表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/35

束の間の平穏

 熱も下がりすっきりした気分で目覚めた朝。吊られた左手は不自由だけど、薬がよく効いているらしく痛みはない。

 今思えば骨折はもちろんだけど、テオさんに抱っこされて運ばれている間、冷たい風に晒され続けたのも悪かったのだろう。


 しかし、昨日一日寝台で熱に浮かされていたので、すでにここに来て三日が経過していた。


 マズイ。これはかなり駄目だ……!

 今時成人女性の行方不明くらいで、ニュースにはならないと思うけれど、お母さんが心労で倒れないことだけが心配だった。


 会社の荷物もロッカーに置きっぱなしだし、非常扉は開いていたから、異変に気づいた五條さんがなんとかお母さんにフォロー入れてくれることを切に願いたい。

 ここは一刻も早い帰還を目指さなくてはらない。


 そんな中、私はテオさんと寝台の上で対峙していた。


「ほら、口を開けるんだ」

「……いや、自分で食べられますから」


 差し出されたスプーンが閉じた唇に触れる前に、首を振って遠慮する。

 確かにドラゴン仕様の若干重たいスプーンだけど、持てないことなんて全然ない。 

 なによりヒビが入ったのは左手で利き腕ではないので、普通に食事は取ることができる。


「しかし食べにくいだろう?」

「大丈夫です!」


 重ねて私がしっかり頷くと、テオさんは少し不満そうにしつつもスプーンを渡してくれた。それをしっかり受け取った私は、ようやくお昼ご飯を口にすることが出来たのである。


 

 昨日一日結構な熱の高さで意識朦朧としていた私が時々目を覚ますと、常に誰かが側にいてくれていた。

 その中にはアリリオ君、女将さんもいたけれど、やっぱりダントツで見ることが多かったのはテオさんだ。思うにほぼ一日付き添ってくれたのだろう。


 汗を搔いたので気持ち悪いと言った途端、お風呂まで入れようとしてくれた時は、さすがに女将さんーーやっぱりテオさんのお姉さんだったリタさんが止めてくれて、ほっとしたのはつい一時間前のことだ。

 ついでに、リタさんとはその時になって、ようやくきちんと挨拶をすることができた。


「お世話かけてすみません!」と頭を下げれば、リタさんは、そのキツそうに見える切れ長の目尻を下げて、むしろうちのお客がごめんねぇ、と本当に申し訳なさそうな顔で謝ってきてくれた。


 なぜか頭をよしよしと撫でながらというオプション付である。……胸の感触がすごくて、同性ながらもドキドキしてしまったけれど、こちらは小動物ではなく、まごうことない子供扱いである。なぜなら双子と対応が全く一緒だから。


 その後聞いたところによると、私の腕にヒビを入れたお兄さんに、ラリアットを決めた人は旦那様らしく、双子であるレギ君とイトちゃんのお父さんだそうだ。つまりこの美女があの双子の母親なのである。……月並みだけどとても子持ちには見えない色っぽさとプロポーションだ。ドラゴンの変身技術が高すぎて羨ましいを通り越している。


 テオさんからも改めてお姉さん一家を紹介してもらい、……その後もまだ申し訳なさそうに謝ってきてくれるので、じゃあこの宿の代金の支払いを待ってもらえるようにお願いしてみた。


 だってここは宿屋だというのに、私は一文無しなのである。

 人間の保護も仕事の一部だと言っていたから、もしかしたらテオさんの方で経費として落ちるのかもしれないし、家族だからともともと貰う予定はなかったのかもしれない。だけどアリリオ君はともかく私は全くの部外者だし、二人で一部屋を借りているらしいテオさん達とは違い、私は部屋を一人でまるまる埋めてしまっている。


 そもそも私がドラゴンに乗れないせいで、ここに泊まることになってしまったのだから、なんとなく申し訳ないな、と感じていたのだ。

 

 ……まぁもちろん、帰って落ち着いたらアルさんに払って貰うけどね! なけなしの貯金をこれ以上減らすわけにはいかない。分割にして貰った税金の支払いが滞るわ!


