ろしかった真っ白いソファにも一度座ったことで座れるようになり、昼食後のお茶はソファで頂くことにも慣れてしまった。
そして。
「へーん。今度一子ちゃんと買い物いくもんね。羨ましいだろー」
「やだもう、まりもさんってば」
一子ちゃんもそう言いながらも、特にアルさんにフォローはしない。まだ絶賛お仕置き中らしく今月いっぱいまで、必要最低限の会話以外はしない、と決めているそうだ。強い。それでこそ一子ちゃんだ。
「おや、休憩ですか」
「僕もお茶淹れて!」
そしてやって来たのは五條さんとトモル君。
ここ最近、二人はここでお昼の休憩を取っている。五條さんはともかくトモル君は仕事大丈夫なのだろうか。……勝手に仕事中になってたらどうしよう。
出張費とか請求されないか若干心配になるけど、五條さんがしっかりしているから、多分そんなことにはならないだろう。
「お茶煎れますね」
「オレがやるからマリは座っていろ」
そしてなぜかこちら側にいるガザ様。
大きな体格から圧倒的存在感を放っているので、どうしても視界に入って来る彼だが、ここ数日ですっかり慣れた。
おかげ様であれ以来、彼がそばにいても過呼吸を起こすことはない。
――別に『番』云々を受け入れた訳ではない。断じて。
ガザ様が側にいるのを許しているのには、海よりも深い理由があった。
あの後、ガザ様が目を覚ましたのは次の日だったらしい。
朝から受付の前で待ち伏せをされ、あくまで彼にしては穏やかに、けれどその奥の目をギラギラさせながら、やっぱり今回の事件の説明を求められた。
――これは確実に血の雨が降る……。
そう思えるほどの空気の凶悪さに、私は五條さんのアドバイス通り、『それ以上突っ込まないで』と『命令』したのである。
悔しそうにしつつも『嫌いになります』と言葉を重ねると、ガザ様は毒でも喰らったような苦しそうな顔になった。
そして、奥歯をぎりりと噛み締めながら『分かった』と了承してくれたのである。
しかし一つ条件をつけられてしまい――。
それこそ、アルさんがいる時は自分もそばにいたい、と申し出て来たのだ。
いや、ソレ犯人知ってるってことだよね!?
命令内容は『犯人を捜すな』ではなく『アルさんに危害を加えるな』だったらしい。
……けれどよくよく考えれば、私だってそうして貰った方が安全なのだ。
最強カードはあるけれど、気軽に呼び出し出来る訳もないし、私自身は結局アルさんとは一言も話をしていないので分かりあったとは言い難い。
本当にもう、私をどうこうしないという確証はないし……源さんが、私に手を出さないように説得してくれていると思うけれど、怖いものは怖い。
五條さんやトモル君とも相談し、ドラゴンとしてはソコがガザ様のギリギリのラインではないかと助言頂き、ついでに特別許可証というものもくれた。どうやらアルさんも同じものを持っているらしい。
そしてアルさんについては――。
結局、私の出した誘拐事件の幕引きは、一言で現すなら『一子ちゃんに丸投げ』である。
勿論、ガザ様を初めとして、五條さんにもトモル君にも甘いって言われたし、その自覚はあった。
だけど腐ってもアルさんは一子ちゃんの旦那さんだし、何か罰めいたものを与えて、一子ちゃんと気まずくなるのは嫌だ。
それになにより。
……一子ちゃんに無視されて、今も干物みたいに死にかかっているアルさんの姿を見れば、これ以上の復讐はないような気がする。
一子ちゃんに三メートル以上近付かないでと命令されているせいで、少し離れた場所に立っているアルさん。
その間ずっーと泣いている。
帰って来た次の日からだから三日以上である。
未だに涙が止まる気配はなく、脱水を起こさないか心配になるほどだ。
定期的にヒクつくから、なんというか心が痛い。
もう許してあげたら? と、初日の午後には思わずお願いしてしまったんだけど。
『躾ですから』
母性溢れる笑顔で返されて、もう何も言えなくなってしまった。
そして三日も続けば慣れてしまう訳で。
……ギブス部分が痒くなったら、先程のように八つ当たりでアルさんを弄ることにしている。
心の底から悔しそうな顔をされるんだけど、その間だけは一子ちゃんもちらっとアルさんを見るので、むしろ感謝されてもいいくらいかもしれない。
今も相変わらず観葉植物の影から一子ちゃんをじっと見ているアルさん。
