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踏んだり蹴ったり

すみません!誤字チェックしている内にうっかり更新してしまいました!

リロードして貰えると、誤字がマシになっているかもしれません;;申し訳ありません。


 目が覚めたら、すっかり日が暮れていた。

 夕焼けの赤い光もうっすらと部屋の中を見せてくれているだけなので、後五分もすれば、何も見えなくなってしまいそうだ。


 ……電気、スイッチどこだろう。


 入り口近くの壁にあるのだろうか、と、まだ寝起きでぼんやりしている頭のまま、身体を起こして立ち上がる。


 寝台の下に室内履きらしき、布の靴を見つけて足を通してみた。

 少し大きいけど、至って普通でほっとする。


 あまりにも静かなので、なんとなく足音を立てないように忍び足で扉に向かう。

 右側も左側もスイッチらしきものは見つからない。そこでようやく、電気のない世界なのかもしれない、ということに気付いた。


「うわぁ、……ありえる……」

 一気にぼんやりしていた意識が覚醒する。

 扉の隙間から漏れるのはおそらく廊下の灯りだろう。取っ手を回してみるものの異様に固い。 


 戸惑ったまま片手から両手に持ち替えて、最後まで回して押そうとしたら、扉自体も重かった。    

 え、これ普通の木じゃないの……?


 もしかしてこれもドラゴン基準なのかな。

 ここに一か月いたら筋肉がつきそう。

 身体全体で押すように開けると、廊下には誰もいない。いくつか並ぶ部屋の中には気配らしい気配は感じられなかった。


 廊下の端は階段になっているらしく、下から明かりと共に賑やかな話し声が聞こえてくる。

 下に行ってもいいかな……。

 だってこのままだと、部屋真っ暗になって身動き取れなくなるよね? 多分明日の朝まで起きないと思って、一人にしてくれたんじゃないかな。


 もしかしたらテオさん達が並びの部屋のどれかにはいるかもしれないけれど、一つずつノックしていくわけにもいかない。


 ……賑やかなあそこにテオさん達がいたらいいんだけど。いなかったらいなかったでさっきの美女さんにテオさん達が泊まっている部屋を聞こう。

 少し迷いつつも、とりあえずこそっと覗きにいこうと決意する。振り向いて迷子にならないように部屋についていたプレートの数字を確認した。見た目からしてオートロックなんてことはないと思う。

 扉に付いている銅っぽいプレートは7。ラッキーセブン……と、自分の中で無理矢理テンションを上げてみる。


 そろりそろりとまた足音を潜ませて、階段を下りていく。見た目に反して床は結構丈夫で軋まない。


「はいよ! お待ち!」


 階段を下りた所で聞こえてきたのは、さっき聞いた迫力美女さんのよく通る声だった。

 ……そういえばさっき双子ちゃんの登場から挨拶する間もなく眠っちゃったけれど、あの美女が多分女将さんなんだよね。たしかテオさんのお姉さんって言ってたっけ?


 自己紹介もしてないし、なによりゲロった時に汚れたであろう服を着替えさせて貰ったのに、お礼もお詫びも言えていない。


 宿屋兼食堂って言っていたし、もしかして夕飯時で忙しい時間だろうか。私が行ったら手が止まって、ますます迷惑かけちゃうかな……。


 テオさんその辺りにいたらいいんだけど。

 そう思いながら、壁に手をついてそっと顔を覗かせる。


 お酒が入っているのかみんな陽気で、身体もデカいけど声もデカい。そして意外なことにみんなイケメンか、と言われるとそうでもなく親しみやすい感じの人も結構いた。……ドラゴンの人間姿って本当どうなってるんだろう、と首を傾げながらも観察を続ける。

 丸いテーブルが五つ、六つ置かれていて、その全部がお客さんで埋まっていた。



 お店の中を見回すけれど、残念ながらテオさんらしき人は見つけられない。

 死角はたくさんあるから、迫力美女さんに居場所を聞けば早いんだろうけど、向こう側の厨房で忙しそうに動き回っていて、声を掛けるタイミングが掴めなかった。


 どうせならお手伝いをしたいところだけど、ドラゴンであろう筋肉ムキムキの人たちの間を通り抜ける勇気はない。……五條さんやトモル君はそうでもないのに、テオさんといい、なんでここには体格のいい人が多いんだろう。


 一旦戻ろうかと来た方向を振り返れば、食堂の明るさに目が慣れてしまったのか、怖ろしいほど廊下は真っ暗だった。踊り場のある階段だから、最上階なんて床との段差さえ見えない。


 うん、無理!