 けれど結局その申し出は、すぐにテオさんに却下されてしまった。

 

 曰く『自分はタチバナの保護者だから』ということだけど、いつからそうなったのだろう。

 ……これはアレだな。何というか。この短時間で吐いたり倒れたり怪我したりするからテオさんの中で、きっと庇護欲と父性本能が目覚めてしまったんだろう。


 テオさんさんが私を見る表情は、目を離したらこの子何するか分からないのよ~とでも言いそうな母親そのものだ。……男女間の照れくささや熱なんて全くない、ちょっと正直受け止めきれないくらいの無償の愛を感じる。


 今もアリリオ君とテオさんが部屋にいて、仕事は大丈夫なのかな、と心配になる。

 隊長はベッドの側に椅子に座り、アリリオ君がその後ろに立っているという、一昨日から変わらない布陣である。


 ……そんなに見張ってなくても急に倒れたりしないけどなぁ。


「えっと……熱も下がりましたし。いつ、ここ出発しますか?」


 膝の上に置いたお盆の上から、柔らかいパンを食べる。最初は固いパンで、スープに浸して食べていたら、あっという間にスープがなくなってしまい、気付いたテオさんが柔らかいパンに交換してくれた。ありがたい……けれど、それでも喉詰まらせないかな、みたいな心配そうな目で、食事中ずっと見守っているのは止めて貰いたい。


 ものすごく気まずくて、視線を逸らせる為に、気になっていたことを尋ねてみた。

 少し考えるように間を置いた後、テオさんはふむ、と頷いて口を開いた。


「その腕が治ってからだな」


 その言葉に、え、と、戸惑って思わず口に出してしまう。慌てて口の中のものを飲み下してテオさんを見上げた。


「二週間、ってことですか!? いやさすがにそれはマズいです。それにテオさんもお休みは三日って言ってましたよね?」


 二週間はさすがに捜索願いどころか、生死を疑われるレベルだ。


 ああ、もうこれなら実家に戻らない方が良かったのかもしれない。一人暮らしならなんとか仕事が忙しかった、って言い訳できるのに、実家暮らしなのが仇になってしまった。……でもお金なかったしなぁ……。


「大丈夫だ。ちょうど交代の時期だったんだ。辺境と違って王都には人材は多い。たまりにたまった休暇もあるしな。ちょうどいいから延長して貰ったんだ。腕が治ったら、籠を取り寄せるからそれで運んでやる」


 籠……? あ、もしかしてドラゴン姿でそれで運んでくれるってことかな?

 気遣いは嬉しいだけど、出来れば今その優しさは遠慮したい……けど、ここまでよくして貰って強く言えるはずがない。

 いやもう、ビニール袋持参するから、ドラゴン姿でもいいから私のこと背中に縛って運んでくれないかな。


 無茶を承知でそう頼んでみるものの、テオさんは頑なに頷いてはくれず、アリリオ君も困ったように首を振るだけだった。


 どうすれば考え直して貰えるかと頭を悩ませていると、リタさんと可愛い双子ちゃんがお見舞いに来てくれた。


 また飛びかかられるかと思ったけれど、最初からリタさんに両脇に抱えられており、それはそれで可愛いらしい。

 二人からちゃんとリボンを掛けたお花を『お見舞い』と、おずおずと差し出されて、ちょっとキュンとしてしまった。

 

 優しいテオさんとそんな可愛い双子、面倒見のいい奧さんのおかげで、私のドラゴン嫌いは今日一日でだいぶ治ったと思う。

 ……そもそも元から嫌いだったかと言われるとちょっと違うように思える。

 ドラゴンにだっていい人がいる。人間と一緒だ。

 一部がアレなだけで ……たまたま最初に会ったのがアレなアレだっただけで……うん、私の運が絶望的に悪かったとしか。

「……」

 それはそれで凹む……!