まだ泣いてる……と、溜息をついたところで放送が入った。
『ゲートが開きました』
「あ、きたきた」
お客さんに心当たりがある私は、慌てて受付に向かう。
キッチンでお茶の用意をしていたガザ様も、いそいそとついてきた。
……ちょっとうざい。
『タチバナ』
ガラスの向こうから声を掛けてきたのはテオさんだ。相変わらず爽やかである。
『元気か、怪我の具合はどうだ』
「昨日も聞いたじゃないですか。大丈夫です。三日後にはギブスも取れるんですよ」
未だ吊ったままの腕を見せると「良かったな」と笑ってくれて、私も笑顔を返す。
そんなハートフルな会話に割り込んできたのは、不機嫌顔のガザ様である。
「お前、人の番にいつまでも構ってんじゃねぇよ。あぁ? 仕事しろよ」
「貴方こそ仕事はどうなさったのです」
「……今日の分は片づけて来てる」
ちらりと私を窺う視線になったのは、三日前にサボってここに来ているらしい事を知った私が、白い目で『最低』と呟き、それ以降無視を決め込んだからだろう。
それ以来ちゃんと『人間の世界に無断で入ったドラゴンを捕まえる』仕事を済ませてきているらしい。
仕事を『番に会いたいから』でサボるとか、私の常識にはナイ。
それに別に怒鳴った訳でもなく、そういう不真面目な人は生理的に受けつけない、と言っただけである。その後すぐに顔色を白くさせてガザ様は消えた。
次に現れたのは夕方で、その日の仕事を終わらせて来た! と私に詰め寄ってきた。そして『受け付けてくれ!』と真面目に懇願されて、受付だけに? と突っ込むところだった、危ない。
というか。……なんていうのかな、一言で言えばガザ様ちょろい。
私ガザ様操って、世界征服とか出来るんじゃないの。
番システム別の意味で怖いわぁ。
しかし後でトモル君に感謝されてしまうほどの働きっぷりだったらしいので、これはこれでいい事をしたと思っている。
「それなら宜しいですが、そもそも私は休暇中ですので、ガザ様に命令されても従う義務はありません」
そしてなぜかテオさんは私が戻ってからこっち、次の日から毎日顔を見せにくるのである。
多分休みの間だけだとは思うんだけど、よほど私のことが心配らしい。
しかも純粋に私に会いに来ているので、人間界には行かず、ここでそのままUターンしてドラゴン世界に戻ってしまうのだ。
昼食はきちんと取ったか、ちゃんと眠っているか、困っていいないか、と事細かく、毎日同じこと聞いてくるその姿はやっぱ『お父さん』としか思えない。
物心ついた時から頼れる男の人がいなかった私としては、お兄ちゃんとかお父さんぽくて、そういう気遣いが嬉しいんだけど……ただガザ様は、テオさんが来ると目に見えて不機嫌になる。
初日なんて殴り合いに発展しそうになったので、慌てて止めたほどだ。
いつものお約束のようにガザ様とテオさんが言い合いを始め、一子ちゃんは最近始めたという編み物を始めている。
それを涙を流しながらじっと観察しているアルさんに、五條さんは書類を捲りながらコーヒーを飲んでいて、トモル君はソファに寝そべってスマホを弄っている。
オフィスらしさは欠片もないけれど。
頼りがいのある先輩がいて、そこそこのお給料に、有給完備、土日休みの素敵なお仕事。
……そして気の良い常連さんもいる、と。
もう文句のつけどころも無いんじゃない?
賑やかすぎる職場に、思わず込み上げてきた笑いを堪える。
「マリ、どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないです」
「今笑ったか? 可愛い。もう一度見せてくれ」
嬉しそうにそう言って頬に触れようとしたガザさんの手から逃れるために、ひょいっと後ろに下がる。甘い。簡単に触れさせてなるものか。
これも、もうすっかり慣れたやりとりである。
……まぁそんな感じで、ちょっと面倒な人もいるけれど、私橘万理は、もうしばらく『異世界03(ドラゴン)ゲート』で頑張れそうです。
|д゜)……<オレのこと忘れてない?
書いてて完結っぽいな……完結でもいいかな、と、一瞬思ったんですが、もう一章あります。
三章は恋愛編なので糖度高くなると思うので、苦手という方はここで完結でもいけるんじゃないかと思います。
とうとう顔文字弟も出てきます|д゜)……<呼んだ?
ある程度書き溜めますので、しばらくお待ち頂けたら嬉しいです。