 もう一度食堂の方を見る。


 ……美女さん、こっち見てくれないかなぁ。もしくはあの天使みたいな双子ちゃん達でもいい。明かりのこと聞くだけだし、むしろそっちの方が迷惑かかんないかも。

 そんなことを思っていたら、ついつい頭を出し過ぎてしまったらしく……。


 私から見て一番手前のテーブルにいた筋肉隆々のお兄さんと、ぱちっと目が合ってしまった。


「……!」

「……あ?」


 ぎゅっと眉間に皺を寄せて私を見る。その強い視線に縫い止められたように動けない。

 けれど次の瞬間、お兄さんの眉がぱっと解かれ、歓声を上げた。


「うわ、人間じゃんか! 可愛いなー」


 そう言ったかと思うと、お兄さんは一瞬で目の前まで来て、私の腕を掴んだ。

 驚いて思わず後ずされば、がつっと踵を階段にぶつけてしまいそのままバランスを崩して後ろに倒れてしまう。

 お兄さんが手を離してくれなかったので、引っ張られた腕がねじ曲がったまま、自分の体重をそのまま受けてしまった。


「いたっ……」

「え?」


 私の言葉にお兄さんは驚いたような顔をして、ぱっと手を離す。けれどそのタイミングが良くなかった。支えを失った身体はそのまま倒れたと同時に、肘を階段の縁におもいきり打ちつけてしまったのだ。


「っ……!」


 火傷したような激しい痛みが肘に走り、叫びそうになった声を必死で呑み込んだ。

 いったあああ……っ!


「おい……?」


 声に鳴らない悲鳴を上げて、肘を抱えるようにして丸まる。

 痛い! うわ、痛すぎて、気持ち悪い!


 叫び出したくなる痛みを堪えるために、奥歯をきつく噛み締める。

 この痛みはヤバい。

 昔、弟を追い掛けて階段から足を踏み外し、ヒビが入った時と似ている気がする。


「なにやってるんだい!」


 騒ぎに気付いたのは、多分美女さん……だけど顔を上げる余裕はまだない。

 あの、もうちょっと、時間下さい……!

 痛みをやり過ごすべくじっと耐えていると、複数の足音と共に聞き慣れた声が聞こえてきた。


「タチバナ!」

「何があったんですか!?」


 私を抱え上げてくれたのはテオさん。

 その後ろにいたアリリオ君が素早く跪き、抱え込んでいた私の腕にそっと触れた。ちょっと動かされるだけで、飛び上がるほど痛い。

 ひゅっと喉が鳴った。


「隊長! ヒビが入っているかもしれません!」


 ――やっぱり?