 しかし私だって日々成長している。

 今朝なんて少し離れた場所にお遣いにいったドラゴン姿のアリリオ君に笑顔で手を振って見送れたのだ。


 ……前もうっすらと思ったけど、なんでガザ様だけあんなに怖かったんだろう。謎だ。


 ガザ様に睨まれて怖くて、目の前でガラスが割れて……でも実際には怪我なんてしていない。それに比べて一昨日は、腕を直接掴まれ、結果的に腕にヒビまで入ったのに、あのお兄さんに対しては、気の毒な感情しか湧いてこない不思議。


 ついでに恐々尋ねたらお兄さんは無事らしい。

 ただ昨日から少し遠い現場で仕事をすることになったそうで、くれぐれも謝っておいてくれ、とアリリオ君から伝言を聞いたので、余計にその想いは強くなった。


 あのお兄さん達は、ここから少し離れた所に村を作るために働いている人達らしい。どうりで筋肉ムキムキの力自慢みたいな男の人が多いはずである。


 ゆえにここ最近は忙しいらしく、リタさんはあまり構えなくてごめんね、と謝ってくれた。

 むしろそんな忙しい時に面倒を起こして申し訳ない。


 そんな状況。かつこの手では、宿のお手伝いもできない私は、双子達の遊び相手に名乗り出た。

 といっても絵本を読み聞かせしたり、お絵かきしたりとあくまでインドアな遊びなのでそれほど負担ではない。

 活動的らしいドラゴンの子供にはさぞかし退屈だろう、と思ったのだけれど案外二人とも、大人しく聞いてくれているので、わりと楽をさせて貰っている。


 リタさん曰く、場所柄女の人は滅多に来ることがないので、優しいお姉さんに相手をして貰って嬉しいのだろう、ということだった。


 急に羽を出したり身体の一部がドラゴン化することには驚くけれど、懐いてくる二人は本当に可愛い。

 子供が苦手だと思っていたけれど、こうして懐かれてみると、なんであんなに避けてたんだろう、と首を捻るほどだ。


 むしろ、危ないから大人と一緒の時以外は、部屋からは出ないでね、と言われている私にとっても、二人の相手はいい気分転換になるのである。……私だって大人だけどね!


 向こうに戻ったら、リタさんに一家には五條さんに頼んで美味しいお菓子の詰め合わせでも送ろう。

 リタさんの料理は、朝食のリゾットも毎食飲んでいるスープも全部美味しいので、きっと味覚は合うはずだ。ついでに材料に関しては聞いても分からないし、聞く気もない。いや、だってファンタジーらしく喋るキノコだったり鳥だったりなんかしたら怖いし!



 そして腕以外の体調は良好。

 目覚めた次の日からは食事も食堂で取れるようになり、常連さん達の小動物を愛でるような視線にも慣れ始めていたのである。


 *


 そして、のらりくらりと帰還を誤魔化され続け、五日目の朝。


 ニュース番組で行方を捜索され、アナログに両目部分を黒く隠した弟が、一刻も早く私を見つけたいと言いながらも、なぜか私の黒歴史を暴露している――そんな嫌すぎる夢を見て、飛び起きた。


 ……ヤツならやる……! 悪気なくナチュラルに人の秘密を暴露するKY野郎なのである。


 思えば愚弟が姉と連絡が取れない、と騒ぐ可能性もあった。そしてヤツが関わるとどんな些細なことでも大事になってしまうのである。愚弟はいわゆる天然のトラブルメーカーなのだ。


 恐怖に近い切迫感を思い出した私は、朝の挨拶にやってきたテオさんとアリリオ君に、さっそく詰め寄った。


「あの、本当に腕は大丈夫なんで! 送って貰えないでしょうか? 母が心配して警察、この世界だと警備隊になるのかな、そこに連絡しちゃったら大事になってしまうので、明日には出発したいのですが!」


「しかし、包帯が取れるまでまだ先だぞ」

「足は無事ですから、歩けますよ!」


 いつになく必死な私の言葉にテオさんは眉間に皺を寄せた……かと思うと、そのまま扉に視線を向けた。


「……? どうかしました?」


 私が首を傾げたのと同時に、ばんっと扉が開き、弾丸のような塊が飛んでくる。  


 ああデジャヴ……。

 そしてテオさんが腕を出したタイミングまで一緒だった。

 一瞬後にテオさんの手にぶら下がっていたのは、やはり初日同様双子だった。

 だけどテオさんは以前と違い、椅子から立ち上がると、寝台の上ではなく、手荒く床へと放り投げた。


 さすがに幼くてもドラゴン。すたっと綺麗に着地する。顔を上げた二人は、膨れ面をしていた。


「おじさん、何するの」

「邪魔しないでー!」


 そう言って口を尖らせた双子に、テオさんは眉を吊り上げて双子の前に立った。


「お前らタチバナには飛びつくなと言っただろう。いいか。タチバナに触れる時は、ウコの生まれたての卵を持つよりも優しく、だ。母親からもそう言われただろう」


 ちなみにウコというのは、鶏らしき食用の鳥らしい。産む卵は絶品らしいけど、その扱いは難しく、少し力を入れただけで割れてしまうそうだ。


 さすがに卵よりは……と言いたいけれど、すでにこの年齢にして、私が毎回重くて両手でしか開けられない扉のノブを普通に開けられる力を持っているのだ。


 子供の忘れっぽさと好奇心を考慮すれば、大袈裟なくらいに言って貰った方がいいのかもしれない。日が経つにつれて馴れてきたのか若干力加減がなくなってきている感はあった。

 捻挫とか打撲くらいならいいんだけど、そうなると過保護なテオさん(保護者)がドラゴン化してしまいそうなのである。


「で、お前ら何の用事だ」

「これお手紙ー!」

「お届け物でーす!」


 二人一緒のタイミングで話しだすので、私には聞き取れなかったけれど、テオさんはさすがにつき合いが長いせいか、分かったらしい。

 眉間の皺を濃くさせて、「誰からだ」と尋ねた。


 イトちゃんがよいしょとポケットから小さな銀の筒を取り出した。


「窓が閉まってるから、鳥さん入れなくて困ってたの!」

「それでお母さんが持って行けって。鳥さんはお母さんのところでゴハン食べてるよ!」


 風が冷たいからと、さっきリタさんが窓を締めてくれたから、入ってこれなかったのだろう。


 ……昨日一度だけ見たけれど、鳥というよりはもっと……なんだろう。

 凶悪な感じで肉のないコウモリみたいなビジュアルだった。


 そんな姿だからか夜も普通に飛ぶすごい鳥らしい。でも多分あれ鳥じゃない。『鳥』という名の別の生き物だ。


 小さな筒から手紙を取り出したテオさんは、それに目を通すなり、ますます難しい顔になって顎を撫でた。何やら深刻そうである。


「隊長」


 私の代わりにアリリオ君が声を掛けてくれる。するとテオさんはくるりと向き直って軽く頷いた。


「あぁ、古い知り合いだ」


 くしゃ、っと握り締めてポケットに突っ込んだ。

 だけどアリリオ君には、その一言でなにか分かったらしい。テオさんと同じような顔をして眉間に皺を刻んでいる。


 そして私が食事を終えるのを最後まで見守ってから、食器を持って立ち上がった。


「自分で持っていきます!」と言った私に首を振ってから、双子にもう一度向き合い、くれぐれもタチバナに触れる時は丁寧に! と念を押す。

 そして「夕方までには戻る」と言った後、あれだけ言ってもまだ不安だったのか、アリリオ君を残して出ていった。


 ……なんか不穏な気配……。


 なんだかんだとテオさんは、熱を出した時からずっと私の側についていたのだ。

 それなのにこんな風にふいっと出て行ってしまうなんて、ちょっと有り得ないというか……。


 何か起こりそうな予感に、胸がざわざわする。


 そして嫌な予感は大抵当たるのだということを痛感するまで、実は一時間もなかったのである。



ちょっと忙しくなってきたので、次話以降不定期になります…が!できるだけ更新頑張ります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