 心のどこかは冷静らしい。


 けれどその報告に、心も折れてしまう。

 ヒビが入っていたなら痛いのは当たり前だ。あれと一緒。熱があるって言われたら余計しんどくなるような感じ。よりいっそうズキズキと痛み出した腕をぐっと押さえこんだ。


「――殺すぞ、クソガキ」

 おっそろしくひび割れた低い声に、一瞬痛みが飛んだ。

 むしろ本能的な恐怖が、痛みに勝ったとでもいうのだらうか。

 物騒な言葉を吐き出したのは私を抱いてくれているテオさん。おそらく私の手を掴んだお兄さんに対しての言葉なのだらう。しかしその怖ろしげなオーラは先ほどの比じゃない。


 アリリオ君、止めて! とお願いしようとすれば、彼の方は彼の方で顔が半分ドラゴン化していた。

 中途半端な変化が一番怖いのだと初めて知った。むしろ怖いというかエグイ。

 ひっと仰け反ってしまい、響いた痛みに思わずテオさんにしがみつく。


「……! タチバナ! そうだな。医者が先だ」

「タチバナちゃんに何してんの!! 一生うちの食堂には出入り禁止だよ! アンタやっちまいな!」


 奥から響いたのは、美女さんの怒鳴り声。


「おうよ!!」


 返事をしたのは初めて聞く声だけれど、その大きな声はびりびりと床にまで響いた。


「小動物を虐待するなんて、お前はドラゴンの風上にも置けないヤツだ!」

「いや、オレそんなつもり」


 弾丸のようなラリアットが決まり、お兄さんの身体ごとテーブルがひっくり返る。


「固定しなければいけません。ああ、もうこんなに熱を持って」

「とりあえず冷やそう。誰でもいいから、今すぐ先生を呼んでこい!」


 哀れなお兄さんをボコっていた数人が、手を上げ立候補し凄い勢いで扉から出ていく。


 痛みにもなんとか慣れ、私が目を開けると酒場はもうひどい有様だった。

 ひっくり返ったテーブルに散乱した料理。しかも全員が私を見ているというオマケつき。


「……!? あ、……」


「タチバナ。黙っていろ。まだ痛いんだよな? ……おい、どうなってんだ。だんだん腫れてきたぞ」


 美女さんが慌てて持ってきてくれた氷をあてながら、テオさんは深刻そうに呟く。

 ……もしかしてドラゴンってあんまり怪我しないのかな。そういえばガザ様だって、トモル君に蹴られてソファ粉砕したけど、ぴんぴんしてたもんね。


 ズキズキする腕を押さえながら、大丈夫じゃないけど、大丈夫だと言おうと口に開いたその時、バターンッと勢いよく扉が開いた。


「お前ら! 人間の扱いには細心の注意を払えと言ったろうが!! この馬鹿者共――!」


 白いお鬚の老人は、持っていた鞄を振りかぶり、スパーンとテオさん、アリリオ君の頭を殴る。

 二人は若干眉を顰めたものの、特に何も言うことなく、アリリオ君は黙ったまま場所を空けた。テオさんは私の腕にひびかないようにそっと抱え込み、膝の上に座らせてくれる。


 二人ともあまりに普通で、私の方が戸惑ってしまう。

 え、今すごい音がしたけど大丈夫なの、二人とも。


「人間のお嬢さん。ちょいと失礼するよ」


 そう言って、慎重に私の手を動かして、軽く押さえていく。

 それをなぜか私よりも緊張した面持ちで見つめている周囲。恐ろしく静まり返ったその空間はものすごく居心地が悪い……一斉に視線が注がれた腕は、骨折というか穴が空いてしまいそうだ。


 お医者さんは小さく溜息をつくと、鞄から角を取った木片みたいなものを取り出した。それを器用に組み合わせると、肘を固定して包帯を巻いていった。この辺の処置は向こうの世界と変わらないらしい。


「聞いた通りヒビが入っとるな。二週間は固定しなきゃならん」

「は!?」


「身体全体も少し熱いし、慣れない環境もあるんだろう。熱が出るかもしれん。痛み止めの中に熱さましも入っておるから、定期的に飲ましてやれ」

「まじか!? ヒビ入ったくらいで!?」


 そう言ったのは顔がボコボコのお兄さんだった。いわずもがな、私の腕を引っ張ったお兄さんである。……むしろ彼の方が相当重傷っぽいんで見てあげて欲しいんだけど。


「貴様が言うな」


 腕もドラゴンにしたアリリオ君が冷たい声で呟く。喉元を突き破ってしまいそうな鋭い爪に、ひっと後ずさったところで、先ほどまで仲が良さそうに飲んでいた仲間に痛そうな拳骨を入れられていた。

 やはりアリリオ君は好戦的である。


「あんな可愛い人間ちゃんにお前はなんてことを!」

「死んで詫びやがれ!」


 さすがに骨折では死なない。……けれどやっぱり私の扱いはハムスターらしい。ちゃん付け……しかも人間ちゃん……私絶対これから犬とか猫のこと、わんちゃんとかねこちゃんとか呼ばない。ここに誓う。


 テオさんが「騒がしいな」と言って私を横抱きにして立ち上がる。

 美女さんに消化のいい食事を頼むと、お医者さんから受け取った痛み止めらしき薬を受け取り、階段を上がっていった。アリリオ君の腕が変化したままなのが怖ろしい……。このあと惨劇とか起きないよね? 明日起きたらこの辺一体血の海とか怖すぎる。


「……あの、さっきの人。わざとじゃないと思うので、許してあげてくださいね」


 痛いけれど、あきらかにわざとじゃないのは状況から分かるし、ガザ様の時と違って怖くなかった。……なぜだか分からないけど、実際にそうなのだ。


 ちょっと腑に落ちないけれど、とりあえずそれはあとで考えるとして、目には目を歯には歯を精神にしても十二分にお兄さんは報いを受けていると思うし、さすがに殺人……いや殺ドラゴンは許容できない。


 痛みを堪えながらそうお願いすると、テオさんは、ちょっと困った顔をして「タチバナは優しいな」と、頭をそっと撫でてくれた。

 いや、多分普通の人間が私と同じ立場だったら同じことを言うと思う……。




 そして私はその日の夜から、お医者さんの言葉通りに熱を出してしまい――次の日は一日ベッドの住人になってしまったのである。





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